032『チェックイン』
あれからは特にこれといった騒動はなく、訪れたバスの時間。
防人は大きめのショルダーバックと旅行用のキャリーケースを一つ持ってバスへと乗り込む。
「よう」
「おはよう」
視線を席の最後尾へと向けると学校の時と同じ、いつも通りの端の席に腰かけている植崎と合流する。
彼の手には相変わらず携帯ゲームが握られており、服装も変わらずジャージ姿。
正直なところこれから入学式なのだから制服でなくとももう少しかしこまった格好をするべきだと思うけれど。
まぁ学園が制服を販売はしているものの校則として定めていないのであれば、問題は無いといわれればない。のだろう。
「何を見てんだ?」
バスが発車して目的の会場までしばらくあるので防人が生徒手帳を取り出すと植崎は少し不思議そうに顔を覗かせる。
「今後の予定だよ。入学式の後のやることとかそういうの、一応は確認しておこうかなって」
「ほ~ん。ん? なんだケー、スマホ買い換えたんだな」
「え? これ、生徒手帳だよ?」
黒いスマートフォン。
生徒手帳として学園から与えられたものであり、学園関係者の身分を示すための様々なデータが含まれているものだ。
「手帳? 俺様にはスマホに見えるけどな、それ」
「は? お前のところにも届いているんじゃないのか? ほら、合格発表と一緒に箱に入って届いただろ?」
「んん? いや、もらってねーと思うぞ?」
――どういうことだろう?
「えっと、ほら、黒いケースに入ってたやつだよ?」
「ケース……ん~、分かんねえなぁ」
「え? あっそう、なんだ」
「おう」
「植崎、合格はしてるんだよな?」
「おう、ほれ、この通りだ!」
防人が問いかけると祐悟は元気よくカバンから合格通知である一枚の厚紙を取り出し、広げて見せる。
無理矢理に詰め込んたせいもあってか少しクシャクシャになっているそれには確かに植崎の名前と防人本人も受け取ったのと同じく合格に対する賛美の内容が書かれている。
一緒に封筒に入っていた集合場所として指定されている試験会場でもあった例のドームの場所を示した地図もプリントとして入っているということは間違いなく合格はしているということだろう。
けれど、生徒手帳を受け取っていないというのはどういうことだろうか?
「……じゃあこっちは?」
気になった防人はカバンを開け、タブレット端末取り出して聞いてみる。
これも学園から与えられたものであり、授業で使用するための教材などが保存されている。
「ん? ゼ、ゼロ……ワー……ク? どっかで聞いたことある気はすんだけど、なんだっけか?」
端末裏に筆斜体で書かれた『ZERO Works』という会社のロゴを読み、首を傾げる祐悟。
「ゼロワークスエンターテイメントコーポレーション。えっと、ほらフルVRゲームの会社だよ」
「おぉ! そうだそうだ。ゲームの始めに『なんとかエンタテイメント』って言うとこのだな。思い出したぜ!」
「そう。んで、その会社の作ったって言う電子書籍用のタブレットなんだけど、見たこと無いってことは貰って――」
「あぁ、無ぇな」
「……そっか」
合格はしてるのに手帳もタブレットも貰ってない?
少なくともさっきの合格証明書があるということは合格してるのは間違いないはず。
それにバッジも付けてるってことは合格書が別の学校のって訳でもなさそうだ。
「う~ん……」
ゲームを始めた横で首を傾げる防人は植崎の胸にしっかりと虹そして一羽の鳥をモチーフとした校章を付けていることを確認し、さらに疑問が大きくなる。
生徒手帳を知らないというのは確かのようだが、完全に忘れてるか、単に気がつかなかったか、可能性がなくはない。が、流石にそれは無いだろう。
もしかすると自分だけが特別。なんてそんなはずはないだろう。
自分が一位とか二位とかならまだしも中間評価が最下位だった以上、絶対にそんなことはあり得ない。
とすると学園の試験でカードを忘れてきた人にはそういう大切なものは当日に渡される。と考えるのが妥当だろうか?
