004『俺様な友人』
【 同日 11時45分頃 】
朝食を終えた防人は湊の要望もあって電車を利用し、隣町に作られた巨大なショッピングモールに到着する。
「それで? ここまで来たのはいいけど一体何を買う予定なんだ?」
ショッピングモールに二重の自由ドアの一つ目を抜けたところで防人は頭を掻きながら軽い気持ちで問い掛ける。
「そりゃあ女の子の買い物って言ったら……」
「言ったら?」
「服とか?」
「何故に疑問形?」
ふとした疑問、それを聞いたとたんに湊は不機嫌な表情になって目を光らせる。
それを見て防人は、なんで? という疑問と、しまった。という焦りを遅れながらも直感する。
「なに、何か問題あるの?」
「あぁ……いや、別に文句なんてないけどさ……」
だったら近くの店でも十分だとは思ったが、防人は彼女の態度から察すると喉元まで溜飲していた言葉を静かに下げた。
「ふぅ~ん。じゃあなんで少し黙ったの?」
「えっと、それは……」
ほんの1秒にも満たない沈黙。
それを読み取った湊は強い口調を崩すことなく、防人へと問う。
――まいったなぁ確かに湊のやつは怒りっぽいところはあるけど、まさかこんなことで機嫌を悪くされるなんて……。
このぶんだと正直に言って何とかなるとも思えないし、かといって特に無いとかなんとか言ったらそれはそれでこの後の反応がめんどくさいし……。
なら、第三の選択として沈黙……ってわけにもいかないか。
そんなことをすれば湊のストレスが溜まっていくのは確実だ。
右を選んでも左を選んでも選択後の結果は大差ないのは流石にどうなのかな? とはいえこれを無視できないってのが現実の辛いところだなぁ。
あぁしまったなぁ~。
到着早々バットエンドのフラグを立てるなんて……いや、この場合は突発的イベントのようなもの――ってそんなことはどうでもいいか。
正直なところこの辺で『まぁいい』と言ってくれるのが理想的なんだけど……。
「何黙っているの? もしかしてあたしに言えないことでもあるの?」
どうやら許してはくれないようだ。
いや、そもそも許しを請うってのがおかしいんだけども……う~ん、これはなんて言ったらいいんだ?
「あぁ……えっと、だな――っ!」
適切な言葉が見つからず、困っていること知る必要もない彼女は不機嫌そうな表情を変えることなく防人の顔の前、数センチほどまで近づいてくる。
仄かに香る甘い花の匂い。
この様子を見たものは喜ぶものもいるかもしれない。嫉妬するものもいるかもしれない。
しかし防人にとってこの状況は恐怖しか感じなかった。
「な、何を?」
いままでに無かった行動に防人は少し震えた声で戸惑ったように言うと彼女はすぐに離れてニコリと笑う。
その笑みが逆に怖い。
「それじゃあ兄さんあたし今から買い物行くからゲームセンターでも行って時間つぶしてきて」
「あ? あぁ……うん?」
「じゃ、おわったら連絡する」
戸惑う防人をよそに湊はそう言い残すと側のエスカレーターへと乗り込むとどこかへ行ってしまった。
――一体、何だったんだ?
想定外の出来事に防人は本当に戸惑う。
先ほどの行動の意味は彼にはよくわからない。
よくわからないが、荷物持ちとかすることはなくなった。ということなのだろうか?
