006『珍しいもの、三度目は地獄』
防人らは今、戦場にいた。
崩壊した都市はビルが傾き、風が吹けば砂ぼこりが巻き上がる。ここはもはや人が住んでいけるような世界ではない。
そんな世界で人々は現れた化け物に恐れ、逃げ惑い、死んでいく。
それに対抗するために防人は植崎とともにハンドガンを手にシールドを背負って廃ビルの中を進んでいた。
「植崎右だ!」
「おうよ!」
引き鉄を引き、死角から襲ってくる禍禍しい姿をした異形の者たちと戦う。
赤外線スコープで照準を合わせて異形の者たちの持つ赤く輝く弱点を打ち抜いてゆく。
しかし防人は未だ銃を一度も使ってはいない。それは彼にとってFPSは本当に苦手のジャンルであるからだ。
動きながら照準を合わせるのにもたついているうちにこちらがやられてしまう。
かといって適当に撃ってもマガジン内の弾を多量に撃ったところで敵は倒せない。
だから防人が主に行うのは視界に映るマップを注視して植崎に指示を送ること。
天井だ。通路を右だ。窓の外からだ。と、素早く対応し、的確な指示を送り、仲間である植崎は襲い来る異形の化け物たちを次々に倒していく。
防人も注意を引くような援護を行いつつホルスターの中から手榴弾を取り出して固まっていた敵を吹き飛ばす。
彼はこうやって物を狙ったところに投げることは得意だが、銃だけは思うように取り扱えない。
だから昔やっていたオンラインゲームなんかではナイフで戦うガンアクションプレイヤー。ひっそりと相手の背後に回り込み首を刈る。
その腕前は『不可視の殺戮者』とか『首切りジャック』とか呼ばれていたほどだ。
「ナイスだぜ! ――おぉ!?」
「あぁ――っ!?」
突如大きな地震が発生し、床が抜け落ちる。
落ちた先は薄暗く、赤く光る眼が一つ。部屋を取り囲むように設置されたロウソクに順に火がついていき、赤い眼の全容が明らかになる。
目の前に現れたのは巨大な異形の怪物。
奴は咆哮とともに手にしていたハンドガンがマシンガンに切り替わる。
そして二人の最後の戦いが始まった。
◇
「くっそぉ!! 負けちまった」
「最後のあれは完全に初見殺しだな。完全に殴ってくるモーションだったのに、目が光った瞬間レーザー攻撃とか」
「しかも盾で防げねぇとかマジありえねぇ~」
「だね、このゲーム、噂じゃ聞いてたけど本当に1発クリアさせる気ないやつだよなぁ」
「くそっ豪華景品まであとちょっとだったってのによ」
「どうする?」
「やめだやめ。もう金ねぇし」
「だね。了解」
二人は暗い空間で視界に映るコンティニュー画面下の『NO』を押して遊んでいるゲームを終了する。
目の前に浮かぶ画面が消えると同時に視界が光に包まれていき、次に視界が開けるとそこは狭い部屋に椅子が置かれた部屋。
ここはフルVRのシューティングゲーム。『ハザード・シューター』の装置の中。
目の前のモニターには『GAME OVER』の文字が表示され、少ししてゲーム紹介の映像へと切り替わる。
防人は頭に被っていたフルVR用のヘルメットを外すと、コードが絡まないように気を付けながら目の前の小さなボックスの中に収納するとレバーを引き、椅子の後ろの方へと後退させる。
それから壁にかけてあったクッションの入った袋を持つと個室の鍵を開け、外へと出る。
「ぶはぁっ旨い‼」
二人は傍に設置された自動販売機でジュースを買うと休憩のためにベンチに腰掛けると一気に中身を飲み干した植崎の横で防人は静かにのどを潤している。
ふとクッションのあったクレーン台を見ると電源が落とされ、『中止』と書かれた張り紙が張られていた。
「フフッ」
防人はケースの中身は空になった際、店長らしき人は頭抱えて嘆いていた事を思い出し、笑みを浮かべる。
――ご愁傷様です。おひとり様何個までと書かなかった店長さん。
「ん? どうしたケー」
「あぁいやちょっと思い出し笑いをさ……」
「ほーんそうか」
「……それで、クッションも全部種類ゲットしたし、これからどうするの?」
