058『ブリーフィング』
5月 上旬
「ぅ……ん?」
ヴー、ヴー、と一定の振動をするそれに防人の意識は戻ってくる。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
ベッド上の台に置かれていたはずの生徒手帳はベッドに転がっており、どういうわけか腰の辺りで下敷きになっていて振動が直接体に伝わってくる。
設定していた振動パターンからしてメールのようだ。
──姉さんからだ。なんだろう?
『教員寮に来い』
そう短く書かれた内容。
時間を表記していないということは本当に今すぐに来いということなんだろう。
さすがに先生の前で普通の私服はまずいので、防人はベッドから飛び降りるとハンガーにかけた制服に着替え始める。
しばらくして教員寮に到着した防人はフロントを見渡し、ソファーに腰かけ何かの本を読んでいる智得先生を発見する。
「先生」
「ん、来たか」
彼女は本にしおりを挟んで閉じるとそれを静かに机に置くと防人の方へ視線を向ける。
「えっと何の用ですか?」
「ふむ、色々と話したいことがある……が、座ってゆっくりと順番に話そうか」
「あ、はい」
智得先生に促され、防人は彼女の向かいに腰掛ける。
「さて、防人。ここに入って1ヶ月ほど経つが、どうだここの生活には慣れたか?」
「うーん……そうですね。実技の方も宏樹さんたちが手伝ってくれているおかげかだいぶ慣れてきました。射撃は相変わらずですけど……」
「……ふむ、今の私は姉として接しているつもりなのだが……う~む、他人行儀な接し方をされてどうも避けられているような気がしてしまうな。……この1ヶ月間、先生と生徒という立場で接してきたからだろうか?」
普段通りに接しているつもりではあるものの先生は少し悩ましそうに手を口元に当てるとブツブツと小さく呟く。
――何を言っているんだろう?
「あの、先生?」
「……まぁいい。どのみちこれは仕事だ。私情は持ち込めん」
「……?」
彼女はそう言い聞かせるように、机の上に置かれていたコーヒーを一口飲んでこちらに視線を向け直す。
「さて、本題に入るが構わないか?」
「え? あ、はい。どうぞ続けてください」
「ん、では続けてさせてもらう。宏樹、アリス、防人、植崎の4名は本日26時……ん? 26時だと? 防人、1日は24時間だな?」
「はい。そうですよ?」
「では26時とはどういうことだ?」
あ~なるほど。そういうことか。
というかこういう表記の仕方があること知らなかったんだ。
「それは、次の日の深夜2時って意味ですよ」
「ふむ、では表記ミスなどではないのだな?」
「だと思いますけど」
「なるほどな……全く、分かりづらい書き方をしてくれたものだ」
智得は取り出した端末を睨み付けながら、そこに書いてある内容に対してボソリと愚痴をこぼす。
「あの、それで僕は2時から何をすればいいんですかね ?」
「ふむ、では初めから言い直す。宏樹、アリス、防人、植崎の4名は本日――いや明日の深夜2時にミーティングルームへ集まること。しばらくすればお前の生徒手帳にも連絡がいくと思うが、お前は場所を知らないだろうからな」
「えぇ、全く持ってその通りですね」
職員室や食堂の他、美術室など特別な道具などを必要とする授業で利用されるA棟や、主に授業で利用されるB棟。
部活や同窓会などで利用されるC棟。
アリーナや体育館などといった学園施設。
それらに関しての見取り図が防人の生徒手帳に入っているもののまだまだ全てを覚えられているわけではない。
そもそもミーティングルーム自体が防人にとっては初耳だった。
「うむ、なので1時30分ぐらいに植崎とともにここへ来い、案内する。この仕事はそれほど時間はかからないと思うが、防人、お前にとっては初めての実戦となる。内容を見たところさほど難しくない仕事だそうだが、万が一ということもあるのでな。長くなった時のために今のうちに休んでおけ」
「はい……分かりました」
「ん、まだまだ話したいことは山ほどあるが、私も忙しいのでまた後でな」
「はい……また後で」
智得先生はゆっくりと立ち上がると奥のエレベーターに乗り込む。
「はぁー」
エレベーターが動き始めるのを見てから防人はソファーに前屈みに腰かけて、大きくため息をついた。
――『仕事』って先生はそう言ったよね。
多分だけどこの仕事は一ヶ月前にATと約束した手伝いのこと……になるのかな?