それなら本当にここまでわざわざ来た意味がないんだけど……。
「……はぁ、まぁいいか」
特に何かしようと思って来たわけではない防人は少し悩むが、結局エレベーターに乗り込むと言われた通りにモールのゲームセンターのあるフロアへのボタンを押した。
――さて、まずは……。
目的のフロアへと到着した防人は室内にやかましいほどに響くゲーム音を聞きながらゆっくりと歩いてクレーンゲームのケース内に並べられている商品を眺めていく。
――うーん、久しぶりに来たけれどこれといって時にほしいものは無いなぁ……。
アニメ、ゲームなど興味の引かれたものには幅広く手をつけているが、高校受験のため一年間近く情報を得ていないと陳列されている景品はやはり知らないキャラクターのフィギュアやぬいぐるみなどで埋まってしまっている。
他にも世界的に有名なネズミのキャラクターものや国民的アニメの猫やらパンやらのキャラクターが扱われた景品などは変わらずに置かれてはいるもののそれらに特に興味は引かれなかった。
「……ん?」
防人は仕方なくコインゲームで時間を潰そうと足を進めていくと彼は一人の人物を視界に捉える。
それはゲームセンターの奥の方、コインゲームとの境にある一回り大きなクレーンゲーム筐体の前でケース内の景品をじっと睨みつけながら粘る男。
髪は寝起きのままなのかボサボサとあちこち跳ね上がり、上下の服は動きやすそうな黒のジャージで揃っている。
彼の名前は『植崎 祐悟』。防人とは中学からの友人である。
「よう」
「…………。」
どうやら随分と熱心に取り組んでいるようで防人の声にも気付くことなく、黙々とクレーンの操作を行っていた。
彼の狙う景品は英文字3字で名付けられたアイドルグループのそこそこ大きなクッション。
よくは分からないが、貼られているポスターの説明を見るに人気の高い人達をプリントしたものらしいのでその手のマニアからすれば良いグッズなのかもしれない。
しかし、こういう人気の高い景品のものは一回200円という値段設定にされているものがほとんどだ。
それにプレイの状況を見る限りアームの力自体はあまり強く無さそうだ。
すぐにでも止めるように助言でも言ってやるべきなのかもしれないが、近年稀に見る集中っぷりなのでしばらく見守ることにした。
観戦しようと側のベンチに腰かけると彼は早速取り出した500円玉を投入し、3回プレーを追加すると真剣な眼差しでケース内の景品と天井のアームを交互に見ながらクレーンを操作し、指を離す。
そして一回目の結果は大外れ。
クレーンのアームがクッションの真ん中へと突き刺さり、印刷されたアイドルの笑顔を歪ませる。
――好きなんだったらせめてもう少しうまくやろうよ。
内心で突っ込みつつも眺めていくものの結局、初めの3回はクッションを定位置からほんの数センチ出口側へと動かしただけに終わる。
それから2枚目、3枚目、4枚目……とクッションを少し落ち上げては落とし持ち上げては落とすを繰り返し、500円玉がクッションをずらすためだけに消えていく。
「まだまだかかりそ――」
「くっそぉ!!」
進展のしないプレイの状況に防人は大きくあくびをするのと同じタイミングで植崎は心底悔しそうに声をあげた。
どうやらちょうど小銭が切れたようだ。
同時に集中力も切れたようで、防人は声を掛けづらい状況ではあるものの、声をかけるために腰を上げた。
ここを逃せばおそらく所持金を全部溶かすまではいかないとしても奴があきらめるまで彼の下手なプレーを見続けることになるだろう。
正直、見飽きた。
「全く、近所迷惑だっての」
「ん? ……おう、なんだ見てたのか?」
「少し前からな、なんだ元気なさそうだな」
「そんな事ねぇぞ。元気は……ある」
「最後なんだって? 声が小さくて聞こえなかった」
いつもは人一倍でかい声で話すというのにこういう時はすぐに声が小さくなる。
「……。」
「あぁ、もう黄昏んなってこっちの気分も悪くなってくるだろうが」
「……悪い。でもよ小遣いのほとんど使っても全然とれねぇから気分も盛るよ」
「盛るのか?」
「いや、下がるよ」
――素で間違えたのか? これは相当。いや言葉を間違えたりするのはいつも通りか。
