060『カプセルの中の青い少女』
『慧君、後ろ!』
「はい!」
防人は前方の敵機を切り伏せつつ素早く後方から迫る敵の銃撃を小盾で防ぎ、旋回。
握りしめられた刀で上下に切り裂いて破壊する。
「ふぅ~……次!」
敵無人機が出撃してくる出入り口は7ヶ所。
内3ヶ所は既にミサイルによって偶然破壊されたものの未だに敵は増え続け、彼の周囲には常に何十機もの機体が浮かんでいる。
「試験の時と比べたら全然少ないってのに……」
しかも敵は無人機。
手足が吹き飛んでも動ける限りはずっと襲ってくるし、背中の推進機さえ破壊すれば飛んでいるこっちに接近されることはないけれど、銃を使って襲ってくることに変わりはない。
あぁ、ほんと勘弁してほしい。
とはいっても人が乗って来たら多分もっと倒せないだろうけど……。
『クソ! キリがねぇぞ!』
――そりゃあ、お前が明後日の方向にミサイル飛ばしてるからな。
ロックオン機能があるって聞いたけど、何で外れるかなぁ~?
『クッ! 俺の機体が完全な状態ならばこの状況など一瞬で覆せるというのに……』
── そんなことができるなんて……一体どんな存在なんだ? あのGW。
というか二人が苦戦してるのは僕ら足手まといのせいでなんですけどね。
何か本当にすいません。
『慧君、下から2機そっちに行ったよ!』
「はい!」
アリスからの通信を聞き、防人はそれを視認。
照準を合わせ、腰のホーミングミサイルを発射する。
直撃を確認した後、防人は光牙のセンサーを活用し敵機体の破損状態を確認する。
これは防人が最近になって覚えた技術だ。
――四肢は健在、盾以外の装甲に変化は無さそうかな?
盾で防がれたと防人は判断し、爆煙の中にいる敵を捕捉しつつ接近、反撃される前に刀を用いて切り伏せる。
「よし、次!」
機体を破壊。新たにやってきた敵に照準を合わせる。
◇◇◇
工場の崩れかけた通路を歩く男の人影が1つ。
彼は頭から多くの血を流しながら汚れた血まみれの白衣を身に付けたまま、壁に手をついて体を擦りながらもゆっくりと今にでも倒れてしまいそうな足取りで歩いている。
数時間前。
男たちの眠っていた宿舎は突如、警告もなく何の前触れもなく爆発を起こし、彼の信頼をおける仲間の科学者はみんな吹き飛んでしまった。
――せっかく偽装してまで連れてきたというのに……。
警備の兵士たちも全滅。
出撃するのはシステムによって設定されたプログラムで戦う無人機のみ。
偶然、窓を突き破って吹き飛ばされた彼は地面に叩きつけられて今もこうしてボロボロな状態ではあるが、生きている。
とはいえ、どちらかといえば瀕死というのが正しく、ゲームのウィンドウがこの場で開けられるのだとしたら男のステータスは真っ赤な状態なのだろう。
だが、それでも生きていることに変わりない。
――あれは……何者だ?
