069『生徒会への協力要請』
防人がめだかに連れ去られた直後の生徒会室では
書記である『足蹴』という女性がタブレットに目を通しつつ役員メンバーから届けられた連絡を報告する。
「会長、愛洲めだかが風紀委員……えっと防人慧を捕らえたようです」
「そう、予定通りに事は運んでいるわね」
「そうですね……」
生徒会長『桐谷 優姫』は報告に対して小さく頷き、目の前に置かれているティーカップの紅茶を手に取ると視線を足蹴の方へと戻す。
「それで? 彼女の居場所は分かったのかしら?」
「はい。それに関しましては風紀委員の方々が……それから例の愛好会の部室に関してですが、一時的に封鎖を行っておきました」
「成る程……よい働きですよ」
「ありがとうございます会長。……ですが、捕らわれた方は大丈夫でしょうか? 囮にしたとはいえ、少し心配です」
「それは問題ないんじゃないかしら。彼女は肉体に傷を負わせて楽しむような人ではありませんし……問題なのは心の方ね。
彼女に捕まった文房は得意の逃げ足で帰ってきたものの、今は隣の部屋で落ち込んでいますから」
「ですね。彼が涙でアイラインをドロドロにしながら入って来た時は何事かと思いましたが」
竜華から防人へ連絡をした例の証人であり、被害者。
加えて生徒会の会計でもある『文房』のことを思い出して苦笑しつつ彼女たちは話を続ける。
「文房の様子から見て、彼女に拷問などを受けていなければよろしいのですけれど……拷問……縛られて、天井から吊るされて……」
「足蹴?」
「声が出せない状況の中でムチを持ったあの人が……あぁっ!? これ以上は言えません!」
「足蹴!!」
いったい何を言っているのか。
足蹴は頬を赤らめ、高まる体温と荒く乱れた呼吸に眼鏡を曇らせつつ持っているタブレットを強く抱き締めるようにしてしゃがみこむと体をブンブンと嬉しそうに左右に振っている。
「って聞いちゃいませんね。……全く私の周りにはどうしてこう、まともな人がいないのかしら?」
優姫は足蹴を静止させることを早々に諦め、少しぬるくなってしまった紅茶を一口。静かにため息をつくと、同時に机上のモニターに風紀委員会会長『竜華』の顔が映し出される。
『あれ、どうしたの? 優ちゃんがため息をなんて珍しいね』
「あら、これは恥ずかしいところを見られてしまったわね。いえ、大丈夫よ。ここのところ書類の整理やらこの騒動やらで疲れが溜まっているだけだもの……」
『確かに。机にじっと向かい合ってカリカリペンを動かしてるのはツラいよねぇ。優ちゃんの仕事手伝った時とかは外でおもっいきり走りたいなぁとか思っちゃうし……』
「私は音楽をかけた部屋でのんびりと紅茶を楽しみたいと思いますが……」
『あー優ちゃんはそうだよねぇ~』
竜華の笑う声を聞きながら優姫は瞳を閉じてカップの紅茶をもう一口含んでから静かにカップを平皿の上に置く。
「それで? 雑談に花を咲かすのは構いませんが、何か用事があって私に連絡をしたのではないのかしら?」
『あーそうだったね。……こっちもめだかちゃんの居場所が判明したから一応データを送っとこうと思ってね』
そう彼女が言うとメールとしてマーカーの付けられた地図が添付されて送られてくる。
「確認しました。しかし、ここは……」
『武道館の地下倉庫だね』
「ちょっと、私のセリフを取らないでくださる?」
『アハハ、ごめんごめん。でも、地下倉庫は隠れ家としては有効かもね』
「それは確かにそうね。部活用に使用されるC棟と、同じく屋内部活に使用される武道館。それぞれの地下倉庫は通路で共通化されてますから」
『うん。おまけにそこには個人の部活倉庫用に個室がいくつか用意されてるから』
「それこそ利用されやすい条件が揃ってる。か……後処理が面倒そうね」
『そうだね。それで、これから両方から挟み込んで包囲をするつもりなんだけど、もしもの時の為に援軍を用意して欲しいんだ……』
