075『恐怖に動かされる者、止められる者』
攻撃を続け、竜華のA.P.Fの残りエナジー値が3割を切ったことを確かめる。
「もう、後がありませんわよ?」
『う、ウゥゥ……』
忠告したにも関わらず、それでも抵抗してこない竜華に対して少し残念に思いつつ彼女は剣を構え、振り上げる。
「これで――っ!?」
剣が下ろされる直前、竜華から勢いよく突き出された拳。
めだかはとっさに機体のA.P.F.を発動し、
攻撃の直撃は防いだもののその威力によって後方に吹き飛ばされる。
「く、クフフ……そうですわ。それで――」
ようやくこちらを見てくれた。
反応してくれた。
めだかは口角を僅かに吊り上げ、笑みを見せるもののこの表情はすぐに困惑したものへと変わる。
『いゃァァァ!!』
悲痛の叫びともとれる竜華の咆哮。
彼女は手にしていた剣をめだかへと投擲。
避けられないと判断しためだかはフィールドを展開し、辛うじて刃を弾き反らす。
「危な――っ?!」
投げられた剣が地面へと落ち、刺さるよりも早くめだかへと接近した竜華の専用機。
『アァァァ!!』
彼女の振り下ろす拳は地面を砕き、めだかが辛うじて攻撃を避けたことを周囲感知センサーによって読み取ると、そのまま回し蹴りを入れる。
「――チッ!」
防御機構≪A.P.F.≫により、バリアーフィールドが発生。
めだかは衝撃によって吹き飛ばされつつも剣をしっかりと握りしめ、四肢に取り付けられている小型推進機を利用して体勢を立て直す。
しかし、直後に迫り来る追撃。
ゲングリッヒの腕部から放たれた粒子光弾をめだかは回避のため、即座に両断する。
「――なっ!?」
しかし、光弾の間から覗くのは一瞬にして眼前にまで迫っていたゲングリッヒの姿。
光弾を撃ったものとは逆の腕部装甲が展開し、その拳は既に攻撃態勢が整っている。
――これは、避けられない。
拡散するように放たれた粒子を利用した衝撃鉄拳。
めだかは急ぎ、防御体勢を取るものの両者を隔てるバリアーによって防げるのは拡散粒子による直接的なダメージのみ。
攻撃による衝撃はフィールドでは防ぎ切れず、それは瞬く間に身体の芯にまで到達する。
「うぅっ……ゥッ……」
身体に響く一撃はめだかの意識を抉り取ろうと襲い来る。
――でも、倒れるわけには……ようやくやる気になってくれましたのに、こんな早くやられてしまうのはワタシ個人としても納得がいきませんもの。
バリアーフィールドを張るための残りエナジーは既に3割を切っている。
つまり、たった3回攻撃を受けたことで7割以上ものエナジーを消費したということだ。
これは、めだかの使用しているものが、量産機の試合用である低出力のものであることも大きいだろう。
しかし、仮に互いの機体性能差を抜きにしたとしても竜華に勝つ可能性は低いことに変わりはない。
――この分だと、あと一撃耐えられるどうかってところかしら?
剣を握りしめ直し、一歩踏み出すと倒れそうになる身体を支えて気力を振り絞る。
『ハァァァ!!』
――全く、もう少しくらい待ってくれてもバチは当たらないでしょうに、容赦ないですわね。
突き出された左拳を辛うじて避け、即座に繰り出された左拳による二撃目をめだかは腕部に追加した防御装甲を利用して受け流す。
そして、そのまま高く脚を振り上げての反撃。
推進機を利用した高速の蹴りを繰り出すものの即座に反応され、回避されてしまう。
――ウソ!? 今のを避けますの?
少し驚くものの上げた踵を攻撃として下ろしつつも隙を与えないよう、剣による追撃を行うめだか。
しかしそのいずれも回避され、最後の一振りで竜華の専用機は脚部のスラスターを噴射、彼女は大きく後方に攻撃を避ける。
そして、着地と同時に地面に突き刺さっている剣を手に取ると彼女はめだかへと向かって走り出す。
『アァァァ!!』
投げた衝撃で切っ先の欠けた剣をしっかりと握りしめ振るう。
「うっ!?」
――なんて力なの!?
