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088『陽気者の陰謀』




「それじゃ、俺も失礼しま……」

「まぁ、待て」


 クルリと部屋の出入口に向かって歩こうとした游の服を掴み引っ張る。


「ぐえっ、ちょっちょっといきなり引っ張らないで下さいよぉ。首が締まったじゃないですかぁ」

「まぁいいから座れ」

「えぇ~、もう部屋に帰りたいんですけどぉ」


 分かりやすく嫌そうな表情を見せ、愚痴を溢しながらも游はブレアの言うことにしたがって椅子へ再び腰かける。


「で、何の用ですか? 俺もう部屋に戻ってゲームとかしたいんですけど……」

「働けバカが! ふん、まぁいい。では早速本題だが、ガキ共の面倒をお前に見て欲しい」

「……はい? 俺が?」


 少し想定外といった様子で、さすがの游も驚いた表情をし、若干声を裏返させる。


「あぁ、とは言っても面倒を見るのはあいつらの中で戦場に出たいバカ共だけだが」

「いやいや、俺はここではただの傭兵ですよ?」


「だが、遊ぶほど暇なのだろう」

「ぐっ……いや、俺は金で雇われただけの傭兵。捨てゴマとして使われるのが関の山の存在です。だからこそ灰色の人生を色鮮やかな染料(ゲーム)で染めて楽しく生きるんですよ」


「割り切れ。これは仕事だ」

「はいはい。仕事ねぇ……なるほど。だから一傭兵でしかない俺にまでシェディム(それ)を教えたというわけですか」


 納得といった様子で手を叩き、游はモニターを指差す。


「まぁそういうことだ。コイツは性能は申し分ないが操縦者の腕がなけりゃ意味がねぇからな。実際にこれに乗るガキ共は戦闘経験もない未熟者ばかりだ」

「だから、使い物になるよう育成しろ。と?」


「あぁ、クレイ――奴のところが襲われたみてぇにここも安全とは限らねぇからな。少しでも戦力を多くしておくことに越したことはない」

「なるほどねぇ……しかし、兵士の育成をやらされるなんて、それだけ信用されてるってことなのかしらねぇ?」


「ハ、私は別にお前のことを信用なんてしてねぇよ。だがま、上からの推薦で傭兵やってるお前を無下にも出来ねぇってことだ。こっちだって高い金を払ってんだからな」

「うわおっ、ぶっちゃけたね~……でも、仮に面倒を見たとして教えられるのは簡単な戦闘ぐらいですよ?」


「個人の戦闘能力を高めることができるのならそれで十分だ。本来なら責任者である私がどうにかする案件なのかもしれないが……あいにく私は例の工場の件で上に呼び出されていてな。暫くの間ここを空けることになる。他の奴等もギアの生産とかで忙しいから手が空いてる奴がいねぇんだよ」


「でも子供の面倒なんてめんどくさいなぁ~」

「もちろん、後で好きなだけ報酬を弾むが?」


 報酬、その言葉に游の普段見せている気だるそうな表情が消え、目をキラリと光らせる。


「やります! やらせていただきます」


 彼はピンと手を挙げてそう叫んだ。

 なんて現金なやつだろうか。


「ふ、決まりだな。ではよろしく頼むぞ」

「はぁい。それじゃあ今度こそ失礼しまぁす」


 游は陽気な態度を見せながら緩い敬礼をしつつ部屋を出ていく。

 パタリ、と扉の閉まる音を聞いてからブレアはリモコンで室内の灯りを戻しつつ、仕事用の椅子に腰かける。


「ふぅ~……イリガルいるな?」

「はっ、ここに」


 シンっと静まり返った室内で呟くようにブレアが言うと男の声が室内で響き、先ほどまで映像を流していたスクリーンの裏側から黒いスーツを来た男が姿を現した。


「お前も聞いていただろうが、私は国に呼ばれたのでしばらくここを留守にすることになる。私のいない間、代わりを務めるようレシーヌに伝えておいてくれ」

「はっ! 了解しました」


「それからお前は私の護衛に当たるように」

「イエス、マイボス……」


 イリガルという男は返事をした後にシュン、と音を立ててその場から消える。

 そして何かが這いずるような音が天井から聞こえ、しばらくして室内には再び静けさがやってくる。


「全く、忍者が好きなのはいいが……せめて開けたら閉めていって欲しいんだがなぁ」


 天井の通風口が外れ、中が見えてしまっているその様子を愚痴りながらブレアはパソコンを起動させ、仕事を始めた。







「はぁいもしもし?」


 真栄喜(まえき) (ゆう)の使用する自室。

 本来であれば他の兵士と同様、3、4人が共同使用する部屋に送られるはずだったのだが、上からの指示もあり、彼には個室があてがわれている。


『ようやく繋がったか』


 通信装置を介して聞こえてくる男の声。

 それは傭兵として游を雇った存在であり、大陸の工場施設を指揮する工場長たるブレアを指揮することのできる人物。

 つまりは彼女らの上司にあたる存在であり、それは真栄喜(まえき) (ゆう)を雇い入れた存在である。


「はぁい、もしもし?」


 だというのに彼は特に臆することなく、ブレアらに向けたものと同じような陽気さで答える。


『……では報告を聞こうか』


 その反応に対して特に気に止めた様子もなく、男は游からの報告を耳に入れる。

 クレイマー・シュタインの管理する工場の壊滅から新しいGWであるシェディムの情報まで。

 游として知りうる限りの情報を彼へと伝える。


「しばらく連絡を取れませんでしたから細かいところはアドリブで動いてますが、構いませんよね?」

『あぁ、クレイマーの工場が崩壊したというのは流石に想定外だが……』


「あぁ、その点に関してはご心配なく。自分も想定外ですので」

『問題は大いに有るのだが……まぁいい。私たちの計画が滞りなく進めていけるのであれば、些細なことだ』


 文句を言いたげな態度を見せたものの、すぐに疲労感を乗せたため息をつくと一呼吸おいてから男は落ち着いた声で言った。


「いやいや、『私の』でしょう? なに共犯みたいな言い方してるんです?」

『……いや、『私たち』だよ。少なくともクレイは私の策に同意してくれたのだから』


「ふ~ん、なるほどねぇ。ま、俺は貴方に雇われた傭兵に過ぎないんでその辺はよろしくお願いしますね」

『……あぁ、私とお前とは単なるビジネスパートナーに過ぎんよ』


「はい。あ、それよりも約束守ってくださいよ~?」

『……ATの情報か?』


「えぇ、それからプラネットシリーズについても」

『……了解した。役に立つかは分からんが、俺の知る限りの情報を提供しよう』


「えぇ、よろしくお願いしますね。矢神さん」


 笑顔を絶やさないまま、游は通信を静かに切った。

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