051『新入生歓迎会』
午前中の授業、そして昼食を終えた防人は夕方から始まる歓迎会のために持ってきたスーツを取り出して着替える。
「ん~何か少し派手な気がするな……」
全身を映すような鏡がないので分からないが、紺色がベースに細く灰色の縞模様がうっすらと浮かんだジャケットとズボン、そして青いカッターシャツ……やっぱりこれはなんか派手な気がする。
「まぁいいか。5000円位だったし、安い安いって店の人も言ってたし……なんというかこんなもの、なんだろうか?」
これは、わざわざネットで調べたのかは分からないが、これは歓迎会があるということを知った湊によって半ば強制的に買わされたものだ。
どう見ても売れ残りの処分品ではあるとしか考えられない組み合わせのそれは改めて見ても疑問符しか浮かばない。
とはいえ春休みにわざわざ購入して一度も着ないというのはそれはそれでもったいない。
『そう言えば兄さんの行くところって歓迎会あるんだよねぇ』
『まぁそうだな。届いたやつにもそうやって書いてあったしな』
今思えば、リビングでのんびりと本を読んでいたところを湊が突然言ってきたそれに対して特に考えず、正直に答えたのもマズかった。
『それじゃあちゃんと身だしなみを整えておしゃれな格好で行かないとね』
『いや、男子の制服はスーツみたいな見た目だし別に買わなくても……』
『えぇ? みんなちゃんとしてるなか兄さんだけ制服とかいいと思ってるの? そういうのやめてよ。そうことがウワサになって尾びれがついたりしてもし、私のことが悪く言われたらどう落とし前つけてくれるの?』
『いや、さすがにそれはないと』
『どうしてそう言い切れるの?』
『いや、だって……』
どうせ受験をしないんだから、とかこの時は思っていたけれど、姉さんがここにいるということはもしかしたらこの学園にいるのかもしれないな。
……まぁ、仮に見つけたところで話すらさせてもらえる気はしないんだけど。
『うわさにならないと100パーセント断言できんの? 断言できるなら教えてちょうだい。あたしが納得できるように、ぐぅの音が出ない状況になるように50文字以内で答えてよ』
『え、あっとえーと』
『はい、7文字』
『えぇ、ちょっと待って』
『15文字……で何? 兄さん』
『いや、『何』じゃなくてなんでカウントしてるんだよ』
『36文字……いや、だってその方が面白いでしょ? ちなみに小さな『つ』と伸ばし棒はカウントにいれるからね』
『そうじゃなくて』
『はい、6文字追加。後、8文字だよ』
『……すいません僕が悪かったです』
『ふん。やっと自分が間違っていることに気付いたみたいね。いいわ許してあげる』
『ふぅ……』
『でも50文字越えたから罰ゲームね』
『終わらなかったぁ!?』
『さて、内容はどんなのにしようかしらねぇ』
そんなこんなでまだまだ肌寒いというのに薄着で専門店みたいなところに連れてかれて買わされたんだったなぁ。
「そういえばあの時、湊も何かドレスっぽいのを買っていた……というか買わされたんだけど、あれっていつ着るんだろう?」
姉さんがここにいて、ここのことを知っているということはあいつもここのことを知っていたのかな?
