040『就寝、そして夢の中へ』
防人はなんとなく納得がいかないままではあったもののは自分の学園寮の部屋に戻ってくる。
「ただいまー」
とは言っても誰もいないのだけれど……。
防人は脱いだ靴を端の方に寄せてから、寝室へ向かうとまずは私服に着替えてベッドに腰かける。
腕にのしかかる重さと硬い鉄の感覚。
それは軍用兵器であるパワードスーツ≪WEAPONS・GEAR≫が近未来的な枷の形を為したもの。
腕につけたこれが与えられたのは学園の入学試験において上位10位に入ったからであり、この学園『ヘイムダル』は戦争の為に作られたいわゆる軍事学校であること。
「戦争、ウェポンズ・ギア、プラネットシリーズ……だめだ、全然ピンと来ない」
防人は頭のなかで先ほどあったことを、言われたことを自分なりに解釈し、理解しようと心がけるものの全くといっていいほどに実感が沸いてこなかった。
戦争があったことは当然知っている。
中学の時に戦争がどういったものであったかの教育ビデオは見せられたし、終戦日になれば決まってテレビやネットのニュースでは特集が組まれていた。
けれど、やはりそれはあくまでも過去の出来事で、情報でしかなく、市街地で繰り広げられた当時の戦闘の記録映像もどこかリアリティーのある映画の戦闘シーンのような感覚で見てしまっている節があった。
そんなあれこれが現実だったのだということを視界の先、腕にある枷が強く物語っている。
けれど、ただそれだけである。
知っている。分かっている。
そう理解はしていてもそれはあくまでも知識として知っているというだけであり、それを目の当たりにしたわけではない防人にとって現実味はやはり感じられない。
でも、もしかしたら自分の奥底では理解しているのかもしれない。
「……ダルいなぁ」
激しい運動などをしたというわけではないのにひどい倦怠感が体を襲い、起き上がることも億劫に感じてしまうほど感覚に襲われる。
今すぐにでも眠ってしまいたいところだが、明日も学校であるため何も用意をしないわけにもいかないし、お風呂に入らないというわけにもいかない。
防人は何度か起き上がろうとその行動を繰り返す想像をしつつ、数分後にようやく起き上がると着替えを取り出してゆっくりと浴室へ。
――シャワーだけでいいか……。
「冷たっ!」
蛇口を捻り、シャワーから出てきた水を頭から被り彼はドキリと心臓を跳ねさせる。
慌てて距離を取って何度か温度を確認するも温かくなる気配はない。
しばらくして温度調整のハンドルが『冷』になっていることに気付いて40度の数字に矢印を合わせてゆっくりとシャンプーを始めた。
その後、温まった体と暖かい室内によって睡魔が襲う。
重いまぶたを持ち上げつつどうにか学校用のカバンの準備を済ませると彼はフラフラとした足取りで寝室へと戻り、そのままベッドの中へ。
「おやすみ……」
クローゼットに服がしまえてない事や晩御飯を食べていないことを思い出しつつもやる気が起きず、疲れたからまた明日。
と防人はリモコンを使い、灯りを消すとゆっくりと瞳を閉じた。
⬜⬜⬜⬜
チャイムが鳴り、先生が前方の黒板モニターを消して手を叩く。
「はーい、これで今学期最後の授業を終わります。……さて、明日から夏休みですが、ちゃんと8月が終わる前にあなたたちに配った宿題をきちんと終わらせて私に送ってくださいね」
「「は~い!!」」
先生の言葉に児童たちはみんな元気よく返事をする。
一人を除いて。
「はい。それじゃあこれから終業式なので、体育館に移動しますから……クラス委員長は体育館への誘導をお願いね……ん? ケイちゃん?」
先生の言葉に少年は小さくため息をつきつつもゆっくりと席を立つとクラスの皆を出席番号順に廊下に並ぶように指示をする。
「あ、ほらケイちゃん。ちゃんと数えないと」
「はい……」
二列になったのを確認し、出発しようとしたところで横やりの言葉。
ケイと呼ばれた少年は狭い廊下の端に寄りつつも先頭から順番に数えていく。
クラスの人数は29人。
数えるだけならたいした数ではないけれど、ジャンケンで負けて決められた名ばかりのクラス委員長であるケイにとってそれは億劫な作業だった。
小学三年生である彼らがしっかりとした団体行動を取るにはまだまだ幼い年齢。
当然、中には言葉遊びで楽しむ子やごっこ遊びに熱が入る子もいる。
よく暴れる元気な子達がまだ大人しく話しているのを尻目にケイはそのままでいてくれることを祈りつつ数を数えて先頭へと戻る。
「29人ちゃんといました」
「うん。偉いわね。でも、ケイちゃん、ほら、あそこ、列を崩して話している人たちいるでしょ? ちゃんと注意しないと」
「え、でも……」
「分かるわよ。で楽しそうに話してるのを邪魔したくないわよね」
「いや、えっと……」
別に話してるのを注意すること自体は問題ではない。
ケイが渋るのはその相手がよくある元気なお調子者なタイプで苦手であるからだ。
「でもね貴方はクラス委員長なんだからちゃんと注意しないとね」
「うぅ……」
先生が言ってくれればいいのに。
そう思っても引っ込み思案なケイはその気持ちを口に出せない。
「ほら、頑張って」
「……はい」
結局押し切られてしまい、防人は恐る恐るその五人の子達へと近づくとその1人へと声をかけた。
「あ、あの」
「ん? なんだよ」
「えっと……その……」
「え、何? 今いいとこなんだけど?」
「タク、次『さ』だよ」
「『さ』か、じゃ魚」
「それもう言ったよ」
「じゃあ、サメは?」
「それも言ったよ」
「えぇ、じゃあ……」
「あ、あの、あのさ」
「ん、何? 今考えてんだけど?」
「えっと、えっとね」
早く言わないと。
でもどうやって言えば……そのまま言ってもダイジョウブなのかな?
