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002『バイオレンスシスター』

【 12月中旬 9時頃 】


「…ぃ…にぃ」

「……うぅ……ん?」


 どこからかぼんやりと声が聞こえてくる。


「……く、おきて……」


 その声はどうやら目覚めるように言ってきているようだ。

 しかし、そうしたいのは山々ではあるものの動かそうとしても身体はピクリとも動くことはない。

 指1つとして動かすことができない。


――これは……いわゆる金縛りというものか。


 金縛り――それは意識がはっきりとしているというのに身体を動かすことができない状態の事。身体が締め付けられているような感覚があることからそう呼ばれており、また時には幻聴や人が見えるなどといった事もあることから心霊現象と結び付けられることもある現象。

 防人は自身の状態から昔ネットで見た知識を思い出しながらもぼんやりとした声に耳を傾ける。


「早く……」


 声の主、意識のしっかりとしてきた防人の耳には先程よりもハッキリと聞こえてきた若い女性の声が届く。

 それを聞いて彼は彼女の要望を理解し、納得はするものの同時に強い脱力感を覚えた。


――いやぁ、しっかし残念だ。


 身体が動かなければ、起きるように催促している声の主にこちらから返事することも言われた通りに起き上がることも出来はしない。


――そうだな。うん、二度寝をしよう。だって金縛りで身体が動かないのだから仕方(しょう)がないじゃないか! それにもう一度ぐっすりと眠って起きれば、ちゃんと身体も動かせるようになるかもしれない……から……。


「言い訳はいいからさっさと起きろ!!」

「グフッ!!」


 甲高い叫び声とともに腹にめり込んできた強い衝撃に防人は反射的に目を見開くと急所に入った苦痛の声クリティカルダメージボイスを発しながら身体を『く』の字に歪める。


「おっぉぅぅ……」


 腹に走る激烈な痛覚によって防人の脳は強制的に覚醒させられ、残る鈍痛に耐えかねて彼は腹を押さえてうずくまる。


「やっと起きたわね、兄さん」


 平坦気味ではあるものの少し強めの口調。

 防人の横に立つ少女はその赤みがかった茶色い瞳で彼を見下ろして睨みつけている。

 少女の名前は『(みなと)』。防人慧の妹であり、彼にとっての頭痛の種。

 そして今現在の腹痛の原因でもある。


「ぅぅ……おまっ、なんで殴る」


 いまだジンジンと痛む腹を軽くさすりながら防人は起き上がり、白いネックシャツ姿の少女と向かい合うと彼は苦痛で涙目になりながらも問いかける。


「あたしは殴ってなんかいないわ。変な妄想は止めてよね」


 彼女はそう言って灰色をした髪をなびかせながらそっぽを向いてしまった。

 では一体この腹の痛みは誰のせいなのだろう?

 ……いや、本当にやっていないならそう言うはずだし、さっきの発言から考えると攻撃したことは認めているということかな?


「……じゃあ一体何をしたんだよ?」


 防人は湊の発言から判断しつつ再び問いを投げ掛ける。


「ふん、蹴ったのよ」

「いや、同じ事だよ! なんで攻撃する?!」


 堂々と答えた湊に対して防人は思わず叫ぶが、彼女はその反応が気に入らなかったようで不満そうにしかめっ面を見せると腰に手を当て、防人を睨み付ける。


「何度起こしても一向に起きないからよ。そのうえ二度寝をするためにわけのわからないことを言ってさ」

「それはっ……え? 聞いて、たのか?」

「えぇ、割とはっきりとね」

「あぁ……そう、なんだ」


――なんてことだ。心の中だけの事だって思ってたのに声に出ちゃっていたなんて……それじゃあさっきまでは別に金縛りになんてなっていなくて、自分の意志が弱かったから……。


「いやまてよ。もしかしたら頭から下だけが動かなかった可能性も……」

「またわけのわからないことを言ってないでさっさと起きなさいよ。さもないと」


 彼女は防人を見下ろしながら、そう言うと彼へ見せつけるようにして硬く拳を握る。


「――っ!! わかったわかったからもう殴るなよ。いや殴らないでくださいよ?」


 ほんの数分前の出来事が脳裏によみがえり、未だズキズキと痛みを訴える腹部に一際大きな痛みがフラッシュバック。

 捲り上げてみたら真っ青なアザにでもなってるのではないかという心配が防人の中で小さく芽生える。


「だから私は殴ってなんかいないわ。蹴ったのよ」


 そんな心配をよそに湊は防人は発言に訂正を加える。


「あぁそうだったそうだった。あぁでさ、一体どうやって蹴ったんだ?」


 蹴った。という発言が本当ならば腹部へと襲ってきた衝撃と痛みは腹の真ん中ではなく、横腹の辺りに来るはずだ。

 まぁどのみちゲームだったら胴体の耐久値がレッドゾーンになるまで削られるんだろうけど。

 ともあれ何故痛みが腹部の真ん中――ヘソの辺りに来ているのか何となく気になった防人は湊へ問う。


「え? かかと落としだけど」

「だけどって、平然と言うなよ。それって確実に殴るよりもヤバいからな」


 普通なら拳を振り下ろした方が手軽で狙いも正確に行えるものかもしれないが、彼女の場合は柔軟な体によって足は自身の頭よりも高く振り上げることが可能であるため、重力や遠心力で加速のかけられる足は彼女の細い腕から打ち出される拳よりも高い破壊力を有している。

