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068『着せ替え人形病』


「うんうん、やっぱりワタシの目に狂いはなかった。そんじょそこらの女の子顔負けの可愛らしい女の子がここに誕生したわ~」

「ぅ……ん?」


 テンション高めの嬉しそうな声が耳に届き、気が付いた防人はゆっくりと目を開ける。


「……ここは?」


 周囲を見渡すとそこは暖色系の色合いでまとめられているどこかの部屋。

 最低限の明るさに調整された照明のせいもあって完全には周囲の状況を把握できないものの少なくとも自分の知っている場所ではないということは理解できた。


「本当ならお人形みたく椅子にでも座らせてタップリと楽しみたいところだけど……この前みたいに逃げられるのも面倒だし……今はこの状態で記憶に焼き付けておかないと……」


 ブツブツと聞こえてくる女性の声。

 防人は気付かれないように、と視線のみを動かしてその声の聞こえる方へと注視しようとするものの視界の端でようやくと見えたのは桃色の髪だけ。


――あれって、もしかして竜華さんが言っていた『めだか』って人なのか……。


 このままではよく見えず、何をしているのか気になった防人は気付かれないよう寝返りを打とうとするものの自身の手脚が何かに引っかかり、それを拒まれる。


――っ!? 縛られてる?


 手足に付けられている手錠。

 スポンジが内側に貼り付けられているのか痛みはないもののベッドに縛られているという事実は変わらず、少し驚くとともに意識が戻ってくる。

 気づいたら縛られていた。

 それに関しては(みなと)にも何度かやられた経験があるため、それほど戸惑ったりすることない。


 また、漂ってくるアロマの甘い香りと聞こえてくるゆったりとした音楽の影響か、頭がボンヤリとする感覚が強く、それも今現在の状況で比較的落ち着いている原因の1つだろう。

 頭の働きが悪く、動きたくないという気持ちが強い。このまま二度寝をしてしまいたいほどの誘惑に襲われるもののそれらを振り払い、防人は現状を把握しようと思考を巡らせる。


――あぁ、そうか……あの時、後ろからやられちゃったんだっけ?


「フフンフッフフ~ン~~♪」


 音楽に合わせるようにして聞こえてくる鼻歌。

 顔だけをゆっくりと気付かれないように傾けると彼女はクローゼットらしき扉の前で並べられている衣装を手に取り、ご機嫌そうな笑みを浮かべていた。

 姿見に映る彼女の顔。ここからでは角度が悪く、よく見えないけれど見せられた写真と似ている気がしないでもない。


――愛洲 めだか……あの人がそうなのか?


「あら、目を覚ましたみたいね?」


 鏡に映る彼女と目が合ったかと思えば、こちらへと投げ掛けられる言葉。

 初めは無視して黙っていようかとも考えたけれど、それで機嫌を損ねられても後が怖いかもしれない。

 そう思い、防人は反射的に閉じた目を開けるとこちらを見下ろしている彼女としっかりと目を合わせる。


「……僕を縛ってどうするつもりですか? めだかさん」

「あら? 貴方……なぜワタシの名前を知ってるのかしら?」


 彼女に指摘され、防人はドキリと心臓を鳴らす。

 確かに初対面の相手に名前を知られているというのは深く考えるまでもなく、おかしな話だろう。

 流石にこちらが風紀委員と気付かれないにしても警戒されてしまえば、ここから逃げられてしまう可能性が高い。

 耳につけていたインカムや生徒手帳が一種の発信機となってこちらの居場所は竜華たちには伝わっているはずなので、今この場所には生徒会と風紀委員による包囲網を用意しているはずだ……多分。


「あの……僕は、その……」


 なら、今出来ることは彼女に警戒心を与えないように時間を稼ぐことくらいだろう。

 ……でも、なんて言ったら良いんだろうか。名前を知っている理由……どうしよう?


「もしかして貴方、ワタシのファンクラブの方たったりするのかしら?」

「……え?」


 想定していなかった単語を言われ、防人は戸惑う。

 ファンクラブ……その意味が分からないわけではないが、さらっとこういう言葉が出てくるあたり、この人――愛洲めだかという人物はそれだけ学園内において人気があるということなのだろうか?


 確かにこの学園には物凄い人気のアイドルがいるという話は友人から聞いたことはあるけれど、それほどまでの人物が人を浚うような真似をするものなのか?


