033『入学式』
「Aクラス……010……ここ、かな?」
生徒手帳に届いたメールに添付されていた座席表。
それを確認しつつ体育館に並べられている椅子の中から自分の席を見つけ出すとそこへと腰かける。
ガヤガヤとした雰囲気の中、防人は静かに周囲を見渡すと先生と思わしき人たちも近くの椅子に腰かけているのがチラホラと見受けられる。
防人が入ってきた入り口にあった階段から上がるであろう吹き抜けの二階にも数名の人物と親が連れてきたのか、小さな子供が1人、縁に座って下の様子を眺めていた。
『時間となりました。これより、入学式を始めます』
放送が流れ、間もなくして騒がしかった周囲がシンっと静まり返っていき、窓にはカーテンが自動的に降りて室内が薄暗くなっていく。
ステージと思われる前方の垂れ幕がゆっくりと上がっていく中、吹奏楽部による短い演奏と在学生たちなどからは拍手が鳴り響く。
『それではまずは、在学生挨拶。生徒会長 ≪桐谷 優姫≫ 』
垂れ幕が上がり、天井のライトで明るく照らされた壇上へ上がっていく一人の女性。
防人と同じく制服を身につけた彼女は生徒たちの方へ向き、小さく一礼すると後ろで綺麗にまとめられた長い銀色の髪を揺らしながら演台に向かう。
『皆様ごきげんよう。只今ご紹介に預かりました桐谷 優姫と申します。以後お見知りおきを……』
そう笑みを見せた彼女の凛とした表情は美しく、どことなくではあるものの気品が漂っており、その雰囲気はどこか良いところのお嬢様なのだという想像を容易にさせられる。
芯のある声はとても美しいの一言で、もし歌でも歌っていたのなら近づくもの全員を虜にしてしまうほどだろう。
『新入生の皆様。このヘイムダルへようこそいらっしゃいました。この学園へ集まって下さいましたことに私が代表として感謝の言葉を述べさせて頂きます』
少し間をおいて頭を下げる優姫。
顔をあげた際にニコリと見せたその笑顔はとても艶かしく、大きく揺れた2つの膨らみに男子生徒は思わず感嘆の声を漏らす。
主に防人の傍に腰かけている植崎がだが。
『この場へと集まった以上、皆さんは各々が自らの意思によってここへとお集まり頂いているということを強く自覚し、どのような困難があっても決してあきらめずにこの学園のために、そして未来のために精進なさってください』
――美しい。
どこからかボソリと聞こえてきたその言葉に防人も内心で同意する。
植崎であればこの後、付き合いたい。という思考に至るのだろうが、防人はお近づきになろうとは思わない。
感覚としてはテレビなんかで見るアイドルや女優のような感覚だろうか?
綺麗、可愛い、そういった感想は出るもののそこに映る女性と関係を持ちたいとは思わない。
これは防人が恋というものをしたことが無いこともあるからなのかもしれないが、湊という例を知っているからこそ感じているのかもしれない。
外面は良すぎるくらい良いが、敵であると定めた相手などには口も態度も凶変して牙を向き、寄せ付けない。
そんな例を知っていることが、少なからず影響をしている。
……かもしれない。
『この学園――ヘイムダルに入学した以上、勉学に励み、知識と技術を身につけること必要があることは言うまでもないでしょう。いえ、必ず身に着けなければなりません。あなた方も知るようにこの学園には様々な施設が完備されており、環境においては申し分ないのですから。出来なければ、文字通りこの学園から永久にいなくなってしまいます』
彼女を例えるならば、ローレライだろうか?
美しいからと近づけば、容赦なく沈められることだろう。
彼女自身が手を下すことはなくとも恐らくあるであろう親衛隊から何らかの制裁があるのは確実だろう。
流石に妄想が過ぎるだろうか?
『さて、まだまだ話したいこともありますが、あまり長いとせっかくの素晴らしい話の中で舟を漕ぎ出してしまう本当に困った方々も出てくると思いますから、私の挨拶はここまでとさせていただきます。
それでは良い学園生活を』
再び笑みを見せた彼女は最後にそう言ってゆっくりと頭を下げる。
ステージの短い階段を下る度に揺れる膨らみに目を奪われる男達。
その行動は自然に見えるものの遠目から見えるその表情は自信ありげな笑みであることが伺える。
その笑みに似たものを何度も間近で見てきた防人にとってその行為は彼女自身が分かっていてやってるというのが良くわかった。
故に素直に喜べない。
『ありがとうございました。では、次に新入生挨拶。代表の尾形 宏樹さんお願いします』
短い階段を下り、彼女が席につくタイミングを見て、係りの女子生徒は手にしたマイクを使い、放送を行うと防人の座る列の先頭の少年が静かに立ち上がる。
彼はステージに移動をし、マイクの高さを自身の身長に合うように調整すると席に座る皆に向かって一礼をする。
「あの人……」
尾形 宏樹。防人と同じく学園のブレザーを身につけたおかっぱ頭の好青年。
見覚えのある人物がステージに立っているということに少しばかり驚くものの入学試験の際に中間得点が一位であったことを思い出す。
多分そのまま1位だったのだろう。
成績優秀者。つまりは特待生って事になるのかな。
何故かサングラスを胸ポケットにかけていることを除けば賢そうに見えるし、多分だけど筆記試験も成績上位だったのだろう。
『桜が満開に花開き、暖かな陽気が訪れた春。
私たち新入生は明日から始まる新たな学園生活をとても楽しみに思っています。
勉学のみならず、遠足に社会科見学など、これから行われるであろう様々な、我々の経験したことのない学校行事にも我々はしっかりと取り組み、
そして先輩たち・先生方の手厚い指導の元、我々はさらに力をつけてこの学園を支えていきたいと思います。
……新入生代表、尾形 宏樹』
彼は手にした紙を折り畳み、皆に一礼し下りた後にステージへと一礼。
そして席に戻る際に教員たちの座る席の方へ一礼し、席につく。
『学園長祝辞』
先生達の座る席から一人の人が立ち上がり、ゆっくりとステージに上がっていく。
『一同、起立』
年は30歳ぐらいだろうか?
