077『逆リボンの騎士』
「竜華さん、ごめん!」
刀で攻撃するわけにもいかず、防人は腕部のシールドを手に掴むと全速力の中で竜華を殴り付ける。
加速による重さの乗った攻撃は竜華を反対の壁際へまで吹き飛ばし、アリーナの内壁へとヒビを入れる。
「めだかさん、大丈夫?」
竜華の方へ意識を向けつつも防人は光牙の小型シールドを腕部に戻してめだかの方へと手を差し伸べる。
『防ちゃん、なの?』
「え? えぇ、そうですよ」
『でも、その格好は?』
いつもの制服であればその上から完全に装甲が覆うはず。
しかし、今の彼の身に付けている光牙は身に付けているドレスはほとんどそのままとなっており、上から淡いオレンジ色の甲冑を身に付けているような見た目となっている。
それはまるでファンタジー作品に出てくる騎士が身に付けるドレスアーマーのようだ。
「よく分かんないですけど、急いでたらこうなりました」
なぜそのような見た目になっているのかは防人には分からない。
けれど、間一髪で間に合ったという事実に彼はホッと安堵する。
『どうして?』
「え?」
『どうして助けてくれましたの?』
頬を濡らしながら、問いかけてくるめだか。
彼女の声には困惑の感情が含まれているのが伺える。
「どうしてって……僕とめだかさんは別に赤の他人ってわけじゃないじゃないですか」
彼女の疑問に対して納得のいく理由を答えられるのかは分からない。
けれど、あの時、ベッドで頭を下げてきた彼女の苦しそうな、辛そうな、悲しそうな顔と震えていた声は本当に本心からのものだって思うから。
放っておけないって、助けたいって思ったから。
『そんな事……』
「ありますよ。僕は貴女の顔も声も知ってます。今の僕の格好みたいなことをさせたがる趣味? のようなものだって知ってます」
なんか本心を隠そうとしてよけいに恥ずかしいことを言ってないよね?
大丈夫かな?
変なこと言ってないよね?
『でも、だとしても貴方とは今日あったばかりの、それにワタシ酷いことを』
「それ、あの部屋でも似たようなこと聞きましたよ?」
『でも……』
「えぇっと、じゃあもしそう思うんでしたら今後はああいうことを他人にしないでください。それでチャラってことで」
『え? それって……』
『防人君、聞こえる?』
「ぁ、はい。愛さん」
『さっき言いそびれたんだけど、生徒会への連絡はもう済ませてあるからね』
「ぁそうなんですか? 分かりました」
『ん、もう少ししたら到着すると思うから一旦めだかを連れて――っ防人君!』
愛が叫ぶのと同時に光牙から発せられる警告音。
防人は即座にめだかを抱きかかえるようにしながら後退し、先ほどの扉の前にまで移動する。
「愛さん、めだかさんを!」
『えぇ、分かってる』
再び、光牙から警告が発せられ、防人は二人の前に立って飛んで来る光の弾を防御機構(A.P.F.)により発生するバリアーフィールドを用いてはじく。
竜華の専用機から幾度となく放たれる光の弾。
光牙が発したフィールドによって光弾は拡散し、拡散した光粒子の一部が後方のアリーナ内壁や観客席とを隔てるためのフィールドに衝突。
粒子エネルギーはさらに拡散し、収束して消滅する。
フィールドによって即座に拡散する光弾の1発1発の威力は大したことは無い。
しかし、飛んで来る光弾は拳ほどの大きさであることに加えてそれらが拳銃を連射しているかのように飛んで来るため、うかつには動けない。
――めだかさん、大丈夫かな?
