056『およそ6年前』
「ここに、僕は……来たことがある?」
――どういうことだ?
「それは……この部屋にとかそういう話?」
ここは学園――ヘイムダルのA棟にある一室。
同じ棟内にある職員室や学園長室とも違うこの部屋に入った記憶は全く無い。
『そうではない。そうではなく、この世界に来たということだ。そして君は兵として戦わされていた』
「戦わされていた?」
『あぁ、私も全てを知っているわけではないが……順番に話していくとしよう。……当時、君は軍のGW生産工場及び隣接して建てられた研究施設の警備兵だった。そしてある日その工場働く者たちが反乱を起こした』
「反乱……」
『そう、そこで働く者たちは労働を強いられた子供たち。毎日、毎日、奴隷の如くこき使われていた。 働いて、働いて、過労によって二度と目を覚まさなくなったものもいる』
「そんな……」
『だからこそ反乱を起こした。機体を奪い、その場所から逃げ出した』
「でもそれじゃあ逃げ出したところで……」
『あぁ、水も食料もなく最後は野垂れ死ぬだろう。だが我々には協力してくれた仲間がいた。とてつもなく大きな力を持つ仲間が……そしてその仲間の援助の元、我々は別の島に移ってその昔に破棄されたという研究所に逃げ込んで生き延びた。そして助かった後に我々は思ったのだよ。『こんなことに巻き込んでくれた借りを返そう』とな』
借りを返す。
その一言には淡々と話していた彼の声に力がこもっている。
無意識的にそう言っているとすれば、彼の発言に嘘はないということになる。
とはいえ仮にそんなことが許されるのだろうか?
ちょっとした発言ですらすぐにネットで流れてしまうような今の世の中で?
いや、でも国としての規模でそうやって隠蔽してるんだとしたら、あり得なくはない……のかな?
「……それで現在あなた方はここに集まっているということですか」
この人たちには戦う理由があるのだろう。
でも、何も知らずに来た自分にはそんな理由はない。
仮に無理やり戦わされていたのだとして、今は記憶にはそれは一切無いんだから。
『そういうことだ。ものわかりが早くて助かるよ。そして我々は奪った機体を改良、改造して借りを返すための力をつけてきた』
でも……なんだろう。
これは聞いていてあまり気分のいいものではない。
『そしてさらに数ヵ月後、我々は工場へと足を運んだ。我々を浚い、利用してきたその工場を破壊し、働かされていた子供たちと君の保護にも成功した。……だが、その工場に我々を連れてきた主犯は金で雇った僅かな仲間をつれて逃走、行方を眩ませた』
「……そうですか。それは、その、助けていただき……ありがとうございました。……でも、まだあなたたちの戦いは終わっていないんですね」
もし、終わっているんだとしたらわざわざこの学園でGWについてを教えている必要が無い。
『その通りだ。……しかしあの時の君の妨害さえなければ奴を捕らえられただろうがな』
彼は頷いてからその薄暗い顔がどことなく険しくなって続けて低いトーンでそう言う。
「はい? それってどういう……」
『さっきも言ったが、君は一度ここに連れてこられ、工場を守るための兵士として活動していた。だから進入者が現れればそいつを捕らえるために出てくるのは当たり前のことだ。当時は我々もあまり戦力を所持していなかったからな、予想以上に苦戦してしまった』
「あ、えっと……すいません」
その記憶が無い以上、それが本当なのかどうかは分からない。
しかし、彼の言葉にチクリと防人の胸は傷み、謝罪の言葉がいつの間にか口からこぼれていた。
『いや、謝ることはない。あの時、君の自由意志は無く、目の前の敵を倒そうとする暴走にも等しい状態だったことはこちらも理解はしているからね。
……あの場所で奴を逃がしてしまったことは失態ではあるが、色々なものを手に入れることもできた。
奴を逃がしたところで釣りが来るほどのものをね。
……だが、君が謝るということは罪を認めると見て間違いはないな』
「僕には……分かりません。でも……」
邪魔をしてしまったことは彼の言う通りなのだろう。そうでなければ、こんなに胸が苦しくなるなんてことは無いだろう。
……でも
「僕は人殺しをしたくありません。僕があなた方の邪魔をしてしまった結果、その人に逃げられたとしてもみんなを助け出すことが出来ているのならわざわざ争うことは無いはずです」
『では君は逃げるのか?』
逃げる? そうなるのかな?
