005『妹が兄と呼ぶ男』
【 12時30分頃 】
防人と植崎の二人がゲームセンターにて奮闘中の最中。
湊はショッピングモールの3階、レストラン街にあるスイーツ専門店で待ち合わせをしていた。
先ほど届いたメールによると相手が予定よりも少しばかり遅れるとのことだったので彼女は店員を呼び出すとイチゴたっぷりのパフェ、『ストロベリータワー』を注文していた。
「湊……」
先に届いていたミルクをたっぷりと注いだコーヒーを味わっていると後ろから不意に名前を呼ばれる。
その声の主が誰であれ湊にとってはこういったのんびりとした時間に来る人物はこちらへ水を差す鬱陶しい存在でしかない。
が、ほんのわずかの例外は異なる。
今回はその一人。今朝携帯で待ち合わせの約束をした人物がそこに立っていた。
「あら、遅かったのね。兄様」
その顔を見て湊はとてもうれしそうに八重歯を見せ、微笑む。
「まぁ、こっちにも色々と準備があったからな」
兄様と呼ばれ、返事をしたその声の主は防人 慧ではなく、腰の辺りまで白銀の髪を伸ばした男性であった。
体つきは細く、顔立ちは確かに男性のようだが、どちらかといえばまだまだ幼さが残っており、長い髪も相まって声を聞かなければ男性であると分かりづらい体つきをしている。
彼は湊と向かい合わせになるように長椅子に腰かけると来客に反応し、寄ってきたウェイトレスにアイスコーヒーを注文するとメニューを机の端に立て掛け、視線を彼女の方へ向けた。
「さて、久し振りだな。湊」
「えぇ本当、久し振りね。兄様ぁ」
湊はわかりやすく甘えたとろけた声で、本当に心の底から嬉しそうに笑みを浮かべる。
その姿を傍から見たら無数のハートマークが飛び交う錯覚を覚えるほどだ。
「何年ぶりだ?」
男は冷静な態度で彼女の顔を見ながら話を始める。
「もう四年ぐらいになるかな? ふふふ、随分かっこよくなったわね」
「ふむ、そっちは随分とかわいくなったものだな」
「えへへ~ありがと~」
湊はうれしそうに頬に手を当て、綻ばせているとウェイトレスが大きなカップに入ったイチゴのパフェと先程注文したコーヒーを運んでくる。
「あ、きたきた!」
彼女は瞳を輝かせ、置かれたスプーンを手に取ると口いっぱいに広がる冷たく甘いクリームを堪能する。
「これはまた、すいぶんとでかいのを頼んだな」
「へっへぇ~、ここで一番の人気商品だっていうから頼んじゃった」
「人気……この『ストロベリータワー』というやつか……2000円するのか」
「きっといいイチゴとかを使ってるんだろうね~すごくおいしいよ」
「そうか……」
「はい、あーん」
湊はクリームとカットされたイチゴとたっぷりのクリームをスプーンで掬い、兄の方へと向ける。
しかし、彼は手の平を見せて遠慮する。
「いや、俺はいいよ」
「あーん。ほら、あーん」
引き下がらない湊。
彼は小さくため息をはくと、観念してゆっくりと口を開く。
「あ、あーん……」
「んふっどう?」
「……うん。甘い」
「そっか、んふふっよかった」
湊は笑みを浮かべ、心の底から嬉しそうにパフェを口へと運んでいく。
それを彼もその様子を嬉しそうに眺め、ウェイトレスが持ってきたコーヒーを受け取るとカップに砂糖スティックを二本分入れ、ゆっくりとかき混ぜながら彼は口を開ける。
「ところで、『あいつ』は変わらないのか?」
あいつ、そう聞いて湊の手がピタリと止まり、その顔から笑みが消える。
「えぇ、この四年間どこからどう見ても平凡そのものの生活を送っているわよ」
先ほどとは打って変わってとてもつまらなそうにスプーンを小さく揺らしながら湊は答える。
「おかしな点は?」
「ないない。もしあったら真っ先に気付いて連絡してるわ」
「そうか、プロテクトは完璧だということか……」
「分かってるならわざわざ聞かなくてもいいじゃない」
分かりやすく不機嫌そうに彼女は言う。
「いや、ふとしたことが記憶の蓋の外す要因になることもある。警戒に越したことはない」
