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034『 LHR 、ゼロからの呼び出し 』

 雑談をしているうちに目的の場所へと到着。

 二人は今年一年間お世話になる1年A組の教室へと入っていく。


「えっと……席は……」


 教室の前方モニターには縦7横6の計42席が映し出されており、そのうちの縦6横6計36席には名前が表示されている。


「あそこ、かな?」


 窓側から二列目、前から4番目の席。

 その場所に表示されている自分の名前を見つけた防人はその席へ腰かけると自分の席の様子を確認する。

 机は床に固定されており、机には引き出し――正確には引き出しが入りそうな空洞があり、その中身は当然入っていない。

 机の角には蓋付きで、端末を充電するためなどに利用できるプラグの穴が開いている。


「お、俺様はここだな」


 机を弄り、中学の頃とはまるで違う教室の雰囲気に防人は若干の感動を感じていると目の前の席に祐悟が腰かける。


「ん? 植崎、お前はそこなのか?」

「おう、ちゃんと名前が出てるだろ」

「……ホントだ」


 防人の出席番号は10番で祐悟は一つ前ということは植崎の出席番号は9番ということになる。

 だが、そうなると『う』の次が『さ』になるのでもし席番号があいうえお順であった場合、ずいぶんと間があることになるが……。

 いや、そもそも席番号があいうえお順じゃないのだろうか。


 尾形、アリス、とこの時点で違うので他に考えられるとすれば誕生日順だろうか。

 確かどこかの学校だとそういった基準で席順が決められるというのを聞いたことがあるけれど……どうなんだろう?


「ん? どうした?」

「あ、いや……この席順ってどういう風に決めてるのかなって思って」

「ん? 確か成績順じゃなかったか?」

「成績?」

「おう。入学試験あったろ? その時の成績の順で決められてるって話だぜ?」

「へぇ~そうなんだ」


 ここヘイムダルではクラスと出席は入学試験時の成績に応じて決められる。

 つまり、このクラス内だけを考えれば、入学試験の結果は防人が10位となり、植崎が9位ということになるのだろう。

 正直なところ信じ難いが、そうじゃないと宏樹と同じ教室になることは有り得ない。

 まぁ植崎より順位が低いのはなんとなくシャクではあるけれど、実際あの試験の内容だと植崎の方が点を稼いでいるのは確実だし、仕方がない。

 本当に(しゃく)だけど。


「皆、席につけ」

「……え?」


 チャイムが鳴り、入ってきたのは先生と思われるスーツ姿の女性。

 聞き慣れた声に防人は反射的にそちらへと視線を向け、目を丸くする。

 長く黒い髪をしたスタイルの良い女性。

 僅かにつり上がった目尻が似合う凛とした顔立ちの女性。 

 彼女は教室前に置かれている教卓に手を触れると前方の黒板モニターにでかでかと表示される先生の名前。

 その名前を確認し、自分の見ている相手にやっぱりと確信をもつ。


「私がこのクラスを担当することとなった『(いしゆみ) 智得(ちえり)』以後よろしく頼む」


 顔立ちの似ているそっくりさんかとも思ったけれどそうでもないらしい。

 顔に声、そして名前は防人の知っている女性のそれと一致する。

 だが、そうするとこれは……どういうことなんだろうか。

 何故、どうして義姉(ねえ)さんが今、目の前にいる?


「さて、まず初めに言っておくが、私の指導は厳しく行くからそのつもりでな。既に知っているもののいるかもしれないが、我が学園では各学期ごとに二度テストが設けられている。無論、普段の授業を真剣に行っていればそれなりの点数が取れるものを用意しておくが、もしついてこれないと感じたものは毎週末、金曜に用意しておいた補講に出席するように……それから――」


 教卓に立ち、淡々と説明を始めた先生を他所に防人の思考は回転を早めていく。

 義姉さん――弩智得の仕事は警察関連の仕事をしてるはず。勘違い? それとも嘘をついていた?

 いや、だとしたらどうしてそんなウソを?


 そういえば、湊は就職するってまさかここにじゃあ就職と言うよりは――推薦合格のようなことをしていたってことなのだろうか?

 いや、でもどっちにしても僕に嘘をついていたことに変わりはない……のかな?

 どうして二人は嘘なんか……。


 もしかして、学園生活始まって早々既にホームシックにかかって幻覚でも見てしまっている……いやいや、そんなわけはないな。

 うん、絶対にない。


 別にまだ嫌気とかそういうの全然ないし、そもそもホームシックにかかっていたとして幻覚を見てしまうなんて事例は少なくとも自分は聞いたこともない。

 となるとこれは幻覚でも何でもなく紛れもない本人が本物がそこにいるということなのだろう?

