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049『風紀委員会役員共』

 次の日


「防人、ちょっといいか?」


 一日の授業も終わり、植崎とともに帰ろうと廊下に出たところを先生に呼び止められる。


「はい、何ですか?」

「うむ、実は昨日言っていた話なのだが」


――ヤバ、忘れてた。


「はい。えっと……なのでこれから向かおうと思ってたんですが」

「え? おいケー、一緒に部活見て回る話だったろ?」


「あ~、ごめん。言うの忘れてたけど、実は昨日のあの後で先生に来るように言われてたんだよ」

「そーなのか? ん~……じゃあ仕方ねぇな」


「本当、ごめんね?」

「いぃーてことよ。でもま、一人で見てもつまんねぇし俺様は帰るとするわ」


「うん、また明日ね」

「おう! またな!」


 防人は植崎の去っていくのを見送ると先生の方へと向き直り、小さく頭を下げる。


「……すみません先生。それじゃ今から行きますので」

「あぁ待て防人」

「はい?」

「実は、昨晩その件を彼女に伝えたら迎えに来ると言われてな、一緒に向かってもらえるか?」


 そう、言って先生は隣に立っていた女性の方を指す。


「えっと、日高(ひだか)……竜華(りゅうか)さん?」


 胸元に校章の入った赤いジャージ。

 普段から黒いそれを目の前で見ていた防人にとってその格好は見慣れているものであったが、そういえばこの人もこの格好(ジャージ)だったと胸中で呟きつつ、彼女の名前を思い出す。


「うん、一日ぶりだね」

「む、なんだもう二人は会っていたのか」

「え、えぇ昨日、食堂の方で、偶然ですけど」


 意外といった様子で先生は視線を防人の方へ向け、彼も彼女からの言葉に答える。


「ふむ、そうか。なら話は早い。日高、頼めるか?」

「えぇ、もちろん。それじゃ行こうか」


 竜華は先生へ小さく一礼。

 その後、彼女は茶色い瞳を防人の方へと向け、笑みを見せる。


「ぁ、はい。それじゃ先生、また明日」

「あぁ、またな」


 そして、彼は目的の教室へ先導するその後を追うようにして移動を開始する。


「まさか、竜華さんと同じ委員会だなんて驚きました」

「わたしも驚いたよ。あの時会ったばかりの君がまさかここに入ってくるなんてね」


「まぁ、偶然ですけど」

「だとしてもすごいことだと私は思うけどね」


「それは確かに、そうですね」

「うん、あぁそうそう移動中に簡単に説明しておこうか」


 移動中、竜華は風紀委員がどういったものであるのかという話を始める。


「まず、風紀委員――私達の仕事として大切なのは学園内の風紀を乱すようなことをする生徒たちを見つけ粛正(しゅくせい)すること」

「しゅくせい……」


「ちょっと言葉が強いかもしれないけど、この学園には色んな人たちがいるからね。まぁ色々と困った子達もいるんだよ」

「不良みたいな人たちの事ってことですか?」


「うん。そんなヤンチャな子達も服装とか髪の色とかピアスとか仲間内で色々する程度なら私達も問題にすることは全然無いんだけど……ケンカとかで他の人たちに迷惑をかけちゃうこともあるからそういうのに対応しないといけないんだ」

「なるほど……でも、それって先生の仕事じゃないんです?」


――というか、僕が不良相手にどうこう言える度胸とか無いんだけど……後が怖いし。


「ううん。この学園で起こったいざこざは基本的に生徒たちの間だけで済ますように決められているんだ。先生たちは基本的に助言する程度で主体として動くことはないよ」

「そう、なんですか?」


――自分たちだけで、か。

 そうなるとますますそういった事が起きたら頼れる相手が竜華さんぐらいしか無くなるなぁ。

 まぁ、わざわざ問題なんて起こすつもりなんかサラサラ無いんだけど。


「他にはさっきの話してた問題が起こった際の後処理や対策とか、生徒たちのカウンセリングとかかな?」

「カウンセリング?」


「そう。学園生活をするにあたってこうして欲しいとか、これに困ってるとかそういう要望みたいなのからいじめとかの問題解決まで、どちらかと言えばカウンセリングとは名ばかりの何でも屋みたいな感じだね」

「な、なるほど」


 ますます僕には向かない気がするんだけど、大丈夫だろうか。

 初対面の人と面と向かって話すとか本当に緊張しちゃうからなぁ。


「もちろんそういった事で来る悩みは大抵は自己中心的なものとかも多いから、メールで済ましちゃうのとかも多いけどね」


 メールなら、ちゃんと考えて書けるから出来そう。

 会話とか後々になって何であの時あんなことを言ったんだろって思い出しちゃうからなぁ。

 良かれと思ってやったけど、後で本当にこれで良かったのか? っていう後になってどうにもならないような事、本当人と話してるとそういうのがお風呂とかにいきなり襲ってくるからなぁ。


