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083『幼き少女の肉体は……』

 絶華や植崎と話しているうちに随分と時間が過ぎてしまっていたようで、既に20時を回っていることに防人は時計を見て少し驚く。


「タチバナ、ご飯にしようか」

「わーい!」


 出来たらこのまま風呂に入って寝てしまいたいところだが、絶華をこのまま飢えさせたままにしておくわけにもいかない。

 の、だけれど……。


「……その腕で食べられるの?」


 彼女の着ている服は自身の両腕を完全に拘束してしまっている。

 先程も喜んで手をあげようとしたのか腕の部分がモゾモゾとしていたし、もしかして自分で外せないのだろうか?


「犬食いでいいのなら」

「……だよね」


「食べさせてください」

「えっ!? いや、でも……」


「くーだーさーいー」

「……わかったよ」


――犬食いをするのは流石に行儀が悪すぎるし、なによりもこんな小さな女の子がそんなことする姿なんて見たくない。

 というか、そんなことをさせてしまうと後々絶対に罪悪感に頭を抱えるはめになるのが目に見えている。


「あ、そうそうお肉以外でお願いしますね」

「肉?」

「牛さんも豚やろぅ――じゃなくて豚さんもチキンも駄目です。魚も入ります」


――今何て? いや、まぁいいけど急に来るからビックリするんだよなぁ。


「えっと……なんていうか、お坊さんみたいだね。精進料理みたいなものかな?」

「あれはあまり好きじゃないです」


「へぇ~食べたことあるの?」

「無いですよ?」

「無いのかよ!」


――まあ、僕も食べたことはないけど……。

 テレビで見た時は本当に少なくて豆とかそういうのばっかりだったけ?

 あんな量だけでよく持つよなって思ったんだよなぁ。

 正座してお経唱えるだけでも体力使いそうなのに……っとそんなことより何があったかな?


「……うーん、本当は今日買うつもりだったからまともな食材が残ってないなぁ」


 防人は冷蔵庫の中を確認しつつ、ボソリと呟く。

 肉などは残っているが、食べられないと言われた以上、使うわけにもいかないだろうし……どうしよう。


 レトルトとか、何かあったかなぁ?

 カレーは……ダメか肉が使われてる。

 シチューは……肉を入れなくても作れるけど、野菜が足りないかな?


「……ん?」

「あー、それおにーちゃんがよく作ってくれるですよ!」


 それは、お皿に美味しそうに盛られた写真が印刷された『麻婆豆腐の素』が入った箱。

 それに対して絶華が嬉しそうな声をあげる。

 カウンター越しによく見えたものだ。


「そっか、それじゃあ麻婆豆腐にしようか」


 彼女がそれがいいと言うのならそれには答えるべきだろう。

 しかし、肉無しの麻婆豆腐か……そんかのただ辛いだけのスープみたいなものじゃないのかな?


「いいですねー。麻婆豆腐……」


 足をプラプラとさせて嬉しそうにしている絶華。

 ああいうところは年相応のようにも見えなくはない。

 服装を含め、彼女の周りの現状に目をつむれば、だが。

 

「よく作ってくれたって言ってたけど、お兄さんのはどんな感じだったのかな?」


 既に刻まれたネギのパックと豆腐を冷蔵庫から取り出しつつ、防人は絶華へと質問をする。


「えっとですねー。よく、おにーちゃんと森の中とかでご飯を食べるんですけど」


――へぇ~森の中……キャンプみたいな感じかな?


「おにーちゃんが乗ってるバイクから色々道具を出してくれて作ってくれたのですよ!」

「へぇ~そうなんだ」


 相づちを打ちつつ防人は麻婆豆腐の箱の裏に書かれた作り方を確認する。


「……ぁ」


 これ、チキンエキスが使われてるのか、まぁ別にスープくらいなら……あぁいや、もしアレルギーとかだったらマズイよなぁ。

 アレルギー表記もされてる……面倒だけど、1から作るべきかな。 


「それでですね~、おにーちゃんが作ってくれるやつは刺激的でスゴいんですよー」

「へぇ~……」


 どこかの外道神父と気が合いそう……ってそんなことより作り方、検索すればすぐに出てくるかな?