「てかさ、最初に他の奴がやってるのを見てアームの力を確認して、使っても1000円ぐらいとかで全く取れない様子だったらあきらめろよ」
「いや、それがよぉ初めは1000円ずつりょーがえしてたんだがな戻ってくるたんびに元の位置に戻ってんだよなぁ」
「両替の度?」
「おう、りょーがえのたんびにだ!」
「ふ~ん……なるほど」
防人は一人で納得しつつ視線のみを動かして周囲を確認すると側のカウンターでこちらへ目を光らせて見つめている一人の店員を発見する。
――やっぱりそうか。
明らかにこちら側に意識を向ける店員の視線。
防人がそちらへと顔を向けると店員は素早く顔を逸らした。
――ふむ、多分植崎が両替してる時にあの人が素早く定位置に戻してるってところか? ここは両替機からも少し遠いし、狙われたんだろうなぁ。
大人の汚い儲け方。というと言い方が悪いかもしれないけれど、間違ってはいないだろう。
本当、これで昔、どれだけのお金を無駄にしたことか……。
「植崎」
――これは流石に不憫だし、少しくらいは助言してあげようかな。
「ん、なんだよ?」
「店員さんがこっちを見てる」
「ん? おう、そうだな。……だからどういうことだ?」
「んん、いや多分だけどお前がここから離れているうちにあの人が多分位置を戻しているんだろうな、って思ってさ」
「おぉ、なるほど。だから戻っちまってるのか。あぁでもよ途中から2000円ぐれぇのペースでりょーがえしてんだけどな」
「いや、それでも戻されたら意味無いし」
「おう、だから次は5000円のペースで両替するぜ!」
「……ん? ちょっと待て、いくらこれに使ったんだよ?」
「金か? 30000ぐれぇだぜ!」
彼はいつもの調子を取り戻したようで、グッと力強く親指を立てて言う。
何故親指を立てるのかは防人にもよく分からないが、それは彼いわく無意識のうちに立ててしまっている癖のようなものらしい。
「なるほど。で、後いくら残ってる?」
3万という使用額に驚きはするが、アニメのアイドルグッズとかもネットオークションで破格な値段がついているのを思いだし、それぐらいは普通なのかもしれないと一人で納得する。
「今は……後二万円ぐれぇだな」
そう彼は財布の中身を覗きながら答える。
――ふむ、少しは手伝ってやろうかとも思ったが、前言撤回だな。……いや、別に口には出していないし、撤回する必要はないか。
「その金を僕によこせ」
防人は内心で気持ちを切り替えるとそう言い放つ。
これはその金を無駄に消費するのをこちらが受け取ることで事前に防ごうとしている。という考えがあるわけではない。
「ん? なんでだ?」
とはいえこちら側の意図が分からなければ言われた側は普通なら否定するかこうやって首をかしげるかだろう。
「お前、忘れたとは言わせないぞ」
防人は携帯端末を取り出すと慣れた手つきで1つのアプリケーションを起動させると『重要』と書かれたファイルを開き、そこに書かれている内容を表示させる。
「ん、こいつはなんだ?」
「お前に貸した現在の合計金額だよ」
「30600円。へぇ何に貸したとかも書いてんだ。こまけぇなぁ。俺様なら絶対無理だわ」
「金勘定だけだがな」
湊がよく『身だしなみはきちんとして』とか言われて服とかカバンとかを買うためにお金を使うのでいつの間にか身についてしまったもの。
後はあいつの金遣いの荒さ、そう思いかけて防人は後ろからサクリといかれる可能性に身震いし、口に出すことを止める。
「で、どうする? そのお金で僕に借金を返すか?」
「うーん」
しばらく彼は腕を組んで悩み、そしてふと何かを思い出したようで手を打つと声を出しながら顔を上げる。
「あぁ、そうだ。そういやもう少しで小遣いが手に入るからよ。もうちょい待ってくれねーか?」
本来なら今すぐに少しでも返してほしいところだが、返してくれるのなら問題はない。
防人は首を縦に小さく動かし、植崎の頼みを聞く。
「分かった。それじゃその小遣いが手に入ったらすぐに言えよ?」
「おう、わかったぜ!」
暑苦しさも感じさせるような笑顔で彼は親指を立てる。
……全く、この明るさがうらやましい。まぁ大抵の場合はうっとおしいとしか思わないけれど……。
防人は彼の見せる笑みに返すように口元を綻ばせる。
コイツに悩み事なんてものはないのだろうか?
