081『幼イ薔薇のお届け物』
「あ゛~~疲れたぁ~」
その日の夜。
めだかの用意した衣装の試着も終わり、着替えるのに疲れ切った防人は少し重い足取りで学生寮の自室へと歩いていく。
「……?」
――なんだろう、これは。
廊下を進み、部屋の前にたどり着くと置かれていたのは一つの箱だ。
宅配企業からの届け物なのかと思ったけれど、それらしいロゴは箱のどこにも描かれていない。
というか、そもそも最近ネットで何かしらの注文をした覚えはない。
――学園の校章は描かれていないか……。
本来、学園の正式な手続きを経て送られてきたのであれば確認済みであることを示すため、校章の判子がどこかに押されているはず。
しかし、それらしいものはざっと箱を確認しても見られないということは学園からの支給品という線は薄いだろう。
そもそもそういったしっかりとしたものならこうして扉の前に置いていくのではなく、寮の受け付けに預けられるはずだ。
するとこういうことをわざわざしそうだと考えられるのは一人くらいしか思い付かない。
――ATから、だろうか?
防人は思考を巡らせ、『AT』と名乗った男のことを思い出す。
彼の本名は分からず、顔も声すらも分かっているとは言い難い相手。
分かるのはこの学園において学園長である『ゼロ』よりも上の立場にあたる存在であるらしいということだけ。
そんな彼であれば届け物1つくらい正式な手順を無視してここまで運んでくる事は可能だろう。
でも、だとすると中身は何なのだろう?
この大きさ。中学の時に大型犬――ゴールデンレトリバーだったかな?
あの犬が捨てられているのを見たことがあるけど、あの時の箱もこれと同じくらいの大きさだった気がする。
あの時は……確か保健所に連絡したんだったか。
役所のおじさんがやけに優しい口調だったのを覚えている。
あの犬はどうなったのだろうか。
かなりの老犬のようだったし、殺処分されてしまったのだろうか。
そうだとしたら、あの優しそうなおじさんが直接手を下したのだろうか。
もしあの時、僕が拾っていたら……と、今でも思い返すときがある。
まぁもしそんなことをしたら湊のやつにメタメタに叱られていただろうというのは考えるまでもないことだろうけれど……。
「っとこんなことで感傷に浸ってる場合じゃない。でも、どうしよう? これ……」
幸い廊下の端の部屋だから他の人には迷惑はかけないだろうし、寮の注意事項には『廊下に放り出してあるものは後日スタッフにより廃棄される』とある以上、放っておいてもいつかは片付けられているだろう。
とはいえ、自分の部屋の前に置かれていたものをこのまま置いたままにしておくってわけにもいかないと思う。
部屋の出入りの際に邪魔になっちゃうし、もし中身が変なものだった時、何らかのウワサをされかねない。
仮にそうでなくても、植崎が遊びに来たりしたら勝手に開けちゃいそうだし……それこそややこしいそう、というか確実に面倒なことになりそうだ。
「仕方ないか……」
流石に爆発物とか危ないものではないだろう。
仮にこれがATに関係のない荷物だったとしても明日、竜華に確認をとって似たようなものを注文している人がいないか確認を取ればいいし。
防人は自分でそう判断しつつその箱を部屋の中へと運び入れる。
「ふ~……けっこう重たかったなぁ……何が入ってるんだろう?」
なんて言ったところで外見はただの箱。
段ボールなんかと比べたらかなり頑丈そうで光沢もあり、高級そうな見た目ではあるものの四角い箱であることに変わりはない。
このままずっとにらめっこをしたところでそれ以上、分かることはないだろう。
――しょうがない。一応、開けてみるか。
もしかすると本当に自分へと宛てられた届け物かもしれないし、そうでないとしても中身を見てみないことには報告も出来ないんだから……うん。仕方ない。
これがもし、爆弾とか危ないものだった場合は無理に手を触れずに元に戻して処理のできる人に来て貰うとして……これどうやって開けるんだろ?
