072『友人の愛』
日が傾き空が赤く色づく頃。
めだかたちは学園を出るとゆっくりと目的地へと向かうために歩く。
竜華からのメールが届き、訪れた六角闘技場は名前の通り、正六角形の形状をしており、第1~第6の6つのアリーナがドーナツのように円形に建ち並んでいる。
そして、それらの中央に位置する場所にはGW用の倉庫のほか、各アリーナの様子を確認するための個室が存在する。
そんなアリーナの3番目。
第三アリーナに到着した防人らはまず、入り口からすぐの階段を上がり、観客席へと足を運ぶ。
「ふむ、まだ誰もいないようですわね……では、今のうちに」
先頭を歩くめだか。
彼女は軽く周囲を見渡して席が全て空席であることを確かめ、小さく呟き、踵を返す。
「あ、ちょっと待って……」
約束通り拘束が解かれ、自由に動けるようになった防人。
しかし、服装までは許されず、めだかのお手製だというドレスのような衣装に着替えた彼はついていく形で歩くが、履き慣れないパンプスで階段を下るのは難しく、何度かバランスを崩しかける。
「サキちゃん、手を」
「いえ、大丈夫ですよ。ちゃんと歩けますから」
「そう? でも、危なくなったら言って下さいね?」
「はい。分かってますよ」
女性の手を取るのではなく取られるというのは男性としてなんともいえない気分になる。
まぁだからといってこちらがリードして女性の手を取る勇気が自分にあるのかと言われれば、多分ないと思うし。
それに男性が苦手だという……まぁ何故か自分に対してはそういった嫌悪感みたいなものは抱かなかったらしいけれど、だからといってむやみに触れていいってわけじゃないだろう。
「ところで今からどこに?」
「見たところ、誰も来ていないそうですし、ワタシ達は先に済ませられる事は済ませておこうかと」
「済ませられる事?」
防人達は通路を通り、アリーナ中央施設と第3アリーナの境にあたる通路。
その第3側に設置されているとある個室へと入っていく。
扉の奥にいたのはカチューシャで前髪をあげた黒髪ショートで縁なしメガネの少女。
彼女は机の奥に並べられているスイッチの多数設置された機械を弄っていた。
制服を着ているということは彼女もここの生徒で間違いないだろう。
「ま~な」
めだかはニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、忍び足でゆっくりと彼女の後ろに立つと彼女の胸を掴んだ。
「キャァッ!?」
「――アウ!?」
反射的に立ち上がろうとしたその拍子に少女の後頭部がめだかの顎に直撃。
二人はその場で各々の痛む箇所を押さえてうずくまる。
「さ、さすが愛。……相変わらずの強烈なヘディングですわね」
「もぅ、いつもいつも人が忙しい時に邪魔をして……というか、何で胸を触るんですか?」
「フッ、そこに胸があるからさ」
「格好つけて言うセリフじゃないですよ。それで? 自分で勝手に申し込んだ決闘を前にして、私に一体何の用ですか?」
「ふふ、ワタシが戦っている間、サキちゃんを見ておいて欲しいんですの」
「サキちゃん?」
彼女は衝撃でズレた眼鏡を整えつつ防人の方へと視線を送る。
「あぁ、例の病気の。あれ? でも確か逃げられたから追われたんじゃ」
「その子は別の子。サキちゃんとは関係ありませんわ」
「そう……ふ~ん。サキちゃんねぇ」
「可愛いでしょう? この子はワタシのことをファンって言ってくれてね。……化粧のノリも良いし、顔も中性的だからどんな可愛い服を着せても」
「そうですか」
彼女は自分のかけている眼鏡に1度触れた後、めだかが話す内容に対して淡白な返答をしつつ、防人の方へと近づいていく。
ある程度近づいた辺りで彼女は立ち止まるとメガネに触れ、防人の顔をジッと見つめる。
「あの、何か……」
「ごめんなさい。少し動かないで」
「あ、はい」
数秒後、彼女は再びメガネに触れる。
「ありがとう。もう動いてもらっても構いません。防人 慧君」
「え? 何で、僕のことを?」
「この眼鏡を使い、貴方の顔を部活内のデータベースから検索しました。
現在、私の視界には我々の収集した貴方の情報が一部見えています。あぁ確か貴方は先日のミッション参加者でしたね」
「ミッション?」
「おや、お忘れですか? 先日、孤島にて敵施設を破壊した任務のことですよ」
――ミッション……ん~? した、気はするけど何したっけ?
「防人君?」
っと、よく分かんないけど、黙ってるのは良くない。
「あぁミッションですか。なんていうか……色々とお疲れ様でした。ぁ~えっと」
「神谷 愛です。気軽に愛って読んでくれるとうれしいです」
「じゃあ、愛さん。よろしくです」
「うん、よろしくね。防人君」
「ねえちょっと聞いてますの?」
二人が挨拶を交わす隣で少し不機嫌そうな表情を見せるめだか。
「えぇ聞いてますよ。貴女の大切な、この人をここで見ておけばいいんですよね?」
「大切って」
愛がそう言うと彼女は若干顔を赤らめて何かぶつぶつと言い始める。
「それではサキちゃんがワタシの……いや、でも、この子なら……」
何と言っているのだろうか?