大事な時に大切なものを忘れるような人だから当日に渡してしまえば忘れものをしてしまう心配は無くなるわけだし、可能性としてはあり得ない話ではない。
「あ、着いたぞ植崎。ゲームを一旦止めろ」
「ん? おう」
二人はバスを降り、周りをみると旅行バックや大きなカバンなどを持つ学生らしき人たちが多く見られた。
この事人達も、学園に合格したのだろうと思いつつ防人はグッと大きく伸びをする。
「やっと着いたな」
「そうか? そんな時間経ってねぇと思うけどなぁ?」
「そりゃああんなにゲームに熱中してたらな。何時間経っても短く感じるんじゃないか?」
「そうなのか?」
「いや、知らないけど……体感時間的なやつだと思うよ?」
「ふーん。よく分かんねぇなぁ?」
「まぁ、そういうのって言われないと自分では気付かない気がするし」
「そういうもんか?」
「そういうもんじゃない?」
二人は話をしながらも人の流れに沿って歩いていると一次、二次試験会場として訪れた巨大なドームがようやく見えてくる。
「しっかし、ここが学園だったとはなぁ」
「確かに。てっきり試験会場として借りてるだけって思ってたけど……」
防人は相づちを打ちつつ、流れに沿って道なりに更に進むと半球状のドームに1ヶ所、試験の時と同じ、しかしあのときと比べると明らかに小さな光る場所があった。
家の扉ほどの小さな入り口。
列の先頭の人達を見るにどうやらその中へと順番に入っていっているようだ。
「あそこみてぇだな?」
「みたいだね」
止まることなく流れるように入っていく人達。
そのため、順番はしばらくもしないうちにすぐにやって来て二人はその中へと進んでいった。
光の中を抜けて次に視界が開くと目の前に広がったのは、じゅうたんの敷き詰められたホテルのロビーのような場所。
広場になっているその場所は2階までの吹き抜けとなっており、高い天井はその建物の広さを強く感じさせる。
光を取り込むために設けられた大きな窓際には高級感のあるソファーと綺麗に磨かれた円柱石の机が並べられており、傍の背の低い棚にはカードゲームやボードゲームなどが並べられている。
『新入生の皆さん、おはようございます。ここは皆さまがこれから暮らすこととなる学園寮でございます。
あなた方が受付にて先日、皆様に送らせて頂いた生徒手帳を用いてあなた方の部屋番号を改めて確認し、セキュリティの為に指紋登録を行ってください。
入学式の開始まで部屋でくつろいでいて構いません。
男子生徒は受付から右のエレベーターへ。
女子生徒は受付から左のエレベーターへ。
そこから確認を行った部屋へと向かうことができます。
入学式開始は10時からの予定となっておりますので、10分前までには体育館に集合してください。
体育館の場所については生徒手帳内の学園地図を確認してください。
入学式の座席は開始の約30分前に全校生徒にメールしますのでそれを確認してください。
……新入生の皆さん、おはようございます――』
放送のスピーカーからゆったりとした音楽と共に繰り返される放送。
防人はそれを聞き、ここがヘイムダルの学園寮であることを理解すると後から入ってきている植崎の方へと視線を向ける。
「ほら、植崎さっきの放送を聞いたよな。僕は先に行くぞ?」
「お、おう。ウェェ……」
試験のときと同じく、気持ち悪そうな植崎。
確かにあのふわふわした感覚は目眩をした時みたいで気分が良いものではないことは確かだ。
けれど、一瞬の事だし、そこまで体調を崩すようなものだろうか?
「大丈夫か?」
「お、おう。ウェ……」
転移酔いとでいうのかな?
乗り物酔いとかになりやすい人がなりやすい可能性が――いや、それ以前にまた何か腹一杯になるまで食べて来たという可能性も考えられるか?