とはいえちゃんと言葉は選ばないと。
「そういうことではありません。ただ僕は無駄に戦火を広げても――」
『そいつがまだ今まで通りに動けるのならば、また別の子供たちがここに連れてこられて同じことが繰り返される。だからそいつは捕まえなければならない』
「…………なるほど」
彼は助けたいのだろう。
同じような状況に陥る子供を出来るだけ減らして……どうにかしたいって事なんだろう。
勝手な決めつけかもしれないけど、そう思った。そう思えた。
『分かるよな?』
「……えぇ」
一応の理解をした防人が頷くと低かったトーンも戻り、室内も少し明るい感じになる。
『いやぁよかったよ。君が協力してくれて』
「え? ……あ、いえまだ協力するとまでは――」
『君に光牙を渡して正解だったよ』
――ダメだこの人……話を聞いちゃいない。
『実は光牙は一週間ぐらい前に出来ていなかったのを思い出して整備士たちが150時間25回交代で急いで組み上げたものなのだが……』
そういう突貫工事的なのって大抵の場合、使っているうちに何かしらの異常を来すよね?
大丈夫かな?
『ふむ、少し光牙を見せてもらってもいいかな?』
「え? ……ぁはい。分かりましたけど」
よくわからないものの防人は彼の言葉に従って椅子から距離をとると手首の枷に意識を集中するために目を閉じる。
『……遅いよ?』
「無茶言わないでください。まだ慣れていないんですから」
この頃はまだまだ展開に時間がかかっていた防人はモニター越しからの愚痴に反応しつつも意識を強める。
しかし、光牙は身に纏うことが出来なかった。
『イメージが足りないから遅いんだ。展開時に一昔前のマンガや特撮なんかによくあったアレを声を発して言ってみろ、かなり良くなるはずだよ?』
「え? えぇ~~」
――アレというのは多分、前口上みたいなものなんだとは思うんだけど……この場で即興で考えるの?
『言ってみろ』
「はぁ……じゃ、じゃあ……えっと……」
防人は手を前に出して即座に考えた言葉を口に出す。
「我が腕に封じられし者よ。汝の身体を我が鎧とし、汝の牙を我が剣とせよ。今、その力……解き放たん!!」
よくありそうな前口上。
防人がそれを言い終える間に機体は光の粒子となって展開される。
しかし……
「あの……AT? 展開は確かに早くなりましたけど、言っている言葉の時間とかを足すといつもより長くなるんですが……」
『だろうね』
「えぇ? じゃなんでやらせたんですか!?」
『んー……面白いから?』
「いや、何故に疑問系? というかたったそれだけの理由で僕はあんな恥ずかしいことを言わされたんですか?」
『うん』
「即答ですか」
『別にいいじゃないか。君だって楽しそうだったし』
彼はモニターの向こうで手を動かして何かを操作すると彼の映るモニターの横に新たにモニターが浮かび上がり、先程の防人の様子が映し出される。
「ちょちょちょっと! 消して消してください! 何撮ってんですか!!」
『ははっ……いやぁ面白い』
「こっちは全然面白くないですよ! 消さないと訴えますよ!」
『訴える? どこに?』
「そりゃぁ……国に決まってます」
『どうやって? ここから君の知る世界に出るには許可が必要になる。それに地上には既に我々の存在は認めさせてあるため、この君にも渡した生徒手帳さえ見せれば色々なことが許される。例えば撮った映像をテレビに流すとかな』
「その例え……まさかとは思いますがそれ流しませんよね? 僕を社会的に殺そうとしませんよね?」
『当たり前じゃないか。GWのことは地上では禁止されたものだ。流すわけがないだろう』
「そうですか。それならよかっ――」
『ここならば流しても問題ないがな』
「やっぱり良くない!」
――この人は僕を社会的に殺す気!?
