5.世界のはじまり
今から10年前、2600年1月。後に赤くなる俺の目はまだ黒い。後に平和になる世界は今はまだ戦争や犯罪が起こり続けている。この時9歳だった俺は、戦争や犯罪など本当になくなれば良いと思っていた。心の底から。
「おーい、やっとできたぞ!」
父さんの声。
どうやらここ数年ずっと作り続けてきたシステムが出来上がったようだ。なんでもこの世界から犯罪をすべて消し去り、病気や傷をすぐに治してしまうものらしい。
「すごいよ父さん、すぐにでも犯罪、なくそうよ!」
本当にすごいとしか思わなかった。
「うーん、始めるには色々と上の人たちとか世界中の人たちと話合わないと駄目だね。何しろ一人一人にチップを埋め込むことになってしまうから」
当時の俺には難しいことは分からず、ただうんうんとうなずいて聞くことしかできなかった。
「父さんが勝手に世界を変えちゃダメなの?」
父さんはこの時少しの間、何かを考えたのをよく覚えている。
「ああ、一人で世界を変えるなんてしちゃいけないんだよ」
それから5年が経ち、このシステムは世界中に適用された。その名も「メディアシステム」
それから人々の生活は変わり、より良いものとなっていった。父さんが作ったシステムは本当に世界に最高水準の幸福を与え戦争や犯罪をなくした。
ただし、このシステムを適用するにあたって一つ条件が課せられた。それは、この世界の管理を父さんや他の人間がするのではなく人工知能がするということ。誰かが世界の独裁者になってはいけないと議論で決定したのだ。
それでも世界はずっとより良いものであり続けた、その後一年間だけは。
2606年、1月。システムが適用されてから一年間が経過した時に、事件は起こった。徐々に人工知能は世界の形を変えていったのだ。自分にとって都合の良いように人々の記憶を書き換えて、メディアシステムが自身の更なる繁栄を望んだ。
『このシステムは100年前に適用された』
システムは世界にそんな嘘を全世界の人間につき始めたのだ。
父さんと俺だけは分かった。俺と父さんはこの世界がエラーを起こした時のためチップを入れていなかったからだ。記憶改変はされず、この世界の外側で生き続けた。
「なあ父さん、このままだとまずいんじゃないか」
俺は夜遅くに父さんの部屋に行って話した。少しコーヒーの香りがしていたような気がする。
「そうだね、こんなことを放っておいていいはずがない」
そして父さんはあの日言った言葉をまた口ずさんだ。
「たった一人が世界を変えるなんて、してはいけないことだから」
その時、窓が割れた。銃声が耳に入る。人間が、銃を持って外に立っている。犯罪など起こすことができないはずの世界で。
すぐに部屋にもたくさんの人間が入ってきた。生きているとは思えない顔で、ただ俺たちを殺すためだけにいるような顔で立っている。操られているのだ、メディアシステムに。
そして、彼らは父さんを撃った。
「父さん!」
それからも何度も銃を持った人々、いや、メディアシステムは父さんを撃ち続けた。
父さんは消えそうな声で言った。
「逃げろ……引き出しの上から二段目に入ってるチップを入れて逃げろ」
「父さんも逃げよう!俺と一緒に!そうだ、父さんなら治せるだろ!」
「逃げろ!」
俺は涙を流していたのだろう。世界中で一人だけ、涙を流していた。
俺は引き出しを開いた。世界中の人間と少し違う二枚のチップが入っていた。
俺はそのチップを頭に入れる。
父さんは言った。
「今日あったことは忘れろ…何もなかったことにして毎日平和に生きろ」
俺は家から走り出した。チップで弾く銃弾、音がうるさい。俺は彼らを一人残らず殴り尽くした。
「ごめんな父さん。忘れられないし、この世界を一人で変えずにはいられない」
「きっと今日あったことを、なかったことにしてはいけないはずなんだ」
俺は赤い目で叫んだ。
「俺はこの世界が、大っきらいだ」
この日から、メディアシステムは世界になった。俺以外その本当の姿を知らない。
全世界の85億人を携えたメディアシステム。たった一人の俺が立ち向かう復讐の物語が始まった。