「あ~今日は金も使っちまったしなぁ……つっても特にやることもねぇし、帰るとするわ」
「そ、分かった。んじゃね」
「おう、またな」
彼らはそう言って短く手を挙げて別れ、植崎が上行きのエレベーターに乗るのを見送ると防人は階数を示すランプが一つ上へと上がったことに笑みを浮かべる。
そしてそのまま下へと戻って言ったのを確認すると防人は携帯を取り出し、現在時刻と湊からの連絡の有無を確認する。
――連絡は無し、か……。
ゲーム開始から2時間ほど経ったというのに未だメールの一つも送られて来ていない。
もうしばらくゲームセンサーで時間を潰せるのならいいのだが、小銭入れに入ったお金は長財布のものと比べて雀の涙ほど。
帰りの電車代を考えるともう一円も使えない防人はやることもなく、ふと探そうと思う考えが頭をよぎる。
――上の階から順番に歩き回ってみるか……時間潰しにもなるし、あらかじめ見つけておけば呼び出された時にすぐに向かえるし。
そう考えた彼は手にしていた空き缶をゴミ箱へ投げ入れるとエレベーターで一番上の階である6階シネマフロアへと足を進める。
扉が開くとすぐさま漂ってきたポップコーンの香ばしい匂いに食欲を沸き立たせられるが、特にこれといって観たい映画がやっているわけでは無いため、早々に先ほどまでいた5階のゲームフロアをスルーし、ゲームやオモチャ、本といった娯楽用の店が主に並ぶ4階へと降りていく。
とはいえお金が無い今それらを購入することは叶わず、空いた時間でチェックだけはしていたゲームや漫画を横目に店内を見て回ると更に下のフロア、レストランフロアへと降りていく。
今はちょうどお昼過ぎ。
人が混み合う時間のようで美味しそうな匂いがエレベーターが開くと同時に漂い、空腹感を刺激する。
なにか軽く食べていきたい気分ではあるもののこの階の料理店の値段は総じて高い。
持っていかれた長財布にもお金が残っている見込みが無い以上、帰りの電車賃を残すためにもここは我慢の時である。
それに並んでいる間に湊から返信来たらどのみち食べられない。
防人は溢れ出た唾を飲みこみつつ、区分け用の窓から店内を確認していき、最後に甘い匂い立ち込めるスイーツ店へと視線を向けると店内で席に座っている湊を発見する。
「――っ……まずいな」
防人は湊を発見したものの彼女が誰かと話しているというその現場を目撃し、心中で大音量の警告音が鳴り響かせる。
というのも以前、湊が金髪の友人と買い物をしているのを目撃してしまったことを帰宅後、よく分からないままに責められ、ひどい目にあったことがあるからだ。
防人はその時の惨状を思い出してブルリッと大きく身震いする。
――このままじゃあの時の二の舞になりかねないよなぁ。もうあれだけは勘弁してほしい。
防人はそう思いつつ素早く傍にあった太い柱に身を隠しながら携帯のカメラ機能を使って彼女らの様子を確認する。
本来ならば今すぐにでもここから離れるべきなのだということは防人自身がよく理解している。
しかし、今の彼はこの後の恐怖心よりも好奇心の方が勝っていた。
――湊が笑っていた。
それが彼から沸く強い好奇心の正体。
湊は別に感情表現に乏しいというわけではなく、無理矢理やらされたオンラインゲームなどではむしろポーカーフェイスというものを教えてやりたいほどに感情が表に出ている。
かといって感情の制御が出来ないということもない。空気を読むときはしっかりと読むし、声のトーンだってちゃんと変える。
しかし、湊が笑う時は愛想笑いな事が多く、バラエティー番組などで彼女が笑う時には口角を高く持ち上げ、他人よりも鋭くとがった犬歯が覗いている状態になる事を防人は知っている。
そしてその表情を対面する誰かへ今まさに見せている。
このまま高校生となれば二度とは訪れないであろうまたとない機会。
そんな相手を見てみたいという好奇心は防人の感情を強く沸き立たせた。
一体、どんな相手なのだろう?