地面に叩き付けられた時、見上げた空にいたのは彼が今まで見たことのないGWの姿。
サーチライトに照らされ、オレンジ色の装甲を輝かせながらも見たことのない細かな光を放出しながら飛び回り、ウィグリードたちを倒していった機体。
……本来であれば、未知について思考を巡らせたいところではあるが、今はそのような時間は無い。
奴らの狙いは彼の研究していたものに違いないのだから。
男は思うように動かない左脚を引きずりながらも、できるだけ急いで通路を進んでいく。
――研究データを渡すわけにはいかない。
あれはこの国の全てといっても過言ではない代物だ。
やっと次の段階に移るためここに来たというのに……。
「まさかこうも早く感づかれるとは……まさか内通者でもいたのか?」
白衣の男は血が滴り、ズキズキと痛む頭を使って記憶の中から怪しい人物を探すが、それに当てはまりそうな人物は見つからない。
例の研究は本当に信頼のおける人物でしか行っていない以上、漏れるなんてことはありえないはずだ。
だが、もし本当に内通者がいたのだとしたら急がなくてはならない。
あの子達を安全なところへ逃がさなくては。
「ハァ……ハァ……」
白衣の男は目的の扉までたどり着くとその横にあるモニターに触れて指紋認証を行い、奥へと進む。
さらに通路を進み、最後の扉までたどり着く。
男は首から下げたIDカードを端末に挿し込み、指紋……角膜……。
安全のために取り付けたはずのこれらのセキュリティが今はとても邪魔なものでしかないことを嘆きつつも彼は急ぐ。
そして最後のセキュリティのアンロックを行うために白衣の男は端末に取り付けられたマイクに小さく呟いた。
「ただいま。私たちのかわいい子供達……」
音声認証を終えて全てのロックが外れる音と共に扉が開き、真っ暗な部屋を照らす光りが灯される。
しかし電力が不足しているのか、まだまだ薄暗い。
「予備が来ていないのか?」
白衣の男は足を引きずりながらも急ぎ、部屋にある端末からブレーカーを手動で操作し、予備電源に切り替える。
部屋は薄暗いままだが、どうやら装置には十分な電力が配給されたようだ。
部屋の中に並べられているのは筒状のカプセル。
その100個近くのカプセルは全て特殊な液体で満たされており、その中には衣服も来ていない十代の少年、少女がまるで胎児のように丸まって眠っていた。
「さて、この格好ではこの子たちにいらぬ心配を与えかねないな」
白衣の男は足を引きずりながらも隣の小さな部屋へ移動、今着ている血まみれの白衣を捨ててロッカーのなかから新しい白衣を羽織る。
そして別のロッカーにある子供たちに特別にこしらえた服を汚さないよう注意しつつ数着持って先ほどの部屋に戻り、青い髪の少女が眠っているカプセルに近づくとその足元に取り付けられたパネルを操作する。
「起きなさい。私たちの初めてで一番の娘……リラ……」
パネルの操作を終えた男は少しだけ離れ、横向きになっていくカプセルとその中の液体が徐々に引いていくのを静かに見守る。
液体の量があと少しのところで横向きになったカプセルのガラス部分が自動的にスライドして開き、中にいた少女が目を覚ます。
起き上がる際に体に貼り付けられていたコードが外れ、男は手を伸ばすと震えながらも彼女の口に付けられている呼吸器を外す。
「ここは……?」
彼女は綺麗なサファイアの瞳をゆっくりと開けて起き上がると辺りを見回す。
「起きたかい? リラ……」
「お父さん……おはようございます」
白衣の男にリラと呼ばれた少女はカプセルから降りると礼儀正しく一礼する。
「おはよう……まずはそこにある服を着なさい」
「うん、分かった」
男の指を差す方。
少女は小さな机の上に畳まれたタオルで濡れた体を拭くと服を着始める。
彼女が着替え終わるのを待ってから男は今ここで起きていることについての説明を始めた。
◇◇◇
――っ! 右からか。
ようやくアリスからの援護もなく周囲に気を配れるほどに落ち着いて対応できるようになった防人はシールドに備えられたアンカーをアサルトライフル撃ってくる敵の腹部へ挿し込み、引き寄せて両断する。
「チッ」
――そろそろ100機くらい落とした気がするのに、数が減った気がしない。
それにフィールドのエナジーも切れかかってる……くそっ、センサーがもっと上手く使えていれば周りの奴等にも少しは対応出来るだろうに……。
『慧君! 後ろ!!』
「――!?」
バズーカ!? しまった。この姿勢からじゃ防くのは間に合わない!
「フィールド、もってくれるか?」
気持ちを集中させ、フィールドの発生に防人は意識を向ける。
「――え?」
バスーカの弾は当たる直前に防人と敵機との間を突き抜けていった光によって発赤し、一瞬にして蒸発。
同時に空を切る音と共に飛んできたその細い光の線はその線上にいるウィグリードたちをも突き抜け、爆発。奴らは破片となって落ちていく。
再びの光線。
光はそのまま一直線に飛んでいき、敵の出撃場所を破壊する。
轟く爆発音と沸き上がる爆煙。
次々に飛んでくる光線は気付けば防人を取り囲んでいたウィグリードたちのほとんどをあっという間に消し去ってしまっていた。
「今のは?」
防人は慣れないながらも腰のコマンダーで操作しつつ光牙に保存された映像データを使い、飛んで来ていた光線を測定する。
アリスのスナイパーライフルと出力は変わらないみたいだけど、威力が違いすぎる。
……圧縮率が高いのだろうか?
