038『語られる真実?』
「え、ちょっ、えぇ?」
動揺で動いた手の平から鎖が音を立てて垂れ下がっており、近未来的なブレスレットという思考の逃げ道は塞がれる。
「ちょっ――なんですか、これは!」
防人は驚愕したまま問いかけるもゼロは手を顎に添えてしばらく悩んでから静かに答える。
「すまないが……わからない」
「えっちょっと、わからないってどういうことです?」
「そのままの意味だよ。過去にこの機能を用いた者の中には指輪やネックレスなどといったアクセサリーになるものはいたのだが、手錠といった拘束具になったものは初めてなのだよ……ふむ、興味深い現象ではあるが……」
「あの、僕はてっきり、名前にウェポンなんて付いてるから拳銃とか刀とかの武器にでもなるのかなって思ってたんですけど……」
「あぁウェポンズ・ギアという呼び方は正式名称の各英単語から取った言葉でしかないからね。ウェポンだから武器、というわけではないのだよ?」
「そうなんですか。あぁでも流石にこれはどうにかなりませんか? こんなに鎖をジャラジャラさせてたら生活に支障が出るというか、正直なところ邪魔というか」
「ふむ、確かにその通りだね。それじゃあ少しイメージをしてみてごらん」
「イメージ?」
「そう、その両手の錠から伸びる鎖が切れて無くなっているのをイメージするんだ。そうすればもしかしたら外れるかもしれないからね」
「イメージするだけで、そんなこと出来るんですか?」
「あぁ、全く異なるものへと変化させることは出来なくともアクセサリーの長さや色を変えたりする程度なら過去に出来た者がいたからね。原理に関してはまだ研究中ではあるが、もしかしたら上手くいくかもしれない」
「見た目を変える事は出来ないんですね」
「うむ、正確にはそこまでやってのけた人物はいなかったため、事例が無いという方が正しいかな」
「そう……ですか。まぁ、とにかくやってみます」
鎖がなく、手首を覆う部分のみが残った状態。
防人は頭の中で念じるように言葉を繰り返しつつ、その様子をぼんやりとイメージする。
すると鎖が光となって消え、根元の部分。鎖を通す小さな突起部のみが残り、防人はどうにかイメージ通りになったことにホッと一息ついた。
「ふむ、どうやら上手くいったようだね。では早速、本題に入るとしようか」
「……はい、お願いします」
防人に再び訪れる緊張感。
薄れかけていた警戒心が再び警笛を鳴らし、もしもの出来事に対して対処できるようにと自分自身へ言い聞かせる。
「さて、半世紀ほど前の世界大戦に関しては既に習っているとは思うが、君が知るべきはもう少し後の事なのだよ。……つまり君がこれから聞くことになるのは今現在におけるこの世界の現状というわけだ。
それについてを聞く権利が君には有り、その内容に関して君は聞くことを決めた。
そして光牙を受けとるという形で受諾した。……ここまでは問題無いかね?」
「えっと……はい、大丈夫です」
「そう緊張することは無いよ。話す内容といってもほんの少しだけの事だからね」
「……はい」
緊張するな、と言われてそう簡単にほぐれるわけが無い……けれどこれから話されることはしっかりと理解していかないと。
「ふむ、それじゃあ始めようか……と言っても君が察しの良い人なのであれば既に分かっているかもしれないが、この世界では未だに戦争が続いている」
「戦争が?」
「うむ……正確には隕石の落下によって一度終わり、再び始まり、そして今もなお続いている。という方が正しいかな?」
真剣な表情で、口調で語るゼロ。
彼は説明の途中、端末を操作することで室内に設置されていたホログラム装置を起動させるとそれを交えての会話を続ける。
「そんな中でこのヘイムダル学園がもつ側面と言えば何か分かるかな?」
「えっと……戦争の為の技術を学ぶ軍事学校、ですか?」
「うむ、その通りだ。一応、それとは別に数学や化学といった基本的な学問も学ぶ場所になっているがね」
優しい表情で彼は言う。
その顔から何を考えているのかまでは防人には分かりかねるが、何か悪いことを考えているようには見えない。
「本来、学生という立場の子供達はそちらに時間を割いて欲しいところなのだが……いや、今は無駄な話は止しておこう」
優しい表情に悲しげな影が落ちる。
だが、すぐに雑念を払うかのように軽く首を降り、彼の表情は元の優しい笑顔に戻る。
「さて、この学園は確かに軍の学校という側面を持っていることも確かなのだが、ここにいる我々の目的はこの星の至るところで起きている争いの類い、その一切を無くすことにある。その為に――」
ホログラムによって二人の間に浮かび上がってくる9機のウェポンズ・ギア。
プラネットと付けられているだけあって惑星に由来する名前を持つそのG.Wは見た目も色も様々であり、見るからに強そうでカッコいい。
「我々が最優先で行っているのがこのプラネットシリーズと呼ばれるG.Wを集める事にある。
プラネットシリーズとはこの戦争が始まるきっかけとなったものであり、それ単体が強力な兵器となりうるものだ。そして現在、戦争を行っている各国はこれらの機体を手にいれ、独占する事で他国よりも優位に立とうと躍起になっている。
まぁ、幸か不幸かそのために現在は表立った戦闘行為はほとんど無く、探索部隊が遭遇戦を行う程度にとどまっているのだけれどね。
