054『メンテナンス』
「防人、さっきは娘がすまなかったな」
中央アリーナへと続く通路を進む途中で再度先生が謝罪する。
「いえ、さっきも言いましたけど、大したことなかったですから」
「ふむ、そうか?」
「そうですよ」
「そうか、なら良いんだが……ふむ、せめてもの詫び、というわけではないが、アリーナの修理費用に関してはこちらが持とう」
「え? あ、えっと……それは助かります。けど、あれって結構するのでは?」
学園内の備品を万一破損させてしまった場合、備品を購入するか、修理をする必要がある。
アリーナの戦闘訓練など事故が原因による場合だったら実際の値段の3割だった気もするが、それでもかなりの値段であることに変わりはない。
「なぁにワシだって色んな奴の武器やら道具やらを何年もこの腕で組み立てて来てるからね。壁の修理程度なら朝飯前ってやつさ」
「そ、そうですか」
頭1つ分の小さなクレーターを作ってしまったアリーナの壁を修理するのには特殊なコンクリートを必要とするからその値段は……いくらかは分かんないけど、かなりするのは間違いないだろう。
そう考えると負担してくれるのは正直ありがたいといえばありがたいんだけど……申し訳ないという気持ちが勝ってしまう。
「……何か不満がありそうだね?」
「いえ、そんなことはないんですけど……」
「ならワシに任せたまえ……こう言うのもなんだが、年上や目上からの好意は素直に受け取るべきだよ?」
「そう、ですかね?」
「あぁその通りだとも。謙遜な態度は確かに美徳かもしれないが、何でもかんでも遠慮がちではコチラ側も接し方に困ってしまうからね」
「はぁ……なるほど」
――そういうもの、なのかな?
「じゃあ、えっと、修理の方をお願い出来ますか?」
「うむ、任された。あぁところで、お前さんがワシの娘に会うのは初めてだったか?」
訓練用GWの保管庫のとなりにある部屋。
メンテナンスルームへと到着する直前に先生は防人へ確認する。
「えぇ、そうですね。話には聞いてましたけど、会うのは今日が初めてです」
「そうか……」
メンテ室に到着した二人。
先生が扉を開けるのを待ってから彼の後に続くようにして防人も室内に入る。
「防人。お前さんはちょっとそこで待っててくれるか?」
「えっ? あぁはい。分かりました」
先生の指を差したパイプ椅子。
防人はそれに従ってその椅子に彼は工具の並べられた一角にいる星那の元へと向かう。
「星那。挨拶してないんだって?」
「挨拶? ……あぁ、うん。してなかったと思う」
「そうか。それじゃしっかり挨拶しておきなさい。今後仕事でお互いを知るためには必要なファーストコンタクトってやつだからね」
「仕事って?」
「そりゃあ決まっている。お前があいつの専属になるってことさ。そういうの欲しがってたろ?」
「え? 専属? でもパパ、いつもダメって」
「ん、そうだったかな? だがまぁいい機会だと思ってね。お前もあいつの事は気にしてるようだったし」
「パパ!」
「……しかしなぁ、パパ的にはそういうのはまだ早いんじゃないかと」
「もう! 別にそういうんじゃないから」
「おや、そうなのかい? この一月彼の事を聞いてくるもんだからワシはてっきり彼の事が好きなのかと」
「違うよ。ただ、パパと一緒に作業してて光牙を大事そうにしてたから」
「ほう……それなら彼と一緒に来ていた宏樹という――あぁグラサンをかけていた男の子の事だ。あいつも定期的にここに来てはメンテナンスを行っているが……」
「……あの人は丁寧なんだけど、なんていうか道具を万全にしとくだけって感じで大事にしてるっていうのとは違う感じだ」
「ほう、まるで職人のような事を言う」
「ふふん、私はパパと同じ職人だよ」
「そうか……ならまずはお客様には挨拶だ。ほら、行ってこい」
「うん。分かった」
――何を話してるんだろう?
二人のやり取りを遠くから静かに眺め、少しその話し声に耳を傾けるようとするものの室内で作業をしている他の作業員の話し声や設備による環境音がうるさくてよく聞こえない。
――あ、来た。
しばらくして近づいてくる星那。
叱られるような事は無いと分かってはいるものの背筋を伸ばし、なんとなく身構えていると彼女は防人の目の前で足を止める。
「は、はじめまして。鬼海 星那です。よろしくお願いします」
「え? あ、うん。よろしく……」
いきなりの挨拶に戸惑いつつも防人もそれに答える。
「……それじゃあ今から整備するから、付いてきて」
――さっきまでヘボだのバカだの言っていたのに、なんか急に大人しくなっちゃって……さっき叱られたのがよほど効いたんだろうか?
もう泣いているようには見えないけど……大丈夫かな?