湊と話す白い髪の人物は背を向けていて外からは見えないのが凄くもどかしい。
かといって回り込もうにもこの店がフロアの角にあり、彼女の達の座っているのも店内の角。
白い髪の人物の正面に回るには店内に入るしか無く、それは叶わない。
「――っ!?」
防人は他人から怪しまれないよう自撮りモードにしたカメラから彼女達の様子を覗いていると画面に映り込んだ湊と目が合った。
――気付かれたか?
ドキリと心臓を鳴らすものの、彼女はすぐに白い髪をした方へ視線を戻したので安堵するもしばらくとしないうちに白い髪の人物が立ち上がり、会計を済ませて店の外へ。
降りるためのエレベーターがあるのは自分の立つこちら側であるため当然、その人はこちらへと近づいて来る。
――ヤッバ!
心中を埋め尽くす焦りの中、防人は素早く携帯をしまうと柱を背に隠れながらじっと息を潜める。
「…………。」
深呼吸で心を落ち着かせ、こちらへと近づいてくる足音のみに耳を澄ませ、そして白髪の人物が柱の傍を通るその瞬間に防人は柱の周りをくるりと回る。
そして彼は静かに横目でその背中が見えなくなるのを見送ってやり過ごした。
「ふぅ~危なかった……」
危機感が薄れていく中で顔ぐらいは見ておけばよかったという後悔の気持ちが現れるが、このままでは湊までどこかへ行ってしまうだろう。
もし後を追う形で湊に声をかけたら隠れていたことがバレかねない。
それなら、と防人はすぐに柱から少し離れると出来るだけ自然に見えるように人を探しているかのようにようにキョロキョロと顔を動かしながら店内に入っていく。
出来る限りの偶然見つけたという風を装って、ゆっくりと席に近づいてゆく。
「お、おう。こんなところにいたのか……」
防人は小さく手を上げて、湊に話しかける。
「あら、柱に隠れてこそこそしながら会話を盗み見るのが大好きな変態が来たわ」
「えっ! いや、偶然だって」
やはりあの時気が付かれていたのだろう。こちらが話しかける前に言われてしまった。
「えぇ、柱に隠れて良い変質者っぷりだったわ」
「うぅ……じゃあさ、さっきの――」
どうせばれていたのならこの後の結果は変わらない。だったら聞いたっていいだろうと防人は少し開き直って話を切り出す。
「変態に話すことなんかないわ」
まだ何も言ってないのに彼女はプイとそっぽを向く。
「いや、あのさ――」
ふたたび聞こうとしたその時、湊はこちらにわかりやすいように、小さいながらも音を立てながら深く息を吸う。
この後の展開は読めている。
人類にとっては忌むべきものである『冤罪』と言う無実の罪。
ここで今、目の前の湊が一つ悲鳴でも上げてここから逃げ去ってでもしたらどうなるのかそんなものは想像に難くはない。
あぁなんということだろうか。
湊はこちらを脅してきた。しかも今後一切、外の世界を知ることが無くなりかねないような行動でだ。
何か言う事もなく、たった一度大きく息を吸うただそれだけでこちらはそれ以上何も出来なくなってしまった。
今、ここにいるのは女性のグループが二組に男女のカップルが一組。入ってきた防人へ水を運んで来たウェイトレスが一人。
結局、こちらが折れるしか手はなかった。
――本当、女の子というものは恐ろしい。
「……ごめん。なんでもない。忘れてくれ」
防人はその声に謝罪の心を込め、そう言った。
「……ふん、座れば?」
湊の言葉に従い、向かいのソファーに腰かけて水を受け取ると、湊が注文したのであろうコーヒーをウェイトレスが静かに机に置いた。
店員が空になったパフェのグラスを手に離れていくのを待っている間、どこも見る場所の無い防人は静かに湊の方を見ていると彼女は手を伸ばし、防人の目の前に置かれたコーヒーカップを自分の方へ引き寄せると座席にサービスで置かれているシュガースティックの袋を破った。
「…………。」
沈黙の中、コーヒーをかき混ぜる湊の顔はとてもつまらなそうな表情をしている。
先ほどのあの嬉しそうな顔は一体どこへいってしまったのか。
「……ねぇじろじろ見ないでくれる? キモいんだけど」
改めて出た言葉がまさかの『キモい』。