 これは本当にいけない。

 だって、それだけの殺意を持ってあの一撃は繰り出されたということになるのだから。


「そんなわけないじゃない。あたしは格闘技とか習った事ないし」

「いやそういうのは関係ないし、そもそももっと穏便に解決する方法をだな――」

「わかった。それじゃあ次からはコレで起こしてあげるね」


 湊はショートパンツに巻かれたベルトから素早くバタフライナイフを取り出すとそれを防人の方へと向ける。


「あの、湊……さん? それを使われたら足以上にヤバいというか、起きるどころか永眠してしまいかねないんですが?」


 ある日、狼からの護身用とかいって持つようになったそれは一体いつから目覚ましセットの1つに加えられるようになったのだろうか。


「あら、別にいいじゃない。私程度の殺意すら感じられないようじゃこの先、生きていけないだろうし」

「いや、僕の家は格闘家か何かか?」

「知らないわよ。というかさっさと準備しなさいよね。さもないと」


 湊はカシャン、と手慣れた様子でナイフの刃を露出させると切っ先を防人の方へと向ける。

 

「お、おいおい流石に出すのはアウトだろ?!  殺す気か!?」


 先端に自然と視線が向かい、身の危険を察知した防人は素早く傍に置かれた身を守る防具たる枕を手に取ると身構える。


「え? だってあたしの言うことなんて聞かないでいつまでもグーグーと眠っている兄さんなんてただのゴミじゃない?」


 湊はカシャカシャとナイフアクションを軽々とこなしながら平然とした顔でさも当たり前であるかのように言い放つ。


「いや、確かに起きなかったことは悪かったけどさ、ゴミは無いだろう?」

「う~ん……それもそうかもしれないわね」


――おぉ! 珍しく意見の一致を見せてくれた。


 真摯に訴えかければ、思いは伝わるのだと防人は歓喜の感情を沸き立たせる。

 湊はナイフを折り畳み、ベルトの内側に隠すようにしてしまい込むのを見て彼はようやく、と安堵の息を――。


「ゴミって言ったらゴミに失礼だもんね」

「…………。」


 吐けなかった。

 息が途中で詰まって声も何も出なかった。

 まさか湊から人間としてすら扱われてはいないのは全くの想定外だ。

 ……本当、傷つくなぁ。


「何? なんで黙ってるの? もしかして心に傷でもついたの? 兄さんはその程度で傷つく程、柔な心は持っていないでしょう?」


 彼女の言葉を飲み込もうとしているうちにも時間はしっかりと過ぎていく。

 とはいってもほんの数秒ほどの沈黙でしかなかったが、湊は防人の顔を睨み付けながらさらに追い打ちをかけるように言葉を吐いていく。


「いやいや僕のメンタルがどれほどにまで柔なものか知ってるだろ?」

「自慢していうような事じゃないでしょ?」

「いや、別に自慢とかしたくて言ったわけじゃないんだけ――」

「あぁもう、うるさいうるさいうるさい! 兄さんのメンタルが豆腐でもスライムでもなんでもいいのよ!」

「いや、それじゃあ僕のメンタルはドロドロだよね? 原型とどめてないよね?」

「ふん、逆に考えなさい。どれだけ切りつけても傷一つつかないわ」

「いや、確かにそうかもしれないけどなんか嬉しくないな」

「別に褒めてないもの」

「うん知ってる。別に言わなくても良かったよ」


 本当、一言余計だ。

 こういうはっきりと言ってくる態度は相変わらず鋭い。

 とはいえこう何年も似たようなことを言われ続ければ自然と慣れてくるものではあるが、胸元がズキズキと痛むのは夜中に冷えたせいだろうか?

 ……とはいえ、そんなの解明したところで何のメリットもない。まぁ今の科学技術があれば、解明出来てしまいそうではあるけれど、仮に解明出来たとしてそんなことしたら変に意識してしまいかねない。

 そう考えれば現状維持という選択が一番最適解なのかもしれない。

 

「……それで、何の用なんだ? わざわざ悪口を言いに来たってわけじゃないんだろ?」


 コロコロと無駄によく考える頭から考えを吹き飛ばそうと軽く咳払いをすると、防人は気持ちを切り替えるため話を本題へと戻そうと口を開く。


「あら、用も無いのに来てはいけないのかしら?」

「お前……あったとしても来ないだろ?」


 大体はメールか、たまに電話があるくらいだ。


「そうね。今回だってさっさとメールに気づけばこんなところに来る必要なんて無かったのにね」

「そうだ――え?」


 湊の言葉に防人は慌ててベッドの物置き台に置かれた青いスマホを手に取るとモニターには不在着信が2件とメッセージメールが1件。

 メールを確認すると『下に来い』と淡泊な短い1文が書かれているのみ。


「見たわね。じゃそう言う事だから」


 湊は身をひるがえすとドアノブに手を触れ、静かにドアを開ける。


「それじゃあご飯だからさっさと下に来てよ。あぁ後、食べ終わったら買い物に付き合ってもらうから」


 そう言い残して湊はバタンとドアを閉じて出て行ってしまった。

 足音が遠ざかっていくのを聞いて防人は掴んでいた枕を元の位置に戻すとシワを伸ばす。


「はぁ~ひとまず殺されるという危機は去ったか……な?」


 そもそもそんなこと考えること自体おかしな話だが……。

 防人はスマホを再び手に取り、時間を確認するとクローゼットに納められた衣類を取り出す。


「全く、あいつ絶対いつかとっ捕まって警察行きになるぞ? ったく」


 防人は愚痴をこぼしながらも長袖の水色Tシャツの袖に腕を通して、紺のジーンズに足を通し着替えると出かける時のためにダウンジャケットを取り出すとベットの上に置き、部屋を後にした。

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