段ボール箱とかだったらガムテープをカッターでサッと破いてしまえばいいんだけど……。
「……ここかな?」
防人は箱を観察し、蓋の側面部にあるボタンに指で触れると軽くスプリングの反動が返ってくる。
どうやら強く押し込めば良いのだと判断した通り、指に力を込めるとカチリ、と蓋を閉じさせていた返しの外れる音が静かに響く。
どうやら開いたようだ。
とはいえ油断は禁物。
防人はゆっくりと慎重に箱の蓋を開けて中身を確認すべくその中を覗き込む。
「――え?」
そこに入っていたのは小柄な人間――正確には子供と言っていいだろう。
歳はここから見て分かるのは顔の輪郭くらいだが、大きさからいっても十代いっているのかどうかもあやしいところだ。
第二次成長期すら来ているかも分からない以上、この子が男の子なのか、女の子なのかの判断はつかない。
しかもこの子の体に巻き付いているの緑の蔦。いや正確には蕀だろうか?
まるでそこから芽生えたかのように棘に囲まれたその子は、まるでおとぎ話に出てくるの眠り姫のようだ。
とはいえ、まさか人が入っているとは……こんな経験は人生で一度でもあれば十分――いや、そんなこと一度でもあっちゃダメだろう。
とはいえそもそもこの学園自体が普通ではないのだからまともな考えでいくのがおかしいのかもしれない。
そう自らに言い聞かせ、防人はゆっくりと立ち上がると再び箱の中身を覗く。
やはり服装のせいもあって男の子か女の子か分からない。
服装……この子の着ているそれを一言で表すなら拘束衣というべきだろうか。
海外の作品で犯罪者がベルトやらで腕そのものが拘束されているようなアレだ。
あくまでも作品などで見たことがある程度にしか知らないので見た目としてそれが正しいのかは分からないが、少なくともその判断で間違いはないだろう。
周囲に伸びた蕀、その中央で眠る子供。
両の腕は胸の前で合わせられ、脚も小さく折り畳まれており、それらは服から伸びたベルトによってがんじがらめに締め付けられている。
丸く眠るその姿はまるで花の蕾のようで周囲に広がる棘や顔の上半分を覆い隠す仮面がその想像をより強く掻き立てさせられる。
髪は青々とした植物を思わせる若草色。
その頭部には真っ赤な、血のように真っ赤な薔薇の髪飾りをつけている。
「このままにしておくわけにもいかないし……とりあえずこの子を起こすか?」
童話の『いばら姫』じゃあるまいし、王子様のキスで目覚めるわけじゃないだろう。
それにこんな子供にファーストキスをあげるのは嫌だし……というかそんなことをしたら確実に犯罪だ。
ウワサなんてされた日には周りの目が……恐い。
とはいってももう夜遅いので声を張り上げて起こすのは隣の人の迷惑だろう。
「えいっ」
悩んだ末、軽く頬をつついてみる。
プニッ、とした柔らかい頬の弾力が人差し指に返ってくるものの起きる気配はない。
「……ん?」
身を乗り出したことで箱の内壁に手紙のようなものが貼られていることに防人は気付く。
袋に入ったそれはどうやら何かの説明書のようだ。
「えっとなになに……」
『お中元です。賞味期限が近づいていますのでお早めに。
P.S. 義眼のアプデまだかー?』
「あー……あぁ?」
そしてそれらを塗り潰すように大きく書かれた短い文章。
そもそも印刷された説明書もまるで関係ないであろう内容であり、適当な紙に記したもので、一体なんなのか分からず、一瞬だけ思考が停止する。
「お中元? これが?」
人がお中元……この学園では普通だろうか?
「いやいやいや……」
おかしいでしょ。お中元っていったら普通、花とか食べ物系とかじゃないの?
食べ物だったらジュースとかハムとかが良かったなー。うん。本当に……。
「ハハハ……」
どうすんだこれ?
なんでお中元に人間を送ってくるんだ?
というか誰? 送ってきたの?
子供に拘束衣に目隠しって明らかに都条例に違反してない!?
しかも賞味期限って何だ!?