「あら? 違ったかしら?」

「えっと……」


 いや、そんな人だからこそストレス発散的な感覚でついやっちゃうんだ。という可能性はないとは言い切れないけれど……とにかく今出来ることは話をして時間を稼ぐ。これしかない。

 なら、ここは話の流れに乗った方が良いだろうか。


「い、いえ……そうですよ。僕は貴方のファンです」


 防人が慌てて肯定すると彼女は分かりやすく目をキラキラと光り輝かせながら満面の笑みをこちらに向けてくる。

 その笑顔は確かにファンクラブが出来ていてもおかしくはないかもしれないほどに綺麗だと思うものの、その相手はこの現状を作り出した当人であるためにそんな感想もすぐに失せてしまう。


「そうでしたか。貴方が妙に落ち着いているのはそういうことですのね」

「えっと……まぁそうですかね」


 ある程度の事で驚かなくなったのはまぁ、湊のせいでもあるっちゃあるんだけど、こんなワケの分からない状況になっても取り乱すことなく、ある程度落ち着いていられるのは、ある意味ではおかげさまでって思うべきなのか。

 なんとも複雑な気分だ。


「まぁ、まさかファンの方にこんな事をしてしまうなんて……まずは謝罪をしなければいけませんわね」


 フワフワとしたフリルが付けられ、アレンジの施された改造制服のスカートを手に掴み、彼女はどこかのお嬢様のように頭を下げる。


「申し訳ありません」


 自身の不手際に対して謝罪を行うことは確かに正しい姿ではあるものの、この状況でそれを言われるのは逆に恐怖感が煽られてしまう。


「いえ、あの……出来ればこの縄を解いてからにして欲しいんですけど……」

「ごめんなさい。それは出来ない相談ですわ」


 淡い期待を抱きながら防人は問うものの、彼の要望はあっさりと否定されてしまう。


「な、何でですか?」

「先日も貴方のような中性的な顔の子を連れてきてしまったことがありまして……」

「……はい?」


 何を言っているんだろう? この人、本当は危ない人じゃない……よね?

 いや、そもそもこんなところに閉じ込めて縛り付けている時点で十二分に危ない人ではあるけれど……流石に傷つけて来たりとかはない……よね?

 痛いとか、苦しいとかは嫌だなぁ。


「その時、彼の縄を解いてあげたら逃げられてしまいましたの」


 防人の胸中でグルグルと不安が渦巻くなか、彼女は頼みを聞けない理由の説明を続けている。


「本当に凄い逃げ足で、瞬く間に私達の間を抜けていってしまいました」


 恐らく、それが電話で言っていた証人のことなのだろう。その人が何をもって彼女の琴線に触れて拐われる羽目になったのかは分からないけれど、なんとなく親近感が湧いてこないこともない。

 まぁ仮にその相手が誰なのかを知ったところでこちらからは話しかける勇気なんてないのだけれど……それにまずはこの場をどうにかしてやり過ごさなくては。


「まさかあの状況から逃げられるとは思いもよりませんでしたから……油断してましたわ」

「……なるほど」


 黙っているわけにもいかないと思い、防人は小さく相槌を打つ。

 話を聞く限りだと、この拘束を解いたところでここからはそう簡単に逃げられないように出来ているようだ。

 確かにこの個室は見た感じ扉らしきものが見当たらず、どうやって入ったのか、またどうやって出ていけばいいのかが分からない。


 つまり、その人が逃げられたのは偶然逃げ道を見つけることが出来たからなのだろう。

 とすると外からも分かりにくい構造になっているのかもしれなくて、皆が来るのに時間かかるかもしれないということになる。かもしれない。


「ですので貴方の縄を解くことは出来ません」

「……そうですか」


 さて、どうしよう。

 別に縄が解けないとしてもここに彼女を足止め出来ていれば別に問題は無い。少々この体制が窮屈だというくらいだ。

 とはいえこのままジッと助けを待つだけというわけにもいかないだろう。


「あの、ところで僕はどうして貴方に縛られているんですか?」


 既にこちらは与えられた仕事に対して失敗をしてしまい、迷惑をかけてしまっている。なら、せめて情報だけでも得なければ。

 そう思い、防人は質問する。


「それは勿論、ワタシの第六感(インスピレーション)が貴方は変わることが出来ると教えてくれたからに決まってますわ!」

「は、はぁ……」


――変わる? 何が?


「何を仰っているのか理由がわからない。という顔をしていますわね。まぁ、そうね……見ていただいた方が早いかしら?」


 キョトンとした表情を見せる防人を見て、めだかは分かりやすい証拠を見せるべく傍の卓上に置いたポーチを手に取るとその中から手鏡を取り出すとそれを防人の方へと向ける。


「……え?」


 しかし、そこに防人は映ってはいなかった。

 別に表裏が逆だったわけではなく、鏡面はしっかりと防人の方を向き、彼の目の前にちゃんとある。けれど、やはりそこには防人の顔は映ってはいない。

 よく見れば防人に似ているところもあるが、頬の紅さも違えば、性別すらも違う顔。

 鏡には一人の少女が映っていた。


「え、あ……これは?」

「ふふっ驚きました? それが今の貴方ですわ」

「えっと……これは……」


 うん、確かに驚いた。

 防人は過去、中学の文化祭の出し物に参加するにあたり、女装(こういうこと)は経験しているけれど、それはあくまでも女性物の衣装を身に着けたということくらいで化粧まではしなかった。