「あの、ATさん今から僕あなたのところへ飛んでいきましょうか? そしてこの映像を映してるデータを物理的に消去してあげますよ」
そう言って防人は腰の刀の柄を握る。
『ふっそれは困るな。これがなければ私は仕事ができなくなってしまう』
彼は鼻で笑った後、パチンと指を鳴らす。
「え? あ、ぉっと……あれ? 光牙?」
すると身に纏ったはずの光牙の装甲が刀が光となって消え、元の枷の形へ戻る。
そして意識を集中して再度光牙を呼び出そうとしても反応してくれそうになかった。
『無駄だ。私は全ての専用機のシステムにアクセスする権限を持っているからね。展開出来なくするくらい造作もない』
そんな真似が出来るってことは……やっぱりこの人、かなり偉い立場の人なんだ。
「……来てほしくないのならば今すぐ消してください。僕の目の前で」
『タダというわけにはいかないなぁ』
なんだろう。
そのゆっくりハッキリとしたしゃべり方、めちゃくちゃイライラする。
……なんだか湊を相手にしている気分になってきた。
「じゃ、じゃあ金でも払えばいいんですか?」
『金か……』
――お? 食いついたか?
『いや、私の懐は十二分に温まっているから別にいらないな』
「…………」
くそっブルジョアめ!
まぁ渡そうとしていたのは生徒手帳にある分だったからあの人にとってははした金かもしれないというか、多分渡したお金が戻ってくるだけみたいなものなんだろうけど。
「じゃあ何をしたらいいですか?」
『ん~そうだな……では、私の仕事の手伝いをしてくれたら聞いてやらんこともない』
ニヤリ、と防人には彼の影で黒い顔が微笑むように見えた。
――仕事……。
「それってあなたたちをここに連れてきた犯人を捕まえることですか?」
『まぁ、そうだな。それもある』
「戦って……殺すことになる、ですか?」
『大抵の場合はそうだろうな。……でどうだ。仕事を手伝ってもらえるだろうか?』
「…………。」
――どうしよう?
今、僕の頭の中には選択肢が表示されている。
・1つは戦うことを拒絶して映像を流されて社会的に死ぬこと。
・もう1つは戦場で敵と戦ってこの手を血に染める。
前者を選んだ場合は社会的に死ぬという驚異をどう対処しよう?
・引っ越す。───どこに? 映像はテレビを持っている人全員が見るというのに…。
・変装する。───そんなものすぐばれる。
・整形する。───そんな金はない。いや、無いことはないが、どうせそれもすぐにバレるだろう。
なら、もういっそのこと
・気にしない───いや無理だな。
ただでさえ注目されるのが駄目なのに、視線に加えてヒソヒソとした話し声なんて耐えられそうもない。
なら、後者……この場合は戦い方か。
人を殺さない非殺傷攻撃なら、光牙の刀は鞘に収まってる。……なら鞘ごと抜いて戦えばいいかな?
切るのは無理でも殴るのは……うん、割り切れるはず。
殴って気絶さえさせてしまえば、もう襲っては来ない……と思う。
逃げる。という考えも無いことはないが、それは無理だろう。
仮に学園出ていき、逃げ切れたところで別の国の誰かに捕まるだろう。
拷問、強制労働、捕まった人間が何をされるかぐらいこの人の話からも想像に難くはない。
『どうした?』
「あ、いえ…………分かりました」
まぁどのみち逃げ道のようなものなんて無いんだろう。
「僕に出来ることだけでも、協力します」
『そうか……ではよろしく頼むよ』
そう言った彼の影で黒くなっている顔は防人には嫌な含みのある笑みを浮かべているように見えた。