どんな仕事なのかはわからないことはない。
むしろ想像がつくものだけれど、人を殺すことになるのだけは勘弁してほしい。
防人はしばらくしてから先生が置いていった机上のコーヒーカップをフロント傍の片付け口に持っていくと、小説を預け、自分の部屋に戻った。
1時10分
GW用体操服を制服の下に着込み、準備を済ませた防人は生徒手帳のみを持って植崎の玄関をノックする。
「おう、ちょっと待っててくれ!」
夜中であるというのに大声で返事をした植崎に防人はドキリッと心臓を鳴らすとシンッとした廊下の左右を確認してから扉越しに小さめの声で言う。
「時間ないから早くしろよ。後、声がデカイぞ」
「あぁ!? なんだって!?」
「だから静かに――」
「何だって!?」
――ああ、もう!
防人は心の中で叫んでからそう少し声の音量をあげる。
「玄関の中で待ちたいから扉を開けろ!」
「おう、わかったぜ」
少ししてカチャリ、という扉のロックの外れる音が聞こえ、防人は逃げるように中へ入って玄関で靴を脱ぎながら植崎のいる部屋へ向かう。
「お前、うるさいぞ。いま夜中なんだからもう少し声の音量に気を付けろ」
「おう、すまんすまん。でさ俺様の生徒手帳知らねぇか?」
――知るわけないだろ!
本当であれば、叫びたかったところだが、今は深夜。
周りに迷惑をかけるわけにはいかないのでそれをぐっとこらえて言う。
「……無くしたのか?」
「いや、単に見つからないだけなんだけどよ」
「それを無くしたって言うんだよ。 ……まったく、部屋を掃除してないからこんなことになるんだぞ」
広い部屋。
寝室やリビングと部屋分けした防人とは違い、トイレなどを除いて一切の壁を設けずに作られている一室。
であるというのにそこは未だに段ボールで溢れ返っており、服は床に散乱している。
そりゃ部屋がこんなありさまだったら物が無くなりやすいのは当たり前だろう。
「いやーわかってんだけどよぉ、気づいたらいつもこんなことになってんだよな」
「へぇ~……」
それは掃除をしていないからそうなっているのだと内心で突っ込みつつも中学の時にも見たことある状況であるためもはや驚くことはない。
――しかし、前にとってあげたクッションでベッドが埋まってるみたいだけど、あの状態でどうやって寝るんだろう?
「まぁ、どうでもいいんだけど……」
「ん? 何だ?」
「いや、なんでもない……はぁ~時間もないし、探すの手伝ってやるからさっさと見つけるぞ」
「おう分かってるぜ!」
親指を上げる植崎を見て防人は早めに来て良かったと安堵する。
「ハァハァ……」
結局、予定時刻を数分過ぎて二人は教員寮にたどり着く。
「遅いぞ、何をしていた?」
「あぁえっと、いえこいつの生徒手帳を探すのに苦労してまして」
「お前の生徒手帳を植崎のに繋げれば良かったのではないか?」
「えぇ、それに途中で気づきましてベッドの下から出てきました」
「そうか。で、他に何が出てきた?」
この人、遅れていると言っておいて自分から話をそらそうとしてないか?
「ん~……」
――ここは乗るべきか?