 防人は生徒手帳の画面ロックを解除し、ネットから作り方を検索、それを元に肉無しの麻婆豆腐を作り上げる。


「ほら出来たぞ」

「うわぁ美味しそうです~早く早く食べさせてくださ~い!」

「分かったから、ちょっと待ちなさい」


 パクパク、とエサやり前の鯉のように口を突き出してくる絶華へ防人は彼女の前に並べた皿の麻婆豆腐をスプーンですくい上げ、まずはご飯に――


「ギャー、なにするですかぁ!!」

「え? ご飯と一緒に食べるかと」


「そんなことしたら味が混ざっちゃうじゃないですかぁー!」

「え? でも……」

「ちゃんと別々に食べさせてくださーい」


 そう言いながら彼女はイバラをゆっくりと操って防人の前の茶碗と自身の茶碗とを入れ換える。


「あーん」


 そして彼女は再び口を開けて待機する。

 さっきのを使えば自分でも食べられるんじゃ? と防人は思ったものの言っても聞かないだろうと諦め、結論づけると再びスプーンで麻婆豆腐をすくい上げると彼女の口元へと運んでいった。


「んにゃっ!? 熱いですよー。ちゃんと冷ましてから食べさせてくださーい。全く、気が利きませんねー」

「そういう君は……人に食べさせてもらっておいて少し図々しくないかな?」


 これが女子供でなかったら今すぐにでも殴っていただろうなぁ……頭の中で、だけど。

 でも、植崎とかにやられたとしたら……うん、無言で殴ってると思う。


 十分に冷ましただろうと判断した防人はスプーンを絶華の口に運ぶ。


「……どう?」

「ん~美味しいですよ? おにーちゃんのやつほどではないですが」

「一言余計だよ」


 鶏ガラの素なんてなかったし、鰹だしの素を使ってみたから少しアッサリめにはなって少し心配だったから美味しく作れたのならそれでいいけどね。


「せんぱーい次、ご飯くださーい」

「はいはい」


 全く……介護ってこんな感じなのかな?


「んにゃ? 全然食べていないようですが、ATせんぱいは食べないのですか?」

「あぁ……」


 絶華に指摘され、防人はスプーンを持ち変えると目の前に用意した麻婆豆腐を口へと運ぼうとした。


 香辛料で赤く染まった液体(スープ)


 それがトロリ、とスプーンから滴るのを見たとたん、不意に不快感が込み上げてくる。

 スープよりも粘っこくて血生臭い、ドロリとした……何かの記憶。

 何故だが分からないが、頭がどっと重く痛い。

 何だ? これ??


「ん? せんぱい? どうしたです?」

「――っ!」


 絶華の声にハッ、と我に返った防人は皿の端の方にゆっくりとスプーンを戻すと麻婆豆腐から目を背けると首を傾げている絶華の方を向き、微笑む。


「僕はいいよ。あまり食欲ないし」


 彼はそう言うと彼女のスプーンを掴む。


「それより、絶華は残さず全部食べないと許さないからな。許しまへんでーだからな」

「はいです。それでは美味しく味わせてもらうです」


 ニコニコと麻婆豆腐、そして白米を頬張る幼女から視線を壁の方に向ける。

 そこあるのは真っ二つになったテレビとその後壁の深い傷。


――やっぱりあれは弁償しなきゃいけないよなぁ、でも今、誰かに頼むわけにはいかないし、今度穴埋めの道具でも購入しようかな?


「どうしたんですか? ATせんぱい。黙り込んで、もしかしたら目隠しの女の子にご飯を食べさせるのに興奮したですかー?」

「いや、しないよ。どんなプレイだ。……というかその仮面は見えてるんじゃなかったっけ?」

「はぅ! そうでした。いや、見えてます見えてますよ。ATせんぱいは目隠しした女の子にはご飯を食べさせようとはしてませんよ!」


 少しからかってみただけなのだが、思いの外いい反応をしてくれる。

 いきなり襲ってくるような子じゃなけりゃこういう反応も素直に喜べるんだけど。


「そうか……ほら、早く食べないと冷めて不味くなっちゃうぞ?」

「だったらATせんぱいも休まずにスプーンを動かしてください」


「はぁ……分かったよ」

「うにゃっ。だから熱いですよぅ」

「あぁ、悪い悪い」




「ごちそうさまでした」

「ございましたです」


 少し作りすぎたとも思っていたが、心配するまでもなく絶華はペロリとご飯を平らげた。

 よくもまぁ肉なしのほぼ香辛料の塊みたいなものを食べられるな。


 しかも二人分も……まさか自分のぶんまで食べられるとは思わなかった。

 おかげで白米だけを食べる羽目に……あぁ~、おかずを他にも作っておくべきだったなぁ。


「さて、時間ももう遅いし、そろそろ寝ないと……絶華、お風呂先に入ってきていいよ!」


 食器をシンクに運びつつ防人は言う。


「えぇ~!? ATせんぱいも一緒に入らないですか?」

「え? いや、入らないよ!? どうしてそうなるの?」


「んー、おにーちゃんとはよく一緒に入るのですよ?」

「そりゃお兄さんとなら別に大丈夫だろうけど」


「どうしてです?」

「どうしてって……そりゃ家族なんだから、別に問題ないだろ?」


「家族? それはよく分かんないけど、おにーちゃんが問題ないならATせんぱいでも問題ないと思うですよ?」

「いや、問題あると思うけどなぁ……君のおにーさんは怖いもの知らずだね」


 もうちょっと貞操観念みたいなのを身につけて上げたらどうなんだろ……ポルノ法を知らないのか?

