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064『ファーストDキス』

 宏樹は例のケースを持って解析室へと向かう。


「慧君……貴方まで来ることは無かったんですよ?」

「いえ……僕も付き添います。宏樹さんの言うようにあのカプセルの中身が恐ろしいものなのかどうか確認しておきたいですから」

「……そうですか」


 学園の地下に存在する白い通路を抜けてたどり着いたとある一室。

 特に標札などもない壁と同じように灰白色の鉄の扉。

 宏樹はその扉に触れ、電子ロックの解除を行い、防人も彼に付いていくようにして部屋の中へ。


「いらっしゃい……待っていたわよぉ!」

「――えっ?」


 先に中に入った宏樹の向こうから聞こえてくる若い女の人の声がしたと思ったその時、サッと宏樹が右にずれて、防人はその奥から来た大きな何かに飛びつかれた。


「うぅっ!」


 その何かは(まと)わり付くように防人の腕の自由を封じ、甘くて柔らかい何かで彼の口を塞ぐ。

 飛びつかれた衝撃でバランスを崩した彼は当然受け身も何もとることも出来ず、そのまま床に背中を叩きつけ、仰向けの状態で横たわる。

 背中がすごく痛い。

 しかし、それよりも先に確認しなければと防人は目を開けて、飛びついてきた何かの正体を確認する。


――……誰?


 それは人。

 防人の上に乗っている何かは軍服の上から白衣を着た変わった格好の少女であった。


――いきなり何を?


 そして、防人の口を塞ぐものはその少女の口。

 彼女は防人に抱きついた状態で彼の口を塞いでいる。

 つまりはキスをしてきているのだった。


「ふぐ、ふぐぐ……」


 いきなりの事でそこまで頭が回るのに数秒ほど時間がかかってしまったが、ハッと我に返った防人は彼女を振り(ほど)こうと身を(よじ)らせる。


ふぉら(こら)……あふぁれふぁいの(暴れないの)……」


 唇が重なり合い、何を言っているのかはよく分からないが、今はこの少女から逃れるのが先であると直感する。


――この人、力強っ!?


 しかし、何かの技でもかけられているのだろうか一向に振り解けそうにない。


「――っ!!?」


 口の中に柔らかくて生温かくて少しザラザラとした何かが入ってくる。

 それはすぐに舌であることが分かった。

 一体何をしているのか?

 何がしたいのか本当に本っ当に分からない。


 彼女は目をつむっているから人違いだと気づいていないのか、それとも最初から自分を狙ってやっていることなのか?

 分からないけど、後者の答えは無いだろう。

 だって初対面どころか顔合わせすらしてないんだから。


――なんなのかよく分かんないけど、なんか……恐い。


 そして絶対に離れないといけないとより強く、心の奥底からそう思った。


「……ん!?」


 舌と一緒に何やら小さなものが入ってくるのに気付く。

 今度はツルツルとした細長い小さな何かが……。

 彼女が上にのし掛かり、防人が下で倒れているという体勢のために口に入ってきたそれは彼の喉元へと落ちていく。

 突然のそれをそのままゴクリと飲み込んでしまった。


「ふふふっ……飲んだわね」


 上に乗っていた少女は喉の鳴る音を聞いて短く笑い、防人からゆっくりと離れる。


「何を……?」

「新薬よ。人間である貴方で試して……あらぁ? 宏樹ちゃんじゃないのね」


――気付くの遅いですよ……というか完全に勘違いなんですね……。


「んぅもぅ! 何で避けちゃったの? 宏樹ちゃん!」


 少し大人っぽい口調で、しかし声はまだ少し幼さが残る声で軍服の上から白衣を着た少女は宏樹の方へと振り返るとプンスカといった様子で怒る。


――二人の身長同じくらいなんだな……というか何で間違えるかなぁ~。


 おおよそ170cmほどの防人と比べて頭2つ分ほど低い宏樹。

 二人の身長が大差ないことに内心で呟きつつそれだけの身長差がありながら勘違いで変なものを飲まされた防人は愚痴を(こぼ)す。


「それはもう想像ついてましたからね。貴女は前々から隙あらば色んな人に新薬を試そうとするんですから。ご飯に混ぜたり、予防薬とかいって注射したり、先程のように口移しで飲ませようとしたり等々……」


――うわぁ……。


「だぁてぇ~マウスでの実験は飽きたんだもの。やっぱり試すなら人間じゃなきゃぁ」

「貴女のなかには人間=モルモットという定理が成り立ってでもいるんですか?」

「そんなこと無いわよ。人間<モルモットという定理ならまだしもねぇ~」


――おぉ……モルモットの方が上だった……ってそんなことで驚いてる場合じゃない。

 二人の会話を聞くに僕はあのキス魔に……あぁ……そう、いえばキスをされたんだっけ?