後ろを向いてしまって、横から口が微かに動いているのは見えるものの、声は聞こえてこない。
「あの、めだかさん?」
声をかけられ、ハッと我に帰るめだか。
「と、とにかくよろしくお願いしますわよ? ワタシは色々と準備がありますのでこれで失礼させていただきますわ」
彼女は頬を赤らめたまま扉を力強く開け、そのまま部屋を出ていってしまう。
傍にいた防人は開いたままになっている扉を静かに閉め、部屋の中に残る。
「どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
差されたパイプ椅子に防人は腰かける。
「…………。」
出会って間もない防人と愛。
何を話そうか、防人は思考するものの一体何を言って話を切り出せば良いのか分からない。
部屋が一気に静かになった。
たった一人いないだけでこうも違うとは……。
「……さて、こちらの準備も終わりますし、何か飲みますか?」
防人の緊張が愛の方にも伝わったのか、彼女は少しわざとらしく伸びを行うと
机上に置かれているポットを指差す。
「とはいってもお茶くらいしかありませんが……」
「えっとじゃあ一杯、いただきます」
防人は立ち上がるとポット横の紙コップを袋から1つ取り、お茶を注ぐ。
「……?」
お茶を注いでいるその僅かの間、下半身がスースーとした冷たさが感じられる。
スカートだからスースーとするのは当たり前なのかもしれないが、履いているのはロングスカート。
なのにまるで風が直に脚に感じられるような?
防人はどこかにスカートを引っ掛けてしまったのかと思い、ポットを置いて振り返ると愛が彼のスカートをたくしあげていた。
「な、な、な、何をするんですかぁ!?」
防人は慌ててスカートを押さえつつ彼女から距離を取る。
――めだかさんだけでなく、愛さんまで……何故そこまで男の下着に興味を持つのか。
あぁ顔が熱い。
リンゴのように真っ赤になった顔で防人が言うのに対し、愛は別段気にする様子はない。
防人が若干裏返った声で言ったことに彼女は平然とした様子で答える。
「あーいや、下の方も女物を履いているのかなと」
「さすがにそこまではしてませんよ。そんなことになってたら泣き寝入りしています」
――まぁ、脱がされかけたりはしましたけど。
「いや、出会って数分の人に服を脱がされて着替えさせられた時点で泣き寝入りしていてもおかしくないと思うけど……」
「え? 何でそんなこと知って……」
――あぁ、めだかさんの友人みたいだし、考えたら分かるって感じか……。
「いや、写真部の子達がこの写真をばらまいていたからさ……」
そう言って愛はポケットから1枚の写真を取り出して防人へ手渡す。
「写真? ……え? ちょっ、これいつの間に!?」
受け取った写真。
そこに写っていたのは服を脱がされている防人の姿。
手足縛ったロープが見切れていたり、めだかの手や体に上手く隠れて見ていないその姿は無理やりされている感が少し薄れており、なんというかすごく際どい感じになっている。
顔は暗く加工されているのか、分かりづらくなっているのが救いかもしれないが、それでもしっかりと顔が写っているので、自分だと気付かれたらこういう趣味があるのかと勘違いする人が出てきそうだ。
「というかこれ、完全に盗撮ですよね? 写真部も風紀委員全員で捕まえる必要が……」
――というか即刻削除だよ。こんなもの。
「でも、写真部は新聞部として学内新聞の作成も任されてるからね。
時には生徒が問題を起こしているの写真を撮ってきていたりして生徒会や風紀委員は結構助けられていたりするから注意で終わるんじゃないかな?」
「え? そうなんですか? でも、こういうの撮ってる時点で何と言いますか、まともじゃない生徒がいる気がするんですけど」
「そんなことはないよ」
「そうですか?」
「まともでないというよりは今を楽しんでいると言うべきだと思うけどね……」
「楽しんでいる?」
「うん。そうだよ」
――何だろう? そう言う愛の顔が何と言うか悲しみに満ちている。
そんな気がした。
「さて、ずいぶんと話し込んじゃった。あまり時間もないし、迷惑じゃなかったらちょっと手伝ってもらってもいいかな?」
「え? あぁはい。分かりました」
愛の指示を仰ぎながらも準備を済ませていき、思いのほか色々と手伝わされた防人はパイプ椅子に寝そべるように腰かける。
「ふぅ~……終わった」
「お疲れ様。ありがとね」
「いえ、あっありがとうございます」
受け取った紙コップの中に注がれたお茶を口に含みつつ防人は静かに目の前に設置された窓から外を確認する。
それなりに時間が経ったこともあってか、二人の勝負を見ようという生徒がかなり集まってきていた。
これも写真部が話を広めた結果というものなのだろう。
「外、すごいですね。たった数十分でこんなに集まるなんて……」
「最近はこういう本気の戦いは無かったからね。練習中のちょっとした試合くらいはあったけど」
「へぇ~……そういう試合とかある時にもこういうことを?」
「ううん。こういう時は本来なら全部システムに任せちゃうかな。
私たち放送委員はどちらかといえば作戦におけるオペレーターが主な仕事だからね」
「ミッション……あぁだから愛さんはこの前に?」
「うん、そうなるかな。とはいってもまだまだ見習いレベルだけどね」
「そうなんですか? 僕的にはそんな感じは無かったですけど……」
――まぁ、ミッションの事はよく覚えてないけど……この人の声って学園の放送で良く聞いてる気がするし、あのハッキリとした放送が出来てるなら大丈夫なんじゃないかな?
