036『地下施設の一室』
「あのっ緊急用って書いてありましたけど」
「構わない。これは途中で止まらない、いわゆる直通なのだよ。からその分早く着くというわけだね」
「……そうですか」
「うむ……」
会話が途切れ、訪れる沈黙。
エレベーターという閉鎖された空間だからなのか、圧迫されるような感覚にとらわれる。
何か話すことは……。
防人は何か、何か、と考えているとふと未だに握りしめていた金属部品に視線が落ちる。
「あの……」
「ん、なんだね?」
「この、ドアノブなんですけど、どうすればいいですかね?」
「……それは、一体どこのだね?」
「あぁ、えっとですね。さっきの部屋の前に……あった、というよりはドアに貼り付けられていたんですけれど……」
「ふむ、ん? 貼り付けられていた?」
「はい、ちょうど扉を開けるためのパネルの上に被さるようにして……てっきり僕は知ってるものとばかり」
「流石に私もそこまでは分からんよ」
「そう、ですか」
「そもそも、扉の内にいた私では扉にそのようなものを貼り付けるなんて事は不可能だと思うがね」
「あぁ……確かにそうですね」
言われてみればそれは確かにその通りだ。
それに、この人がこんな嫌がらせをするような人とは思えないし、そもそも扉はスライド式なのだからさっき言ったように貼り付けるなんて事が出来ないのは確かだ。
「ふむ、そうか。またこんな勝手なことを……わかった私が後で言っておこう」
「あの……言うって?」
「ん、まぁこの学園にもイタズラ好きな奴がいるということだよ。あんまり気にしないでもらえると助かる」
「はぁ……そうなんですか」
会話をしているうちにもエレベーターは音もなく動いており、階を示す扉上のライトがどんどんと地中深くへと潜っていっていることを示していた。
会話が終わり、しばらくして二人の乗ったエレベーターは停止。
自動的に開いた扉の先は先程までのホテルのような外見とはまるで違い、何かしらの工場や施設のような鉄で出来た通路が続いていた。
「あぁ、そうだ。そのドアノブはそこの壁にでも張り付けておいてくれ」
ゼロの後を付いていく形でしばらく歩いているとふと思い出したようにゼロが言う。
その言葉に対して問題ないのかどうかを防人が問うとゼロは笑みを見せて肯定する。
「我々が今から行くところでは邪魔になるだけだからね。もちろん後で片付けておくので心配はいらない」
「……わかりました」
防人は言われた通りに、なんとなくそれほど違和感が無いように壁の真ん中辺りに貼り付けると先行する彼についていく。
違和感無く、とは思ったがやはり何もない壁にドアノブが張り付いている光景は違和感以外のなにものでもないが。
「さぁ、この中へ」
「ここは……」
しばらくして二人はスライドタイプの扉の前で立ち止まる。
そこは試験の時、ジ・アークの置かれていたシュミレーションルームに内装が酷似している場所。
しかし、部屋の広さはその10倍は優に越えている程にまで広い空間となっている。
「試験を受けたならば、ここがどういう部屋かはなんとなく想像がつくのではないかな?」
「えっと……シミュレーションルーム、ですか?」
「うむ、その通りだ」
二人は話しつつも部屋の奥へと進んでいく。
「だが、正確に言うなればシミュレーションルームに置かれていた『ジ・アーク』。その開発を行っていた部屋、だがね」
「つまり、この部屋全体にあの機械が」
「うむ、開発時は所狭しと並べられていたのだよ」
「へぇ~」
あのコックピットのような機械がこの部屋に所狭しと並べられて……その光景はきっと壮観なものだったんだろう。
「とはいってももう既にここにはその筐体はここにはないのだがね」
「え、そうなんですか?」
その光景が拝めないことに防人は少々落胆する。
それからすぐになぜ置かれていないのか疑問に思い問いかける。
「うむ、それはだね……」
ゼロは口篭り、少々考える素振りを見せる。
それからすぐに彼は自己完結したようで、小さく頷く。
「実はだね、我が学園はある会社と繋がりを持っていてね。まぁ学園の生徒が立ち上げた会社なのだが」
「会社を作ったってことですか? それって凄いことですよね?」
「うむ、とても素晴らしい事だ。色々とこちらも助かっていることも多いしね。それで、ここにあった多くのアークはその会社の倉庫へ既に送られてしまったのだよ」
「そうなんですね。それは……なんとなくですが、もったいない気がします」