この子を一体どうすれば……それに義眼ってなんのこと? そんなの全然知らないぞ?
「う〜〜ん……」
これ、多分というか確実に自分宛じゃないよね?
これ。でもこの子……寝かしたままで大丈夫なのかな?
いや、でもこういうのは関わるとロクなことにならないものだ。
過去の経験……なんてものは一切ないけど、それは直感できる。
「フ~~……」
よし、とりあえず落ち着こう。
取り合えずクールに、平常心を保たないと……まずは深呼吸。
「スー……ハー……」
長く……大きく。息を吸って、吐いて~。
「スー……スー……」
吸って…吐いて~。……吸ってー……吸ってー……吸ってー。
「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」
いけない。酸素を取り込みすぎた。
「うん、よしOK!」
全部OKだ。うん。逆に落ち着いた。
一応、現状は大体理解できた。
よって結論は……見なかったことにしよう。
手紙をもとの位置に貼り直して……この箱はこう、蓋を閉め直して元あったように……
「よし!」
後は誰にも見られないように元の位置へ……そう、自分は何も見ていない!!
あそこに箱が置かれていたなんて気付かなかった……うん、そうしよう!
「――って、なんで起こしてくれないんですかぁ!!?」
持ち上げようとした瞬間、内側から甲高い叫び声が上がり、細い何かが飛び出したかと思うと頑丈そうだった箱がアッサリと左右に切り裂かれた。
「――!!?」
突然の事に箱を落とした防人はバランスを崩し、尻餅をつく。
臀部から来る痛み。
同時に先程まで肩のあったはずの位置に細長い何かが通過、ドスリと後ろの壁に突き刺さった。
「い、一体何が?」
ゆっくりと後方を確認すると刃物のようなものが突き刺さっていた。
もしあれがそのまま自分に当たっていたとしたら、傷つくどころか腕が無くなっていただろう。
「もー、普通に起こしてくださいよー。なんでまた閉じちゃうんですかー? クローズドリターンするんですかぁ?」
「く、クローズドリターン?」
――それってどういう……あぁいや言いたいことは分かるけど、それを言うならクーリング・オフじゃないのかな?
別に何か契約したとかいうわけじゃないけど、そっちの方が分かりやすい気がする。
「というかなにこれ?」
目の前に立っていたのは一輪の巨大な薔薇の蕾。
その足元には何本もの蕀がウネウネと広がっており、一本一本がまるで生きているかのように錯覚させる。
「これは夢かな? 心が荒んだ人が見てしまう幻想的な?」
防人が今まで見てきたものと比べても異様なそれは彼の考えから今の状況が現実であるという思考を放棄させる。
「人をまるでマイナスエネルギーから産み出された怪獣みたいに言わないで下さいよ〜。わたしは正真正銘人間ですよぉ?」
ボソリと呟いた言葉に対して花の蕾が答えを返す。
正確には花の蕾のような拘束衣に入っている子供からだ。
あの箱の中にいた子供が気付けば立ち上がり、目の前に佇んでいた。
仁王立ちというか何と言うか、目の前の子供は両の足でしっかりと床を踏みしめ、立っていた。
拘束衣にくるまれたその姿が当たり前であるかのようにその子供は存在している。
あれでは手足もまともに使えないだろうに……。
「んー? なんかリアクションが薄いですねー。せめて宇宙人に誘拐された農家のおじさんくらいの反応を見せてくれませんと。それはアブダクションだろっ!!――っていうところですよ?」
「誘拐ねぇ……いや、悪いけど僕は関西人じゃないからさ。咄嗟のつっこみに期待されても困る。というかどちらかというと誘拐されてきたのは君の方じゃないの?」
「うー。ひょっとしてあなた……ATさんじゃないんですか?」
――AT……やっぱりあの人が関係してることなのか。
「うん、違う。僕の名前はATじゃないよ」
「知ってますよー。本名でないことくらいは」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「恥ずかしがらなくても。そんなダサいコードネーム人前で名乗るのは嫌ですしねー」
駄目だこの子、人の話を聞いちゃいない。
にしてもダサいとか本人が聞いたらどう思うだろう?