 まぁ、あの法律けっこう曖昧なところもあるから僕もよくわかんないだけど……。


「ん~……おにーちゃんが怖いのは人間の狂気ぐらいですよ。それよりもこの服を脱がしてください」


 そう言ってピョンピョンと跳ねながら近付いてくる。

 その動作自体はとてもかわいい、が。


「えっ? その服脱がせられるの?」

「もちのロンです」

「そう……」


 そうだよね。お風呂に入るときくらいは拘束衣なんて脱ぐよね。

 でもなぁ……ご飯の時になんでそれを言わなかった!?


「拘束衣の説明書は書いてあるのですよ。鍵が入っているのです」


 そういって絶華はすっかりとバラバラになってしまっている箱のある悲惨な一帯をイバラで指差す。


 説明書……あのなかにそれらしいものはなかった気はするが、彼女があるというのならあるのだろう。

 拘束しておいて鍵も一緒に入れているという点に関しては何故? と思わなくもないけれど、今は彼女の拘束を解いてあげるのが先だろう。


「えーっと……あぁ、あった。これか?」


 今では電子ロックが普通である中、わざわざこういった鍵穴へと挿し込むような物理的なものは重要なものをしまう金庫などくらいにしか見られない。


――ごまだれ~……なんちゃって。


 とはいえ防人はゲームなどでよくみる形状(もの)であったのでさほど珍しさは感じられなかったが……。

 彼は頭の中で再生した効果音とともに小さな鍵を手に入れると絶華の胸元辺りにある拘束具の鍵穴へとゆっくりと挿し込んだ。


「……あれっ? 外れないみたいだけど?」


 左右に捻ってみるけれど、反応がない。


「ちゃんと合言葉を言わなきゃだめですよー」

「合言葉? 開けゴマとか?」

「違いますー、合言葉はこう言うんですよ~」


 そう彼女は言うと少し間を置いてから力強く叫んだ。


「キャストオフ!!」


 マスクドフォームから変身するための某台詞。

 カチャリ、という開錠音とともに絶華の全身の拘束具が外れ、光となって消えていく。

 そして、彼女を包む蕾は花開くかのように外れ、一瞬のうちに彼女の身体は自由を取り戻した。


「ふふふ……取れました!! やっぱり解放感半端じゃないです!!」


 目元の仮面のようなものも外れ、嬉しそうにピースサインを見せて喜ぶ絶華。


「そう。それは良かったね」

「さ、ATせんぱい早く脱がしてくださーい」


 最後に残った白い拘束衣。

 絶華の四肢を縛り付けていたベルトも完全に外れ、彼女は嬉しそうに防人へと要求する。


「えっと……この服はどうやって脱がすの?」

「あぁ後ろにチャックがありますよ。引っ張ってください」


 クルリ、と絶華が背を見せてくる。

 拘束用のベルトのせいでよく見えないが、確かにジッパーが走っている。


「これを引っ張ればいいんだね?」

「はいです」


 ベルトを掻き分けつつ言われた通りに防人は背中のジッパーを引き下ろしていく。

 重さによって服が開き、絶華の白い素肌が露出する。


「君、なんで下に何も着ていないの?」

「蒸れるからですー」


 シャツとかを着ているとばかり思っていた防人は少し驚きつつも冷静に最後まで下ろす。


「ふぇ~やっと脱げたです」

「――ちょっ」

「よし、さぁATせんぱい。お風呂入るですよ!」


 絶華はそのまま拘束衣を脱ぎ捨て、完全に裸になる。

 流石にこんな子供とはいえ女の子の裸を見るのは良くないこと。

 というよりはこの子の場合、裸を見られたことを理由に襲ってくる可能性がないとも言えないため、防人は慌てて目閉じると顔を逸らした。


「何やってるです? 早く入りましょう!」

「いや、さっきも言ったけどお風呂なら1人でも入れるでしょ?」


「あっれぇ~もしかして欲情ですか? 欲情しているですか? ふっふ~変態ですねー。ATせんぱい。こんな幼児体型に。頭の中ピンク色ですかー?」

「いや、そんなことは――」


「ATせんぱいはロリコンですーペドフィリアですー」

「違うってば!!」


 実際はATが幼子に興奮するような人物であるのかは分からないものの少なくとも自分ではそうではない。

 とはいえ、このまま目を反らしているわけにもいかないだろう。

 このままではテンションの高まってこちらを煽ってくる幼女はお風呂に入ることなく、色々と言い続けてくるだろう。


「ほ、ほらロリコンなんかじゃな――」


 見ること自体に問題はない。

 とはいえ女の子の裸をまじまじと見続けるというのは彼の中で罪悪感が沸き上がってくることだろう。



 本来であれば。

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