出来れば知らないでいて欲しいとは思いたいところだけど……確信を持てないから可能性はあるということになるし。
「大丈夫って信じたいけど……」
でもなぁ夜中に夜食を作ってたらしいし、その時に話を聞いていたっていう可能性はあるんだよなぁ。
戦争、軍事の学園……正直、妹にそんなことをさせたくはない。
自分も嫌だけど、知っちゃった以上は逃げられるはずはないし、仮にそういうことをしたら口封じ的な感じで襲われるのが定番だろうしなぁ。
戦争とかゲームだと好きなジャンルだけど、現実なんて怖そうで嫌だし、でも殺されるなんてもっと嫌だし……。
湊のことくらいは姉さんに聞いてみないと……あぁでも湊の事だから口止めしてそうかな『プライベートに口出ししないで』って感じで
「服はこれでいいとして……後は」
防人は寝室のベッド台へ用意していたケース。
そこから腕時計を取り出すと時間を確認する。
「今は15(さん)時20分くらいか」
確か歓迎会の場所は武道館ってところだったっけ? 時間は16(よ)時30分からだったから時間的にはまだ余裕があるといえばあるけど、流石にゲームとかで遊ぶわけにはいかないか。
熱中して遅れたらダメだし。
「ほんと、何しようかな?」
手帳の地図から武道館の場所を確認しつつ悩んでいるうちに時間は過ぎていき、防人は少し早めに寮を後にする。
◇
地図を見ながら到着した武道館。
普段は柔道や空手といった格闘技系などの部活のために利用されているという学園内の施設。
本日は歓迎会ということもあってそれらしい飾り付けが行われており、既に集まっている人達も思い思いの衣装で着飾っていた。
中にはコスプレのような人もおり、派手だと思っていたスーツも思いのほか違和感はない。
むしろ皆、しっかりと身だしなみを整えているのでこういった場所に疎い防人にとってはしっかりとしないとという不安と緊張が芽生えてくる。
「おう、ケー。やっと来たな」
けれどその気持ちはすぐに落ち着いたものに変わる。
それは後方から声をかけられ、振り向いた植崎が通常通りジャージ姿でいたからだ。
「んん? なんかそのスーツ、カッケェな。なんつうかビシッとしてるっつう感じだ」
「そういうお前はいつもと変わらないな」
「んなこたねぇだろ? ちゃぁんと俺様だってオシャレしてんだぜ?」
黒いジャージ姿。
胸元に校章が無いということは学園カタログで売っていたものではないもので、彼なりにどこかの店で購入していたもののようだ。
「ほらコレ、カッケエだろ?」
そういって彼が強調してくるのは金色で印刷されたスポーツメーカーのロゴ。
そして彼の普段着ている黒ジャージに入っている線がいつもと違ってロゴのものと同じ金色のものが入ってる。
「まぁ、確かにそうみたいだけど」
その格好がオシャレをしているのかしていないのかと問われれば似合っているという答えになる。
これは見慣れているせいもあるかもしれない。
「なんだよぉ。俺様、何かミスったか?」
「ううん。似合っているし、別に大丈夫だと思うよ」
「おう、そうだよな! んじゃぁ俺様は早速飯を食って食って食いまくるぜ!」
「全く――っておい! どこ行くんだ!」
「決まってるだろ。食いもんをいっぱい取ってくんだよ」
「いや、それは分かるけれど」
「んじゃ、取ってくるぜ~!」
そう言い残して植崎は机に並べられた食べ物に向けて走り出していく。
「あのバカ!」
食べていいのは指定された席にある決まった分だけなんだけど……もしかしてバイキング方式だと思ってるのかな?
「あ、ちょっと君!」
あ、ほら怒こられた。……智得先生まで来たっぽいなぁ。……一応、こっちは止めようとはしたからね。
呼び止めたのに止まらなかったあいつが悪い。うん、こっちは関係ない。
「――っ!?」
突然襲ってきた背後からの衝撃。
腰のあたりに来た体重の乗ったそれが蹴りであることを素早く判断した防人は慌ててバランスを整えつつ、急いで犯人を確認するために後方を振り返る。
――この蹴りって、まさか?
久しぶりに来たその攻撃に腹立たしさとともに懐かしさのような感覚も感じ、驚きの感情は犯人の顔を確認して驚愕へと変わる。
「歓迎会だからってそれでオシャレしてるつもりなの? 兄さんにはそんなの似合わないよ」
「やっぱり……」
目の前に立っていた湊。
見慣れないドレス姿はあの時このスーツと一緒に買ったもので間違いはない。
彼女に関して理解はしていたつもりではあったもののとはいえまさかここで会うことになるとは思ってはいなかったのでやはり防人にとっては驚きの感情の方が強く、すぐには反応出来ずにいる。
「なに? まさか数日見なかっただけであたしの顔忘れたの?」
反応の薄い防人にムッとする湊。
「いや、そういうわけじゃないけど……なんというかどうやって来たんだ?」
「どうやってって別に普通に来たに決まってるでしょ? 何を言ってるの?」
そんな彼女に対して防人は疑問を投げ掛けるものの聞きたかった答えは返ってこない。
とはいえ普通の手段では恐らくここには来れないのは確実だ。
ここに入学したあの日に潜ってきたあの光のトビラ。
それを通ってやって来たこの学園ヘイムダルは少なくともあのドームの中にあるものではない。
あのドームもなかなかの大きさではあったものの学園やアリーナといった施設の広さを考えると小さく、これらが全て収まりそうには無い。
つまり、あの光のトビラは全くの別の場所へと皆移動させたということ。
事実、入ってきた場所とは全く異なる外の景色が広がっていたのだから。
トビラを通って来たという可能性は無いことはないもののこちらから連絡していない中であれを潜ろうとするのは考えにくい。
けれど、それはあくまでも可能性が低いだけ。
もし、学園外からここに来ることが出来るのだったら湊が戦争の事を知らないなら別にその方が良いと、防人は思い願う。
「何ボーとしてんの? 頭でもおかしくなっちゃった?」
――本当にコイツは……。
相変わらずの態度。
ほんの一週間顔を合わせていなかっただけなのに少し遠く感じる彼女に防人は少し、ほんの少しだけ感極まる。
とはいえ、それを彼女に悟られたくはないし、見られたくもない。
「何? もしかして歓迎会があるってのにいつかの脳筋バカみたいに小汚なくお菓子でもバカ食いしてたの?」
――脳筋バカ?