だが、この冷戦状態もそれほど長くは続かないだろう。
現在、各国は力を蓄えている状態であり、現在の均衡状態がいつ崩れてもおかしくはない。
国の中には既にプラネットシリーズを手にしている所もあるという情報もある。
幸い、プラネットシリーズの各機体には自律駆動のAIが備わっており、そのシステムが解析されない限りはまともに操れるものではない。
とされてはいるものの、そのシステムの解析もいつ完了されるか定かではない。
もし、プラネットシリーズが兵器としても十分すぎる力を誇るそれらを思うがままに操ることが出来るようになれば戦争は終わるのだよ」
「たった9機で、ですか?」
いくら強い兵器だとしても両手で数えられる程度の数。
それなら、ミサイルや銃による一斉攻撃を行えば流石に落ちるのでは無いのか。
「いや、9機『も』だよ」
そんな防人の疑問に対してゼロはすぐに首を横に振って答え、続ける。
「確かに数自体は少ない。が、プラネットシリーズにおいて最も恐ろしいのは各機体のもつ高い性能。そして情報なのだよ」
「恐ろしい、情報……例えばどんなものですか?」
「ふむ、我々も情報の全てを知っているわけではないからね。でも、現在分かっている範囲で例を挙げるとすれば……そうだね、空間をねじ曲げるという現象などだね」
「空間を……それは、この学園にあった転移装置のようなものですか?」
「うむ、確かにあれも我々が得た知識から現代技術を使って再現したものなのだが、あれはプラネットシリーズ内のデータのそれとは全く異なったものなのだよ」
「違うもの?」
「我々の作り出した転移装置は『出入口』となる装置をあらかじめ設置した状態で起動させ、2つの装置間の移動を行えるようにしているものだ。しかし、データにあったものはその装置を必要としないのだよ」
「えっと……つまり、完成されたものは好きな場所を狙って出られるということに?」
「恐らくはその通りだろうね。そしてそんなものが開発されでもしたら我々を含め、各国は終わってしまうよ」
「それは……確かにそうかもですね。強力な……爆弾とかに取り付ければこっち側は一切の被害を出さずに敵を倒せちゃいますしね」
「その通りだが、今のところ一般的に知られている転移技術は出入り口となる装置を設置するタイプのものだ。
現状、その装置はかなりの大型で、大量の電力を必要とするため、今のところは生産コストから考慮してもさほど驚異にはなっていないがね」
装置を使う 転移と装置を必要としない瞬間移動。
……確かにそれは恐ろしいものなのかもしれないけれど、この学園がそれを試験の時や今朝この学園に来た時のように使えるって事は少なくともその技術の情報は持っているということなのかな?
聞くのは……なんとなく怖いから遠慮しておこう。
でも、少なくともプラネットシリーズってやつの一体は持っているのは確実と考えても問題はないだろうなぁ。
「……さて、こんなところかな」
ゼロは端末をしまい、防人の方へと向き直ると笑みを見せる。
周囲を取り巻いていた緊張感のようなものが薄れていき、防人は話が完全に終わったのだと理解する。
「あぁ、最後に一つ言っておくが、決してこの学園からは逃げようなんて考えないでもらえると嬉しく思うよ」
「えっと……どうしてそんなことを?」
確かに脱走を考えなかった事が無いかと言われれば、それは嘘になるかもしれないけれど、まさか先に忠告されるなんて。
「いや、大した意味では無いんだが、念のために伝えておかなくてはならないと思ってね。君は戦争を、この学園を知らないから……もしかするとこれからの生活の中で少しばかり、嫌な部分を多く見ることになると思う」
ここでこの世界で戦争が行われている以上、人は確かに亡くなっていくことがあるのは自分でもすぐに分かる。
人が亡くなって、悲しむ人がいて、怒る人がいて……想像は確かに着く。
「そんな中、苦しいからといってこの場所から逃げだして欲しくはないのだよ」
戦争もののゲームやマンガのストーリーなんかでそういったシーンは沢山見てきたから想像はすぐに出来る。
けれど……それが現実だったら、実際にそんな光景が目の前で起きたとしたら、自分がどう行動するのかは想像がつかない。
「先程プラネットシリーズが強力なことは話したと思うが、君に渡した光牙もそれに対抗出来るだけの技術を詰め込んでいる」
「口封じ、ですか……」
「その言い方は好きではないが……もし、君が我々にとって不利益となる行動をとれば、最悪の場合そうせざるを得なくなるだろうね」
「――っ、なるほど……」
プラネットシリーズに対抗出来る機体ということはプラネットシリーズと同じか似たようなシステムや武器が装備されているということになる。
そんなものが流出してしまうのであれば、その選択も当然と言えば当然だろう。
「他には君が家に帰りたいなどといった理由がある場合なのだが……」
「別に、そんな事はしないですよ?」
「そうかね? さて、これで伝えるべき事は伝えたはずだ。何か聞きたいことなどはあるかね?」
「えっと、いえ、大丈夫です」
全く無いってわけじゃないけれど、今はなんというか、気持ちの整理を行いたい気分だ。
「うむ、それでは明日から始まる学園生活を楽しんでくれる事を願っているよ。……急に呼び出してすまなかったね」
「いえ……それじゃあ、失礼します」