 あんな形で僕のファーストキスを………。


「――!?」


 ……ダメダメ、彼女の口元を意識するな。

 僕はこの女の人には初めて会ったんだ。

 初対面なんだ。


 キス――いや、聞くことはさっき飲まされた物のことだ。

 二人の話から飲まされたのは薬だと分かったし、何の薬なのかを聞けばいいんだ。

 意識するな……意識するな……よしっ。


 防人は唾液でベタベタとした口元を拭い、起き上がると軍服と白衣の少女に頭を掻きながら聞く。


「あの~すみません。あの……えっと……」

「何かしらぁ? ……あぁ、私の名前は『怪視(けみ)』よ。よろしくねぇ」

「あ、はい。よろしく……です。あの、それで――」

「で、貴方は?」

「……ぇ?」


「貴方のお名前は何て言うのかしら?」

「あぁ……僕は防人(さきもり)……(けい)と、言います」


「慧ちゃんね。うぅん! 可愛い名前ねぇ~……それで? 何の御用かしらぁ?」

「あの、さっき飲まされた……新薬って言ってましたけど、あれは一体何の薬なんですか?」


――ヤバイ薬とかじゃなければいいけど……。


「知らなぁい」

「……はい?」

「昨日の夕方ぐらいだったかしら? 薬の調合してたらねぇ~偶然、何か成功してるぽい感じになったからカプセルにしてみたの。でも何を入れたかメモするのを忘れちゃった」


 怪視さんは「テヘッ」とわざとらしくボサボサの自分の頭をコツンと叩く。

 が、そんなことはどうでもいい。


「ちょっ――毒とかだったらどうするんですか!?」

「うぅんそれなら大丈夫よ。人間にとって毒にならないものしか入れてないからぁ。それに毒性のあるものがないかどうかは調べたし」

「そうですか………!??」


――何……だ? ……視界が、揺らぐ? 部屋がいきなり回転し始めたみたいだ。


「……だい……か…」

「あらぁ……たぃへ……」


 二人の声が、意識が、遠退いていく。


 力が入らなくなった足では支えきれなくなった防人はどうにか床に手をついたものの、そのまま深い眠りに落ちた。



◇◇◇



「……ZZZ」

「ん~……どぉやら眠ったみたいねぇ~」


 解析室に聞こえる寝息。

 怪視(けみ)は防人の傍に寄ってしゃがみ、眠ったことを確認すると小さく呟く。


「……私の特別製の睡眠薬だったのに、なかなか眠らないから少し焦っちゃったじゃないの」


 そう言って怪視は少しむくれた様子で仰向けにした防人の鼻をつまむ。


「うぅ……」


 鼻で呼吸が出来なくなった防人は無意識に少し首を降ってその原因を取り除こうとする。


「この子の寝顔可愛いわねぇ……」

「手を出さないでくださいよ?」


「別に出さないわよぉ~……この子にちょぉと興味があるだけでねぇ」

「そう言うということはつまり慧君は貴女にとって人間以上の存在になったということですよね?」


「ま、そうなるかしら?」

「つまり手を出す気満々といった感じですね?」

「だからぁそうじゃないって言ってるのにぃ~……まぁ、いいわ。彼の事は気になるのは嘘じゃないけど……本来するべき仕事に戻りましょう」


 怪視は一瞬、防人へと鋭い視線を向けた後で、フラりと立ちあがると、

 20畳ほどの真っ白な室内の一角を占めているとある機械装置の前に用意されたデスクの椅子に腰掛けると置かれている端末を操作し始める。


 ガコンという音とともに機械が起動。

 装置の一部がスライドするようにして円柱状の()れ物が1メートルほど突き出してくる。


「宏樹ちゃん。1つ聞くけど、そのケースに入ってるやつって加工してないわよねぇ?」

「加工? ……あぁ確かにしてませんね」

「んぅ……そんなことだろうと思ってたわぁ……貸して、加工してくるから」

「えぇ、よろしくお願いします」


 怪視は宏樹からケースを受け取ると、奥の薄暗い部屋の中に入っていく。


