071『決闘準備』
『……というわけなんだけど、どうしよっか?』
「何が、というわけですか」
あれからすぐ、風紀委員室に戻った竜華からの連絡を受けた優姫は眉間に指を当て、大きくため息をつく。
『さっきも言ったように、決闘を申し込まれからアリーナの貸し出し許可を求めたいんだけど……』
「そうではなく……なぜ彼女からの申し出を素直に受け取っているのか、という話です」
『それは、そうする方が良いと判断したからかな。正式な試合による決着なら彼女も判断してくれるって話だし』
「はぁ~全く、これだから戦闘狂は……」
『そこは、武闘派って言って欲しいかな? それで正確な日時なんかを取り決めていきたいんだけど……』
「……分かりました。決めてしまった以上、用意はしますが……日程は一月後になるけど良いかしら?」
アリーナの貸し出し予約の書類をモニターに表示した優姫。
彼女はタッチペンを手にモニター越しで認証者の欄に自身の名前をサインする。
『いや、出来れば今日中だと嬉しいかな?』
「……なぜかしら?」
『ほら、今日って日曜日だから生徒達への貸し出し可能時間は短めに設定されてるでしょ? だからその後でもいいから使わせてもらえないかなって思ったんだけど……』
「なるほど……理解はしましたが、残念ながらシステム上は使用できないように設定されてますので予約しようにも出来ませんわ」
『え? そうだっけ? この前の時は生徒会権限で登録できたはずだけど……』
「……気のせいよ」
『そう? じゃあ私が直接書き込んで――』
「それは職権乱用というのではなくて?」
『それじゃあイジワルしないで使わせてもらえないかな?』
「はぁ~……貴女がそこまで食い下がるということは情報は誤報ではないということですわね」
『やっぱり、知ってたんだ』
「知っているのはあくまでも結果だけですよ。それで、なぜ彼女の意見を素直に聞き、さらに防人慧を彼女の元へ置いていったのか聞かせてもらえる?」
『ん~……聞かせるって言われても、めだかちゃんに頭を下げられたから、そしてそれを慧君本人が了承したから、かな?』
「了承した? 拐われた本人が?」
想定外の答えが含まれていた解答に優姫は思わず聞き返すと竜華は質問に対してハッキリと肯定する。
「そう……底無しのお人好しか、女性に頼まれて鼻の下を伸ばす好色家か、どっちかしら?」
『その二択だと前者が近いかな?』
「そうですか。しかし、仮にそうだとして貴女が止めなかったのはどういうことですか?」
『……少なくともあの時の彼女の態度は真剣な感じでフリのようには感じなかったから、かなぁ』
「それ、貴女の直感よね?」
『ん? うん。まぁそうなるね』
「そうですか、まぁ貴女がそういうのでしたらそうなのでしょうね。……分かりました。今から用意するから少し待ってちょうだい」
『じゃあ……』
「ただし、負けたら承知しませんからそのつもりでお願いしますよ?」
『大丈夫。勝負事において負けるつもりは一切ないからね』
モニターに表示していた書類の残り項目をペンで書いて埋めていく。
「はぁ~……貴女が愛洲めだかの言うことなんて聞かずに力ずくで連れてこれば学園施設貸出認証書をわざわざ書かなくて済んでしまうことなのに」
編集中。
凛とした丁寧な口調ながら、怒っているように聞こえる声色で彼女は作業を進めつつも竜華へと愚痴をこぼす。
「貴女なら一発でしょ?」
『一発って、まぁ確かに生身での戦闘ならそうかも知れないけど……流石にそれはまずいかな?』
「なぜ?」
『彼女はこの学園におけるアイドルだからね。彼女に反感を持たれたら、それこそ面倒なことになるのは容易に想像できちゃうよ』
「あぁ、親衛隊……」
『うん。流石に何人いるかまで把握はしてないけど、先生……というか大人かな? その中にも熱狂的な人がいるらしいからねぇ』
「なるほど……趣味に熱を入れるのが悪いとは思いませんが、狂信的というのは時には困ったものですものね」
『流石に実力行使ってことはないにしても、変に曲解してウワサを流したりしたりはされるかもね』
「ウワサですか……確かにそれは面倒ですね……さて、今から送りますからサインをお願いします」
『ん、分かった』
優姫が一時的に編集を許可した書類データ。
それが竜華の元へと届き、彼女のサインが貸し出しの要求者の欄へと入力される。
「……確認しました」
しっかりとサインされていくところをモニター越しでリアルタイムで確認する優姫。
彼女は本人以外が編集を出来なくなるように再び設定を切り替えると小さなカギを机上のポーチから取り出す。
「では、時間になったら第三アリーナに来るようお願いします」
カギを開け、引き出しから取り出した判子。
彼女がそれをモニターの上に置くと印の欄に『承認』の文字が赤く表示された。
『了解。それじゃ愛洲さんへの連絡はこっちがやっておくよ』
「えぇ、よろしくお願いするわ。準備の方はこっちでやっておくから」
『うん、分かった。それじゃまた後でね』
「えぇ、また後で」
通信が終わり、優姫は小さくため息をつく。
「足蹴、ちょっといいかしら?」
「はい。紅茶のおかわりですか?」
机上に並べられた資料。
それらに目を通し、ファイルへとまとめていた足蹴は優姫に呼ばれ顔を上げる。
「それもあるけど、新聞部へ連絡をお願い出来るかしら?」
「え? それは構いませんが、良いんですか?」
「確かに彼女たちは困ったところもあるけど、仕事の腕と人脈だけは本物ですから、使えるなら使うまでですよ」
アリーナでの決闘。
本来であれば数日間、学園内の掲示板に行われることが掲載され、出来る限り多くの人々が集まるよう間を開けてから行われる方が望ましい。
決闘は基本的に生徒会もしくは風紀委員会が主催として行われ、またどちらが勝つかの賭け事も行われる。
負けた方の掛け金がそのまま勝った方の人々へと掛けた金額に応じて配分されるだけなので学園掲示板の仕事と比べると小遣い稼ぎ程度ではあるものの、そういった行為が活気に繋がるのは両委員会も納得しているものだ。
ゆえに学園での娯楽の1つでもある決闘。
それが行われるという情報を手っ取り早く分散させるために様々な人脈を持つ新聞部へと頼むのが今回のような場合は一番効率が良い。
「……分かりました。それからアリーナへの連絡はどうしますか?」
「ではそちらの方もお願いできるかしら?」
「はい。では後程、文房の方にも今後の予定を伝えておきますね」
「えぇ、お願いするわ。……さて、私も観戦のため早く書類を片付けてしまわないといけませんね」
隣の部屋へと向かった足蹴。
彼女を見送った後、優姫は印刷されている重要な書類を片付けるべく長い銀髪を後ろ手に軽く括った。




