035『学園長との対面』
一瞬、廊下に置いていこうとも思ったが、そういうわけにもいかず、防人はドアノブを持ったまま、開いた扉の中へと進んでいく。
扉の仕切りを越え、しばらくすると扉が静かに閉まり、明かりが……点かない。
「え? ……あれ?」
なんで薄暗いままなの?
電球でも切れてるの?
え、何……この状況?
メールで薄暗い部屋に呼び出された部屋の中でドアノブを持ち、佇む少年。
どこかのB級映画とかならゾンビとか出てきて襲われるってところでノブをトンファーみたく扱って撃退。って感じで……いや、多分絶対ないだろうなぁ。
こんな事例。
それにしてもさっきから何故、 誰も来ないんだろう?
なんかいろんな意味で怖いんだけど、さっきとは違う意味で怖くなってきたんだけど。
ねぇ、脅かさないでよ?
頼むから脅かさないでよ?
お化けとかゾンビとかそういうホラー系は大の苦手なんだから。
「ヒッ――」
突如、机上のモニターが点くと、ある映像が流れ始めた。
「んっ、えっと……これって?」
「君の試験での戦闘記録だよ」
「――っ!!?」
「おっと、すまないね。驚かせるつもりはなかったんだが」
スーツを身に付けた金髪の男性はビクリ、と硬直する防人を見て、謝罪の言葉を口にする。
「さて、私のことは既に知っているとは思うが、改めて名乗らせてもらおうか。私は『ゼロ』。ここの学園長をやっている者だよ」
低い、落ち着いた口調で話すゼロに対し、防人は目の前に現れた目上の男性に緊張感を露にする。
「い、いえそんなことはないです。えっと僕は――」
「ああ、君のことは知っている。防人 慧君だね?」
「あ、はいそうです。えっと……」
「そう固くならず、落ち着いてくれて構わない」
「あ、はい」
防人は言われるまま、彼の指したソファーに腰かけると一度、周りを見回してから学園長の方へと振り向く。
「えっと、それで……僕はなんで呼び出されたのですか?」
「ふむ、少し待っていなさい」
「あ……」
ゼロはそういうと側にあった扉の向こうへと消え、すぐに戻ってくる。
「緊張してしまっては会話に身が入らないというもの。こういうときは暖かい紅茶を飲んで落ち着くのが一番だからね」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
紅茶には詳しくはなかったが、防人はほんのりと甘い口当たりに対しておいしい。というありきたりな感想を述べる。
「そうか、実はこれは先ほど私が淹れたものでね。お気に召したようで何よりだよ」
「いえ、わざわざありがとうございます」
もしかしたらお茶を淹れてたからノックしても返事が無かった……のかな?
「なに、気にすることはない。こちらが急に呼び出したのだ。これぐらいはせねばなるまいよ」
「いえ……えっと……」
「ふむ、まだ落ち着かないようだね。まぁ、別に悪い話ではない。そこは安心して聞いてほしい」
「そう、ですか。わかりました」
悪い話ではない。
ということは合格取り消しなんてことになることはなさそうだ。と防人は不安が一つ減り、ホッと胸を撫で下ろす。
「落ち着けたかな?」
「えぇ多少は……」
「そうかね。それはよかった」
多少、というだけで完全に緊張感を解すには正直なところまだまだなのだけど、もう少しだけでもメンタルが強ければよかったのに。
「それで……えっと僕がここに呼ばれたのは、この映像にあるの、ですか?」
リピートされて流れている映像。
パワードスーツ『WEAPONS・GEAR』であるフリーダム・フラッグを身に纏った防人が突如現れた真っ白なG・Wと戦闘を行っているまさにそのシーンを指しながら防人は聞く。
「うむ、話が早くて助かる」
ゼロはタイミングを測り、手にしたリモコンでピタリと映像を止める。
「さて、君は試験後でこの電脳空間に取り残され、この白い機体と戦い、1度敗れた……ここまではいいかな?」
「はい。ここまでは覚えてます。この後で僕は負けてしまいましたけれど」
「そう、君は敗北した。だがその後、火炎の中からは橙色の機体を身に付けた君が現れた」
彼がそう言うと流れる映像が切り替わる。
「それは……はい、うっすらとですが覚えてます。初めは夢じゃないかと思ったんですけど、この映像から見る限りはそういうことでは無さそうですね」
「うむ、映像としてこう残っているのだからな。これは夢でも幻でもなく、現実の出来事だよ。仮想なものではあるがな」
「でも現実感は強くありますよね?」
「ふむ、仮想空間にリアリティー……か」
防人の言葉を聞き、ゼロは少し考える素振りを見せる。
「あの、何かおかしな事を言いましたか?」
「ん? いや、何もおかしな事はない。ただ私はこういったゲームというものには無縁だったからね。考え方の相違というべきかな。僅かながらでも若い者の考え方を聞けて興味深かったからね」