「どうせ見るぐらいなら他の人でもいい気がするんだけど……」
「いや、前にも言ったはずだが過去のあいつを知っている人でないとこれは無理だ」
「私だってあいつのことなんて全く知らないようなものなんだけど……」
小さく愚痴をこぼす湊。
それでも彼には聞こえるほどの音量ではあったはずだが、彼はそれに反応することなく続けて言う。
「もちろんお前をあいつの妹にしたのは内容の刷り込みが簡単だったというのもある。しかしそうでなければ記憶の書き換えは――」
「わかってるわ。大きく異なるものは元に戻りやすい。でしょ?」
「あぁ……そういうことだ」
記憶への干渉。
主に精神的疾患などに用いられるその装置は特殊な音波装置と簡単な暗示、時には薬品を使う事で他者の記憶を自由に書き換えることを可能とする。
「でも、ここまでしてわざわざあいつを入れる必要はあるの?」
「……今更な話だな」
「そうだけどさ……」
「お前も知っての通りあいつは我々にとって重要な人材なんだよ」
「それはわかってるけど……」
「それにこれがうまく行けば我々の予定は大幅に繰り上げることができる」
「そうだったね。……あーあ私にも適性があればよかったのになぁ」
「別に適性がないことはないぞ」
「分かっているわ。低いんでしょ。わたしだってもっと適性が高かったら……兄様と同じように聞こえるのかしら?」
「さて、どうだろうな。適性ってのは今のところどれだけP.S.C―プレソーラークリスタルの力を引き出すことができるかという大まかなランク付けでしかないからな」
「だから適性の低いあたしは兄様の計画に組み込むことができないんでしょ?」
「いや、だから適性と言うのはどれだけ力が引き出せるかによる。もし適性が低くても引き出せるものが偏っているから平均すると低い。という者もいるんだ」
「でもあたしは低いし、偏ってもいるわけでなく低いし」
「だが操作技術自体は高いだろう? それに使い続けることで今以上に力が引き出せる可能性だって」
「でもそれだって本当にそうなるかどうかはまだわかっていない状況なんでしょ?」
「確かにそうだが……」
「ねぇ、使えないあたしはいらない子?」
「うっ……いやそんなことはないぞ」
「デモアタシ適性ナイシ……」
暗い、すごく暗い。まるで彼女の周りだけ照明でも落ちたかのよう。
彼は少し焦り、出来る限りいいことを言おうと心がける。
「あぁ……でそれでもしだ。仮にダメだとしてお前は俺の元を去るのか?」
「そんなわけないじゃない。兄様といられない世界なんて死んだ方がマシだわ」
「なら、それでいいじゃないか。自分がそうしたいと思っているんだから、自分のしたいようにすればいいさ」
「そうね……その通りだわ。さすが兄様は言うことが違うわね」
湊は瞳を輝かせ、うれしそうに笑みを見せる。
ベルトに手を当てながら……。
「あぁ、一応言っておくが、仕事だけはこなせよ」
「チッ」
本当に何をしようとしていたんだろうなコイツは……。
彼は呆れ、ため息をはきだす。
「ほら、それよりもそのパフェ早くしないとアイスが溶けてしまうぞ?」
「あぁいけない!」
話はうまく逸らせただろうか?
彼は湊がパフェを頬張って幸せそうにしている顔を見て少し安堵する。
「それでだ。これからが本題なんだが……」
「まだあるの?」
「大丈夫だ。手短に話すから」
不機嫌そうになる湊を落ち着かせながら彼は数時間前に来た連絡の内容について簡潔に述べる。
「なるはどね。要はあいつの監視をしてればいいんでしょ?」
「そういうこと。一応、万が一のために仲間に連絡を入れておく」
「なんならこれからしばらくの間、軟禁すりゃいーのに」
「そういうわけにもいかないのは、お前もよく知ってる事だろ?」
「うん、言ってみただけだから……はぁー本当、兄様はあいつの事が好きなんだね」
「計画に必要なだけだ。……とにかく頼んだぞ。俺はまだ仕事があるから学園に戻る」
彼は席を立つと会計表を手に彼はゆっくりと立ち去った。