「確かにあのずんぐりとした見た目は視線を集めるだろうからね。だが、アークは今後開発予定のゲームを内蔵したものを全国のゲームセンターに置くことになっているそうだよ?」
「そうなんですか?」
「うむ、私はゲームなどに詳しくないのでなんとも言えないが、そういった事を聞いたよ」
「へぇ~……あ、ところで何故会社へ提供をする事にしたんですか?」
「ん、あぁそれはだね、その会社の行っているものがゲームなどを扱う会社だからなのだよ」
「ゲームを、あの技術をゲームとして――もしかして最近フルダイブの技術を完成させたっていうあの会社ですか?」
防人の質問にゼロが肯定すると彼はパァッと目を輝かせる。
「つまり、あの面白いたくさんの作品をほんの僅か数年で生み出して、しかもそれで色んな賞とか取ってて、今じゃゲームメディアを支えるトップ企業なんてまで言われてるあの会社、なんですよね?」
「うむ。その通りだよ」
ゼロの肯定に防人は更にキラキラと目を輝かせ、そのテンションが一気に上昇していく。
「おおっ! スゴいスゴい!! つまり『ストレートファイター』とか『バイオショック』とか『IRON Knight』とかを作った会社ってことですよね!?」
興奮ぎみに語る防人。
彼の見せるその笑みは無邪気なものでその表情は童顔も相まって無垢な子供のようだ。
「う、うむ。良く知っているね」
「そりゃあそうですよ! ゲーム作品はすぐに売り切れちゃうし、確かめてるレビューとかはどれも高評価で、自分は色んな所を探してようやく手に入れたりしたんですから」
どんどんと熱が入っていく防人。
鼻息が少々荒くなり、話すスピードも普段と比べて早くなっていく。
「ほ、ほう、そうなのかね」
「はい! それで、実際にプレイをしてみたら文面だけじゃ伝わらないようなスゴい経験が出来たんですよ! 例えばコンバットウイングエースなんですけど――」
「あぁ、すまないが、今回君にここまで来てもらったのはそういった話をするためというわけでは――」
このままでは長くなる。
そう感じたゼロは僅かに焦った様子でギラギラとした満面の笑顔を見せている防人の会話を遮るように静止させようと試みる。
「このゲームは戦闘機に乗って戦うゲームなんですけど敵にやられても時間内に脱出が出来れば残機が減ることなく続けられてですね。
特にすごいのは脱出後のパラシュートでの降下なんですけど、戦闘のど真ん中でただただ降下していくあの臨場感みたいなのが本当に凄くてですね。
それからそう、すごいのは戦闘機のカスタムで、ミサイルとかもまっすぐにしか飛ばないものからロックオン式のものに切り替えられたり、ガトリング砲も取り付けたりして、ババーって全照射したときのあのジワッと体に響く感覚はもうなんとも言えなくて、それから――」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい!!」
「え……あっ、あぁ――す、すすすすみません。なんか話すのに夢中になってしまって」
強く指摘され、我に返った防人は先程までの行動がすぐさま思い起こされ、ボッと恥ずかしさのあまりに赤面する。
「い、いや、気にすることはないよ。私もそういった人物を知らないわけでは無いからね」
「本当に、すみませんでした」
「謝ることはない。私も気にしていないからね……では話を戻すが、構わないかね?」
「は、はい。大丈夫です」
「うむ。では、まずは……君にこの場所へ来てもらった理由。から入るとしようか」
防人が肯定するのを確認したゼロは場の空気を切り替える為に咳払いを一つ行うと真剣な表情で始める。
「君は半世紀ほど前に行われていた世界大戦については知っているかな?」
「えっ?」
いきなりの、まさかの質問。
「えっと……はい。学校で教わりましたから、知ってます」
防人は想定外の質問の内容に少し驚くものの彼はゼロからの質問に対して答える。
「では何故、戦争が起きたのかは分かるかね?」
「それは……確か、国同士の小さな戦争が次々と周りの国を巻き込んで、最後は世界中を巻き込むほどの巨大な戦争になった。だったと思います」
「うむ。発生した小さな火種が世界中を包むほどの巨大な炎となる。戦争の起こる典型的なパターンというわけだ。……ただ今回は状況が違った」
「えっと……確か、巨大隕石の落下。でしたっけ?」