「ありがとう。お世辞でもうれしいわ」
「え、いや世辞つもりは――」
沸き上がる観客の歓声に2人も大窓から外の様子を見てみると、アリーナ内のグラウンドには日高竜華、愛洲めだかの両名がGWを身に纏った状態で中へと入場する様子が確認できた。
「よし、それじゃ私も仕事しなきゃね」
愛は呟きつつもパチパチパチ、と装置に備えられたスイッチを上げ、入れていく。
すると放送席の向かいに用意された空間に竜華とめだか、二人の名前と顔が巨大なホログラムとして浮かび上がり、同時にアリーナ全体に設置されたカメラによって二人の様子が放送席に設置されたモニターへと映り始めた。
「あー、あー……みなさん長らくお待たせしました。それではこれより、風紀委員会、委員長『日高竜華』。
そして衣装愛好委員会、委員長および学園の輝星『愛洲めだか』。
両名による1対1勝負を開催します!」
放送用のマイクの音量を上げながら、愛は第三アリーナ全体に声を響かせる。
「さて、本日の試合におきましては急遽行われる事となったものであることは校内掲示板もしくは学園からのメールによって皆さんもご存知であると思われますが、ここで生徒会長『桐谷優姫』よりメッセージを頂きましたので放送を行いたく思います。皆様、ご清聴のほどよろしくお願いいたします」
放送の中、愛はあらかじめ用意しておいた生徒手帳と放送用の装置から伸ばしたコードがきちんと接続されているか確認を行い、映像データを再生開始。
するとアリーナの中央にホログラムによって優姫の姿が映し出された。
『本日、第三アリーナにお越しの皆様ごきげんよう。ご紹介に預かりました桐谷優姫です。
さて、先ほど放送にもあったかもしれませんが、本日の試合は急遽予定されたもの。
そのため、今回の勝者予想は行われないと掲示板等に記載させて頂きました。
ですが、システムの調整が完了致しましたことをここに報告させていただきます。
賭け可能時間はこの放送をご覧になっている今この時から試合開始の合図が鳴るまでと致します』
放送の途中、優姫の言葉によって観客席の生徒達は一斉に手帳を手に学内ネットへと繋げ、どちらが勝つのだろうか? という予想を彼は1人思考し、別の彼は友人達と話し合う。
そして、彼らは学園内で使用できる電子マネーを利用して勝つであろう方へと賭け金を入力していく。
「さて、観客席の皆様。予想はつけ終わりましたか? これより試合を開始します」
しばらくして愛は放送を再開。
グラウンドに立つ二人はホログラムによって指定された立ち位置に合うように歩き、数メートル離れて向かい合う。
「では両者準備はよろしいですか?」
両名が立ち止まったことを確かめ、愛は二人へ問題ないかの確認を取る。
『うん、大丈――』
『少し、待ってもらっても良いかしら?』
流れを断ち切るように、めだかはそう言うと竜華へと一本の剣を投げ渡した。
両名の使用 WEAPONS・GEAR
≪GW名≫
《ウンフェア ゲングリッヒ》
日高 竜華の専用機。
黒色を基調としたシルエットに赤い装甲が映える機体。
彼女が身に付けた格闘術が行えるよう、素早い動きが作られており、ロボットというよりバトルスーツのイメージが強い。
手足に取り付けられた小型の加速装置と粒子シールドの一点集中による重い蹴りや拳を使い戦う。
籠手装甲内には粒子が溜めることができ、瞬間的に拡散放出することにより、それを衝撃として打ち出すことができる。
また、それを粒子の塊として前方に打ち出すこと可能であるが、射程が短く弾数が少ないうえリロードにやや時間を有する。
愛称――ゲングリッヒ
◇
《プリエースヌィー・マーリィチク》
愛洲 めだかの専用機。
上位者ではないためミッション等で得た資金を使いGWの部品を購入、一から整備士の友人と共に組み上げた。
ベースは学園量産機のものだか、装甲の一部が変更されており、カラーリングも水色に変更されている。
また、反応速度やセンサー感度等も向上している。
尚、武装は資金不足のため、量産機のものをそのまま使用している。
愛称――マリィ