髪は金髪のオールバックで青い両の目は高くつり上がり、若干のシワがあるもののキリリとした整った顔立ちからはどこか威厳のある雰囲気を醸し出している。
『礼!』
学園長を含め、全員が放送を合図に一礼をする。
「新入生の諸君!」
黒いスーツ姿の学園長はマイクに触れることなく、その声を体育館全体に声を響かせる。
低く、渋いもののハッキリと響くその声はステージに立つその男性をより大きな存在であるかのように錯覚させる。
「無事入学したことを心から祝おう!
私がこの学園の学園長『ゼロ』である!
今年度は転校生を合わせて実に200人以上もの生徒達が我が校に来てくれたことを私は心の底からうれしく思う!」
しかし、そう言った学園長の顔は少しだけ悲しげな気がした。
「……みなも知っての通り、この学園は中学から大学まで続く所謂マンモス校である!」
その表情に少しばかり疑問に思うものの体育館内に響くその声が一瞬にしてかき消していく。
「故に様々な書籍を取り扱う図書館や部活動の等のために用意されたジム施設など、言い切れないほどのたくさんの施設が我が学園には整っている。
それらはこれからの学園生活で正しく活用してもらいたい。
中学、高校では学問と大学へ向けた基礎的な技能を一通り学び、大学では自らが学びたい医療や工学といった専門的な知識、そして技術をより深く学ぶことになるだろう。
そして先輩たちとの絆を深めるクラブ活動や委員会活動など、その他にも様々な出来事が君たちを待っていることだろうと思う。
君たちの望むような楽しい学園生活を青春を謳歌してほしい!
短いが、私の言いたいことはこれで以上とさせてもらう!」
彼がステージを降りていった後、学生たちの甲高い拍手に防人さハッと我に返ると皆に合わせて力強く手を叩く。
学園長の迫力ある声に体育館全体が揺れた。
そんな気がした。
『ありがとうございました。それでは以上をもちまして入学式を終了致します』
それから、代表的な部活紹介やパフォーマンスが続き、力の入ったそれらを見ながら自分はこれからここで暮らしていくことになるのだと防人は高校生活へ向けて気持ちを新たにする。
『それでは、新入生の方々。ご退出ください』
入学式のすべてが終わり、放送が流れるとともに周囲の生徒達がわらわらと体育館を出ていくなか、防人は前の席に座る植崎 祐悟の肩を叩く。
「おい? おい、起きろって」
「んあ?」
なんともお間抜けな返事が返って来たかと思えば、ズズッと鳴る水音。
「よだれよだれ」
「お? おう、悪りぃ悪りぃ」
こちらへと振り返った際にキラキラと光を反射させる液体が口元から滴っていることを防人が伝えると祐悟はそれをジャージの袖で拭う。
「しっかしまぁ、あんな中でよく寝れたな」
「そりゃあつまんねぇしなぁ」
「つまんないとか関係ないと思うんだけど……中学の時と比べたら全然短かったと思うし」
「時間は関係ぇーねーよ」
「そういうもんか」
まぁ確かに眠れない時は何十分経っても眠れないけど眠れる時はほんの数秒で眠れるから分からなくもないし、似たようなものなのかな。
「なんだよ冷てーなぁ」
別にそんなつもりはなかったが、どうやら短い返事がお気に召さなかったようで、彼は力弱く、流れ出すように声を発すると防人へと体重をかけてくる。
「あ、こら肩に腕かけてくんな、重いだろうが」
「そんなケチケチすんなよ友達だろ?」
「親しき中にも礼儀ありってやつだよ」
「え? 何だって?」
「声がデカい! 耳元で叫ぶなよ」
「わりーわりー、んでなんだっけか?」
「親しき中にも礼儀あり、だ」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。友達でも限度を考えろって感じだ」
「えぇ、これぐれぇ別にいーじゃんかよぉ」
「重い重い! 体重をかけるなバカ! 分かったから一旦離れろ!」
「うお! わーたよ。んじゃまぁ、目も覚めたし何か別の話でもするか?」
そう言いつつグッと大きく伸びをする祐悟。
「ったく……話って言ってもニュースとかお前は絶対観てないだろうし、アニメもほとんど観ないだろ?」
「そうだなぁマンガもお前が好きそうなのは見てないし、アイドルとかもきょーみ無さそうだしなぁ」
「そりゃなあんなカメラの前で愛想振り撒いてみんなの票を集めてって最近観たことあるアニメのせいかどうも本心は腹黒いってイメージしかもてないんだよな」
まぁ家に適任もいるし。
その想像が書き立てられるのが分かっちゃいるけど本当、良くないんだよなぁ。
「んん、あぁそーだ。アイドルじゃねぇけど、入学式の生徒会長さん綺麗だったよな?」
「そうだね。ていうか、そこは起きてたんだな」
「そりゃーそうだろ。あんなの前にして寝てる方がおかしいぜ」
その理屈はどうだろう?