ケイは助け船を求め先生の方へと目配せするものの彼女は彼女で先頭の児童と話しているようでこちらには気づいていないようだ。
「もう、なんなんだよ、お前。邪魔だからどっかいけよ」
伝えるための言葉を探して、思考している内に待っていた相手は苛立ちを顕著にし、声色が強まる。
「えっとなんだったけ?」
「『さ』だよ」
「あぁ……えぇと『さ』、『さ』……」
「えっと、あのさ」
「もう、なんなんだよお前! さっきから邪魔なんだよ!」
ちゃんと言わないと。
そう思って声をかけたつもりだった。
けれど、返ってきたのは怒った彼からの手だ。
別に殴られたわけじゃない。
ちょっと押されただけ。
だけど人が集まっている廊下で押されれば当然近くにいる誰かを巻き込むことになってしまい、ケイも後ろに立っていた一人の女の子を巻き込んでしまった。
「イタタ……」
「痛いのはこっちよ」
押され、倒れた後方に立っていた女の子。
彼女は衝撃で乱れた若干のウェーブがかった髪を直しつつケイを見下ろして睨み付ける。
「ご、ごめん」
「どうでもいいから、さっさとどいてくれない?」
――この子、確か……ミナトって言ったっけ。えっと、いつも偉そうにしてる子だよね?
「ねぇ、重いんだけど?」
「ご、ごめんすぐに」
「あー押し倒した~!」
謝りつつ起き上がろうとしたところで列にいた男の子の一人が面白がって声をあげる。
「え、ちがっ――」
否定しようとするものの回りがどんどんと騒いでこちらの言葉は書き消される。
「い~けないんだ~!」
「おれ知ってる。エッチってやつだぁ!」
「いや、だから……」
明らかな悪ノリ。
けれどそれをやられているケイにとっては対応に困ってしまい、どうすれば良いのか判断出来なくなってしまう。
「あらあら、皆どうしたの?」
みんなの騒ぎ声に気付いた先生が心配そうに言いながら近づいてくる。
「この子が女の子を押し倒したの~」
「押し倒……ケイちゃんどういうことなの?」
先生は小学生の子供へ対する言葉を使ってはいるもののその声色には明らかに感情が乗っている。
それが怒っているのか、悲しんでいるのか、ケイには分からなかったけれど、叱られているのだということは幼い彼にも分かっていた。
「いや、僕は押されて」
「はぁ? お前が悪いんだろ!」
ケイは彼に、という視線を送り、それを察した男の子は苛立ちを隠すことなく叫び声をあげる。
「ケイちゃん、何かしたの?」
「ぼ、僕は……その、えっと……えっと……」
押された。という事実以外に言葉が見つからない。だから何と言ったらいいのか分からない。
「ねぇ先生、早く行こうよ」
「そうだよ。もうみんな行っちゃったよ」
黙ってしまったケイに困ってしまう先生。
他のクラスは既に体育館に向かっていることを女の子たちに指摘されて先生は彼女らに相づちを打つ。
「そうねぇ……ねぇ、タクヤ君。何があったのか教えてくれないかな?」
「こいつがワケわかんないこと言って来たから……おれたちは何もしてないよ」
「そうだよ。しりとりしてただけだもん」
ケイに対して怒った男の子。
タクヤと呼ばれた彼がそう言うと彼の友達もそれに対して同意する。
「ケイちゃん、何を言ったの?」
「僕は何も……」
ちゃんと並んで欲しかっただけ。
そう思ってはいるもののそれを言葉として言うことが出来ない。
押された、と言ったら怒られた。
じゃあ今度はどう言えばいいのだろう?
どうしたら怒られないで言えるのだろう?
「ていうか、あんたらがこいつの話を聞こうとしないで遊んでるからでしょう?」
言葉を探して苦悩していたケイにとっては思わぬところからの助け船。
ケイが倒れるときに巻き込んでしまった女の子。『ミナト』がそう言うと彼女の方へと先生達の視線が集まる。
「はぁ? お前は関係ないだろ」
「あるわよ。あんたらがこいつを突き飛ばしたせいで私のスカートが汚れたのよ? お尻も痛いし……」
怒った声で叫ぶタクヤに対してミナトは冷静な様子でハッキリと言う。
「タクヤ君、ケイちゃんを突き飛ばしたの?」
「それは、こいつがワケわかんないこと言うから」
「突き飛ばしたのね?」
「それは、こいつが……」
「……そう、分かったわ。みんなは先に体育館に行きなさい。いいわね?」
話が長引くと感じた先生は他の児童や先生達に迷惑をかけないようにとまずは子供達へ体育館に向かうように指示を出す。
「フンッ」
ミナトは進んでいく列とともに体育館へ向かい、すれ違い様にケイたちの方を向いて鼻を鳴らす。
「あ、こら待て!」
「タクヤ君とケイちゃんはここに残りなさい」
彼女のおかげで多分怒られることは無くなった。
――最初から先生がやれば良かったのに……。
そう、安心したものの、ボソリと聞こえてきた誰かの愚痴にケイは胸の辺りがキュッと苦しくなった。