「助かったけど、一体誰が……?」
『援軍です』
「援軍……」
愛からの通信を聞き、防人は周辺を確認する。
しかし光牙の感知範囲内には彼女の言う援軍の反応は見つけられない。
となるとその援軍は数十キロも離れた場所からアリスと同じように敵を撃ち抜いたこととなる。
――何者なんだろう?
防人の疑問をよそに愛からの声が耳に届く。
『チャンスです皆さん。今回の目的であるデータの入手をお願いします』
愛の声に対して宏樹が答える。
『了解。ではこれより工場内へ侵入します……防人、行きますよ』
「え? 僕がですか? 侵入にはアリスの方が」
『アリスには植崎の援護を任せます』
「了解」
『植崎には残りの敵の一掃を』
「おう、とーぜんだ!」
『二人は残りの敵を撃墜した後、待機して異常があればすぐに知らせてください。行きますよ!』
「え? あっちょっと待ってくださいよ!」
施設の入口へと入っていく宏樹の後を防人は慌てて地上へと降下、彼の後を追いかけて施設内へ侵入する。
◇◇◇
「分かったかい? リラ」
「うん……ここにいる皆を起こして、そこの服を着て、地下にあるリニアレールカーを使って逃げればいいんだよね?」
青い髪、蒼い瞳を持った少女『リラ』は少し納得の言っていない表情のまま男に言われたことを復唱する。
「あぁ……それからこれを」
そういって白衣の男は自分のIDカードと透明のケースに入った1枚のチップをリラへ手渡す。
「これは、父さんたちが今までしてきた研究のデータだ。電車に乗った向こうにはブレアという女の人がいる。その人にこれを渡すんだ。いいね?」
「うん。分かった」
「それから、これを……」
「これは……スイッチ?」
「あぁ、これは敵が追いかけていけないように電車のある地下通路を完全に塞ぐためのスイッチだ。リラたちが乗った電車が走り出して10分ぐらいしてからこのスイッチを押すんだよ?」
「うん。わかった」
少女が頷くのを見て男は微笑む。
「よし、それじゃあ――うっ!」
突如、大きな爆発音とともに室内が揺れ、白衣の男はバランスを崩しかけてリラはそんな彼を慌てて支える。
「大丈夫? でも、この揺れは何?」
「リラ……すまないが、そこのパネルで外部カメラからの映像を出せるかい?」
白衣の男の指差す方に彼女は近づきパネルへ触れ、答える。
「操作は……分かってるね?」
「うん、出来るよ。今、上のモニターに出すね」
「――っ!」
モニターに映し出された外の景色を見て男は強く顔をしかめる。
あれほどいたはずの無人機たちが全て撃ち落とされ、そのほとんどがいなくなっていた。
「あれがここを襲ってきた敵……」
ライトに照らされ、モニターに映し出された施設を襲った敵の姿。
1本の刀を持ち、光の粒子を放出しながら飛んでいる橙色の武士。
その存在が施設の中へと入ってくる様子を確認し、少女はすぐに白衣の男の方へ振り返る。
「父さん!」
「あぁ、急いだ方がいいな。もうしばらくすれば敵がここに来るだろう。リラはみんなの分の服を用意して持って来るんだ。その方が効率がいいだろうからね」
「うん、わかった」
リラが服の置かれた隣の部屋にいくのを確認して、男は片手で口を押さえて咳き込む。
「私はもう保ちそうにないか……少々危険はあるが、この子たちに先にこれからすることを脳に直接伝えておいた方が……ゴホッ! 早く、しなければ……」
手についた血を男はポケットの中で軽く拭い、装置の方へと近付いていくとパネルを弄りつつ、取り付けられているマイクへ向けて話しかけ始めた。




