065『休日の偽装工作』
突然鳴り響く通信装置の受信音。
「ぅん……何だ? こっちは寝てるってのに……」
部屋の静けさが掻き消され、安眠を邪魔されたA.T.は気分を害されたことに少々愚痴りながらもベッドから下りるとパソコンの方へと近づいていく。
――もう解析が済んだのか? 予定よりもだいぶ早い気がするが……。
5時という時間に驚きつつも重いまぶたを擦りながらA.T.は急ぎ、机上のキーボードに触れて点灯させたモニターに通信用のウィンドウを表示させる。
「ヒロからか……まぁそうだよな」
A.T.は納得しつつマウスカーソルを合わせ、通信を繋ぐと『Sound Only』と表示され、聞き慣れた陽気な声が彼の身に付けたインカム越しに届く。
『おはようA.T.。あぁ、もしかして寝てたかな?』
「一体何の用だ? ヒロ」
『えっと……実はさ、ちょぉっと俺の首がスッパンと逝っちゃうかもしれないんだよねぇ~』
A.T.の質問に対して自らの命の危機だというのにまるでそんな感じをさせないほど軽い口調で彼は言う。
「何があった?」
『いや、まだあったわけじゃないんだけどこれから起こりそうって感じかな?』
「ふむ、それで? ……お前の首が跳んでしまうようなことがあると?」
『そういうこと。このまま帰ったら俺は敵に情報を流したスパイだって言われるかもなんだよ。敵にとって工場1つがつぶされるというのはかなりの損害だろうからねぇ~』
「まぁ、だろうな。今回潰したのは比較的に小さな施設ではあるが、そもそもその国自体が小国に分類されるからな」
『そそ、だからその工場に向かうのが一番早く行けるところ。例えば、あの破壊された工場施設までの距離が近い施設だとか、部隊がGWで飛んでいくよりも早く工場に行くための手段がある場所とかに壊滅させられた責任を求めてくるだろうしねぇ』
なるほど、確かにあの国の最高責任者はやりそうな話だ。
『そこをいくとあそこにいる人たちにとって俺はしがない一兵士。しかも金で雇った傭兵ってことになってるからね。この人たちにとって俺の立場は一番納得のいく条件かもしれないってわけ』
「ふむ、なるほどな……しかし、他にはそこに雇われた傭兵はいないのか?」
『いる……いや、いた。というのが正しいのかな?』
「……死んだのか?」
『うん、そう。ATが送った部隊がというかあのミサイルをバカみたいに撃っていた……植崎だっけ?』
「あぁ……」
『彼のミサイルが見事にみんなが寝てる寝床に直撃してくれたもんだから傭兵の人たち及びそこに働いていた人たちはほとんど死んじゃった。見張りの人たちも無人機に混じって戦ってはいたんだけど……みぃんな殺られちゃったし。あぁそうそうオレンジのGWの……あれは誰だっけ?』
「防人だ」
『防人……へぇ~あの子がそうなのか……結構良い戦い方してたけど、まだまだ一対多数の戦いには慣れてないって感じだったねぇ……しかも人を殺せない甘ちゃんみたいだし……』
「それくらいは知っている。だから無人機の多い今回の施設攻略を――待て、何故お前がそれを知っている?」
『んん? あれ聞いてない? 作戦中に施設内部で宏樹くんだっけ? その子と一悶着あったんだよねぇ』
「何? どういうことだ?」
『あらま、本当に聞いてないの? 今回持ち帰ろうとした生首をめぐって『そこまでやる必要あるの?』って慧くん、ちょぉっと怒ってたんだよね〜』
「何故、慧の前でそんなことに」
『さぁ? 俺は彼らのいた個室の抜け道の向こうからやり取りを聞いてただけなので詳しいことはわかんないけどね……っと、いけないいけない話が脱線してしまった』
「…………。」
――どういうことだ? まだ慧に殺人行為は早いと判断したから今回は施設周辺の警戒を祐悟とともに行わせるよう命じておいたというのに。
『あれ? 聞こえてる?』
「あぁ、聞こえいる」
全く、ただでさえ忙しいというのに、面倒事を増やしてくれたものだ……。
『ん……それでえっとこのまま俺だけあそこに帰ったらスパイ容疑がかかるのはほぼ確実。そこで貴方の居場所つまりは向こうにとっての敵の居場所を教えようと思うんだけど……』
そこまで聞いてA.T.はヒロが言い終えるまでに答える。
「駄目に決まってるだろう」
『だよねぇ……一応、彼らから貰った量産型をズタボロの状態にして帰る予定なんだけど……もしもの時のために、一応の保険ってことにしておきたかったんだけど……そうだよね。まぁ、分かってはいたんだけど……う~ん、スパイ容疑がかかった時はさっさとバレるように逃げて後ろから撃たれて殺られたふりして逃げよっかなぁ』
ブツブツと言っているこいつのことはどうでもいいが、確かにこいつにスパイ容疑がかかった場合、行動に制限がかかって情報が滞ってしまうか……。
『……まぁそれについては色々考えておくとして…貰った量産型どうやってボロボロにするか……戦い頑張りました感出すために腕の一本でも折っておくかなぁ?』
「それで仕事できるのか?」
『あ~無理だねぇ……じゃあ資料を送るのをしばらく休ませていただくということで』
「良いわけがないだろう。今の技術なら骨折程度、すぐに治せるようになってはいる。とはいえ、それでもかなりの時間がかかる……」
そんなことになれば情報が本当に滞ってしまう。
ようやく掴んだ尻尾である以上、情報不足に陥るのは流石に避けるべきか……。
「……分かった。一番小さい研究所の座標データを送る。それを教えろ」
『おぉ、ありがとぅ! 愛してるよぉ~』
「ふん、言ってろ。では、通信を終了する」
A.T.はそう言って通信を切り、背もたれに体重を預ると静かに天井を見上げる。
「はぁ……」
これでもし、施設を襲われたら、生きている奴がいて後をつけられていたはないか。
とか言って宏樹たちに処理を任せよう。
「……そうするか」
A.T.がそう呟いた直後、再びパソコンの着信音が鳴り始める。
「今度は何のようだ?」
『ん? 何のことかしら?』
「怪視か……いや、何でもない。解析は終わったのか?」
『いえ、細かい整理とかはこれから行うところなんだけどね。今回の連絡はこの子のことで話があるのよ。えぇと防人ちゃんだったかしらね……この子にも解析結果を伝えても問題無いのかしら?』
「……いや、そいつには伝えるな」
――解析結果にもよるが、鍵が外れる可能性がある。
そう言いかけてA.T.はすんでのところで言いとどまる。
こいつらには知らなくてもいいことだ。
特に怪視や彼女の所属する部隊には伝えるべきではない事であるのは確実だ。
『了解、でも、どうするのぉ? こちらからは伝えないとしてもこの子が後から知りたがるかもしれないわよ』
「それは記憶を――いや、私の部下に任せる」
――任務は無事終了し、部屋に戻り眠った。そういうことにしておこう。
『構わないけど、いいの? 宏樹ちゃん曰くちゃぁんと対応した方が良いって話だけどぉ?』
――また、あいつは余計なことを……。
「問題ない。その辺りは我々の方で対応する」
『そう……A.T.ちゃんの考えはよくは分からないけど、分かったわ。貴方がそれでいいのなら注文通りにしておく』
「よろしく頼むよ」
一言そう言い終えて、A.T.は通信を切る。
後日、届いた解析の結果は確認したものの結局は、今後の作戦に対し有力となるほどのデータを得ることは叶わなかった。




