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074『剣交わる地上戦、刃への怨み』

 めだかは強い緊張感の中、覚悟を決めると自身との実力差を埋めるために、と竜華へと一本の剣を投げ渡す。


「それって……」

「見ての通り、つるぎですわ!」


 拡声機能を用いて観客にも聞こえるようにめだかは言う。


「決闘とは本来、同一の武器を手に行われるルールが存在します。今回の試合では鎧であるパワードスーツはお互いの専用機を使用するように決められました。なら、ワタシは武器を選ばさせていただきました」


 日高竜華――聞いた話では彼女は剣で戦った経験がないという。

 なら、剣術を扱えるワタシの方が有利とはいかないまでも戦える基準にまで持ってくることが出来るかもしれない。


「剣で……戦う?」


――戸惑っている? それじゃ、剣での戦闘経験が無いという情報に間違いはないようですわね。

 ちょっと卑怯な気はするけれど、勝つために手段は選びませんわ!


「えぇ、剣で! 何か問題でもあるのかしら?」


 とはいえ、これに乗ってきてくれるかは賭け。

 頼りになるのはその場の雰囲気をワタシの親衛隊(ファンクラブ)の皆が作り上げてくれるかどうかですが……。


「いいじゃねぇか! 真っ向勝負って感じがして俺様は好きだぜ!」

「ちょっとぉ! お姉様の申し出を断る気!?」

「そうよ! 早く取りなさいよ!」


 どうやら他の観客の中にも同意してくれる方はいるみたいですわね。

 なら、この雰囲気をありがたく利用させていただきますわ。


「どうしたのかしら? 何か問題でも?」

「……いや」

「なら、早くとりなさいな。観客の皆様を待たせてしまっては可哀相ですもの」


 煽るようにめだかが言うと観客も同調するように声を上げる。


「うん? なかなか抜かねぇなぁ?」

「ほら、さっさと剣を抜きなさいよ!」

「そうよ。何を怖じ気づいているのよ!」


 剣を抜け、抜け、とコールする観客たち。


「…………。」


 1分ほど経って、竜華はゆっくりと目の前に倒れている剣を手に取るとめだかと同じように鞘から引き抜き、構える。


『竜華さん。合意と見てよろしいですね?』


 放送席からの剣による試合の確認に対し、小さく頷く竜華。

 

『分かりました。それでは……試合(レディー)開始(ファイト)!!』


 愛の叫びと共にアリーナに響く開始のブザーが鳴り響く。


「ふふ、それでいいのです。では行きますわよ!!」


 予定通りにいっためだかは笑みを浮かべつつまずは距離を詰めるために一気に接近。

 勢いをそのままに彼女は剣を竜華へと振るう。


「くっ……!」


 培った戦闘技術から竜華は反射的に攻撃を防ぐもののその動きは明らかに鈍い。


「ほら、どうしたんですの。逃げ腰では勝てませんわよ!」


 続けて振るわれる剣の攻撃。

 幾度も刃が交わり、キンッ、キンッ、と甲高い金属音がアリーナに響く。


「ハッ!」


 連撃のわずかな隙をついて反撃をする竜華。

 近接戦用に作られている専用機(ゲングリッヒ)から繰り出される攻撃は重く。

 受けられないとめだかは即座に判断し、余裕をもって後方へと跳んでそれを避ける。


――流石に恐ろしいですわねぇ。


 ブンッ、と力強く空を切る音と風圧によって舞い上がる砂ぼこり。

 想定以上の一撃にめだかは冷や汗を流すものの臆することなく剣を手に目の前の相手を見据える。


「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……」


 それに対して竜華は酷く息を切らし、肩で息をする。


――始まっても間もないというのに体力切れ? いえ、そんなはずないわよね。なら、これは何かの作戦?

 でも、この人はそういうことするような性格じゃない話でしたし……それに何もないのにあれほどまでに分かりやすい反応を見せる必要性は感じられません。

 とはいえ警戒はすべきですわよね?


「なかなかやるじゃありませんの。今のなかなかの一撃でしたわよ?」

「…………」


 弱味は見せまいと気を張るめだか。

 しかし、竜華は彼女に対して全くの反応を見せることはなく、ジッと剣を見つめて呼吸を荒げる。


「そこ、もらいましたわよ!」


 分かりやす過ぎる隙にめだかは一旦、警戒しつつも攻撃をするために接近する。

 めだかの振るう剣。

 それを竜華は彼女の方を見ることなく、それに対応するかのように剣を構え防ぐ。


「んん?」


 攻撃がきたから受け止めた。

 そんな単調な動きに対してもしかして、と感じためだかは再び剣を振るう。

 分かりやすい簡単な位置から、容易に避けることが出来るような攻撃。

 しかし、竜華はそれを避けることなく、搭載された防御機構(A.P.F)によって攻撃を受ける。


「アナタ、どういうつもりですの? その動き、明らかに自動防御(機械)に頼ってますわよね?」

「いや……」

「だったら、せめて本気で向かってきて下さいな!」


――この試合は自分が言ったこととはいえ、こんなにやる気を出されないというのは流石に屈辱的ですわ!


