067『風紀委員会、休日活動』
「すみません遅れました」
急ぎ足で渡り廊下を抜けて到着した風紀委員室。
防人は入り口の電子ロックを外し、中へと入ると先に中で待っていた風紀委員長『日高 竜華』に予定よりも少し遅れてしまったことを謝罪する。
「いいよいいよ。こっちこそごめんね。急に呼び出したりして」
「いえ、気にしないでください」
防人は自分の席に腰掛け、モニターを起動すると風紀委員用の共通フォルダーから『本日の仕事』というファイルを開く。
「……これがさっき電話で言っていた?」
中に入っていたのは何枚かの写真。
防人はその中から『集合写真』と名付けられたものを開き、ファイル内での各データの表示方法を大きなものへと切り替えると表示された各個人の顔写真と照らし合わせ始める。
「うん。時間があまり無いから難しいかもしれないけど、今のうちに顔を覚えておいてもらえるかな?」
「分かりました」
各写真が保存されたファイルには『衣装愛好委員会』と部活名が書かれており、その名前からイメージできるように集合写真に表示されたメンバーは学校の社会系の教科書に載ってそうな民族衣装らしき服装やアニメ作品のコスプレをした姿で写っている。
服装や化粧なども相まってメンバーの名前が書かれている各々の顔写真と見比べると全員、まるで違う人のように見えてくるのでこれを覚えろとなると正直なところ非常に難しい。
「ん、それじゃ電話でも話したように今回の風紀委員の活動は問題を起こした部活の部員を捕らえること。まず、覚えて欲しいのは部長の『愛洲 めだか』だね。集合写真だと、真ん中に座ってる子だよ」
「えっと……」
竜華の言葉に反応し、注目したそこには桃色のフワフワとした髪をした女性が写っている。
垂れ下がった目尻は彼女に優しそうな印象を抱かせ、ほんのりと紅潮した頬はどこか艶めしく色っぽい。
座っているのもあって体格はよく分からないけれど、スカートから伸びる色白で綺麗な脚を見るに太っているとか、痩せすぎているということはないだろう。
「それから部員に関してだけど、人数は写真の7人でメンバーは全員。その内4人は捕まえたって千夏ちゃんから連絡があったから残りは部長である『めだか』と彼女の左右に立っている2人の合計3人だね」
椅子に腰掛けている部長のめだかと彼女の左右に立つ少女。
3人の頭髪は全員が長い髪でピンク色。
一方は白みが強く、薄い桜のようなピンク色をしており、もう一方は赤みが強く、薔薇のようなピンク色をしている。
顔写真の方はコスプレではない素の見た目のものであるため、髪色が同じということは3人はウィッグではなく染髪をしているということなのだろう。
髪型や髪質は3人とも異なっているものの髪の色が似た色をしているため、パッと見では判断が付けづらい。
となると判断するための材料は必然的に顔つきや目の色、体格ということになる。
のだが、カラーコンタクトを付けているのか集合写真では3人とも同じ碧色の目をしているし、体格も服装のせいで写真からでは判断がつけられない。
顔写真では瞳の色は碧色、紺色、灰色と異なっているもののこれでは彼女を捕まえるための判断はかなり難しいだろう。
「この3人の中で最優先にしたいのは当然、部長である『愛洲 めだか』だね。彼女は今、学園内を逃げ回っているみたいだから君にはここに向かって待ち伏せて欲しいんだ」
その話の途中で竜華から送られてきたのは学園内の見取り図にマーカーを付けたもので、赤い点が分かりやすく校舎と学生寮の間にあたる中庭に付けられていた。
「ここって中庭ですよね? こんなところに立ってたら窓とかから丸見えじゃないですか?」
「大丈夫。貴方にはそこに立ってもらって校舎から逃げられないように誘導するのが目的だからね。もし、外に逃げられたら捕まえるのが余計に苦労するでしょ?」
「それはまぁ、そうですね……分かりました」
確かにこの学園は島1つを丸々敷地として成り立っているので周囲の森までも含めればかなりの広さになるのは分かる。