「まぁ、そういうのはプライベートな事もあるから基本は私達がやるんだけどね」

「あ、そうなんですね」


 なんだ自分はやらなくてもいいんだ。


「それじゃあ、えっと僕の委員会の仕事は何をしたらいいんでしょうか?」

「ん~そうだね。さっき言ってた風紀を正すということと、一年生は基本的に雑用だね」

「雑用……」

「そ、委員会用の書類をまとめたり、委員の会議で意見を言ったり、後は校内の見回りとか、色々かな? さて、着いたよ」


 会話の中、渡り廊下を抜けてやって来たのは学園ヘイムダルのC棟の一階。


「ここが今日から私達の活動拠点となる風紀委員室だよ」


 C棟に入って最初の扉に立て掛けられた『風紀委員室』の文字を見つけ、防人は彼女の差した教室がどこであるのかを理解する。

 先ほど話していた生徒達からの悩み事が投函されるであろう目安箱が置かれている点を除けば見た目はどこの学校にでもあるようなスライド式の入口が今、目の前にある。


――ここはさすがに真面目な人たちが集まってるってイメージだし、ちゃんと落ち着いていかないと。


「ふ~……」


 防人は息を大きくはいて、よしと気持ちを切り替えると引手に指をかけて扉を開けようとする。

 が、開かない。


「……あれ?」

「ん? あっそっか。ごめんね、(けい)君はまだ登録してないんだった。一年生の他の子のは昨日済ませちゃってたから失念してたよ」


 竜華は引手の上にある黒パネルに生徒手帳をかざし、ロックを解除する。


「さぁ、どうぞ」

「はい。それじゃあ失礼します」


 竜華の開けた扉の奥へと防人は進む。

 部屋の中央に置かれた大きな共有デスク。


 一方の壁側には会議などで使用されるであろう大型モニターが設置されておりその隣には扉が一つ。


 反対側には金属製の棚とロッカーの他、小型の冷蔵庫や給湯ポットなどの電化製品も並べて置かれている。


 風紀委員会のために設けられたその部屋は扉の向かいに並んだ窓によって明るく、清潔感漂うその室内には生活感も強く感じられた。


「ん、これは……あぁなるほど……」


 そんな室内で一人の女性がタブレットPCのモニターと積まれた書類を睨み付けながら独り言をつぶやいて作業を行っていた。

 どうやら今は彼女一人だけのようだ。


「あれ? みんないないね。どこかの手伝いとかで遅れているのかな?」


 防人の後から部屋の状況を把握した竜華はゆっくりと部屋にいた女性に声をかけようとするも作業を行っているために伸ばそうとした手を止めて防人の方へと向き直る。


「ぁ……今は仕事中みたいだね。それじゃあ終わるのを待っていようか。君は座ってて」

「はい」

「ん~今はこれしか無いけど、飲む?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 スポーツドリンクの入ったボトルを受け取り、防人はデスクにある席の一つに腰かける。


「それじゃ、先に風紀委員への登録を済ませちゃおうか」


 そういいつつ彼女は扉の向かいにあたるデスクに腰かけると引き出しから一本のコードを取り出してデスクに置かれていたPC端末へと接続する。


「登録ですか?」

「そう。慧君は入学時に指紋とかを登録したと思うけど、そのデータを風紀委員の役員のものって登録するんだ。そうすればこの部屋の出入りは自由になるし、他にも色々と風紀委員っていう役職の面から許されるようになることもあるから……まずは君の生徒手帳を貸してもらえるかな?」

「あ、はい。どうぞ」


 防人は言われるままに生徒手帳を手渡すと彼女は先ほどのコードを手帳へと繋げ、端末の操作を行っていく。


「えっと確かこのファイルの中にある……これを彼の手帳へコピーして……後はこのアプリで……よし」


 端末のモニターに触れ、しばらくすると彼女は生徒手帳を防人へと返却する。


「はい、これで君は風紀委員と登録されたからこれからは委員活動しても問題なくなったよ」

「ありがとうございます……それでさっき言ってた風紀委員で許される事っていうのは何ですか?」


「う~ん、そうだね。さっきも言ってたと思うけど、この学園には色んな人達がいるから、当然何かしらのトラブルが起こることも少なくはない」

「はい。それを僕たちは仲裁するのが仕事なんですよね?」


「そう。だけど中には手が出ちゃう事もあるし、頭に血がのぼってこっちを襲ってくる可能性もあるんだ」

「襲って、ですか?」


 まさかそこまでしてくるような人がいるって事?