十分に予想はしていたことだが、全く持って失礼極まりない。
「あぁ、そんなにじろじろ見たってこのコーヒーはあげないよ?」
それは予想外の反応だった。
防人が見ていたのは湊の様子であってコーヒーではないのだが、そう勘違いされているのならそれでもいいだろう。と彼は状況を判断し、言葉を考える。
「……いや、別にコーヒーは飲みたくないかな?」
「え? じゃあたしの飲んだコーヒーが飲みたいってこと? ……キモいんだけど」
「なんでそうなる!? ……いや、そうじゃなくてただすることがないから」
「することがないからあたしを視姦して楽しんでるってこと? キモいんだけど」
先程よりも嫌そうな顔。まるで彼女は汚物でも見るかのように頬をひきつらせる。
「いや、本当にすることがないだけなんだけど」
「……キモいんだけど」
「何も思いつかなかったなら口を閉じていてはくれませんかね」
「え? 口閉じたらコーヒーが飲めないんだけど。どう落とし前つけてくれるわけ」
――そう来るか。
「あの、あのね。都合のいい時だけ人の話を聞くのをやめてもらえないかな?」
「嫌よ。なんであたしが兄さんの望みを聞かなくちゃならないの」
「望みて、ずいぶんと上からだな」
「あたりまえじゃない。逆になんであたしが兄さんの下だと思っているの?」
妹に下と言われると少しばかりイラッと来るものがあるにはあるが、実際敵わないので何とも言えない。
とはいえ、そうまで言うのならばこちらにだって考えはある。
ここは彼女の嫌がることをしてやろう。
「……話をしよう」
「嫌よ」
「これは、君にとっては数分前の出来事だ」
「聞いてる?」
ドスの入った声と嫌悪の表情。
彼女からの殺気に少しだけ気圧されるが、防人はそれを無視して続ける。
「大丈夫だ……とそんなことより、さっきの女の子は誰だったんだ?」
湊は他者の事や他者との会話の事を聞かれるのを異様に嫌う節があり、防人はそのことをもちろん身をもって知っているが、この場所では彼女の方も強くは出れない。
それなら、と彼はちょっとした嫌がらせのつもりで彼女へ聞く。
「ぅえ!?」
防人の言葉に湊は目を見開き、素で驚いた声を出す。
今日一日でなかなかお目にかかれない珍しい表情を二つも拝めた事に妙な嬉しさを覚えつつもここは攻め時だと判断する。
精神にぐらりと来るものがあったのならその口元も緩んで答えてくれるかもしれない。
「それでさっきのは子は誰だったんだ?」
「え、えぇっと……友達よ友達。とっても大切なね」
「親友って言うやつか?」
「まぁそうね。というか顔見なかったの?」
「うん、見そびれた」
「ふ~ん。全く……女の顔を見たいなんてやっぱり変態ね」
「……あれ?」
「あぁ~あ、せっかくの楽しい気分が台無しだわ。この後少し買い物に付き合ってもらうから!」
防人が有無を言う前にそう言い切り、店員を呼び出すとコーヒーを飲み干すと防人から取った財布とともに追加注文したコーヒーの代金を押し付けるとさっさと店を出て行ってしまった。
それからモール内にある服や下着、バッグやアクセサリーといった商品を湊は見て回り、防人は彼女の後ろをカートに体重を預けてゆっくりとついてゆく。
「これとこれとこれもお願い」
「はいはい」
試着し、カートに積まれた女性ものの服を会計へ。
「合計で11263円になります」
「いちまっ!?」
セール品を選んでいたとはいえ、当然数を買えば高くなるのは当たり前のこと。
「それじゃあ支払いよろしくね」
「……分かった」
冷酷にそう言い放つ湊の言葉に少しずつ貯めていたお金が飛んで行く音を聞きながら防人は大きな袋に詰め込まれた衣服をカートへ移すと先へと行ってしまった彼女の後を追いかけ、次の店へと入っていく。
――なぜお金を払わなければならないのか。
そんな愚痴は湊には通用しない。
女王様かとでも突っ込みたくなるような性格をかねそろえた彼女はこうと決めたら絶対に折れはしない。
まぁそれが彼女の良いところでもあるにはあるが、同時に悪いところでもある。
「会計3692円です」
とはいえ、買い物で安めなものを買うところは彼女なりの優しさ……なのだろうか?