流石にそこまでして逃げ延びようと思うのかは分からないが、捜索範囲を絞れるようにするべきであることは防人にも十分に理解できた。
とはいえ与えられた役目はただ立っているだけ。
ただの案山子ですか。
「うん。もし、そっちの方に逃げたら連絡するから通信装置は忘れないようにね」
「分かりました」
「それじゃ、これで伝えたいことは伝えたけど……何か質問あるかな?」
「……いえ、大丈夫です」
この1ヶ月。仕事にもある程度は慣れてきたものの、その手際の良さは優秀な先輩たちの足元にも及ばない。
ジッと立っている。
それ自体が重要であることは分かってはいるし、万が一の時には失敗は許されないのも分かってはいるけれど……皆が頑張っているなか、自分だけがそれというのはなんというかサボっている気分にもなってしまう。
「ん、じゃあ私はみんなの方を手伝いに行くからそっちはよろしくお願いするね」
「はい。それじゃあ行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
とはいえ仕事は仕事だ。防人は言われた通り、机から取り出したインカムを片耳に付けると立ち上がると竜華に見送られながらも目的の場所へ急いだ。
「えっと、ここだよね?」
防人は間違っていない事を生徒手帳と照らし合わせ確認するとインカムを繋ぎ、目的地に到着したことを報告する。
「竜華さん。……えっと指定された配置に着きました」
『了解。それじゃあ何かあるまで周辺の警戒しつつつ待機をお願い』
「分かりました」
通信が切れ、訪れる静寂。
温かな春風が体を突き抜け、木々は風に揺られて心地よい音を奏でている。
遠くからは鳥の鳴き声や部活動に励んでいる生徒達の叫び声が聞こえ、それらが春の陽気と合わさって『平和』という気持ちを強く感じさせた。
「ス〜……フ~……」
本当ならば傍の木陰にでも横になってのんびりとしたいところではあるけれど、今は仕事中。
引き受けた以上、気を抜くわけにいかず、防人は深呼吸しながら周囲のあれこれに意識を集中する。
けれど、できることならここには来ないで欲しいところだ。
ここに来ても捕まえられる自信はないし、むしろみんなの足を引っ張ってしまうかもだし……。
「っといけないいけない。集中しないと!」
防人は首を振ってネガティブな思考を振り払い、ここに来てしまっても対応出来るようにと『愛洲めだか』に関する情報を思い出す。
写真で見た彼女――愛洲めだかという人物は桃色の髪に翠色の瞳。鼻筋は真っ直ぐに下りて美しく、化粧に整えられた顔立ちは艶めしい。
そして、美しい顔立ちを形作るそれらの要素に垂れ下がった目尻が加わり、どこか儚げで優しそうな表情が作られていた。
身長や体格は座っていたこともあり、その判断には困るものの桃色の髪の女性がここを通ろうとしたならば流石に目立つ。
万が一ここを通ったとしてもすぐに見つけられるとは思うが……いや、流石にそれは慢心だろうか。
気を、抜かず……仕事として、ちゃんと見逃さないようにしな、いと……。
『慧君!』
「んぁ!? はい、どうかしましたか?」
しばらくの間、特に何も起こることなく、暖かな陽気にやられウトウトとし始めた頃、インカムから竜華の叫び声が聞こえてくる。
『ターゲットがそちらに向かいました。注意して』
「え? あ、はい分かりました」
来たか……。
防人は慌てて警戒心を入れ直し、目を見開いて周囲へと視線を動かし、校舎からの人影がいないか確認する。
「……どこから来る?」
「さぁ、どこから来るんだろうねぇ~?」
「――うっ!!?」
声が後ろから聞こえたと同時に鼻をつく甘い桜の香りとバチバチと響く衝撃。
顔はよく見えないものの犯人は先程の連絡で言っていたターゲットである『めだか』という女生徒もしくはその仲間の誰かで間違いはないだろう。
まさか、こんなに接近されて気付かない……なんて……。
「ん〜、遠目で見てたけど、やっぱりこの子いいわねぇ~。ここじゃすぐばれちゃうし、やっぱり前に使っていた場所かしら?」
薄れていく意識の中、彼女の嬉しそうな声と舌舐めずりをする顔がぼんやりと見えた気がした。