「~~♪」


 宏樹は扉の向こうから聞こえてくる怪視の鼻歌と作業を行っている様々な音を聞きながら、することも無いので眠っている防人を扉付近から移動させたりして待機する。


「はぁ~~……できたわよぉ」


 わずか十分ほどして彼女は液体の満たされた中に脳みそが浮かんでいる透明な球状のケースを持って戻ってくる。

 頬を赤らめて高揚した様子で戻ってきた彼女。

 あの向こうで一体何が行われたのかは聞かない方が良いだろうと、宏樹はこの光景を見る度に思い至る。


「早かったですね」

「うぅん、このくらいのことは朝飯前ってやつよぉ~」


 怪視は持っているケースを先程の円柱に上向きに乗せ、取り付けられた小さなアームでしっかりとそれを固定。

 そして着ている白衣をひらつかせながら回転しつつ、再び装置前のイスに腰かける。


「それじゃぁ早速、これに詰まった記憶情報(メモリーデータ)を見てみましょうか~」


 彼女がキーボードパネルを操作し始めると同時に脳みその設置された円柱が機械装置の中へと収納されていく。


記憶読取電極(メモリープラグ)、接続」


 モニターに表示された一覧の1つにカーソルを合わせ、マウスを操作。

 しばらくして彼女の見ているモニターには線の波を背景に様々な文字が流れ始める。


「ん~この人は脳の整理がちゃんと出来ているのねぇ。……でも、その分どれが何でいつの記憶なのかすぐに分かるのよねぇ。今日の記憶はこの辺かしら?」


 彼女は文字列を確認しつつパネルを操作。

 その上にある大きなモニターに映像が流れ始める。


「これは?」

「あらぁ~?」



◇◇◇



 太陽が昇り、世界が明るく照らされる朝8時頃。

 クレイマーの同僚でここの責任者である女性『ブレア』は数分前に地下のリニアレールカーに乗って来た彼の子供たちを空き部屋に連れていくこと。


 工場に向かうための三番地下通路を破壊、封鎖すること。

 彼女は怒鳴り付けるように拡声器を使って様々な指示を行っていた。


『ガキ共は私の部下の誘導に従って用意してある部屋まで行け! 整備班、リニアの車庫入れが終わったら点検だ! 壊れたり、汚れてたら新品同然になるまでキッチリ修理しろ! 工作班は追跡防止の為に海底線路の破壊作業だ! 浸水しねぇよう二重シャッター下ろして完全封鎖しちまえよ、いいな!! ……テメェら返事はどうしたぁ!!』

「「「はい!!!」」」


 この施設における整備長のような立ち位置であるブレアは部下達の返事に対して頷く。


『よぉし、いい返事だ。ほらそこ! 手を休めるんじゃねぇぞ! 今は1秒足りとも余裕はねぇんだからな!』

「あの……」


 青い髪をした一人の少女『キスキル・リラ』はブレアに話し掛けようとする。



「何でせっかく作ったこの通路を破壊せにゃならんのだ?」

「お前知らねーのかよ。なんでもこの先にある施設に敵が襲ってきてボロボロに壊してったそうだぞ」


「マジか。じゃあ、最近向こう行った奴等は……」

「あぁ……みんな逝っちまったんだろうなぁ……」


『おいそこ! 話す暇があったら手を動かせ!!』

「「すいません!」」


『たくっ……敵が通路を通っていつ襲ってくるかも知れねぇんだ! 無駄口叩かず、テンポ良くやれ!!』

「「「はい!!」」」


「やれやれ……」


 しかしブレアは人を指示するのに集中して気が付いていないようだ。

 リラは声のボリュームを上げてブレアにもう一度声をかける。


「あの!」

「んだよ?」


 今度は気づいて貰えたようだ。

 リラはよかったと少しだけ安堵する。


「見て分かると思うがな……今は急がしぃんだよ。ガキは部屋に行ってろって言ったろ。小便なら兵舎の部屋にあるし、腹が減ったんなら軽い茶菓子くらいなら準備しておくよう伝えといたからよ。部屋まで我慢して――」