 でも、そういう事がないとわざわざ言うわけないだろうし……そういう人も本当にいるのだろう。


「うん、だから私達は校内でのギアの使用が許されている。そうすれば例え向こうが刃物を持っていても身を守れるし、拘束も容易になるからね」

「ギアの使用を?」


「うん。この学園は道徳的な必要最低限の校則は用意されてるけど、それを越えちゃう困った子がいないわけじゃないからね」

「えっと、越えてというのは?」


「ん~例えばこの部屋だけど、ここの机やロッカーなんかの家具は基本的に私達が学園カタログから購入したものを置いてあるんだ」

「えっと、それは寮の部屋みたいにですか?」


「そうだよ。購入には当然お金(ポイント)が必要になっちゃうけど、その気になればこのC棟そのものを購入することも出来るよ」

「ここ自体を?」


「ものすごく高いけどね。それで、部屋の家具と同じようにGW、ウェポンズ・ギアを購入することも出来ちゃうんだ」

「え、それって」


 つまりは兵器を個人的に購入出来るようなものってことだよね。

 そんなこと許され――いや、ここならそういうことも許されるってことなんだろうか。


「だからそういうことも出来ちゃうここでは決まりを無視して色々としてやろうって人も出てきゃうんだ」

「なるほど」


 つまり、風紀委員としての指導対象がギアとかを使ってきて抵抗をしてくる可能性もあるってことか。


 ギアの使用は流石に過剰防衛な気もしたけど、わりとこっちも危ない気がするなぁ。


 でも、そもそもそんなことがないようにするのがここなんだろうし、滅多にそんなこと無いだろうし……大丈夫だよね?


「さて、こんなところでしょうか?」


 防人が頷く向かいでちょうど仕事を終えたようで彼女は立ち上がると手にしていた書類をファイルに止め、後ろにある棚の中へ入れて蓋を閉める。


「ん? あら日高、居たんですか?」

「うん、といっても少し前に来たばかりだけどね」


「そうなんですか、ところでそちらの方はどなたですか?」

「この子は防人 慧くん。今年入った一年生だよ」


「ど、どうも……えと、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いするわ。私は彩芽(あやめ) 紅葉(くれは)。書記を勤めさせてもらってます」


 伸ばされた手に反応して防人は紅葉と短い握手を交わす。


「あの、もしかして三人だけ、なんですか?」

「ううん。私達以外にも後2人いるよ。それであの子達は?」

「特に連絡は来ていませんが、確かに少し遅いですね……」


 防人は誰なのかを聞こうとした時にガラリッと扉が開く。

 部屋の中へ入ってきたのは二人。

 一人は男子で一人は女子だ。


「噂をすればなんとやらだね」

「予定よりも遅いですが、二人は何をしていたのですか?」


 紅葉がそう二人へ問うと男子の方は緊張した様子で頭の方へ手を回しながら答える。


「じ、自分は地図を見ながらここに来ようとしたんですが、ここの場所がどこかその……忘れてしまいまして探し出すのに苦労していたッス」

「そっか、まぁここは確かに広いし、昨日来たばかりだし仕方ないかな。それじゃあ千夏ちゃんはどうして遅れたの?」


――ちなつ……彼女は竜華さんと同い年なのかな? ……小柄でそうは見えないけど。


「私はこの覗き魔を連行するのに手間取ってた」


 竜華に聞かれ千夏は若干棒読みぎみで真横にいる男子生徒を指差す。


「だから覗きじゃないんですって!」

「でも着替えてるのに扉を開けた」


「そ、それは自分が迷って焦っていたんで次のドアで開けて人いたら道を訪ねようとして」

「それで堂々正面から女子の更衣室(ロッカールーム)を覗いた」


「だから覗いたんじゃないんですって」

「私のおしりを見たくせに……10秒以上」


 そうそう聞くことの無いようなとんでもない会話。

 けれど、彼女の表情は冷静といった様子で変わりはない。対して男子の方は冷や汗をかいてかなり焦っている。


「そ、それはビックリしてしまって思考が停止してしまっただッスよ。あぁでも安心してください。見たのは後ろ姿なんで、さらに言うと自分ロリコンじゃないんで、小ぃちゃな尻とくまのプリントパンツに興奮なんて」

「――ブチンッ」

「しませっ!」


 一体何を安心しろといったのか。

 何かが切れたような音の後、千夏の振り上げた握り拳が男の顎に直撃。

 一瞬ではあるものの足が地面から数センチ浮かび上がる。


「フンッ!」「ごふっ!」


 さらに追撃。

 彼女は表情を変えることなく腰を少し下げて構えると男性の腹へ目掛けての正拳突き。

 男は腹を押さえてバタリと倒れ、(うずくま)る。


「報告。今回の粛正対象、覗き魔の男。粛正理由覗きと私に対するセクハラ発言。以上」

「う、うん見てたから大丈夫。後で報告書を提出してくれれば問題ないよ」


「そ、そんな……」

「わかった、では後程作成しておく。でそっちのは?」


――そっちの? あぁ僕のことか……。


「彼は新しく風紀委員に入った防人 慧くん」

「ど、どうもよろしくお願いします」

「私は千夏 千冬。こちらこそよろしく」


 そう言って彼女は手を出してきたので防人も立ち上がって握手をする。


――ギュウッ!


「あたたたたた痛い、痛いですって……な、何するんですか!?」

「別に、握手をしただけ」


――別に僕は手が赤くなるほどの強い握手は望んでなかったんだけどな。


「千夏ちゃんは格闘技習ってるから結構力があるんだよね」


 わかってるなら先に言っておいて欲しかったです。

 というか仮にそうだとしても力入れないとこんなに痛くないと思うんだけど……。


「そんなことない。私は竜華さんや生徒会長には敵わない」


――……マジですか。


本日の風紀委員会活動記録。

 僕はとんでもないところに来てしまったと思うのでした。

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