「はぁ……なるほど、です」
「さて、話を戻そうか。火炎の中から現れた君はこのオレンジ色の機体を使い、白い機体を撃退。ヴァーチャルの世界から戻ってきた」
「あれを撃退したと言っていいのか……」
「なに、あれはそれなりの戦闘経験を積んだ軍人でも苦戦する存在だ。もし、あれを容易に倒せるのならば、私は君のことを少々恐ろしくも感じるよ」
「え、えっと、すみません」
「何も謝ることはない。別に責めたりしているわけではないからね」
「そう、ですね。すみません」
「ふふ、謝ることはないと言ったばかりで謝罪の言葉を述べるか……」
「え? あ、すみま――あ、いえ……えぇっと……」
「はは、すまない。どうやら困らせてしまったようだ」
少しばかり意地悪そうに笑みを見せるゼロ。
威厳のようなものをまるで見せていないその顔にドギマギとしていた防人の気持ちは少々和らぐ。
「さて、そろそろ本題に入ろうと思うのだが、構わないかね?」
「本題……はい、大丈夫です」
一つ、間を置いて防人が頷くとゼロは映像を切り替えると防人と彼の身に付けている橙色の装甲を持つ機体がモニターに映り込む。
「さて、この機体に関して詳しく教えて欲しいのだが」
「……え?」
「名前や見た目に関する事、何でも構わない。何か分かることはあるかね?」
ゼロからの問い掛けに少々の疑問は残るものの防人は試験での最中の事を思い出す。
「名前は、確か『光牙』です。それから武器は刀と盾とかがあって後は……分かりません」
「ふむ、では共に思い出したようなことは?」
「共に、ですか?」
「そうだ。光牙というこの機体とともに思い出した事は何かないかね?」
「共に……えっと、誰かと話していた、気がします」
防人は光牙を身に付ける前にうっすらと頭の中に浮かんできた出来事を出来る限り思い出しながらそれに関してをゼロに語る。
「誰かと?」
「はい。その時は、小学生くらいですかね?」
出来事での幼い頃の自分と相手の姿から年齢を予想して、言う。
「とはいっても相手の顔とか声とかは全然思い出せないんですけど…」
建物に入る前に玄関に張られていた表札の名前を思い出す。
「ふむ、それで?」
「それから……えっと、モニターの向こうに光牙が見えたんです。それで気付いたら……光牙をつけてました」
「ふむ、なるほど……」
防人からの話を聞き、ゼロは相づちを打ち、紅茶の残りを飲み干してしまう。
「あの、えっと失礼かもですけど、この試験は先生達が作ったのですから、僕なんかに聞かなくても分かるのでは?」
ふとした疑問。
言い終わってからこんな質問をするのはおかしな気もしないではないが、思い浮かんでしまった。
そして気になってしまったのだから聞かないというわけにもいかないだろう。
「うむ、確かに君の言う通りなのだが、製作者の人間が勝手に君に戦闘なんて仕掛けるものだからね」
防人の問いに対してゼロは心底困った、という様子でため息まじりに彼は言う。
「勝手に?」
「そう勝手に、だ。だから君の方で何かしら問題があるといけないと感じたからね。確認を取りたかった。というのもあるのだよ」
「そうなんですか。なんというか、大変でしたね」
「あぁ本当に困ったものだよ」
ゼロは大きくため息をつくも、すぐに小さく笑みを作ると苦笑、といった様子で続ける。
「だが、彼のおかげで助かっていることも多いから、責めるなんて真似は出来ないのだがね」
つまりはその人がすることは学園側にとって非常に貢献度が高い。ということになるのだろう。
しかし、学園の先生、しかもそのトップが口を挟めないような人物って一体どんな人なのだろう。
そんなすごい人から反感とかは買いたくないから変に詮索はするつもりはないが、気になる。
「さて、話はこんなところか。何か質問はあるかな?」
彼は机上に浮かぶモニターを消し、部屋の明かりを更に明るいものへと切り替えるとスッと手を防人の方へと伸ばす。
「ありがとう感謝するよ」
「いえ、聞かれたことを答えたりしただけですから、そんなお礼を言われるほどのことはしていませんよ?」
防人がそれに応じ、短い握手を交わす。
「いや、君が協力してくれた事は喜ばしい事だよ……さて、それでは行こうか」
これで終わり。
防人がそう思ったところでゼロは立ち上がると防人を見下ろしつつ言う。
「えっと……何処かへ行くんですか?」
「うむ、今回君を呼び出したもうひとつの理由としては渡したいものがあったからなのだよ」
「渡したいもの?」
「あぁ、付いてきてくれるかね?」
「……わかりました」
防人は頷くと静かに立ち上がり、先行する学園長の後をついていく。
部屋を出、通路を進み、二人は『緊急時用』と札の張られたエレベーターに乗り込んだ。