「あの、あなたがブレア……さんですか?」


「ブレアだ!」

「――え?」


「『え?』じゃねぇブレアだ。『ちゃん』とか『さん』とか敬称(そんなん)つけんな。呼び捨てにしろ」

「は、はぁ……じゃあ、あなたがブレア……ですか?」


『あぁそうだ。私がブレアだ。んで髪の毛もケツも青そうなガキが私に何の用だよ』

「実は――」


 リラがクレイマーから受け取ったデータチップを手渡そうとしたところで突如、警報が作業施設内に響き渡る。


「まさか、本当に来たのか!?」

「ヤベーよ。あの工場に兵士を送ったばっかでこっちは不足ぎみなんだろ? こっちはまだ何の準備もしてないってのに……」


 警報が鳴り響くなか、敵が来たのかとウワサしていた作業員がざわめき、それを聞いた他のメンバーもざわめきを大きくしていく。


「外の見張りだけで大丈夫なのか?」

「ヤベーよヤベーよ!」


「逃げるんだよぉ! 施設1つアッサリ潰すようなやつにここの奴等が勝てるわけない……」

『テメェら狼狽(うろた)えんじゃねぇー!!!』


 キーンと拡張器によるブレアの叫び声が響き渡り、室内はシンッと静まり返る。


『まだ敵だって決まってもいねぇってのに何を慌ててやがる! 手を休めんな!!』

「で、でも敵だったらどうするんですか!?」


 作業員の1人の声の後にみんなが声を揃えて叫ぶ。


「そ、そうだ。みんなが向かった施設は潰されちまって――」


 下にいる男の失言に一瞬だけ視線をリラへと向け、小さく舌打つ。


「なら、ブレアさん。このタイミングでの反応だ敵の可能性が高いに決まってるぜ!」

「そ、そうだよ。だからこのリニアを動かして本国に――」

『あぁ、うるせぇ!!』


 作業員による言葉をブレアは拡声器によって拡大した怒号で一蹴(いっしゅう)し、静まり返った事で彼女は続ける。

 分かりやすくイヤらしく、煽るような口調で。


『そうだなぁ、もし敵だったらそれ相応の対処はしてやる。もしもん時はこの私がテメェらの逃げる時間を稼ぐためにここに残るぐらいはしてやるよ! ……んでだ。敵じゃなかったら、そうだなぁ……テメェら全員土下座しろ! いいな!!』

「お、おう! やってやんよ!」

「そうだそうだ! してやるよ!」

「おう! 土下座ぐらいしてやんよ!!」

「よぉし……言ったな?」


 ニヤリと笑みを見せたブレアは腰に掛けていた通信機を取り外してそれを繋げるとボリュームを最大に調整する。


『あ、ブレアさん。やっと繋がりました』

「何があった?」


『機影です。数は1つ。

 識別信号もなくて初めは敵かと思ったんですが、黒く塗装されたフラッグから恐らく最近雇った傭兵の真栄喜(まえき) (ゆう)と思われます。

 装備していたシールドは破損、装甲もかなり損傷しています。

 また、飛翔滑空翼(フロートパック)も破壊されいることから恐らく残った推進機(バーニア)を利用し、長距離跳躍をしながら来たのではないかと思われます。『救援求む』とのことです』


「おぉし分かった。回収班を向かわせると伝えろ、んで機体を整備班に任せて本人が無事そうであれば、私の部屋に来るよう伝えておけ」

『……よろしいのですか?』


「あぁ、問題ない。施設での状況を聞くだけだ」

『了解しました。伝えておきます』


 彼女は通信を切り、心底嬉しそうに微笑みながらロフト状になっている高台から作業をしている人たちを見下ろし、拡声器を皆に向ける。


『敵じゃぁなかったな……さぁて約束だ。全員、土下座してもらおうか……』


 彼女がそういい終えてすぐに作業をしている人たちは床に手をつくと


「「「どうもすみませんでしたぁ!!!」」」


 みんな一斉に叫んだ。


「あはは……」


 それを見て「大変なところに来てしまったかな?」と思い、リラは苦笑する。

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