「申し訳ありませんが、私は今日中に用意しなければならない書類がありますので……」
『えぇ~……ケチだなぁ』
「私は生徒会として全うしなければならない職務として優先順位の高い方を選んでいるだけですから」
『人助けも十分優先度高い気もするけど……分かった。こっちの不始末はこっちで片付けろってことだよね?』
「あら、よく分かってるじゃありませんか」
『全く、本当にケチんぼなんだから』
「まだ言いますか。……はぁ~分かりましたわ。こちらから1名、武道館側に向かわせますので」
『ほんと? ありがとね優ちゃん!』
「全く調子が良いんですから……とにかく、お願いしますからね?」
『うん、分かってる。それじゃあ終わったら連絡する』
通信が切れた事を確認し、優姫はカップとティーポットの中の紅茶が無くなっていることに気が付く。
「足蹴……」
「うへへ……」
未だ、ムラサキ色の妄想を脳内で繰り広げている足蹴に優姫は大きくため息をつくとキリリとした表情を向け、声質を強める。
「足蹴!」
「あっ、はい! な、何でしょうか?」
「紅茶をいただけるかしら?」
未だにしゃがみこんでいる足蹴に対し、優姫はティーポットを差しながら命令する。
「あ、はい。では淹れて来ます」
「えぇ――あぁそれから隣の部屋にいる文房を現場に向かわせなさい」
ポットを受け取った足蹴はお湯を沸かすために隣の小部屋にある小さなキッチンへと向かう途中、優姫からの言葉に足を止める。
「え? 良いんですか? 文房はまだ本調子だと思いませんけど」
「彼の専用機なら敵の逃げ道を塞ぐ事は容易にこなせるでしょう?」
「確かにそうですけど……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。配置するといってもあくまでも万が一の処置ですからね。それに、文房が取り逃がしたところで責任は風紀委員にあります。つまり、私達は協力した。という事実さえ用意できればそれで十分ですから」
「相変わらず、ズル賢い考え方ですね」
「そこは狡猾と言って欲しいところですね」
「それ、意味的には同じでは?」
「言葉から取れるニュアンスが異なりますよ?」
「ソレ、必要ですか?」
「えぇ、当然です。私は生徒会長。学園における生徒達の長たる立場を任されている以上はそういったところは気を配りませんと」
「なんちゃってお嬢様のくせに、ですか?」
「あら、別に良いじゃない。私達はこの学園で学生というものを経験するために通っているのだから……こういった立ち居振る舞いもあくまでもロールプレイング、ですよ」
「そうですか……いえ、そうですね。貴女も存外楽しそうにやっているように見えますし……これは皆の総意として決めたことですからね」
「えぇ、ここは周囲を海に囲まれた孤島。そんな場所でわざわざ学園を建てるなんて真似、本来ならば時間の無駄でしかありませんもの」
「それは分かりますけど……それ、彼を侮辱することになりません?」
「あの方は優しい方ですから……それにこれは皆の為にやってくれているのよ? 感謝こそすれ、侮辱するなんて事をするはずがないでしょう?」
「そうですね。立体映像や光学迷彩、様々なシステムによってこの場所を隠蔽してくれていますからね」
「そういうこと。さ、そんなことより紅茶を早く淹れてきて貰えるかしら?」
「はいはい。ちゃんと文房にも話を伝えておきます」
「えぇ、よろしくお願いするわ」
扉を開け、足蹴が隣の小部屋へと移動するのを確かめてから彼女はゆっくりと息をついた。
「足蹴にはあぁ言ったけど、これから乗り込んでいくなら、もしかしたら久しぶりに竜ちゃんの戦う姿が見れるかしら? フフッ……連絡が少し楽しみかしら」
嬉しそうな顔でモニターを表示させた優姫はキーボードを取り出して書類の書き込みを始める。




