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062『人を殺そうとした者への恐れ』

 白衣の男『クレイマー・シュタイン』を横になるように寝かせてから防人はカプセルの並んだ研究室へと戻ってくる。


「どうしました慧君? 何か見つけましたか?」

「あぁ、宏樹さん……いえ、人がいたのですが」

「生存者か?」

「あ、いえ……おそらくですけど、亡くなっています」


 クレイマーについてあまり触れたくはない。

 防人はそう感じて話を逸らすように続ける。


「それよりそっちはどうでした? 何かありましたか?」

「俺の方はダメでしたね。データの復旧を試みましたが、間に合いませんでした」

「そうですか……」


 なら、ここに来た意味は本当に……意味はなくなったということになるのかな。

 勝手に攻撃して、破壊して、殺して……こういう気持ちは何て言えばいいのかは分からない。

 けれどこれは……罪悪感っていうのかな?

 もしそうなら本当に勝手な話だ。


「ふむ、となると電力を供給している発電施設の復旧を……といいたいところですが、その技術をもつ者を連れて来ていない以上、意味は無いでしょうね。

 それにここまで来て、敵の一人も現れないのということは既に逃げ延びたか、死んでしまったか……どちらにしても収穫は無し、ですね」


 宏樹は現状を確かめつつ、大きくため息をつき、少し経って思い付いた様子で顔を上げる。


「……ん? 慧君、君の言っていた男性はどんな状態なのですか?」

「え? それってどういう……」


 まさか彼に関しての事を聞かれているとは思っていなかった防人は少し動揺しつつ聞き返す。


「怪我の具合や死んでからの時間といった彼に関する情報についてですよ」

「えっと……」


 いきなりどうしてそんなことを?

 でも、なんとなく真剣そうだし、言った方が良い感じなのかな?


「彼の状態は酷い状態(もの)でした。お腹は潰れて骨が見えるくらい酷くて……うぅっ、すみませんこれ以上は」


 クレイマーの状態を思い出して再び込き上がってくる嘔吐感に防人は口元を押さえて吐き気を抑える。


「そうですか……手足は残っていたのですか?」


 どうにか堪えてから宏樹の質問に対して答える。


「え、えぇ……傷だらけでしたけれど、四肢(それ)はちゃんと」

「では頭は?」


「え? えぇそれもちゃんと残ってましたけど……」

「その男は駆けつけた時には死んでいたのですか?」

「え、えっと……いえ、まだ辛うじて息はありましたけれど……亡くなってしまいました」


 治療したことは言わない方が良いよね?


「でも、そんなことを聞いてどうするんですか?」

「いや、もしそうなら使えると思いまして……」

「使える? それってどういう――」


 宏樹は自身の専用機を待機状態(スリープモード)へと変えるとスーツに備えてある『サバイバルナイフ』をその手に握りしめる。

 そして彼はそのまま、クレイマーの眠る個室へと歩いていく。


「え? ちょっと?」


 一体何をするつもりなのか、防人は宏樹の考えに理解出来ないものの、後を追いかけて部屋に入る。


「──っ!!?」


 中では横になって眠るクレイマーの首元にナイフを添え、切り取ろうとしている宏樹の姿があった。

 顔を布地で覆い隠し、首元からベットリとした血が滲む。


「ちょ、何をしてるんですか!?」


 埒外の行動に声を荒げて叫びつつ慌てて彼の手からナイフを取り上げる。


「何とはこちらのセリフですよ。それを返して貰えませんか?」


 掛けているサングラスの向こうの瞳には一切の変化はなく、表情を変えず防人へと手を伸ばす。


「返しませんよ。返したらあなたは彼の首を切る気でしょう?」

「それが、どうかしたのですか?」


「え、だってこの人はもう亡くなっています。何のために傷付ける必要があるんですか?」

「この男性は先程まで生きていたのでしょう? ならまだ、24時間くらいは脳は生きている」


「生きて、いる?」

「えぇ、だから(それ)を使わせてもらうのです。学園の所有する研究施設へ新鮮なまま持ち帰り、調べるのですよ」


「使うってそういう……」

「もちろん時間とお金はかかりますがね。ですが、調べることでこの男のしてきた事を全て分かるようになる。生きて……それから死ぬまでことが全て」


「そんな、ものが?」

「えぇ、ありますよ。ですから返してくれませんか?」


――そんな恐ろしいものが……あるなんて……。


「死んだ人の首を切り取って、持ち帰ってこの任務(ミッション)が、先生の言っていた『彼』という人が一体どんな考えを持っているのかもよく分かってませんけど、

 その彼がするように言ってきた。それで僕たちにその役割が回ってきた。僕も彼に恩があるみたいなのである程度のことは覚悟して来ましたよ。

 ……来ましたけれど、さすがにこれはやり過ぎですよ。そこまでする必要があるんですか!?」


「えぇもちろんですよ。例えば今回の場合、隣の部屋に並べられた無数のカプセル。

 その中身が一体何なのか、あの施設にて研究していたものは何なのか、そういったデータを端末から得ることが出来なかった以上、この場所について知っているであろうこの男に聞く方が早い」

「だからって人の首を切り取っていい理由には――」


「ならもしも、あのカプセルに入っていたものが想像もつかないような恐ろしいものだったらどうするのですか?」

「恐ろしいもの?」


「えぇ、もしそんなものが入っていたのだとしたら私達はそれに対しての何かしらの対策を考えておく必要があります。

 そのために必要なものは情報です。

 それがどういったものであるのか……何かしらの弱点などは無いのか……など。

 そういった状態を知った上でそれをどのようにどうするのか戦術を何十何百通りと考えておく。

 そうすれば被害は最小限に抑えられます。

 人1人の命で100人の人間が救えるのなら、その一人を差し出すに決まっています。

 ましてや今回の場合、既にその一人は死んでいます。

 死者を、しかも敵であるこの男性一人を差し出すだけで良い……こちらにデメリットは一切ありませんよ?」

「それは……」


 確かに言っていることはその通りかもしれない。しれないけれど……。


「ないでしょう?」

「………はい」


 そこまで言われてしまえば、防人に反論の言葉は見つからない。

 仏様を傷付けるような事は非道な事。

 そんな道徳を語ったところで十中八九無駄であることは想像に難くない。


「さぁ、私のナイフを返してもらいましょうか」


 宏樹は未だに返すことを渋る防人の手からナイフを掠め取るようにして取り戻す。

 そして、彼はクレイマーの首を切り取ると布に包み、取り出した白い鉄箱(ケース)の中へと入れた。


「さて、帰りますよ?」

「……はい」


 そして、防人は宏樹に言われるまま、仲間たちとともに学園への帰還を開始する。

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