 なら疑問は初めに戻るか……いや、本当になぜだろう。どうして義姉さんがここにいるんだ?

 …………分からない。


「今後、覚えていくことは多い。この一年で学ぶことは確実にマスターしていけ。当然、私の教えについてこれるものは遅かれ早かれ確実に一人前(もの)にしてやる……さて、私からは以上だ」


 生徒わずかな沈黙の後、まばらな拍手。

 その音で防人の意識は現実へと引き戻され、ちょうど挨拶が終わったのだと理解する。


「では、次に出席番号順に名前を呼ぶ。趣味、特技、何でもいい。名前の後に一言でいいから挨拶をしろ」


 何故なのか、その疑問は決着がつかないと考えた防人は一先ず先程までの思考を止め、これから行われる事に集中する。


「それでは出席番号1番。尾形」

「はい」

「よし、前に立って挨拶しろ」

「分かりました」


「私の名前は尾形 宏樹です。趣味……というほどではありませんが、一応、服装などにはそれなりに気を使います。皆様、一年間よろしくお願いします」


 これ、中学の時に教卓に向かうときにある段差でつまずいておもいっきりスッ転んだ事があって結構トラウマあるんだよなぁ……。


「次、二番、アリス」

「はい」


 まず、そういう根本的なミスをしないように気を付けていかないと……それで何を話そうかな?


「よし、次、三番 カリナ……」


 まず、自分の名前を言って……それから趣味……漫画? アニメ? ゲーム? 中からどれか一つを話すとしてどうやって話せばいいのか……。


「次……次……」


 とりあえずは他の人の会話の仕方をいくらかパク――いや、参考にして……。


「次、9番……はまだ寝ているか。じゃあ10番防人 慧!」

「……え?」


 え!? もう順番ですか?

 早い、と思いながら窓側の列を見ると空席が多いことに気がつく。

 少なくとも半分はいないのではないだろうか?


「『え?』じゃなく、順番だ。挨拶をしろ」


 なんですか? 初日から前の番号の人たちこぞって不登校ですか?