そもそも寝ている事の方がおかしいと思うんだが、いやそもそも美人を目の前にすると目を覚ますというのはどういう理屈だ?
「確かに見た目は綺麗だったけどさ……で生徒会長さんを見てどう思ったのさ」
「ん~、そうだなぁ~」
腕を組んで首をかしげる祐悟。
その横で防人は聞かれてもいいように自分の中で、評価をしておく。
見た目3割、性格7割という評価基準の元、容姿は……30点満点をつけられるとして、性格は……どうだろう?
人をこう評価するのもどうかとは思うけれど、こういったものは話の種というだけ。悪口というわけでもないからこのくらいは別にいいだろう。
しかし、入学式中も思ったが、どうも性格が良いとは言い切れないのがあの人の性格の評価がしづらいところ。
……となると別の観点から評価するべきか。
「告りてぇなぁ」
「おいおい。いきなり何を言ってんの?」
「だってよ。銀髪美女だぜ?」
「そうだな」
「ポニテだぜ?」
「確かに髪を括ってたな」
「巨乳だぜ?」
「まぁ、うん。確かに大きかったな」
「告りてぇ……」
「いや、だからなんでそうなる?」
――いや、思い出してみれば好きというか『良い』っと思ったら秒で告白するんだったけなぁコイツ。
そして秒でフラれるのがテンプレ。
なんだけど、本当に好きでいわゆる一目惚れってやつで告白してるわけじゃないから対して傷つくわけでもなく、『次行くか』ってな感じで違う子に告白するんだよなぁ。
これって女性的に完全にアウトだと思うんだが、どうなんだろうね?
まぁ今回もそんな気がしてならない、というか絶対そうだと思うんだよな。
生徒会長っていう肩書きはともかく美人ではあるから湊の例にして考えても、まぁ少なくとも高嶺の花ってやつだろうし……。
「だってよぉ……」
そもそもいきなり恋人関係からってすごい勇気だし、後々の事を考えると普通は友人関係からじゃないのか? とも思うけど。
植崎には植崎の考え方があるしなぁ。
「告白したいとか、そうじゃなくてもっとこう」
ここは話を反らす、というか本来聞きたかったことに話を戻すべきだろう。
「ほら、綺麗とか可愛いとかあるだろ?」
「綺麗……そうだなぁ、声は綺麗だと思ったぜ」
おお……第一印象が被った。
「ほら、なんつうの? ローレライ? みたいなの……」
あ、イメージまで被ったよ。……なんとなくだけど、女性評価の基準が一致するのはなんかやだなぁ。
少し話を逸らそうかな?
「それってローレライがどんなのか知ってて言ってるのか?」
「もちろん知ってるに決まってんじゃねーか!」
「~~っ!」
み、耳が!?
もっと声のボリュームを下げろ。
ってのももう何度も言った言葉だし多分、今言っても一時的で無駄なんだろうなぁ。
はぁ……とにかく話を続けよう。
「じゃあどんなやつか説明してみてよ」
「え、とな確かだ、海にある岩場でなんだったか弓みたいなのにいっぱいひもがついてそいつを指で鳴らす……は、ハー、ハーモニカじゃねーな。えっとハ、ハー」
「もしかしてハープのこと?」
「そう、それだ! ハーブ!」
「ハープな」
「おう、んでそいつを鳴らしてこう、ガーって船を壊して沈めるんだよ」
まさかの衝撃波攻撃!?
いやまぁ確かに音とか歌とかを兵器にして戦うアクション作品は結構あるけども。
「いや、その説明だと不足分が多くてあの人の悪口言ってるみたいだぞ?」
「じゃあローレライってどんなだっけ?」
「ん? ローレライっていうのはな『歌で人を狂わせる程度の力』を使って夜道を一人で歩く人間を襲撃するっていう夜雀の妖怪だよ」
「んん? そうだったか?」
「あぁ~……」
ツッコミ無し。
そうだよね何も知らない奴に言うと普通そういう反応になるよね。
「えっと、まぁ……ある所ではそうやって言われてるんだよ。一般的に言われてるのは大体はお前の言ったので合ってるよ」
「そぉか。ならよかったぜ――っと着いたな」
「みたいだね」
二人は目的地である1年A組の教室へと入っていく。