「袋はお付けしますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。それでは合計して3702円となります……はい、4002円お預かりします」
防人は受け取ったお釣りを財布にしまうと受け取った袋をカートへ乗せて湊の後を追いかける。
「はぁ~楽しかった」
日暮れ時、満足そうな顔をして湊はクレープを片手に店を出る。
「はぁ~疲れた……」
明らかに一人で持ち運ぶのには多すぎる量の買い物の袋を運ぶことを強要され、駅へと着いた防人は二人分の乗車券を購入する。
袋の紐が両腕に食い込み、とても痛いが、床に置くことは汚れるため、許されない。
しばらくしてやって来た電車には仕事終わりのサラリーマンも多く、防人は立ったまま乗ることになった。
彼は転ばないように意識を足元へと集中する。
そうしてようやくと自宅に到着する頃には彼の二つの財布に残っているのはポイントカードととってあるレシート。そしてわずか13円のみであった。
「やっと着いた……」
電車に揺られて、目の前に空いた席も取られ、満身創痍な防人は大きなため息をはいて荷物を彼女の部屋の前に置いていくと少し早めに夕食を作り始め、明日に備えて早く眠ることにした。
◇
そして次の日。
まだ空が白んでくるぐらいの早朝。
「あ~眠い」
今日は高校の受験日である。
そのため、彼は湊の分の朝食を作り置いておくために目を覚ますと眠そうな表情のままゆっくりと歩いてキッチンへと向かう。
「…………んん?」
薄暗いリビングを抜け、キッチンの明かりを灯すとそこにラップを被せた一枚の皿が置かれている事に気が付いた。
『入試試験頑張って 湊』
そう書かれた一枚のメモ用紙。
女の子らしい丸文字で書かれたそれを見て防人の眼頭は熱くなった。
あぁついに彼女のデレが来た、と。
「いただきます」
湊の見せた少ない優しさに感動すら覚え、感謝の気持ちをもって防人はおにぎりに手を伸ばす。
梅干し、昆布、鮭、焼き肉。
……そんなおかずは一切入っていない質素な塩おむすび。
時間が経ち、すっかりと冷えてしまっていたが、防人とってそれはとても暖かく、とてもおいしく感じ、ペロリと4つのおにぎりを平らげる。
「……ん?」
そしてその皿を片付けようと持ち上げる際にもう一枚のメモ用紙が皿の下に隠れるように置かれていた事に気づく。
――……まさか。
防人は頬をひきつらせたまま皿を置くと、恐る恐るその折りたたまれた紙の内容を確認する。
『そうそうその中に一つだけ下剤を溶かしてあるものが存在します。運も実力のうちってね。テスト気を付けてね』
「は……」
――はめられた。
防人がそう思った直後に腹がギュルギュルと鳴り始める。
「ぉっおぉぅ……」
あぁ悪魔の笑い声が聞こえてくる気がする。
淡い喜びが儚く散っていき、比例して沸き上がる絶望感とともに腸が激しく活動を始め、吐き気にも似た感覚を防人に与えてくる。
「あぁぁ……もぅ~」
言葉にならない感情を声に漏らしながら、真っ青な顔をした防人は急いでトイレへと駆け込んだ。