 そんなんじゃ勉強おいてかれるぞ。

 いや、他人の心配している場合じゃないな。

 どうしよう? 何も考えてないんだけど……。


「どうした? 防人。前に立って早く挨拶しろ」

「……はい」


 何を話すか急ぎ考えながら、教卓に向かうために立ち上がると若干重い自分の足をゆっくりと持ち上げて前に進める。


「何をモタモタと歩いている? まだまだ挨拶していない生徒がいるんだぞ。早くいかないか」


 中学時代にしていた挨拶などを思い出しつつ、挨拶の内容を考えているとピシャリと言われ、彼は謝罪しつつ歩みを、そして思考を早める。


「はい、すみません」


 とにかくまずは名前を言おう、噛まずにハッキリとそれで、それから……。


「おぁ!?」


 思考中、周囲の確認が疎かになっていたこともあり、教卓のある箇所に用意された低い段差に気づかなかった防人はそれに足を引っかける。

 やってしまった。

 そう思う頃には防人の胴体は前方へと大きく傾き、次の瞬間には頭部に強い衝撃と痛みが襲い掛かって来ていた。


「全く、何をやっているんだお前は……」


 扉の側に立っていた先生の呆れたように言う言葉とともにクラス内の数ヵ所からクスクスと小さな笑いが起こる。

 こういう失敗をした時、もっと大きく笑ってくれた方が案外、逆に精神的なダメージが少ないところなのだが、そんな気持ちが伝わるなんてことがあるわけがない。


 唯一の救いは、顔を上げた時に見た義姉さん――智得先生の『相変わらずだな』と言っているような呆れた顔。

 凛としたその中に穏やかさを含んだその表情をしていたのは何故かとても懐かしい。

 その感覚は同時に目の前の女性が自分のよく知るあの人であることを深く関連付ける事にもなった。




◇◇◇




 生徒達の挨拶も終わり、智得先生からは年間の予定表や各授業で予定している勉強内容などが簡単に説明された一覧表などのデータを受け取ると本日の学園生活は終了する。

 まだ初日であるため、午後からの授業は無く、宿題といったものもない。


 その為、周囲の生徒達はいくつかのグループを作り、「昼食は何にするか」や「この後どうするか」といった他愛ないものの基本的には明るい話題の内容の話をしているようだ。

 本当なら先生――姉さんと話をしたいところではあるものの他の生徒たちに囲まれてしまって話は出来そうにない。

 本当ならササッと聞いてしまうべきだろうが、あれだけの人数の中で話すことでもないし、そもそもあの中で話す勇気もない。


「さて、と」


 まぁ、毎日会うことになるはずなのだから、質問する機会はいつでもある。

 そう判断し、防人は自室に戻ると用意しておいた私服へと着替えるとリビングに設置されている大型テレビの前でバッグを静かに置く。


 入っているのはゲーム機が一台。

 防人は慣れた手付きで決められた場所にコードを挿し込んでいき、手早く配線を終える。


「こんなところかな……ん?」


 服や小物など、その他の荷物整理も終わる頃、生徒手帳に1通のメールが届いていた事に気が付く。


「誰が……え?」


 メールの送り主は学園長である『ゼロ』。

 内容は『午後5時までに教員寮にある学長室に来るように』とのこと。


「なんで……急に……」


 人間は感情の動物。

 そのため誰しも目上の人から呼び出されると『何かやらかしたのかな?』というネガティブな思考を働かせる者も多い。

 そして防人もそのネガティブ思考の1人。


 その為、メールを見た途端に心臓の鼓動が大きくなり、いらない思考をし始める。

 入学式での事やその他での学内の言動の数々に問題があったのか、なかったのか。

 合格の手紙は何かのミスであったのではないか。などといった要らぬ思考までし始めたところで呼び出された事に恐怖感すら感じ始める。


 行きたくはない。

 けれど、呼ばれている以上は行かなくてはならない。

 そんなジレンマ。


「あぁもう!」


 防人は頬を強く叩くと同時に嫌な考えを、要らぬ思考を勢いよく叩き出すと、着替えたばかりの私服から再び制服に着替え直す。


 そして、生徒手帳などの最低限必要なものを持って、玄関で靴を履くと、おもりが手足につけられてるんじゃないかと思うほどの重い体に鞭打って教員寮へと向かった。




「場所は……ここであってる、よね?」


 防人はメールで指示された場所と教員寮入口の見取り図とを照らし合わせながら指定された場所に、階層に間違いないか確認を行う。


 それから『Principal Room』と金文字で、筆記体で書かれたパネルが貼り付けられた扉の前で緊張と恐怖で高まる鼓動を落ち着かせるために深呼吸を数回。


「……よしっ」


 覚悟を決め、防人はゆっくりとドアノブに取り付けられた小さな指紋認証パネルに親指で触れてからノブをひねって引く。


「ん?」


 扉を押してみる。ちがうようだ。


「えっと……」


 軽くノックしてみる。

 返事がない、ただの扉のようだ。


「いやいやいや!」


 予想外のことで頭の回転がおかしくなってるぞ? えーと、本当にこの部屋で間違いない……よね?


 それから防人は高難易度の脱出ゲームをしているような気分になるほどに悩む。


 まずは10本の指、全てで指紋認証パネルに触れたり、

触れる時間を長くしてみたり、

虹と鳥をモチーフとした学園の校章を下手くそながら描いてみたり、

 生徒手帳をノブの上に設置されたパネルに重ねてみたり、

 思い付く限りの行動をしてみるものの、そのどれを試しても扉はうんともすんとも言わなかった。


「んん? どうなってるの?」


 さっきまでの緊張感や恐怖感などは何処へやら。

 ここに来るまでの気分はいつの間にかすっかりと忘れた防人はなかなか開かないそのドアに流石に苛立ちを覚え始める。

 彼は扉のノブを強く睨み付けながら、あり得ないだろうと思いつつ、一思いにドアノブを反対に回してみる。


――ガコン!


 すると大きな音を立ててドアノブは接続部の金属の板ごと綺麗に外れてしまった。


「あ……あぁ!?」


 や、やってしまった。

 そう思うと同時にだらだらと全身から嫌な汗が吹き出して思考が再び停止する。


「……ん?」


 手に握られた外れたノブと目の前の扉を何度も何度も交互に眺めているうちに外れているのにこれといった違和感が無いことに気が付く。

 ノブが外れたところを彼がよく見るとその位置はまるでパネルのようで、まるで外れたその扉の姿こそが、正しいのだという存在感を漂わせている。


「えっと……」


 防人はゆっくりと左手をそのパネルに手を触れるとスキャンが終わり、ロックの外れる音が小さく響くと目の前の扉が自動で開いた。

 目の前で起きたその様子に防人はなんで、という頭に疑問符を浮かべながらも立ち止まったままでいるわけにもいかず、開いた扉の先へと進むことにする。


 最小限の明かりで照らされたその部屋は薄暗くて全貌が良くは見えない。

 しかし、手前に置かれた一人用のソファーが机を囲むように置かれて扉から奥の方には偉い人が座りそうな大きめの四角い机があるということが、入口からの光で視認できた。




――それにしても……このドアノブ、どうしよう?

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