2.赤とミドリ
偏りきった思想、誰がそう決めてその根拠がどこにあるのかは分からない。きっと僕の考えは、誰かに話せば偏りきった思想だとすぐに跳ね除けられるのだろう。
僕からすればよほど、この世界の人々の方が偏っているというのに。
「起立、礼」
「ありがとうございました」
今日も平凡な一日が終わる。次第にうるさくなる教室に、僕はミスマッチだと感じて席を立った。
「なあなあ結城、カラオケ行かないか?」
彼はカズ、友達だ。馴染めていないなりに、少しくらいの友達はできた。正直なところ、僕のどこに友達になりたい要素があったのかは分からない。
「ごめんカズ、今日は遠慮しとくよ。塾に行かなきゃ」
「そうか、お前すごい勉強頑張ってるよな。今度教えてくれよ」
「他に頑張ることがないから頑張ってるだけだよ、じゃあまた明日な」
僕は少しだけ笑って手を振った。
つまらない人間だと自覚している。当たり障りのない返事、壁を作った性格、もし僕が物語に描かれるとしたら間違いなく他の面白いキャラクターの引き立て役だろう。
「あるいは、僕が何か大変なことに巻き込まれるか…」
なんにしろ、僕はつまらない。暗くなりだした帰り道を見ながらそう思う。帰り道にはたくさんの人がいる。僕が何かで勝っている人間なんていないだろう。
周りをよく見てみる。
あいつは陽気そうだしあいつは僕より勉強できそう、あいつはーー
そこまで考えて僕はやめた。もういい。やっぱり勝っていることと言えば僕のこの世界に対する態度くらいだろうか。そんなものも、どこで判断できるのか分からないが。
「やっぱり僕は」
『この世界が大嫌いだ』
誰かの大きな声と僕の声が重なった。
僕以外に、こんなことを言う奴がいるのだろうか。空耳か、いや聞こえたと僕は自分を否定する。僕は首を動かし続けて探す。どこから聞こえた、誰だ。
「ああああ!!」
後ろから叫び声が上がった。僕は慌てて振り向く。大量の血。頭から噴き出している。こんな光景を見たのは、今までで初めてだ。
銃といわれるものだろうか、それを持った少年は笑っていた。赤い目をした少年。どうして犯罪が起こせるのだろうか、どうしてメディアシステムが働いていないのか。たくさんの疑問が僕を襲った。
それから帰り道の大量の人間が撃たれていった。次々と人々が倒れていく。たくさんの声が聞こえる。
「なんだ、この刺すような感覚は!」
「なぜメディアシステムが働かないんだ、どうなってるんだ!なんなんだお前は!」
僕も頭を撃たれた。回復しない。
痛みが身体中を襲う。初めての感覚に僕は恐怖した、それと同時に僕は嬉しかった。やっと自分は人間になれた、痛みを、感じることができた。
銃を持った赤目の少年は叫んだ。
「知っているか」
「これが痛みだ、これが犯罪だ、これが死だ。本来人間が持つべきだったものを、無駄にしてはいけない。それらの感情や事実を、なかったことにしてはいけない」
僕以外の人間は皆恐怖で叫んでいる。動かなくなっているものもたくさんいる。きっと僕ももう少しで死ぬのだろう。それでも僕だけが、笑っていた。
これは、この世界に対する少しばかりの意地悪だ。
赤目の少年は僕を見て顔を変えた。嬉しかったのか、悲しかったのか。僕は分からない。
「お前はなぜ、笑っているんだ」
少年は僕に近づいて銃を向けた。
「これが在るべき世界だから。僕は最後に痛みを感じることができた、それだけで十分なんだよ」
彼は驚いたような顔で僕を見る。
少し経って彼は僕に言った。
「お前は、俺のように生きる覚悟があるか」
「僕は君みたいになるつもりはないよ、赤目」
彼は少し残念そうに僕から離れた。彼の後ろ姿に僕は声をかける。
「だけど、この世界に抗うつもりならある」
彼は足を止めた。僕は出ない声を出し続ける。
「もし僕にその能力があるのなら、絶対にこの世界を壊してみせるだろう」
彼は僕に向かって走ってきた。そして彼は手を僕の頭に突っ込む。
とてつもない痛み、異物感。何かが僕の頭に入れられる。僕は叫び声を上げて暴れる。
「メディアシステムのチップは全員生まれた時に脳の左側に入れられる。その場所を撃ってチップを壊せばこの世界の人間は本来の人間に戻る」
痛みの中で微かな声を理解しようと必死で聞き取る。
「僕に、何を入れてる!」
「俺の作ったチップだ。機能は治癒と肉体の強化。メディアシステムとは違う。それ以外の機能は何もない、犯罪を犯しても裁かれない」
僕の身体は徐々に元の状態に戻っていく。また僕はこの螺子の外れた世界の住人に半分戻ったんだ。
「お前は、緑色か。副産物とはいえいい目印だ」
彼はつぶやいた。僕は起き上がって聞く。
「何の話?」
「いいや、何でもない。俺はそろそろ行く」
「待ってくれ、赤目」
僕は理由もなく彼を止めた。
「何だ」
聞きたいことはいくらでもあった。もっと、もっと聞き出さなくてはいけない。
「あ、えっと、君の名前は」
「赤目でいい」
「そうか。ありがとうな、赤目」
「じゃあな、ミドリ」
赤目の少年は去っていった。結局、何も聞けないままで僕もまた去った。僕はあんな風にはならない。違うやり方で、この世界を変えてみせる。
変えた世界で、必ずしも僕が楽しく生きられる保証なんてないはずなのに。