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027『息を切らした変質者、現る』

 防人らは灯りの消えた薄暗い通路を進み、ここに来たときよりはずいぶん小さな光の扉をくぐり抜けて試験会場の外に出る。


 ちなみに通路を歩く時の話すことに困ったというか暗い通路を抜ける間に恐怖心に駆られたので年齢を聞いてみると20代だそうだ。

 本当かどうかは怪しいところだけど。


 それからバスが来るのを待つ間に『今から帰る。遅れてすまない』と短めのメールを湊に送っておくことにした。


 なにも連絡しないとそれこそ何を言われるか。


 けれど、むしろ送らない方がよかったかもしれないと、後悔をすることになる。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 暗く寒い住宅街の道、似たような建物が並ぶその通りを防人は白い息を吐きながら走っていた。

 口の中はカラカラで汗は出ていない。

 脱水症状が出ているのはわかっているが、正直な話、そんなことを今は気にしていられない。


 何故なら、暖房のきいた温かいバスの中でうたた寝をしてしまったがために目的のバス停を寝過ごしてしまったからだ。


 幸い、降りたバス停から自宅までの道のりはさほど離れてはいなかったものの日もすっかりと暮れて氷点下に近い気温となった外を走るのは色々と消耗してしまう。


 本当なら走って帰るのは疲れるし、嫌だったけれど、妹へと連絡をしてしまっている手前、夜中の数少ないバスが回ってくるのを待っていたら30分近く待つことなってしまう。


 それなら走って帰った方が早く家に戻ることが出来る。


 帰ると送って、あのドームから自宅近くのバス停までの到着時刻は把握されている以上、遅れた時点でお小言が待っているのは確実だが、その遅れる時間は短いのが良いのは考えるまでもない。


 彼女の機嫌によっては閉め出されるのは確実だ。

 こんな寒空の下で一夜過ごしたら次の日には確実に凍死体だ。

 それだけは避けなければ!


「次を右!」


 出来る限りの全力で、より短い距離を走れるように考えながら、防人は一心不乱に目的地へ向けて走る。

 こんなことならチャリで行けばよかった。


「……ハァハァッ――っ、ついた」


 さらに30分ほどしてから息が絶え絶えで呼吸を整える間もなく、急いで自宅の玄関のインターフォンを鳴らす。


「はーい……あ、お帰りなさい。遅かったねーどこいってたの? もう10時すぎだよ?」


――おや、これは怒ってない様子?

 とはいえ何も言わないわけにはいくまい。


「はぁはぁ……僕がハァ、バスでハァハァ、起きれなくてハァ、隣街までいっってたよ」

「そう、お疲れ様」


 呼吸が乱れ、途切れ途切れに話す防人から彼女はカバンを受け取りながらそう言って笑みを浮かべる。


「あ、うん……」


 まさかの労いの言葉がかけられるなんて。

 なんだこれ? 逆に怖いぞ?


「あぁ、そうそう」


 動揺が隠せない中、家の中へと入ろうとした防人へと湊は先程の笑顔が嘘のように冷たい視線を向けてくる。

 あ、これマズイ。


「そんなにはぁはぁ言って、キモいよ? ――ハッ! もしかして私を見て欲情した? うわぁ…そんな変態さんは入れません!」


 危険を感知したものの家へと入るよりも早く、湊は早口で言い終えるとバタンっと扉を閉めてしまった。


「え!? いや、違う違う違う。走って来たから疲れて息が切れてるだけで、ちょっとたのむから家に入れてくれよ」


 やらかした。

 なんで素直にカバン渡しちゃうかなぁ……財布も鍵も入れっぱなしだ。

 とにかく、これでは中に入れない。

 後、出来ることは扉の向こうにいる湊へ入れてもらえるようたのみ続けることのみだ。


「おーい、いい加減開けて――」

「キャー!! はぁはぁ言って欲情した男が私の家に入ってこようとしてくるー!!」


――全く、よくもまぁそんな出任せをペラペラと、早く入れてもらいたいのは山々だけど、騒いだらご近所に迷惑がかかるからなぁ。


「おいこらイタズラもいい加減に……ん?」


 何度か玄関のドアを叩き、未だわざとらしい悲鳴を上げる湊に対して少しばかり苛立ちを感じていると不意にガチャリ、と腕に手錠がはめられた。


――え、まさか。


 焦って後ろに振り返るとそこにはスタイルの良いスーツ姿の女性が立っていた。

 暗くてよくはわからないが手錠を持っているところを見るに恐らく婦警なのだろう。


「あなたを不法侵入およびわいせつ行為により現行犯逮捕します」


 そう言って婦警はの腕にはめられた手錠の反対側を自分の手首にはめた。


「え?!! ちょ、ちょっと待ってください。これには非常にはた迷惑というか、なんというか、とにかく別に悪いことをしようとしていたわけじゃ無いんですよ」


 突然こんなことになれば、焦るのは当然の事。

 そんな彼に出来るのは誤解を解いてもらうように謝りを繰り返すほか思い付く術は無かった。


「問答無用、署までご同行ねがいます」


 ハッキリとそういった婦警は少し強めに防人の腕をぐいぐいっと引っ張る。


「 ( スッゲー馬鹿力 ) ちょっ本当にすいません僕、その……僕はこの家の人なので本当に悪いことをしようとしていたとかそんなことは全く無いんですって」


 ダラダラと流れ出る冷や汗と高鳴る鼓動を感じながら、必死に弁解していると後ろから笑い声が聞こえてきた。


「湊、おま、何がそんなにおかしい?」


 防人はこの状況を作り出した元凶の方に振り返ると怒りと焦りの混じった震えた口で言う。


「フフフッ、だって本気で焦ってる兄さんがちょっと面白くて、ぷっはははは!!」

「いや、ちょっだから、笑ってないでお前も弁解してくれよ」


 そう言うと湊はまた腹を押さえて笑う。

 こんな姿を見るのは本当に珍しいけれど、現象でその姿を楽しんでいる余裕はない。


「だから――」

「その必要はないよ兄さん」

「え、なんで?」


 見捨てられた子犬のように本気で驚いた顔を見せる防人。

 彼の顔を見て湊は目に涙を溜めながらもあきれたような口調で言った。


「まだ気がつかないの? その人は姉さんよ」


――え? うそ、まさか


 防人は恐る恐る振り返ると姉 (?)は薄く小さく笑い、被っている帽子を取る。

 すると帽子のなかにバレないように隠していた らしい長い黒髪がさらりと落ち、風になびいた。


「相変わらずだな。お前は」

「ね、姉さん!?」


 そこに立っていたのは紛れもない姉の姿であった。

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