「わたしならそんなコードネームをつけられた時点でその人を殺しますよー」
「物騒!」
――えぇ、なんなんだ? 殺すってもしかして本気で言ってる?
「大丈夫ですよ~。どんなにあなたのコードネームがダッサくても、わたしは軽蔑なんてしないですよ? ATせんぱい♪」
「いや、その言い方、ちょっとバカにしてない? 軽蔑してるよね?」
「あぁそうでした。申し遅れました~」
「いや、あのっ……僕の話聞いて――」
「わたしの名前は――と、本名は名乗ってはいけないんですよね。まぁ本当の名前なんて知りませんけど……とりあえず、今のわたしの名前は絶華です。よろしくお願いするです」
そう名乗った子供はペコリとお辞儀をする。
その動作自体はちょこちょことしていて可愛らしい。
格好や周囲のイバラに目を向けなければ、だけど。
「えっと……タチバナ?」
防人は反応しようと名前を呼ぶ。
男の子なのか、女の子なのか判断がつかなかったため、機嫌を損なわないよう注意しつつ呼び捨てで。
「はい。なんですか〜。わたしの名前とても格好良かったですか〜? おにーちゃんがつけてくれたですよ」
「へ、へぇ~お兄さんがい――」
「この名前の由来知りたいですか。知りたいですよね? うん知りたくない人がいるはずがないのですよ〜」
――出来れば、こっちの話も少しは聞いて欲しいんだけどなぁ……もしかしたらお兄さんのことは聞かれたくなかったとか、かな?
「えっと、それよりもさ君……僕を誰かと勘違いしてないかな?」
――あの楽しそうに僕を脅してきた腹黒そうな人と。
胸中でついでに愚痴をこぼしつつ防人が訪ねると絶華はふっふっふ~、と意味ありげに笑い、胸を張る。
「そんな筈がないじゃないですかー。わたしを誰と心得ているのです? この天才美少女、絶華が人違いなんてするはずあるわけないのですよ!!」
ビシッ、とピースでもしようとしたのか手前で拘束された腕がわずかに動く。
「美少女……へぇ~君、女の子だったんだ」
「驚くとこそこですか!?」
「それに天才って、さっきから日本語も少しおかしなところあるし、悪いけど正直なところそうは見えないんだよなぁ。僕から言わせてみれば天才じゃなくて天の災いって書いて天災って言いたいかな?」
「う~。納得はいかないです。でもそれはよくおにーちゃんにも言われるです」
自称天才少女。絶華はしょんぼりと頭を下げる。
「でも、それはあなたのいうことではないのですよ!」
下げた頭を力強く上げながら防人の意見に対して反論する。全くの明後日の方を向きながら。
――あれ? ひょっとしてこの子……。
「ねぇタチバナ、その仮面? つけてて視界は大丈夫なの?」
「な、ななな、何を言っているですか。そんなわけがないのです」
防人が訪ねると絶華はギクリと身を強張らせ、分かりやすく動揺した態度をとる。
「それを言ってしまったら仮面ライダーは全て前が見えていないことになってしまうですよ」
あれはちゃんと覗き穴があるのと思うのだけれど……。
「見えてます。見えているのですよ。いやー、かっこいいですね、ATせんぱい。まるでジョニー・デップですー」
「いや、僕日本人だし、バレバレだよ? そのお世辞」
――いや、そもそもそれって誉め言葉なのか?
「大丈夫ですよー。どこかのドアノブを壊したアホと比べれば全然マシですよ〜」
それ、僕なんだけど……そういうことを知っていてなんでアイツと間違える?
まぁその事を言ったところでこの子は聞いてくれないんだろうけど。
「あーそうそう、ATせんぱい」
「……ん? 何?」
「そこはもう、わたしの間合いですよ?」
絶華がそう告げた直後、彼女の足元に広がっているイバラの1つがまるでムチのようにしなり、防人へと目掛け飛んできた。