「素晴らしいでしょう? 髪を軽く整えて、ファンデーションで頬にほのかな紅みを付け、眉を少し細くして、口紅で綺麗なピンク色にして……」


 嬉しそうに本当に嬉しそうに微笑み、彼女は説明する。


「どうして、こんなことを?」

「何故と仰りましてもワタシの趣味は女装をさせることですから」


「女装を……させるですか?」

「そうですわ……ですが、ただ女装をさせればいいと言うわけではありませんの」


 彼女はそう言うと嬉しそうに椅子を防人の方へ向け、腰掛ける。


「顔つきが男性では服を着せても、どこか違和感が残ります。化粧のノリが良ろしくなくては、それを補う為に次第に化粧が厚くなってしまい、顔が可愛く美しく作れてもケバケバしくなってしまいます。

故にワタシが男性に求めるのは中性的な顔に加えて化粧のノリが良い肌!

この2つの条件が揃えばパーフェクトですわ!!」


 彼女は嬉しそうに心のそこから嬉しそうに声をあげる。

 どうしよう。違う意味で危なそうな人だ。


「……てすが、そのような方はなかなかいらっしゃりません。この前の方も化粧のノリが思ったよりよろしくなかったですから……まぁ、多少の条件不足はワタシの技術で補いますけれど……」


――この人……凄い嬉しそうにしてるけど追われてる身だってこと忘れてない? ……まぁ、こっちとしてはその方が良いけど……でも、なんか怖い。


「ですが、ですが! ですが!!

ついに、そう遂にワタシは念願の完璧な男の娘を見つけ出しましたの。

……それがアナタ!」


 向けられる力強い視線。防人を見据えるその目はどこか力んでいるようにも見え、眉間には僅かにシワが寄っていた。

 

「貴方、アナタなら……」


 一歩、ベッドの方へと近づいた彼女はコクリ、と生唾を飲み込むと小さく呟きながら身を屈めると小刻みに震えた手を伸ばしてくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと、まるで苦手な動物に触れるかのように……チョンッと指先が防人の胸元に触れる。

 人差し指から順に中指、薬指……と細く長い指が触れていき、そして彼女の手の平が防人の上に乗る。


「な、何を――」

「あぁ触れる! 触れますわぁ!!」


 彼女は嬉しそうに口角を吊り上げる。

 先程、語っていた時のものとは違い、打ち震えた、心の底から溢れ出たような嬉しそうな声。

 ほんのりと目頭に涙を浮かばせたその顔に防人は心臓をドキリと鳴らす。

 明らかに先程までとは違う笑み。

 今、愛洲めだかという人物の胸中がどのような思いで満たされているかは分からないけれど、その表情には彼女という人物の本音が見えている気がした。


「あぁん!」

「――ぉぉ!?」

「高まってきましたわ! 高まってきましたわぁ!」


 満面の笑みを浮かべ、立ち上がった彼女は部屋の一角に設置されているクローゼットを力強く開ける。

 壁の半分ほどが扉となっている巨大なその中はハンガーに掛けられた女性ものの衣装で埋め尽くされており、見たものの目を引くほどに色鮮やかだ。

 恐らく下の引き出しにも女性ものの衣服が納められているのだろう。


「ウフフ……まだまだアナタは変わることが出来る。次は貴方にピッタリの服にしましょうか? それともウィッグにしましょうか? あぁ! 楽しすぎますわぁ!!」


――アレ? 何かヤバそう?

 危険を感じ取り、ゾクリッと背を走る悪寒に身を震わせる。

 じんわりと滲む冷や汗に、頭の中で鳴り響く警鐘。逃げなくちゃ、と本能が訴えかけてくるが、身動きの取れない現状でそれは叶わない。


「さぁ、まずはこの服からいきましょうか」

「あの、僕……縛られているんですが……」

「ダイジョーブですわ。右から順に手元だけ解けば、服ならワタシが着させてあげられますから」

「えぇ……」


――あの、未だに誰も来ないのですが……あれ? 助けに来てくれるって思っていたけど、勝手な思い込みだったとか?

 大丈夫だよね? 助けに来るよね??


「うふふ、うふふ……ウフフフフフフ」


――やばい、やばいヤバいヤバいヤバいヤバい!

 すんごい今、危ない顔してる。

 息が荒いし、特に目が……ガンキマっててすんごく怖い。


「え? あの、ちょ……」

「ウフフフフフフ」


 不適な笑い声を漏らしながらも目を見開いた彼女の顔は笑顔ではあるものの明らかに歪で感情が正確に留まっていないように見え、防人の恐怖心を強く煽る。


「ちょちょっと? 何する気です? あの、ちょっ触らないで……」

「大丈夫ですわ。安心して、すぐに終わりますから」


 ギシッとベッドが軋み、彼女は防人の上へ馬乗りになると細い指で、慣れた手付きで防人のシャツのボタンを外していく。


「いや、すぐとかそういうのじゃなくて……」

「フフフフフフフフフ……」




――だ、誰か、助けてくれ〜!!


 


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