1.世界の在り方
たとえどれほど頭の螺子が外れた世界があろうとも、この世界には敵わないであろう。
僕は暗くなりだした細い道を歩く。乾いた平らな地面の上には美しすぎる星空、今日は綺麗な月まで出ている。
学校ではそこまで馴染めていなくていつも休み時間は何とかして乗り切る、そんな学生なりの夜の楽しみ方だ。そんな景色を目に映しながらでさえ、この目に少しだけ疑いをかけてしまう。
「この景色さえも、誰かに見せられている景色なんだろうか」
少しの間何もせずに星空を見ていた。これがもし人間の手の加えていない景色ならとても良い景色だ。今この時代にめったにない自然が与えてくれるものをありのまま享受しているということになる。
だけど、この景色に人間が手を加えていない保証なんてない。
「だってこの世界はーー」
考えていると突然車が飛び出してきた。光るライトがまぶしい。恐怖感はない、ただただその光と音と車体が不快。そのまま僕は動かずにいた。
その車は僕の身体に向かって思い切りぶつかった。これはきっと…交通事故というものなのだろう。
身体が宙に浮く。それでも、痛みなんてものは何も感じない。そして飛び散った血の数々はすぐに消えてなくなり、傷は元に戻る。まるで、世界に証拠をなにひとつ残したくないかのように。
「この世界は誰かによって閉じ込められてしまっているから」
車から人が降りてきて何か言う、挨拶みたいなものだ。
「ごめんなさいね、ぶつかっちゃって。ちょっと仕事で疲れてたみたい」
「もう全然大丈夫ですよ、この程度の損傷ならこの世界のメディアシステムがすぐに治してくれますからね」
「そうね、ほんと便利で安心な世の中になったわ。それじゃあ、お大事にね」
僕はわざとらしく微笑んで言う。
「はい、ありがとうございます」
この世界の科学は100年ほど前の2500年に大きな進化を遂げた。
生まれたときにすべての人間にチップを入れ、それ以降その人間の状態を監視し、あらゆる傷、病気はすべて瞬時に治してしまう。これによって寿命以外での死はほとんど、いや完全になくなった。
そして人間の脳内を監視し犯罪やいじめなどの世の中の悪とされる行為はすべて未然に防ぐことができるようになった。人間が犯罪を起こそうと考えた瞬間にその欲を脳から消し去り、記憶を書き換えるのだそうだ。これらにより僕たちの世界は過去最高の世界になった。誰もが楽しく平和に笑って暮らせる世界。
教科書にはこのように書かれている。確かに平和だ、確かに誰もがここで笑って不幸などを知らないままに生き続けている。
だからこそ、おかしいんだ。だからこそ、僕は毎日毎日飽きずにこの世界に向かって、誰も言ったことのない言葉を呟く。涙が滴り落ちる。
この世界に気付かれないように、勘付かれないように。
「僕は」
「この世界が大っ嫌いだ」
ありがた迷惑な街灯に照らされながら、僕はまた帰り道を歩き出した。