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3.記憶のゆくえ

 星が綺麗だ。僕は満点の星空を自分の目で見て思う。星空の色は、変わらなかった。


「ただいま」

 今日は何もなかったのだ、そんな平静を装って僕は玄関を開ける。妹のスズが不思議そうな顔で玄関にいた。

「おうスズ、今日はごめんな遅くなっちゃって」

 スズは無言で僕を見続ける。

「母さん心配してたかもしれないな…大丈夫だった?」

 僕は少し笑って話した。それでもスズは何も話さずにいる。

「どうしたんだ?」

 彼女に何かあったのだろうか、それとも僕の変化に気が付いたのか。


「おい、どうしたんだ?答えてくれスズ」


「あの…どちら様でしょうか」

 嘘じゃない。彼女の顔は嘘じゃかった。

「何を言ってるんだ、兄の顔くらい覚えておいてくれ」

「私には兄なんていません。ごめんさい、帰ってもらえませんか?」

 僕のことを忘れてしまった。それだけしか見つからなかった。

「何を言ってる、僕だよ!分からないのか?」

「本当に、帰ってください」

 妹は嘘を付いてはいない。本当に僕のことを忘れてしまったとしか思えない。


 いや、それとも僕の容姿が変わっているのだろうか。僕は携帯電話のインカメラで自分を写す。

 僕は、瞳が緑色になっていた。

「ミドリは…これのことか」


 しかしこれだけでスズが気が付かないはずがない、何年間も過ごしてきた兄をこんな違い一つごときで見間違えたりするはずがない。

 可能性は一つしかない。

「ごめん、ちょっと待っててくれスズ」


 急いであの事件が起きた場所まで走った。スズは朝には覚えていた僕のことを忘れていた。その間に起こったのはあの事件くらいだ。その間にスズは綺麗に僕の記憶をなくした。

 こんなことができるのは、この世界だけだ。


 僕は事件の現場に付いて目を疑った。

「ない…死体がない」

 何一つ死体は残っていなかった。それどころか血さえもすべて。


「この世界は、事件をなかったことにしたのか?」


 メディアシステムは記憶の改変や身体の治癒をすることができる。ならば血を消して身体を消すことくらいは容易にできるだろう。だが死んだ人間はすべてコアを壊されていた。ならばどうやって死んだ人間をまるごと消すことができたのだろう。


 ともかく、この世界がこの事件をなかったことにしたのは事実だ。つまり死んだ人間も、元からこの世界にはいなかったことにされた。


 死んだ人間、それは『コアを壊された人間』


 僕もだ。僕だってあのときコアを壊された。あの瞬間にこの世界での僕は死んでしまったんだ。


「あの事件で死んだ人間は全員僕の学校、皐月高校の生徒。つまりその全員がいなかったことになると…」

 僕は携帯電話でインターネットの画面を開く。皐月高校、全校生徒数256人。

 足りない。おおよそあと30人はいたはずだった。


 この世界はこの事件をなかったことにするため、死んだ人間をいなかったことにするためにメディアシステムを使って大きな帳尻合わせをした。

 その事実は考えただけでも僕にとって恐ろしかった。それならば。


「犯罪はこの世界で起こっていなかったんじゃない、ただ世界がなかったことにしていただけだ」


 こんなものは世界じゃない。認めはしない。

 僕は怒りと悲しみで走った、自宅に向かって。僕と赤目以外誰も何も知らずにただ笑って生きている。その隣で人間が死んでいるというのに。


 この世界は異常だ。


 僕は玄関を開けて中に入る。妹はまだ、僕を知らない。

「スズ、ちょっとだけ聞いてくれ!」

「誰ですかあなた!警察呼びますよ!誰か、助けて!」


 僕はスズの目を見て、スズではない誰かに向けて話した。


「聞けよ。誰かは知らない、それでもお前は人間の目を通して見てるんだろ。今はスズの目を使ってディスプレイの前で!」


 スズが叫ぶ中僕は話し続ける。

「お前はこの事件でコアを壊された僕を死んだと認識したんだろ、でも現実は違う」



「僕はここにいる、僕はまだ生きている!この世界の人間の記憶から誤って僕を消した、これはお前にとっても不都合だろ!」


 僕は涙を流してぐちゃぐちゃの顔で叫んだ。


「そしてこれはお前に対する宣戦布告だ。僕はお前を認めない、世界中の誰もがお前を認めていたとしても。ここで起こったことはすべて無駄じゃない、それを人間を操ってなかったことにしてはいけないんだよ!」


 少し経って、スズは顔色を変えた。僕を、心配してる顔だ。

「あれ、お兄ちゃん帰ってたんだ。どうして泣いてるの?」

 スズは僕の涙を拭う、緑色の瞳を見つめて。

「なんでもないよ、ごめんな…」

「本当に?何かあったら言ってくれていいんだよ」

「大丈夫、本当に大丈夫だよ」


「そう?良かった。お兄ちゃんの緑色の目、昔から好きなんだ。綺麗なんだから涙なんか流しちゃ駄目だよ」


『僕の目は、昔から緑色だった』

 この世界は、こんな嘘で成り立っている。一番大切な人も、好きな場所も、思い出の景色も、たった一つの事件のための帳尻合わせなのかもしれない。僕と赤目だけが、変わり続ける世界の外側で知り続けることになるのだろう。

 一人のエゴに付き合わされる世界を、見守っていくことになる。僕はもう、戻れないところまで来てしまった。


 この世界を止めなければいけない。閉じ込められた人間を外側に出さなければならない。


 僕はこの世界で抗い続けなくてはならない、叫び続けなくてはならない。これは、僕の使命だ。


「昔から、か」

 笑えない冗談を背負って僕は寝室に向かった。

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