045『1限目』
「ハッ、ハッ、ハッ――」
「フッ、フッ、ゲフッ――」
食事を終え、防人は友人である植崎とともに急いで走って教室に向かう。
「お前ぇ~これもし、授業遅刻したらどうなるか覚えとけよ!」
――こういうことに関しては姉さん厳しいんだからな。あぁ……クソゥ、こんなことなら先に行くって言っとけばよかった。
「ウッ、プッあぁ苦し……なぁ、なんでこんなことになってんだ?」
「それはお前が朝っぱらからどんぶり飯を食ってその上何度もおかわりしてるからだろうが!」
「おう、腹減ってたからな」
「『おう』じゃない! というか仮にそうだとして八分目までにしとけっての!」
「大丈夫だ。たくさん食べても運動する」
「そうじゃなくて消化器官が追い付かなくなるまで食べるなって話! 腹痛めてトイレに駆け込みやがってぇ」
「仕方ねぇだろ? 急に来たんだよ! 俺様は関係ねぇ」
「……仮に偶然だとしても、せめて荷物くらい用意しておけよなぁ!」
「いやぁ、まさか腹痛くなるなんて思わなくてよ。そうじゃなきゃ間に合ってたんだがなぁ……」
「いや、今日は学校あるのは分かってんだからせめて荷物の準備くらいしとけって! あぁ、もう! これ、ホームルームは完全に遅刻だよぉ」
くっそぉーせっかく早起きした意味無かったよ! 全く、早起きは三文の徳とはなんなんだ?
「しっかし、飯はうまかったなぁ」
「お前なぁ、いやまぁ確かに美味しかったけども!」
防人は息絶え絶えになりながら1限目開始のチャイムがなると同時に僕は教室の扉を開ける。
「ふぅーま、間に合っ……ったぁ!」
扉が開くと同時に飛んできた白チョークが眉間に直撃する。
「遅いぞ、ホームルーム開始5分前には席についておかないか。馬鹿者が」
「おぉぅ?」
眉間への衝撃によって倒れた防人に驚く植崎。
そして先生のターゲットは防人よりも遅れてきた彼の方へと移行する。
「貴様もだ植崎。今後このようなことがあればこの程度ではすまんぞ。いいな」
コクコクと素早く頷いた植崎を見た後、1年A組の担任――弩 智得は落ちたチョークを拾いつつ教卓に戻る。
――あれ? チョークによる制裁は僕だけですか?
というかあれ、チョークじゃなくてチョーク型のタッチペンじゃないかな?
軽くても金属製だから。
「すごく……痛いです」
「何をしている? そんなところで寝ていないでさっさと席につかないか」
「……はい。すみません」
先生に促され、防人は赤くなったおでこを擦りながら自分の席につく。
「さて、ホームルームを遅れてきたバカどもは置いておいて授業を始める」
――なんか、いつもより口調が強い気がする……怒ってるのか、それともあれが本来の姉さんなのか……あぁ、駄目だなぁ変な方にばかり考えがいく。
「さて、皆にも既に話した通り、このクラスいる約40名、お前たちは入試試験の際に上位に輝いた極めて優れた存在だ」
確か、クラスの出席番号の順番はそのまま試験の時の成績だったか。
試験か。ここは戦争のための軍事学校……なら実技試験のやつは分かるけど、筆記の方は本当に判断基準になってるのかな?
「だが、浮かれるなよ? お前たちはまだまだひよっ子なのだからな……とはいえ、技術を学ぶことばかりが全てではない。当然、今後は生きてくために必要な知識も身に付けることが大切になる……まぁ、お前たちはこの学園で学生として生きることを望んだ以上、文句は言わせんがな」
そう、なんだよなぁ。
少なくともここには自分が来たくて来たし、戦争がどうこうっていう話だって聞きたいって言って知った。
正直、まだ信じきれてないけど……でも、本当にそうなんだっていう証拠は腕の枷にある。
少なくとも今はここで力を身に付けないと……今でも壮大なドッキリ的なのかとも思うけど、とにかくもしもの時のために技術を磨かないと……戦闘技術なんて部活の剣道の知識とゲームのモーションぐらいだし……。
「さて、まずはお前たちのタブレットへ送信したファイル。49番の①を、教科書は第7章のページを開け」
先生の指示の後、みんな一斉に机上のファイルをひらき、各々が持ってきたカバンから取り出していたタブレット端末を操作し、付属していたペンを構える。
「皆、開いたな? ではこれより一時間目『歴史』の授業を始める。クラス委員長、号令を」
「はい」
そう言われ、立ち上がったのは出席番号一番の尾形 宏樹。
彼の合図に従って、クラスメイトたちは一斉に立ち上がると軽く頭を下げた。
「着席」
ふと、彼の方へ向いた際、防人は彼のいる列、出席番号2番であるアリスの後ろからは誰も席に着いていないことに気づく。
まさか初日から休むなんて……まぁ僕には関係ないけど。
「さて、本来ならば教材の冒頭から始めるべきなのだが、これに関しては今のお前たちにとっても必要な知識ゆえ、優先して行う」