「そうですね。薄い――ぐぇ!」
防人が言いかけた時、植崎が慌てて制服の首元をつかんで引き寄せてきた。
せめて肩にして欲しかった。苦しい。
「バッカ! お前、先生の前で何言ってんだよ!?」
「ゴホゴホ……いや~別に薄い生地の服とかが出てきたって言おうとしたんだけど」
「え? あ、そうなのか? なんかスマン」
「いや、こっちも悪かったよ。だから放して……息がしにくい」
「あ、悪い悪い」
襟首から彼の手が離れ、防人はすぐに呼吸を整える。
「はぁ~……ふぅ~……」
「もう、問題ないか?」
「……えぇ、はい。大丈夫です。……なんで嬉しそうなんですか?」
「いや、そんなことはないさ」
──ほんとかなぁ? 何となく笑みを堪えているようにも見えるけど。
「それよりも時間がない。すぐにミーティングルームへ移動する。ついて来い」
「「はい!」」
二人は智得先生についていき、教員寮に用意された区画。
天井と床に丸い円盤のついたフロントの雰囲気からは場違い感のある場所にたどり着く。
「少し待っていろ」
先生が円盤近くの壁に取り付けられたモニターを操作すると円盤の間にエメラルドの光の柱が現れる。
転送装置――防人らの入試の際にも使用されていたもので学園内にも何機か設置されてる。
しかし、当然ながら教員以外の使用は緊急時以外は許可がなければ原則禁止とされている。
これが使用されるということは少なくとも学園内からは離れてたところにミーティングルームはあるということになる。
「よし、では中に入れ」
「……行くぞ」
「お、おう」
防人は緊張しつつも順に光の中へ入り、最後に先生が中に入った後、転送装置の光柱が細かな光粒子となって消える。
「おっとと……ついた――ガッ!」
途切れた意識が戻り、防人が周囲の確認を行っていると後から来た植崎のタックルを受ける。
「あぁ、すまん」
「うん、大丈夫。これはわざとじゃないって分か――」
「おぉ、どこだここ? 椅子がたくさんならんでっぞ」
――おいこら。本当に悪いと思ってんのか!?
「大丈夫?」
頭上の方から声が聞こえ、ズキズキと痛む腰を押さえながら見上げると金髪の少女――アリスが立っていた。
「アリスさん……えぇ、大丈夫です」
腰を擦りながらも防人は彼女の手を借りてゆっくりと立ちあがる。
「ところで、ここは……?」
「ここはミーティングルームだよ」
「へぇ、ここがそうなんですか」
アリスがミーティングルームといったその部屋は思いのほか狭く、ところ狭しと並べられた小さな机のついたパイプ椅子。
入口から奥の方には宏樹さんがサングラスをかけて立っているのが見える。
「よし、これで皆集まったな。皆、席につけ」
遅れて到着した先生は手を叩きながら注目を集めつつ大きなモニターの前へ移動し、防人たちはその最前列に並ぶように腰掛ける。
「よし、ではまず今回の目的について説明する」
先生は部屋の証明を暗く落とすと後方のモニターに映像が映し出される。
「今回、お前たちに向かってもらうのは最近になって機体の生産量が増加しているとの報告を受けた工場だ。場所は大陸の北西に位置する小国≪ヘルヴィース≫の所持する孤島だ」
工場の写真と周辺の簡易的な地形図。
「この場所にある施設は特に変哲の無い小さな工場ではあるが、彼からの命令である以上、しっかりとした行動をしなければならないことは肝に命じるように」
彼……それはゼロじゃなくてATのことなんだろうか?