防人は後方の様子をカメラで映し出した小モニターで確認しつつ、竜華の動きに変化がないのかどうか注視する。
――フィールド用の残りエネルギーにはまだ余裕があるけど、竜華がこのまま攻撃を続けてくれるってこともないだろうし……。
「愛さん、早く」
『分かってる。ちょっと待って』
防人の後方で退避の準備をする二人。
そのまま室内に入ってしまえば問題ないのだが、めだかは先ほどの恐怖心からか腰を抜かしてしまい動けない。
ズルズルと引きずって室内へと入れようにも、めだかの身に付けている専用機分の質量があるため女性1人では叶わない。
「めだか、ボタンはどこに設置したの?」
「う、うぅ……」
「めだか! 時間がないわ。早く答えて」
G.W.には緊急時などに外部から装甲を開き、搭乗者を救出するためのボタンが設けられている。
愛はマーリィチクの装甲強制解放鈕の箇所を確めようと声をかけるも嘔吐き声をあげるばかり。
「左側腹部の後ろ、5秒以上だ!」
どうしようかと手をこまねいていると少し息を切らした様子で1人の少女が通路側の扉から入ってくる。
唐突ながらも彼女の指示を理解した愛は目的のボタンを探すものの見当たらない。
「ちょっとどいて!」
深緑色の短いツインテールを揺らしながら、めだかの近くへと近付くと、彼女は背のホルスターに隠れるようにして設置されたボタンに触れる。
「自信満々に出てったくせに何て情けない顔してるんだか」
「……サヨリ」
「全く、試合の掛けがこれで成立しなかったらあんたに掛けた金額分、後で今回の仕事料として貰うからね?」
「そうね……ごめんなさい」
「言い返す気力も無いか……ねぇ、あんた。脚の方持ってもらえる?」
「え、えぇ」
装甲がスライドするようにして内側で装甲同士の接続が外れ、上半身の装甲が次々に外れていく。
上半身部分の内面が完全に露出したところでサヨリは作業服の上から背負っている装置に触れ、めだかを軽々と持ち上げると部屋の奥の方へと退避する。
『防人君。もう大丈夫だよ!』
「了解!」
スピーカーから届く連絡に防人はようやく、と安堵しつつも前方に集中。
大きく広げていたフィールドの発生範囲を狭め、飛んで来る光弾の範囲に限定する。
――なんでこの人があんなふうになってるのか分かんないけど、止めないと!
要所粒子防壁。
この1ヶ月の活動の中で竜華の行っていた粒子エネルギーを極力押さえるための技術であり、アリスらの指導のもと、身に付けたもの。
しかし、それを教えてくれた竜華の存在がなければこれを身に付けるという考えにすら至らなかっただろう。
「竜華さん!」
防人は自身の務める風紀委員。
その委員長にあたる日高 竜華へと向けて声を荒げる。
『うぁ、ぁぁ!』
しかし返ってくるのは苦しそうに呻く声。
それがこちらからの声に対して返答しようとしてくれているものなのかは分からない。
少なくとも分かるのは竜華が何故かおかしくなってしまったという事実のみだ。
『あぁぁぁぁ!!』
発狂しているともとれる甲高い叫び声。
その声に少なくとも正気は感じられない。
だが、錯乱しているのかといえば違うようにも思える。
すんでのところで思い止まっているからなのか、彼女の胸中を探れない防人にそれは分からない。
とはいえ、少なくとも観客席側へ一切の興味を示さず、こちらのみを狙ってきているのは手放しで喜べはしないけれど、周囲に意識を向けないで済むのは有り難い。
『うぁぁぁ!!』
「――ッ!」
彼女は強く地面を蹴り、一気に防人との距離を詰めると一撃入れようと拳を握り、振りかぶる。
爆発したかのような音と共に巻き上がる砂ぼこり。
その光景を間近で見て、めだかがこれを喰らわなかった事に防人は改めて安堵しつつも砂ぼこりの中から眼前に迫る拳を辛うじて回避する。
――やっぱり竜華さんの戦いかたとは違う。
この人はこんな力任せに攻撃をするような人じゃなかった。
拳による数回の攻撃の後に行われる足ワザ。
一つ一つの動作が力強く、しかし隙の少ないそれらの連撃を防人は回避し、さばききれない攻撃には小盾を使い、弾いて竜華からの攻撃をやり過ごす。
――やっぱり竜華さんの戦い方とは違う……でも、なんだろう?
この戦い方はどこかで見たことあるような?
戦いの中で感じた違和感。
防人は先程よりも集中して相手の動作を確認する。
竜華の戦闘は主に柔道やボクシングといった格闘技を組み合わせて戦闘する。
彼女にとってそれらの技術はあくまでも独学により身につけたもの。
しかし、それらの動作は一つ一つがしっかりとして余計な動きがない。
今の戦い方も隙は少ないことに変わりは無いものの一つ一つの動作は明らかに大きく、どちらかといえば魅せるために動いているように見える。
実際、こちらが攻撃を回避しているのにも関わらず、連なった動作が続く。
まるで決められた連撃を繰り出す格闘ゲームのキャラクターのように。
――やっぱりこの動き……もしかしてアレかな?
竜華の攻撃のやり方に思い当たる節があり、防人は過去にプレイしたことのあるゲームから同様の動作がないか記憶の中を模索する。
――あぁやっぱり鉄魂だ!
