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041『はじめての友達』

 終業式の間、ケイら二人は先生に呼び出される。


 ミナトの一言のおかげでケイは怒られることは無かったものの、言い訳をするタクヤへ先生は怒る。

 結局、傍で彼が泣き出すのを黙って見ていたケイは式に参加することもできず、気づけば終業式はとっくに終わってしまっていた。


「……結局、読めなかったなぁ」


 ページも残り半分を過ぎたあたりでケイは夕焼けに染まった校庭を眺めながら静かに愚痴をこぼす。


 現在、本といえば電子書籍が主流であり、学校などによっては専用のアプリケーションから無料で図書室の本を借りられるようになっているもののこの学校では紙媒体の本が基本。


 ケイも目の疲れにくい紙の本は気に入っており、明日から休みに入るためそれは返さなければならない。


 本当なら式の終わる昼から読み切ってしまおうと考えていたのだが、呼び出しのせいもあって結局は最後まで読むことは出来なかった。


「ねぇ、ちょっといい?」

「ん?」


 まだ戸締まりの時間まで時間があり、急いで読み切ってしまうか悩んでいると不意に声をかけられる。


 図書室で借りた本にしおりを挟みつつ、声の方へと視線を向けると立っていたのは一人の女の子。


 肩までの長い髪の先はウェーブがかっており、フワリとした黒い髪質は彼女の女の子らしさを強めている。


 また、その顔つきは綺麗に整っており、日本人らしさもあるもののハーフの女性のようなキリリとした顔立ちをしていた。


 ミナト、彼女は防人にとっては下校の道が同じの近所に住んでる女の子。

 クラスでは他の女の子たちの中心に立っている女の子。

 ただそれだけ。


「えっと、なに?」


 だから今こうして話しかけられた理由といえば、今朝のことしか思い浮かぶことはなく、怒られるのでは無いかと彼は少しばかりビクビクとしながら返事をする。


「あんた、ちょっと付き合いなさい」

「……はい?」


 一体、どういうことなのか分からなくて彼は首を傾ける。


「あぁ、あんたの返事なんて聞いてないから」

「……えっと、それってどういう」

「いいからさっさと付いて来なさい!」

「えっ!? ちょっ、ちょっと?」


 こっちが理解する間も無く、彼女はケイを連れて廊下の端に置かれているロッカーコーナーへと連れてこられる。


 ケイが理由を聞こうとするよりも先に彼女はロッカーを開けると傍の机にドサリとプリントの束が積み上げられた。


「えっと……これは?」

「手伝って」

「はぃ?」


「だから、このプリントこれで全部なんだけど……運ぶの一人だと大変だから手伝って」

「なんで、ぼくが?」


 友達とかは? と聞こうとしたけれどその前に彼女の口が先に動く。


「あんたなら家も近いし、クラス委員長なんだから困っているそれも女の子を手伝ってくれるのは当たり前のことでしょ?」

「……なんか、納得がいかないんだけど」


「あら、あたしを押し倒したくせによくそんなことが言えるわね」

「だからあれは、あの人が――」


「ふん、冗談よ。いいから手伝ってちょうだい」

「いや、だからなんで僕が」

「さっきも言ったでしょ? 二度も言わせないでちょうだい」


――あぁ、これは多分何を言っても無駄だ。

 宿題も事前に言われてたことは終わらせてあるから、帰ってやらなきゃいけないこととかもないし……。


「……わかったよ」

「ありがとう。私も半分手伝うから……まずはこれに入れて」


 そういって手渡されたのは布地の手さげカバンが二つ。

 二人はそれに積まれたプリントの束を詰めていくとそれを持って学校を後にした。

 

――って……あれ?