力任せに振るわれた剣による攻撃。
剣術の型も何もない一心不乱に振るわれたとも取れるそれら一つ一つはなんてこともない単調な攻撃の軌道を取る。
しかし、それらの素早い剣撃は一撃一撃が重く、反らすのが精一杯であり、めだかは徐々に壁際へと追い込まれていく。
ガキンッ、ガキンッ、と剣の交わる金属音が鈍く響く中、互いに傷付き欠けていく刃。
めだかの専用機が剣の破損状態からもたないことを判断し、警告する。
――これは、マズイですわねぇ。
とはいえ剣の耐久が無くなっているのは相手も同じ事。
――ここは、一か八か……。
めだかは後方に迫るアリーナ内壁との距離を確認しつつ後退、壁際に立ち、迫ってきた竜華からの攻撃を紙一重で回避する。
アリーナの壁に衝突し、砕けた剣。
――よし、これで……えっ?!
それを確認しためだかは即座に攻撃に転じようと身構える。
しかし、それよりも早く相手からの蹴りによる攻撃がめだかを襲い、反応に遅れた彼女は側腹部にモロに喰らう。
「キャァッ!!」
側方に跳んだ最中のダメージ。
幸か不幸か、踏ん張ることもなく即座に吹き飛ばされた事もあってバリアーのエネルギー消費は少なく、巨大スクリーンに写し出されている残りエナジーは数ミリほど残る。
失敗した。
そんな後悔もほどほどに、めだかはすぐに気持ちを切り替える。
数メートルほど地面を転がった彼女は地面に手を突きつつも体勢を整えようと動く。
「――くっ!?」
しかし、視界浮かぶのは自身の身に纏うマリィからの攻撃警告音。
頭上に迫り来る鉄拳、砕ける地面。
どうにか回避をしたものの彼女はさらに拳を振り下ろして攻撃を加えてくる。
――じょ、冗談じゃないですわ。今の状態でこんな攻撃まともに喰らったりでもしたら、ひとたまりもありませんわ!
体勢を立て直す暇もなく、転げ回るように逃げ惑うめだか。
バリアーフィールド用のエネルギーも残り僅か。
機体自体にA.P.F.が備え付けられている竜華のものとは違い、めだかのものは一時的に借り受けているもの。
ゆえにエネルギーが尽きた場合、地面を砕くほどの攻撃を自身の身に纏っている装甲が受けることとなる。
それだけはなんとしても避けなくては。
じゃないと死んでしまう。
――死ぬ? ワタシが?
明らかに殺しに来ているような攻撃にめだかはふと、自身の中に『死』という恐怖が芽生え始めていることに気づく。
「――ヒィ!」
反撃の手段もない今、自身の口から情けなく漏れ出る悲鳴。
「いや……」
身体が強張り、毛穴からはベットリとした汗が吹き出し始める。
呼吸が乱れ、口の中が酷く渇く。
「死ぬのは、嫌!」
攻撃を喰らえない、喰らいたくない。
瞳孔が開き、めだかは振り下ろされる拳を回避することのみを思考する。
久しぶりに感じた死への恐怖。
一度意識してしまったことでその負の感情はドロリとした液体のように身体にまとわりついて離れない。
――死にたくない。死にたくない。
もはや彼女の中に戦闘の意志はない。
一方的な試合であるのは誰の目から見ても明らかであるのに周囲は盛り上がり、笑みを浮かべ、声援を送る。
そんな周囲の状況が今の彼女の瞳には気味悪くて恐ろしいものであるかのように映り込み、恐怖をさらに煽り立てる。
負の感情へと心身が支配されていく。
「死にたくない。死にたくない! 誰か……助けて!!」
攻撃から逃げ遅れためだかは死を間近にして心の底から懇願する。
しかし、その声は周囲の歓声によって掻き消され、観客に届くことはない。
――あぁ……今回もワタシの願いは叶わないのね。
分かっていた。
あの時だって助けられたのは偶然だった。
あの人が誰なのか分からない今、助けられることはないだろう。
絶望に打ち拉がれ、涙するめだか。
半ば諦めて瞳を閉じた目の前で響いたのは甲高い金属音。
「……えっ?」
助かった、の?
めだかは驚きつつもゆっくりと瞳を開ける。
そこに立っていたのはドレス姿の1人の少女の姿であった。