「うむ、どこからともなく現れたそれは戦中であったこともあり、発見の遅れたそれに対して判断する時間も手段も残されておらず、各国の機関がミサイルなどによる撤去作業を行った。結果として隕石は破壊され、最悪の事態は免れた。
だが、実際は破壊された隕石の大半は大気圏への突入で燃え尽きる事なく大半が地上へと落ちてしまっていたのだ。そしてそれによって何千万という人類が亡くなってしまった」
「でも、地下のシェルターを持っていた人たちは助かったって聞いたことありますけど……」
「確かに、事前に避難が完了していたことに加え、落下した隕石の大半は人のいない地域であったこともあり、隕石による死者は少ない。
がしかし、今回は落下によって舞い上がった大量の粉塵によって長期に渡り太陽を見ることが出来なくなってしまったのだよ。
その為、一部地域での寒冷化やそれに伴う飢饉によって苦しめられることなる。
生き残った人達は食料不足に苦しみ、小さな争いが絶え間なく起こった。
それが大戦後の大飢饉だ」
「そう、でしたね」
中学で習った事やテレビ等で観て聞いた事を思い出しつつ、防人はゼロの話しに少し困惑しつつも首肯する。
「でも、その話と今回の話しと何かの関係があるですか?」
「ん、それはだね……」
ゼロは手の平サイズの携帯端末を取り出すとそれを使い、操作を始める。
ガコン! と大きな音が室内に響くと同時に何かしらの機械が動作を開始、辺りに様々な音が響き始めた。
「え、え?」
唐突に始まった事に対して理解が追い付いていない防人は少々動揺したように辺りを見渡すが、今のところ室内に何かしらの変化は見られない。
「さて、まずは君の質問に答えよう」
ゼロは手にした端末を確認しつつ、防人へと話しかける。
「まず一つは、当然だが私は君の事を全く知らなかった。だから私は君の人となりやものの考え方などを知りたかったのだよ」
「ものの考え方、ですか?」
「うむ、短い間ではあったが、指定した時間に対しての正確さ、目上への態度や敬語、会話中にしっかりと相手を見る。
出されたものに対して礼を言う。といった礼儀、作法など色々と知ることが出来たよ。
まぁ、少し元気にはしゃいでしまうこともあるようだが……まぁ、それは若さ故。という事なのだろうね」
「それは……本当、すみませんでした」
恐らくゲームで興奮してしまった事を言っているのだろう。
防人は自身の失態に対して恥ずかしさ感じ、ゼロからの言葉に動揺しつつ、頬を赤らめる。
「すまない。意地悪を言ってしまったね」
会話が進むにつれて部屋の証明が徐々に、徐々に暗くなっていく。
「次に、君を呼び出したのは君へと渡さなければならないものがあるからなのだよ」
「渡すもの、ですか?」
「そう、渡すものだ」
ゼロは防人の言葉に反応するように首を小さく縦に振る、その瞬間に部屋の証明が完全に落ちる。
そして部屋の中央にてエメラルドグリーンの光が明るく輝きを放っていく。
「これって……光牙?」
光が消え、目の前に現れたそれに防人が小さく呟く。
すると目の前で仁王立ちをしている淡いオレンジ色の装甲を持つ光牙の頭部――バイザーのモニター部分がまるで彼の言葉に反応したかのように光を走らせた。
「その通り。これは高機動近接特化のWEAPONS・GEAR。名を『光牙』……君の専用機だよ」
「僕の、専用機?」
言葉の意味は理解出来る。
だが、目の前の状況がまるで理解出来ない。
「どうして、僕なんかに……そんなものが」
「ふむ、当然の疑問だね。まぁ端的に言えば、君は入学試験にて10位という評価を獲得したのだよ。つまりは特待生、というわけだね」
特待生――ヘイムダル学園においては入学試験の上位10名に与えられる学校での立ち位置。
特待生になれば学費が無料になるとか、特定科目の成績が事前に与えられるとか学校側からの何かしらの恩恵が与えられるものだというのは知っていることは知っている。
でも、それに当てはめるとこの学園からは、目の前のこの光景から考えてパワードスーツが与えられるということになるらしいのだけど……だめだ、理解が明らかに追い付いていない。
「でもどうしてGWが、それもあの時試験に偶然出たようなものが僕に、その……与えられるんですか?」
「ふむ、偶然……か」
動揺する防人に対してゼロは冷静に反応すると少し間をおいてからゆっくりと頷く。
「そうだね、それじゃあまずは……君には『世界の真実』と呼ぶべきものを知ってもらうとしようか」




