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092『結晶炉に眠る意思』

 FVR用のベッドギアを外し、ATは腰掛けている椅子の背を起こす。


「フフフ……」


 仮想現実《FVR》内で切り裂かれ、未だ痛みの残る腕を静かに見つめながらゆっくりと動かし再び嬉しそうに口角を高く吊り上げる。


 少し前、目の前に起きた想定外。

 耐久値を刀よりも高く設定してあったはずの試作武器である鉤爪タロンがバッサリと切られてしまった。

 それは激痛と引き換えに得た、嬉しい誤算であった。


 もちろん自信作だったものを破壊されたことに悔しさはあるものの、それはあくまでもデータ上であるため痛く痒くもない。


「……いや、痛くはあるか」

『うれしそうだねぇ〜』


「あぁ嬉しいとも、せっかく光牙を与えたんだ。これくらいはしてもらわなくてはな」


 ATはズキズキと疼く残痛を全く意に介すことなく視線を声の方、パソコンのモニターに表示されている女性と目を合わせると笑みを崩すことなく、素直に答える。


『ははは、確かにね〜』


 モニターに映る少女は笑みを見せながら同意する。

 10代ほどの容姿をした女性。

 それはある日、突如として彼の有するパソコン端末に現れ、そしてモニターの中に居着いている。

 彼女が何者であるのかは分からない。


 『ヴァール』と名乗った彼女は自分は人間であるというが、実際のところは疑わしいものだ。

 ほんのりと青みがかった銀髪に淡い紫水晶(アメジスト)のような瞳を持つ彼女。

 整えられたその容姿はまるで人形のようであったが、モニターに映るその顔つきは確かに実在する人物のようでもあった。


 とはいえ、光のラインが入ったSFチックかつゴスロリ風な衣装はショートパンツとブーツも相まって男装しているかのようなその見た目をしており、ゲームのキャラクターのようでもある。


 彼女が自身の言うように本当に人間であるのか、それとも力を入れて作られたリアルなCGであるのか、という疑問に対してATが出した答えは前者に限りなく近い後者であった。


 というのも彼女という存在を構成するデータがどこにあるのかを遡るとそれはATの所有する専用機の動力炉(コア)にあたるプレソーラークリスタルから検出されたからである。


 プレソーラークリスタル(PS結晶)――かつて落下した巨大隕石に含まれていたとされるそれは無限のエネルギーを秘めているとされる代物であり、実際にクリスタルを利用した動力炉(リアクター)は半永久的にエネルギーを生み出している。

 そしてATらの所有するそれの一つは学園の地下に存在し、電力等のほとんどをそれで賄っている状況だ。


 とはいえ今現在で分かっているのはそれくらいであり、未だそのほとんどがブラックボックス状態で解明が為されていない。

 だからこそ、モニターの中で呑気そうにしている彼女への判断が付けづらい。


 データが存在する場所が場所だけに彼女が彼女という存在がイタズラやハッキングの類いではないことは分かる。

 しかし、なぜ唐突に姿を現したのか。


 質問をしようにも彼女いわく、発言にはいくつかの制限(プロテクト)がかけられているという。

 それも本当なのか胡散臭いことこの上ないが、少なくとも彼女という存在はクリスタルに存在する人格データと呼べる代物。


 プレソーラークリスタルに存在する人工知能とでもいうのだろうか。

 もし、それが本当であるとすればそれはとても素晴らしいことではあるのだが、人を模したデータでこれほどまでに自我を持ったものなど、ATは全く記憶にはない。


『わざわざ予算度返しで作らせたんだから使いこなしてくれないと困るよね〜』

「……そうだな」


 モニターの中でフワフワと浮かびながらキシシ、と笑みを見せる彼女にATは小さく頷いて同意する。

 こうして見るとますます人間味溢れる表情をしている。

 つまり、それだけの技術が結晶炉アレには詰まっているということだ。


 世界に放たれた銀河の名を関するGW――プラネットシリーズ。

 かつて研究者たちが作り出した最高傑作たるそれらにも高性能のAIが備わっているという話ではあるが、もしその性能が目の前にいる少女のものと同等であるというのならば、それはやはり計り知れない代物だ。

 搭載されたAIひとつ取ってそれだというのだから、たった1機を入手するだけで世界を滅ぼしかねないという話はまんざらでもない話なのかもしれない。


『で、どうするの? 彼、気絶しちゃったみたいだけど』

「このままだよ。はじめに言ったように一週間この中で暮らしてもらう」


 とはいえ一先ずはけいのことを優先しなくては。

 確かにデータ上での性能差を覆したことは素晴らしいことではあるが、これを仮想世界ゲームだけでなく現実でも使いこなせてくれなくては困る。

 万が一にでも死んでしまっては困るのだ。


『うっわ〜鬼畜だぁ』

「そうでもないさ。私の部下にこれをさせるならば量産機フラッグを使わしている」


 慧に与えたGWギア光牙(コウガ)』にはPS結晶炉を搭載しており、数々の機能を詰め込んでいる。

 ゆえにあれは使えるならば素人だとしても生き残るだけの性能を有している機体だ。

 まぁ、それ故に部下からは多少反感を買うことになってしまったが、その程度は慧を失うリスクと照らし合わせれば軽いものだ。


『うわぁ……流石パパだね〜。私でもドン引きの鬼畜っぷりだぁ』

「おい、パパは止めろといつも言ってるだろ?」


『だってご主人様とか、マスターとかだとなんか主従関係みたいで嫌なんだもん』

「それで何でパパならいいことになる?」


『だってパパなら対等な関係じゃない?』

「……基準が分からん」


 全く、相変わらずやかましい奴だ。

 これで削除もミュートも効かないというのだから勘弁してほしいところだ。


「ま、とりあえず……こうして鬼畜なパパは防人慧くんを叩き起すと戦闘の再開を宣言するのであった」

「いや、流石に夜は寝かせるが?」

「えぇっ!!?」


 ナレーション風に言うヴァールに対して答えると彼女は心の底から驚いたという声を上げる。

 画面内で瞬くエフェクトと音割れ寸前までいった声が目と耳を襲う。

 本当、勘弁してほしい。


「そんなぁ! だって昔、パパ言ってたじゃん『鬼畜界の神になる!』って、その時の情熱はどこにいっちゃったの!?」

「いや、言ってないが?」


「じゃあ『鬼畜王に俺はなる』って――」

「それも言ってないな……」


 はぁ……面倒くさ。

 今日一日、時々とはいえ防人を監視モニターしていたし、仕事もまだまだ山積みで正直さっさと寝てしまいたいのだが……。


「ヴァール、私も少し休む。朝になったら起こしてくれ」

『はぁい。それじゃお休みなさい。パパ』


 ヴァールは胸に手を当てあるじに使える執事のようなモーションを取り、挨拶を言うと静かにモニターの灯りが消えた。


『あ、ところでパパ。明日の予定なんだけど――』

「寝かせろよ!!」


 ベッドに入ろうとした瞬間に点灯するモニター。

 ここ最近の疲れやストレスもあってカチンと来たATは何度目かの『眠れ』というやり取りの後、限界を迎えたATは怒髪冠どはつてんを衝く思いのままに部下に連絡。


 地下に存在する機体との端末機器の接続を物理的に遮断。鹵獲した機体など含め、GWに関する研究に一時的とはいえ制限をかけることとなってしまった。

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