そう言った先生の言葉に、反応して防人は視線を端末のモニターへと移すとそこには世界大戦に関する説明がまとめられていた。
「中学に通っていたものは既に習ってはいると思うが……世界大戦、文字通り世界中の国々を巻き込んだ大戦争だ。
きっかけとしてはファイルに記載されているように震災や悪天候などの要素が重なった事による物資や人材の不足。
そしてそれを好機と見た他国からの進行だ」
タブレットに左右分割で表示された教科書のページと保存された資料のページ。
戦後直後に撮影されたという都市の写真は当時の痛々しい傷跡が鮮明に映し出されていた。
「発端の内容としては主にサイバー攻撃によるもので虚偽の情報で不安を煽り、潜入していた部隊が民衆を焚き付けるといったまぁ、ネットが普及した当初にはよくあった話だ。
だが、震災やそれによる二次被害による対応に追われていた大陸のその国においてその陽動は甚大な被害であった。
なにせ、民衆の沈静化に軍や警察を回し切れなかったからな」
当時の国家権力者を馬鹿にした英語の文言を掲げ、暴徒化する民衆。
写真には目線やぼかしで個人の特定できないよう加工がされている。
「よってこの戦争において主な戦場はコンピューターによる電子戦だ。
とはいえ、電子戦に関しては正確な情報が出回っていないので説明は割愛するが、全くの戦闘が無かったわけではない。
初めのうちに行われた戦闘といえば主なものとして表沙汰にされなかった暗殺や暴徒鎮圧を名目とした市街地戦だ。
そうした小さな火種はやがて世界中の国々を巻き込んだ大戦へと発達していくこととなる。
だが、震災でダメージを受けたとはいえ戦力は健在な国々の戦闘は均衡状態が続き長期化し、徐々に各国は利害の一致による多国籍軍と条約の下に手を取り合った連合国軍とに2分していくこととなった。
宣戦布告を行うことなく実行されたミサイル攻撃に爆破テロ、そういった行動は各地で行われ、同様に反撃による報復行動。
国の都市部は優先的に破壊されていき、人々は住む場所を失っていく。
それゆえに戦後直後は路頭に迷った人々が何千万単位に届いたと言われている」
下方へとスライドすると表示されたのは戦争孤児と注釈された子供たちの写真。
これも、顔には加工がされているもののどこか撮影する側へ対する恨めしそうな雰囲気が感じ取れる。
「さて、均衡していた大戦が2年目へと突入した4月、連合国軍は多環境適応強化服を軍事転用し、開発したパワードスーツ――WEAPONS・GEARを正式に投入することとなった」
智得は机上のモニターを操作して、黒板のモニターを切り替えながら説明を始める。
表示されたのは教科書にも載っている量産機であるフリーダム・フラッグ。
それが表示されたとたん、多くの生徒の意識がそれに集中した気がする。
目の前に座っている植崎は眠っているようだが……。
「並の銃弾では貫けない特殊合金による装甲とリキッドアーマー、地を駆ける滑走鋼鉄輪といった装備。
これらを身に付けることでギアを装着した兵一人の戦闘能力は一騎当千、とまでいかなかったものの軽戦車に匹敵すると言われるほどにまで高められることとなる。
特に今大戦において主な戦場は整備された市街地などによるものであり、そのためその高い機動力は大いに活躍することとなった。
先手を打たれ、物量で押され気味であった連合国軍は戦線を押し戻したものの、パワードスーツの開発は多国籍軍も行っていたものであった。
そして、半年遅れではあるものの戦線へと投入される」
そう言ってモニターへと表示されたGW。
シース・ウォーリアと名付けられたその機体はフラッグと比べると一回りほど大型で武骨なデザインをしている。
その見た目の通りパワーはあるものの当時は量産体制が整っていなかった上で少数ながら投入をされたそうだ。
防人はタッチペンでモニターの資料へと赤線や教科書に書かれている文を書き加えつつ先生の話へと耳を傾ける。
「さて、こうして更に戦争は続いていくととなり、その月日はおよそ10年という長期に渡り続くこととなった。
そしてその終戦の日。
それはどちらかの敗北という形ではなく、突如となく終了することとなった。
全長約200メートルの巨大隕石。
なぜそうなったのか、その答えは誰にも分かることは無く、ただただそれは突如として地球へと飛来したのだと言われている。
大陸へと落下したそれは地図の形を変えるほどの巨大なクレーターを生み出し、粉塵を巻き上げて、周囲の環境を一瞬にして変貌させた。
こうして、戦線の維持が困難となった国々はなし崩し的な形で戦争が終わらせざるを得なくなり、そして隕石落下からひと月後に終戦を迎えることとなった」