拳による攻撃と回し蹴りによる連撃を組み合わせた動き。
防人はそれらをいなしつつもFVR格闘ゲームの攻撃モーションであることを発見する。
ゲームのモーションで動いている。
それはつまり現在、目の前の専用機の動きは竜華によるものではないということになる。
つまり、彼女はただ乗っているだけであり、その体は機械によって動かされている。
――でも、どうしてそんな動きを?
彼女の動きに対する違和感は晴れた。
しかし、それは同時に新しい疑問へと変わる。
とはいってもそれを今考える時間はない。
現状において一番にやるべきことはどうにかして動きを止めることだ。
その動作。
彼女から繰り出される拳や蹴りによる攻撃はゲームのキャラクターに当てられたモーションを寄り合わせて作られた連撃によるもの。
そうであると分かった以上、相手の動きはある程度の予測ができるようになった。
けれど、だからそれに対応が出来るかといわれればそういうわけでもないのが難しいところだ。
――パンチによる3連撃の後、蹴り上げと踵落とし、その下ろした足を軸にした回し蹴り。
一つ一つの攻撃は予想通りに動くために回避することは難しいことではない。
しかし、念入りに組み立てられたかのような動きを見せるために、こちらから攻撃を仕掛ける事が出来ずにいる。
とはいえ全く隙がないというわけでもない。
しかし、その隙をついて攻撃を行ったところでこちらの攻撃も届かない。
「愛さん! 生徒会の到着は?」
めだかを保健室まで運び終えたのか、窓越しからこちらを見ている神谷愛に気づいた防人は通信を彼女のいる放送席へと繋ぐ。
『ごめん、もうすぐだと思うけど……なんか向こうも忙しいみたいだから』
「そうですか。あぁそれから一つ聞きたいんですけど、竜華さんの機体を停止させられるんじゃ」
そういえば、と思い出した防人は確認のために聞く。
『ごめん、出来ないんだ』
「……そうですか」
――まぁ、そうだよね。出来るなら既にやってるだろうし。
『多分だけど、本来グラウンド内に入れるのは事前に登録した人物だけだからかな?』
「そうなんですか? でも、アリーナは僕も過去に何回か利用してますし、それを利用することは出来ませんか?」
『あ~そうじゃなくて……ん~まず、ここ最近アリーナのシステムをアップデートしたんだけど……その調整はさっき防人君にも手伝ってもらったよね?』
「あぁはい。そうですね」
『うん。それで、どうも過去の履歴みたいなのが無くなってるみたいなんだよ』
「……ん?」
――過去の履歴がないから止められない?
「それってどういうことです?」
「ん~私もそんなに詳しいわけじゃないから上手く言えるか分からないけど、今アリーナに登録されてるのはさっき試合をした二人だけなんだよ」
「二人だけ……」
「うん。だから今グラウンドにいるのはアリーナのシステム的には1人だけって認識なのかも」
「1人だけ?」
「うん、1人だから何をしていても許されちゃってる。みたいな感じかな?」
「はぁ……なるほど?」
――1人だけなら何をしていても許される。言わんとしてることは分からなくはないけど、それってシステム的には問題では?
現にこうやって1人残された竜華さんが暴れちゃってるわけだし。
まぁ確かに1人だけなら他人に迷惑をかけないから安全だ。といわれれば安全なのかもだけど……だからって僕をシステム側が認識しないってのはおかしくないか?
まぁそういうセンサーみたいなのがアリーナに設置されてないからなのかもしれないけど、ん~……まぁプログラムとか全然分かんないし、考えたって結論が出るわけじゃないんだけど。
なんかモヤモヤするなぁ。
『防人君?』
「あぁはい。なんですか?」
『さっきの続きなんだけど、君の生徒手帳があればこっちの方で登録は出来るんだよ……そうすればもしかしたら止められるかも』
愛から届く一筋の光。
しかし、その生徒手帳は今、防人の手元には無い。
本来ならいつも制服のポケットに入れるようにしているのだが、その制服はめだかとともにいたあの部屋に置かれている。
「すみません。今、持ってないです!」
ぬか喜び。
防人は少し落胆しつつも竜華からの攻撃をいなしつつ竜華から大きく距離を取る。
『そっか……分かった。それじゃあこっちでもなんとか出来ないかやってみてるから待ってて!』
「はい! お願いします」
――とりあえず今、すべきことは生徒会が来るまでの時間稼ぎ。
それくらいならやってみせる!
防人は腰の刀に触れ、鞘から引き抜くことなく取り外すとゆっくりと身構えた。