防人は星那の態度に心配しつつも彼女の後を付いていき、簡易的に区分けされている作業用スペースの一つに入っていく。
「連れてきたけど、本当に私がやっていいの?」
「……え?」
「あぁ、専用機っていったって専用の部品使ってるだけで基本はいつもと変わらないから安心しろ。いつも通りに、落ち着いてな」
「うん。分かった」
──なんか話が勝手に進んでいっている気がするんだけど、 この子がやる? 本当に?
というか……アレ?
今日は教えてはもらえない感じなのかな?
もしもの時の応急措置が出来るぐらいはしておきたいって思ってお願いしてあったんだけど……。
「じゃ、そこに立って」
「うん」
――よくわからないけど……仕方ないか。
彼女に指定された土台の上。
固定用のアームが伸びたその場所を指差され、防人はその場所へと立つと光牙を身に纏う。
「えっとこのパネルでまずは固定を……」
この一月ほどの間にも何度か訪れた場所で防人はある程度の手順は理解しているものの星那が端末の操作が終わるのを待つ。
いつもと比べるとやはりもたついている部分があったものの各部アームが問題なく機体を台座の上に固定する。
「それじゃ、始めるから退いてちょうだい」
「うん。分かった」
彼女からの指示に従って光牙から降りた防人は残るヘルメットを外し、いつもの通りに用意されているデスクの上に静かに置き、光牙から距離を取る。
「えっとまずは機体のシステムとの接続を……」
作業に取り掛かった星那。
ここでじっとしているのもなんとなく落ち着かず、防人は作業スペースから離れ、彼女の様子を眺めている先生の傍に近づいていく。
「あの、もしかして今日はあの子が?」
「あぁ、そのつもりだが、何か問題あるかね?」
「いえ……えっと大丈夫なんですかね?」
「大丈夫だと思うよ? 手作業だった昔と比べて今じゃ専門の工具も開発されてるし、機体の装甲だって周辺のアームがキッチリ支えるから知識と要領さえ掴めば子供にだって整備は可能だよ」
「それはそうかもしれませんが……」
作業装置の起動から固定まででも先生と比べると明らかに遅い。
今のところ作業に問題は無さそうだけど……本当に大丈夫だろうか?
「ふむ、心配なのも分からないでもないが……あの子は物心ついた頃から機械を弄って遊んでたからね。整備士としての腕も知識もかなりのものだ。それにもしもの時はワシが手を貸すから問題ない」
「そう、ですね」
見てくれているっていうなら大丈夫なんだろう。
こうやって見守っている以上、少なくとも大きな失敗をさせるつもりはないはずだ。
なにより専門家である先生が大丈夫だと言うのだから素人が口を出せる立場ではない。
「えっと、システムによる各部駆動チェック……同時にエネルギーの循環率を確認して……」
ぶつぶつと呟きつつも作業を進めていく星那。
彼女が端末を操作する度に駆動系の確認のために四肢の各間接やフロートなどの推進装置などがゆっくりと動作する。
見たところメンテナンスにはもう少しかかりそうな雰囲気で、気づけば他の人たちは休憩にでも行っているのか作業の音は周りから聞こえなくなっていた。
「ところで、お前さん、星那に気はあるのか?」
「――え?」
並べられたパイプ椅子に腰掛けて作業を眺める二人。
治直先生は沈黙に堪えかねたのか、視線は星那の方へと向けたまま防人へと問う。
「……えっとそれは一体どういう」
「なぁに、ちょっとした暇潰しだよ」
「えぇっと……気になっているというのは?」
「そのままの意味で他意はないよ。まぁ単にお前さんの意見を少し聞きたくてな」
「気になった事……あぁえっと、あの子ってまだ小学生くらいですよね?」
「ん? あぁそうだね。確かに星那は今年で12になるが……」
――ということは自分よりは4つ下ってことになるのかな?
「それがどうかしたかね?」
「いえ、もしそうだったら学校とかどうしてるんだろうってふと思っただけで……」
「学校……はぁ、なるほど」
「……あの、何か?」
「いやなに、あの子への質問でそういうことを聞かれるのは初めてなものだから少し驚いてしまった」
「おかしかったですかね?」
「いや、そういうわけではないよ。……それで質問に関してだけど、あの子は生まれた時からここのことを知ってるからね。
君たちのように一時的に向こうで平和に暮らすというのも考えたけれど、ワシも女房もこっちで仕事しないといけなかった……だからあの子の通っている学校がどこなのかと聞かれれば、この場所ってことになるだろうね」
「そうなんですか」
「あぁそうだよ」
──でもそれって多分、普通の学校生活とはやはりとても遠いものなんだろうな。
いや、でもあの子にとってここの出来事というか生活みたいなのは普通ってことだろうし、それはここにいる他の人たちにとっても同じことは言えるんだろう。
いや……結局この一ヶ月の間、戦争らしい経験はしたことがないような、そんな自分があの子のことを含め、とやかく言う事なんて何も出来ないんだろうけれど。
……とはいえ、1つ言えるのは
なんというか、今更ながら先生の質問に対して正確に答えられてなかった気がすることくらいだろうか。