「ねぇ、なんでぼくが全部運んでるの?」

「え、どういうこと?」

「いや、だって君は学校で『私も半分手伝うから』って言ったよね?」

「えぇ言ったわよ」

「じゃあ……」

「だから私はプリントをあなたのそのカバンに入れるのを半分手伝ったわ」

「……え?」

「それに道案内までしてあげるのだからむしろ感謝してほしいくらいなのだけれど?」

「えぇ~~~~!?」


 な、なんか騙された気分だ。

 いや、実際に騙されているのか。


「何? 男の子のくせにこんなか弱い私にそんな重いものを持たせる気なの?」

「そんなに嫌ならちゃんと持ち帰れば良かったのに」


「仕方ないでしょ。ある程度溜まってからしか先生の奴、渡してくれないんだから」

「え、どういうこと?」


「これは、私のだけじゃなくてお()ぃの分も含んでるからよ」

「へぇ、お兄さんの……って君の分もあるんじゃん。ねぇ君の分のプリントぐらいは自分で持って――」


本当(ほんと)ならあそこに入れたままにするつもりだったんだけどね」

「え、あぁ……じゃあそうすれば良かったんじゃ?」


――わざわざ僕が運ばなくても良くなるし。


「仕方ないでしょ? アイツがチクったからこんな事になってんのよ」

「アイツ?」


「えっと、ほら、あんたと一緒に先生に連れてかれた」

「あぁ……名前、何だっけ?」


「いちいち覚えてないわ。まぁとにかくあいつのせいでこんな時間になるまで呼び出しくらう羽目になったのよ……全く、嫌んなっちゃうわ」


 いつも通る通学路。

 そこをケイらは二人で話をしながら歩いていく。


「ところで、君の分くらいは運んで――」

「でね、先生の奴ら酷いのよ。よってたかって私が悪者みたいに」

「聞いてよ!」


 露骨に話題を逸らしてくるミナトに対してケイは少しばかりの苛立ちを覚える。

 けれど、結局プリントを持ってくれることは無く、だんだんとケイも話しても無駄だと内心で自覚していき、諦める。


「はぁ……もういいや。あ、ところで君のお兄さんは何日休んでるの? これ、確実に一週間とかぐらいじゃ絶対にたまらない量だと思うんだけど」

「さぁ? 数えたことないからわからないけど……一年くらいだと思うわ」


「一年……君のお兄さんは病気になりやすい人なの?」

「いいえ、引きこもりよ」

「引き、こもり?」


 予想の上をいく回答にケイは反応に困り、なんと返せばいいのかわからないで黙っていると彼女は少しムッとした表情を見せる。


「痛っ! ちょっとなんで?」

「あんたが黙ってるからよ……全く」


 ふくらはぎへの蹴りに対してケイは苦痛の表情を浮かべ、目元に涙を滲ませる。


「いや、ちゃんと話は聞いてたよ?」

「それならいいわ。立ち止まってないでさっさといくわよ」

「えぇ……」


 困惑しつつ、ケイは仕方なくプリントを彼女の家にまで運んでいくと、ミナトの後を付いていくようにしてプリントを家の中にまで運び入れる。


「あぁそのカバンお兄ぃのだから部屋にまで運んでおいてくれない? そこの階段上がればすぐだから」


 やっと着いた。とケイは両肩に掛けていた手さげカバンを下ろし、一息つこうとするとミナトからそう注文をされる。


「え、それは流石に、僕は君のお兄さんを知らないし、君が渡したほうが」

「別にそんなことはどうでもいいから」

「え?」


「私、歩いて汗かいちゃったからさっさとお風呂に入りたいの。だから持ってってちょうだい」

「いや、でも……」

「それじゃ、よろしく〜」


 初めて訪れた他人の家で一人、置き去りにされたケイはミナトの入っていった扉の向こうからシャワーの音が聞いてくるのを聞いて、本当にお風呂に入ったのだと理解する。


「えっと……」


 出来ればここに置いていって帰ってしまってもよかったのかもしれないけれど、今のケイの頭にそんな選択肢は浮かんでこなかった。


 ケイは恐る恐るミナトの言っていた階段の方へと向かい、ゆっくりと二階へと上がると『兄のへや』と標札が扉に掛けられているのを見つけ、そこが目的の場所であることを理解する。


 何度かノックをして返事が来ないか待っては見るもののどんなに耳を傾けても返事らしいものは聞こえてこない。


「お、おじゃまします」


 覚悟を決め、ケイは恐る恐るその扉を開けると彼女の兄がベッドで横になっているのを発見する。


「えっと、寝てる?」


 彼の頭部に取り付けられているのはヘルメットタイプのフルダイブ式VRのハードウェア。

 とはいえそれは世間には出回っていないものであるため、ケイにとってその装置は全く馴染みのないものだ。


「えっと……どうしよう」


――見たところただ寝てるってわけじゃないみたいだけど、これを外しちゃうわけにはいかないし……かといって黙ってこれをここに置いていって帰っちゃうわけにもいかない。よね?


「う、ん?」

「――っ!?」


 ミナトがお風呂を出るまでは待とうと思った矢先、ベッドに眠っていたミナトの兄が目を覚ましたように起き上がった。


「ふむ、やっぱりダメだな。もっと速度を落として――いや、それよりも空気抵抗を少なくなるようなフォルムに変えるべきか……ん?」


 ヘルメットを外し、ぶつぶつと呟いていた兄は傍に立っていたケイに気付く。

 しばらく切っていない様子の長く伸びた黒髪を軽く揺らしながらミナトと同じ、赤茶色(ワインレッド)の瞳が防人の方へ動く。


「あ、えっと……こんにちは、です」

「あ~……んと、あんた誰?」


 これが、彼の初めての友人との出会いであった。

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