「今回の我々の目的は施設の破壊及び、工場内部のデータ入手にある」
――破壊か……人を出来るだけ巻き込まないようにしないと……。
「斥候からの情報によれば工場周辺には偵察を行っている無人のGWが常に10機ほどが見張りを行っており、8時間ごとに交代を行っているとのことだ。
その際に各機体はこの格納庫にて入れ替わる。
よってここ破壊することで敵戦力を大幅に減らす事が出来るだろう。
とはいえ、今回において重要であるのはこの工場施設にて何が行われているかについてのデータを入手することにある。
よってまず行う必要があるのは施設への潜入と隠密行動となる。その役割としてはアリス、宏樹の両名が密かに森林地帯へと降下し、施設内へ侵入、目標の一つであるデータを入手を行う」
「はい」
「了解しました」
説明の中で目配せを行う先生。
視線のあった二人は順に返事をする。
「次に植崎と防人。お前たちは周囲を警戒する無人機たちに気づかれないよう待機。宏樹らがデータ入手に成功した際には先程も言ったようにこの倉庫を破壊し、脱出の陽動を行うように」
「おう!」
「は、はい!」
いつもと変わらず、元気よく返事をする植崎に対して防人は緊張によって表情の固く、強ばりつつも返事をする。
「ふむ、作戦に関するブリーフィングはこんなところだが、何か質問があるものは? ……アリス、なんだ?」
「敵戦力の詳細を教えてもらえますか?」
「ふむ……」
先生が端末を操作し、モニターに表示されたのは現在、各国家で利用されているという最新鋭のGW――ウィグリード。
「斥候からの情報によれば、通常時の空中戦力はこれの無人機が10機で固定とのことだ。とはいえ、倉庫内には多数の機体が収納されているため、警報がなった際にはその何十倍もの数が現れると考えられる。実際、この工場施設には150名ほどの兵が配備されているとのことだ。アリス、まだ質問は?」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ、では最後に。これは言うまでも無いかもしれないが……万が一、敵に発見されたとしても慌てることなく行動するよう心掛けるように。当然、そうなれば敵機も出てくるだろうが、以前授業でも話した通り、お前たちの持つ専用機にはA.P.F.機構が備わっている。多少の被弾であれば防ぐことが出来るため、集中放火を浴びなければ問題ない。では健闘を祈る」
「「「はい!」」」
立ち上がって返事をする二人に慌てて防人も席を立つ。
「お、おう!」
遅れて植崎も席を立った。
【 作戦チーム 】
チームリーダー
・尾形 宏樹
メンバー
・アリス
・防人 慧
・植崎 祐悟
オペレーター
・神谷 愛
《専用機について》
ヘイムダル学園の専用機は電動力駆動の量産機とは異なり、高純度のPS結晶体と呼ばれるエネルギー結晶を動力炉として使用している。
そのため高い機動性能を誇るが、生産コストが高く機体数は少ない。
故に専用機として優秀な者がその所持を許される。
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・GW名【 光牙 】
学園長から渡された防人 慧の専用機。
武士の甲冑を模したオレンジ色の装甲と細身の姿が特徴的。
高い機動性を生かした強襲を得意とする。
高速戦闘時の負荷を軽減するためのGキャンセラーが搭載されている。
《武装》
・対GW戦闘用実体刀『雷光』
・投擲用 超振動短剣
・腰部 三連ホーミングミサイルポッド
・両腕部 小型シールド
・盾直下 射出式刺突武装
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・GW名【 Fox-7 】
防人の友人『植崎 祐悟』の使用する専用機。
全身の灰色の装甲にはミサイルが搭載されており、 他のGWと比べるとかなりごついシルエットを持つ。
ずんぐりとした体型は見ため以上の重量があるため専用の大型の飛翔滑空翼を取り付けることで空中の移動を行うのだが、植崎はまだまだ使いこなせていないらしい。
そのため地上や水面などではホバー移動を行って移動をする。
自動照準機能を搭載。
《武装》
・肩部 四連ミサイルポット×2
・腰部 多弾頭ミサイルポット ×2
・360度装甲間マイクロミサイル
・シールド付きミニガトリングガン×2
・ヒートダガー
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・GW名【 瞬亡 】
尾形 宏樹の使用する専用機。
白いその姿は量産型を強化カスタムした程度の違いしか見られないがコアからの粒子エネルギーの生成量はトップクラスを誇り、使用する銃器の弾がすぐさま補充される。
本人いわくまだ未完成品らしい。
≪武装≫
・広範囲粒子光弾銃
・左腕部 汎用シールド
・腰部格納 圧縮粒子刃剣×2
・左脚部 粒子光弾短機関銃
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・GW名『一角獣』
アリスの使用する専用機。
ヘルメット・バイザーに取り付けられたホーンアンテナによって、他のGWに比べて数倍以上の索敵能力を持ち、その機能を利用した狙撃能力に長ける。
《武装》
・高圧縮粒子超距離狙撃銃
・圧縮粒子刃剣
・粒子光弾拳銃