もしかして植崎のことか? そんな呼ばれ方、久しぶりに聞いたから一瞬分からなかったぞ?
確か、中学の時の旅行先で買ったものをバカ食いしてリバースした事件だったかな……そういやそんなこともあったなぁ。
「いや、別に食べるどころか飲み物すら口にしてないよ」
――そもそもまだ席に座ってすらいないからな。
「じゃあ何でわざわざ顔を覆う必要があるの? 頭おかしいんじゃない?」
だたのちょっとした動作。
それでここまで言われるのは流石に傷つく。
というか心外だ!
「別におかしくないだろ? いつも通りだよ」
「そうね。兄さんにとってはそうだったわね」
お? ちゃんと湊もわかってくれたみたい……。
「周りでの異常があんたにとっての正常だもんね」
「――な!?」
「ごめんなさい。分かってあげられなかったあたしが悪かったです」
「止めて謝らないて。聞いたこと無いようなその反応は逆にメンタルにくる」
「ハァ? このあたしが悪かったって言ってんのに『止めろ』はないんじゃない?」
「え? あ、うん。何かごめん」
「ごめん?『ごめんなさい』でしょう?」
「えぇ? あ、うん……えっと確かにそうだね。ごめんなさい」
「違う」
「えっ?」
「地に手をついて言いなさいよ『ごめんなさい』って」
──あ、あれぇ? なんでそんな流れになってるの?
「ほら、ほらぁ、早く這いつくばって言いなさいよ『ごめんなさい湊さま』って」
「ご、ごめ――ってなんでだよ。絶っ対におかしいだろこの流れ!」
「何それ? ノリ突っ込みのつもり? 似合わない……ううん気持ち悪いよ」
「そこまで言う? そんなに気持ち悪い?」
「うん」
「即答!?」
そう言われるのは分かってたけど、実際に言われるのは腹が立つ!
「ちょっと……」
やりどころにコマリ、ワナワナと手を震えさせていると後ろから声をかけられる。
「はい? あ、千冬さん」
風紀委員として見回りを行っていることを示す腕章を身に付けた小柄の少女。
「みんな座っている。早く……仕事を増やさないで」
「あ~、すいません。すぐいきますね」
「ん……」
千冬は頷くと、すぐに自分の席へと戻っていく。
「それじゃああたしは上だから、あとでね」
「ん、おう」
上というのは武道館の階段からあがれる館の左右の観客席のことを言っているのだろう。
そこに座っている人達はスーツなどで着飾っている大人の人が多いように思えるもののそれがここに呼ばれた学園外からの人であるかは防人には分からない。
とはいえ、智得先生が下に並べられている円卓の一つに腰掛けているのを見るに先生というわけではなさそうだ。
「――っといけないいけない。僕も早く行かないと」
防人は会場にある机から自分のクラスの場所を見つけると番号表の置かれた円卓の一つ、そこの空いた椅子へと着席する。
「皆、席に着きましたでしょうか? それでは……」
防人が席についてしばらくすると流れる放送。
徐々に武道館内の照明が暗くなっていき、用意されていた木の壇上にいるゼロがスポットライトによって照らされる。
「新入生の皆さん。改めて入学おめでとう。さて、本来ならば私から色々と言うべきなのかもしれないが、学園の皆がせっかく用意した料理が冷めてしまっては申し訳ないというもの。そのため、堅苦しいあいさつは省略させていただくとしよう。……では、皆さん飲み物の入ったグラスを手にとってください」
学園長であるゼロ、彼からの放送に従って動く皆を真似するように防人は目の前に置かれていたジュースの入ったコップを手に取る。
「それでは……乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
ゼロの合図に続いてみんなも合図の声を叫び、歓迎会が開始された。