「じゃ、ゲーム頑張ってくれ」
「ちょっ待ってくれよ」
「……何?」
「あーいやちょっと変わってくんねぇかなって思ってよ」
「え~、いやだよ面倒くさい。興味あるものならともかくそんなリアルアイドルになんて僕は興味ないし」
「なぁ、頼むよ」
「……。」
さて、どうするか……。
防人は植崎の狙っている景品の現在位置と腕時計で今の時間を確認すると時刻はちょうど12時を過ぎたところ。
帰れるのならば今すぐにでも家に帰って明日に備えたいところだが、湊を残して帰るわけにもいかず、それは叶わない。
まだ、携帯に連絡もメールなども届いてはいないようだし、まだ取り込み中ということなのだろう。
だからといってむやみに探し回っても面倒だし、時間が潰せるのならそちらの方がいい。
「……わかった。手伝ってやる。けどお金はお前のだからな」
「おう」
防人はそう言って植崎が財布から取り出した500円玉を受け取る。
「あぁ悪い植崎、500円じゃなくて100円にしてくれるか?」
「え、でもいちいち100円を入れるの面倒じゃね?」
「まぁ、いいから言った通りにしてくれればいいから」
「よく分かんねぇけど、わかったぜ」
防人は両替機へと駆け出していく植崎を尻目にケースの中を凝視する。
ここのゲームセンターは定期的にいくつかのクレーンの商品にワンゲーム無料券が貼り付けられている。しかも1年間は有効という太っ腹さだ。
その券が去年溜めたものがまだあったはずだと防人はポケットに手を伸ばす。
そしてその時あることに気が付いた。
「ん?」
財布が……ない!?
忘れてきた……ということはないはずだ。ここまでの電車賃はあっちの財布から出したからそれは確実にあり得ない。
なら落とした……いやそれもないだろう。財布を入れていたジャケットのポケットにはチャックが付いているから落とすことはまずない。
ならば考えられることは……掏られたという答えだ。
それなら犯人はすぐに特定できるというか想像がつく。
湊だ。
電車は結構スカスカだったし、ここまでの道のりで人ごみなんかは歩いていない。
なら、財布を掏るとしたら湊ぐらいしかいないだろう。
掏ったのはおそらく入り口で近づいてきた時――あぁそうかだから僕を入り口でワケわからん怒りかたして、放置していったのか。
防人は自身の考えに納得がいき、彼は小さく頷く。
そして同時に財布に入っていた現金の存在をあきらめると防人はそのまま伸ばした手でジャケットを少し持ち上げてズボンの方に入った小さな小銭入れを取り出すとこっち側の財布に入っている無料券の数を確認する。
「おーい慧。両替終わったぜ」
「オーケー。あぁそうだお前さ、ここのゲーセンの無料券ってあるか?」
「ん、あぁもう全部使っちまったよ」
「だよな……」
本当ならもう少しは持ってたはずなんだが……仕方ないか。
「ん? なんか不味かったか?」
「いや、別に問題はないよ。それじゃあ僕のやつを使うから店員を呼んで来てくれ」
「おう、わかったぜ」
「あぁ出来れば男で優しそうな人で頼む」
「おう!」
同性で優しそうな人の方が話しやすい。ただそれだけのためのリクエストに植崎は親指を見せて返事をすると再び駆け出していく。
防人は無料券を植崎の連れてきた店員さんに手渡し、200円を投入するところを見せると店員は操作ボタン部分についているカバーを持ち上げてプレー回数を1回分追加してくれた。
「ありがとうございます」
「えぇ、では頑張ってくださいね」
――さて、こういったクレーンゲームのようなどんどんとお金が減っていくようなものは出来る限り安く済ませたい。
その場合、200円で1回のものは無料券を使うことで得した気分になる。
なぜならば……。
防人は回数を増やしてくれた店員がどこかに行った後、店員たちによく見えないよう500円投入口に100円を投入する。
すると2回となっていた電子表示が3回に変化した。
「お、お? おい防人、お前今これどうやったんだ?」
「し、声がデカいぞ。気付かれたらまずいかもだから」
「おぉ、悪い悪い。でもよこれマジでどうやったんだ?」
「さぁ? 詳しくは知らないけど、多分さっき店員さんが追加してくれた1回分で400円入ったって機械が勘違いしたんだと思う」
「なるほどな。だから100円入れたことで500円いれたってことになったっつうことか」
「そういうこと。まぁこれは偶然気付いたことなんだけどね。今度植崎もやってみたら? あぁ絶対にばれないようにね」
「おう!」
「……さて、と」
防人はニヤリと微笑むとゲームを開始した。