「おい。植崎歩けるか? そこにトイレあるっぽいし行くか?」
「い、いや大丈夫だぜ」
「なら、せめて気持ち悪いの取れるまでそこに座って少し休みなよ?」
「お、おう。そうする。 ……それじゃ、また後でな」
真っ青な顔をしている祐悟がフラフラとした足取りながらも無事、ソファーに腰掛けるのを見送る。
「……さてと」
手を挙げた植崎へ防人は軽く手を挙げ返しつつカウンターと思われる方へと足を運び、小さく頭を下げ、挨拶。
「あの、すいません……」
「おはようございます。部屋の確認ですか?」
防人が声をかけるとスーツを身に付けた綺麗な黒髪の女性は笑顔を見せた。
「はい」
「では、生徒手帳をこちらの機械へ」
「分かりました」
「しばらくお待ちください……」
機械が読み取りの音を鳴らし、受付の女性が受付の方へと向いているモニターの確認を行う。
「あなたの名前は防人 慧 様で間違いありませんか?」
「はい。大丈夫です」
「わかりました。それでは次に左右の手を順に登録いたします……まずはこちらに右手をお願いします」
短く返事をして言われた通りにこちらへ向いている小さな装置に表示された手形に合うよう、静かに手を置く。
右手。
次に左手。
読み取りが完了したことを表す音が機械から鳴り、受付の女性がモニターを確認する。
「無事、登録完了いたしました。
あなたの部屋は4階の437号室です。ドアノブの上にパネルがありますのでまずはそこに触れてください。ライトが青く点灯し、解錠されるはずです。また、負傷をしているなどで手が使えないなどの場合は手帳等で連絡していただきますようお願いいたします」
「わかりました。丁寧にありがとうございました」
「それでは良き学園生活をお過ごしください」
受付から右へ進み、2つのうちの入って手前のエレベーターに乗り込む。
◇
最上階
・浄水槽 ・貯水槽
五階
・男子寮フロア ・女子寮フロア
四階
・男子寮フロア ・女子寮フロア
三階
・男子寮フロア ・女子寮フロア
二階
・男子寮フロア ・女子寮フロア
一階 <共有フロア>
・ロビー ・パブリックスペース
・資料室 ・食堂
地階 <共有フロア>
・大浴場 ・トレーニングルーム
・遊戯場 ・室内プール
・コインランドリー
◇
エレベーターに貼り付けられていた階層表を見ているうちに4階に到着。
表札を頼りに壁の灯りにより淡く照らされた、じゅうたんの敷き詰められた通路をまっすぐ進み、一番奥にある自分の部屋へ。
「0437……ここかな?」
ドアノブ上の黒いパネルに触れると解錠音が鳴り、小さなランプが青く点灯したことを確認する。
この先に広がっているのは自分自身が作り上げた一室。そう思うと自然と胸が高鳴るというものだ。
というのもヘイムダル学園の学生寮は各学生に与えられた大まかな間取りを元に学園のHPから好きなように模様替えをすることが可能となっている。
もちろん配置できる家具や部屋数などには限度があるものの各々の自由にできるというのはなかなかにゲーマーのクリエイト魂が刺激されるというものだ。
とはいえゲーム内の一室とは違い、今後お世話になる部屋なので利便性がなければ意味がない。
なので、防人は色々と増し増しにしたい欲を抑えながら無難な一室を作り上げた。
「よし!」
意気揚々と扉を開き、まず目に映るのは小さな玄関。そこには四角く切り分けた間取りの残りとなる小さな空間が広がっていた。
HP上で模様替えをする際、いくつかのレイアウトが保存されていたので試してみたもののそれらは全てピッタリと切り分けられることなく、少しばかり空間が余ってしまっていた。
もしかすると他の部屋であればピッタリとなるように設けられているであろうが、防人の選んだ一番奥の部屋は通路分の広さが部屋として設けられているため、他の部屋と比べて少しばかり大きくなっている。
「ここは、ちょっと失敗したかな?」
防人は少しだけ違和感の残るその空間を見て、苦笑しつつ靴を揃えると「まずは……」と玄関から突き当たって横に伸びる廊下を進み、リビングにあたる部屋に荷物を置くと身軽になった体でクルリと反転。
トイレや浴室、洗面所などが問題なく用意されていることに防人は静かに頷いた。
「……ん?」
その他にも寝室やリビング・ダイニングに用意されたキッチンなど、部屋の間取りや用意された家具などに問題がないことを確かめていると生徒手帳に学園からのメールが届く。
『入学式開始10分前となりました。もしまだ体育館に集合できていない生徒がいましたら急ぎ集合してください。
※体育館の場所がわからない生徒は生徒手帳の学内マップを参考にしてください』
もうしばらくの間、のんびりしていたかったがそういう訳にもいかないようだ。
防人は添付されているファイルから場所を調べると他の生徒たちの流れに沿って体育館へ向かった。