「っ、いきますわよ!」


 剣を構え直し再び接近、攻撃を再開した。






◇◇◇






「剣で……戦う?」


 目の前に転がる剣に竜華は僅かに戸惑い、後ずさる。


『えぇ、剣で! 何か問題でもあるのかしら?』


 問題がないか、と問われれば竜華にとって剣ないし刃物というものに対して大きな問題があった。

 問題、それは彼女の過去の出来事にある。

 それはトラウマであり、彼女にとって忘れられない唐突な出来事であり、

 大切な妹を失った日でもあった。


『早くとりなさいな。観客の皆様を待たせてしまっては可哀相ですもの』


 煽るように言うめだかの言葉に同意する親衛隊。

 さらに観客の生徒たちがそれに同調していく。


「…………。」


 別に剣を使って戦わなくてならないルールがあるわけではない。

 しかし、皆が盛り上がって声を上げるなか、ここで取らないという選択肢はないだろう。

 仮に断った場合、こちらが勝ったとしても負けたとしても批判(ブーイング)の嵐となるのは想像に難くない。

 竜華は少し取るべきか悩んだものの覚悟を決めて地面の剣をゆっくりと手に取る。


「ぅぅ……」


 鞘から覗くキラリと手入れのされた刃。

 しかし、それは彼女にとっては恐怖の対象である。


『では行きますわ!』


 ぼんやりと聞こえる声に対応しようと行動に移すものの、体は鉛のように重く、上手く動かない。

 動悸が激しくなっていき、呼吸が乱れていく。


「くっ……!」


 息苦しい。

 息を吸っても吸っても酸素が足りない。


『逃げ腰では勝てませんわよ!』


 続けて振るわれるめだかからの攻撃に対応しようと頭を働かせる。

 しかし、竜華の身体は思うように動かない。

 竜華の専用機(ウンフェアゲングリッヒ)が彼女の脳波を読み取ったことで作動、遅ればせながら刃を受け止める。

 どうにか反撃を行おうとするものの力任せの大振りが精一杯。


「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ」


 過呼吸ぎみの呼吸が無意識に起こり、両手に握る切っ先が小刻みに震える。

 汗がダラダラと吹き出し、異常な脈拍の上昇に専用機(ゲングリッヒ)が警告を発している。


『なかなかやるじゃありませんの。今のなかなかの一撃でしたわよ?』

「…………」


 通信によるスピーカーから聞こえるめだかからの声。

 けれど、やはりその声は遠く小さい。

 バイザーによって調整されているはずの視界もピントの合っていないようにボヤけ、目の前の青い人型のみが辛うじて認識できる。


『アナタ、どういうつもりですの?』


 あぁやっぱり気付かれたか。なんて考える余裕すらなく、何度めか剣を交え、

 怒った様子のめだかに答えようと口を開く。


「いや……」


 自分ではしゃべっているつもり。

 けれど、彼女の口から声は出ず、頭の中でのみ言葉が反響する。


『いきますわよ!』


 再開されるめだかからの攻撃にもはや対応出来ない彼女は攻撃を防ぐこともなく、モロに喰らう。

 自動防衛システムによって発生するフィールドバリアーにより、その刃が身体に届くことは無いものの、その場で踏ん張ることすらしていない竜華は当然ながらその攻撃の勢いを打ち消すことは出来ず、

 めだかの専用機(マーリィチク)によってアリーナの壁際にまで吹き飛ばされた。


「グゥッ!!」


 叩きつけられて痛む背中に、バイザーに表示された警告によって赤く染まる視界。

 そして手には握られた(ナイフ)




――あぁ……これは、まるで、あの頃のような。




 彼女の脳裏にフラッシュバックする過去の記憶。

 手に握られているナイフからは鮮血が滴り、勢いよく出血した生暖かな感触が頬を伝う。

 震える手に高まる動悸。

 目の前に血だまりを作って倒れているのは竜華の妹の姿だ。


『お、ねぇちゃん……』


 消え入りそうな声で彼女はこちらを見つめてくる。


――い、いや……違う、違う! 私は、そんなつもりじゃ……。


 一切想定していなかった現実に幼き日の彼女はどうすることも出来ず、妹の血が流れ出てしまうのを抑えようと彼女は思考する。

 しかし、彼女にそれは叶わない。


 二人を取り囲む男達によって竜華は即座に取り押さえられてしまい、身動きが封じられる。

 前のめりに倒れ、ピシャリと跳ねた血は顔を覆い、視界を真っ赤に染め上げる。

 手から離れ、転がるナイフと鼻をつく鉄の匂い。

 そして目の前で力なく倒れている妹の姿。


――私は助けられなかった。

 私が、殺してしまった。殺した……殺した。

 私が、殺した。あぁ、なんてことを……。


 チクリとした首筋の痛みとともに薄れていった意識の中、その事実のみが彼女の心身を支配し、彼女の強い後悔と自責の感情に飲まれていく。


――お前たちのせいで!


 そして妹を刺してしまった原因である黒服の男達を怨めしく睨み付けながら、殺意の感情に飲まれ、彼女の意識は閉じていった。

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