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026『知らない天井』

「う、ん? …………ここは?」


 ふと目を覚ましたのはどこかの部屋のベッドの上。

 しかし周囲はカーテンによって囲まれておりここがどこであるかは分からない。


 しかし仄かに漂う独特な薬品の匂いと先程まで試験を行っていた事から防人はここが受験を行った会場、その保健室であると判断する。


()っ!」


 起き上がろうとした際に全身に走る筋肉痛に似た感覚に全身が軋み、痛む。


 防人は額に少し汗を滲ませながらベットに手をつき、軋む体に歯を食い縛り、(むち)打ってゆっくりと起き上がると壁を背に一息つく。


 視線のみを動かし、周囲を見回して防人はカーテンの隙間から見える壁の時計に目をやると現在時刻は19時30分。


 会場の(そば)にあるバスは11時のものが最終なので時間を心配する必要はない。

 問題はあいつ――(みなと)だ。


 遅く帰ればあれやこれやと勝手な理由で何をされるかわかったものではない。


「ん? なんだ、起きていたのか?」


 防人が大きくため息をつくと同時にカーテンが開き、現れたのは小学生のような幼い顔つきをした女性。いや、小学生?


 低い身長と童顔。

 その見た目に反してとても大人びた声をした彼女はその若草色の長い髪を左側でポニーテイルにしてまとめている。


 格好は赤いシャツに紺のデニム、羽織っている白衣はサイズか合っていないのか長さが地面スレスレでその(そで)はリストバンドでもはめているのではないかと思うほどに巻かれて膨らんでいた。


 背丈は防人の3分の2ほどでもし、身長を比べれば彼の胸下辺りとポニーテールで盛り上げられた後頭部の高さが一致するだろう。


「あの、あなたは……?」


 着ている服のせいか見た目よりも小さく見える女性。

 防人は彼女へ問いかける。


「ん、私か? 私は、山本(やまもと) 綾香(あやか)だ。……どうだどこにでもあるような普通な名前だろ?」

「はぁ……まぁ、そうですね」


 防人は質問に対して反応に困りつつもゆっくりと頷く。


「それで、私は医学や薬学を専門としている。……さて自己紹介はこんなものか……正直なところこんなことはどうでもいいことだ。普通は会わないんだからな」

「ん、どういうことですか?」


「あぁ、いやまぁ、別に気にすることはないさ」

「はぁ……そう、ですか」


 綾香はニヤリと白い歯を見せて微笑むと白衣のポケットから飴玉(キャンディ)を取り出して口に放り入れる。


「君も食べるかい?」

「あ、いえ……遠慮しておきます」

「そ。んじゃま、もう遅いし、名残惜しいけどそろそろ話を始めた方が良いかな?」


 ガリガリ、と彼女はキャンディーを噛み砕き、飲み込むとベッドの横に置かれた椅子を引っ張ってぴょんと腰かける。


――な、なんてアゴだ。あれはアメを食べた意味があるのだろうか? ……いや、糖分補給とかそういう目的だけなのなら問題ないけど。

 よく歯が折れないなぁ。


 その光景に驚きの表情を見せ、困惑する防人。

 そんな彼の胸中は気にすることなく、彼女は真剣な顔になると話を始める。


「さて……そうだな、まず君が何でここにいるのかということに疑問はあるかな?」

「まぁ、全く無かったと言えばうそになりますけど」


 防人は彼女の質問に対してゆっくりと頷く。


「そうか……じゃあ始めっから話すことになるのかな?……全くこんなことは自分でやれよ。でもまぁあいつは今手が離せないからな……」


 防人には聞き取りづらい小さな声で彼女はブツブツと愚痴をこぼす。


「あの……」


 彼は何を言っているかを聞こうと綾香に声をかけようとすると彼女は「よし!」と手を叩くと防人の顔を見た。


「えっと……まずあんたは試験が全部終わった後、気絶してたんだよ。何でかってのは……まぁ言わなくてもわかるか?」

「えぇ、なんとなくは……えっと確か再現痛覚による現実への影響ですよね」


 仮想空間においてダメージを受けた場合、そのダメージによる痛みを感じさせるというもの。

 その為、仮想空間での自分は痛みに転げていたとしても現実世界での自分は静かに眠っているということになる。


 しかし仮想空間でのゲームプレイなどによって過度な感覚を受けた場合、その感覚が頭に残り、そのまま現実へと戻った時痛みを感じるというものだ。


「うん、いわゆる幻肢痛。いや、この場合は幻覚痛って言うべきかな。……痛いのはあくまでも幻だ。機械がここは痛いんだって教えてしまったからここは今は痛いんだって脳みそが勘違いしてしまってる。分かるかな?」

「ええ、まぁ言おうとしていることは……」

「んで、あんたはその痛みのせいでゲームん中で気絶したもんだから出て来ても気絶してたってことだ。うーん伝わるか? まぁ伝わってなくても別にいいけれど」


 彼女は短く笑って椅子から降りる。

 少し適当な感じの彼女に防人は少し不安を感じながらもベッドの上で静かに彼女の様子を眺めていた。


「んじゃあ、まぁどうしてここにいるのかは話したし、とりあえずはいいかな? ……ぁー、後は個人的にも聞きたいことはあるけど、あんまり時間かけられないしなぁ……」


 彼女は机の方へ視線を映してニヤリと微笑む。


「まぁいいか。ねぇ君、少し時間は大丈夫かな?」

「えっと……」


 防人は目線だけを動かして壁に19:15と表示された時計をみて「はい」と頷く。


「よし、じゃあちょっと待ってなよ今から荷物が隣の部屋にあるから取ってくるからね」

「あ、はい、わかりました」


 彼女はカーテンを閉め、机の上の箱を持ってガラガラと扉の音をたてて保健室から出る。




「……遅いなぁ」


 今来ている学ラン以外、携帯もなにも持っていない今現状、やることは時計の針の音を聞きながら知らない天井を眺めるのみ。

 動こうにも体が痛くてそれどころではなかったものの。

 10分ほどすれば全身の痛みも完全に消えたので起き上がってベッド下にある靴を引っ張り出す。

 防人は靴を履き、身体を捻ったり、伸びをしながら待っていると勢いよくカーテンが開き、綾香が現れる。


「悪いな待たせて、おや? もう起きてていいのかい?」

「いえ、別に時間はそれほど経っていません。後、身体の痛みはだいぶ無くなりました」


「そう。はい、これが君のカバン」

「ありがとうございます」


「それからスマホに腕時計……しかし、今時の子供ってのはませてるねぇ、そんな良い感じの時計を持ってるなんて」

「まぁ……えっとありがとうございます。でも、今はもうこういうのも骨董品みたいなものですけどね。今の腕時計っていえばネットが繋げられて、テレビも見れてっていうのが普通ですから。まぁ自分の場合は誰かからのもらい物ですけど」


 そう言いながら防人は自分の腕に受け取った腕時計を身につける。

 その際にチクリッと針が刺さったような痛みが走り、再び時計を外して手首を確認するが、傷らしきものはない。

 閉めた時に挟んだのだろうか?


「ふーん、よく分からないけど、誰かってのは友達かな?」

「あぁ……ええ、恐らくは」


「なぁんか自信なさげだね」

「自分、小学生よりも前の時の記憶が曖昧というか全く思い出せないので、この時計もその頃にもらった気がするってだけなんですよ」


「へぇ~誰か分からないのに大切にしてるの? 妙だね」

「やっぱりおかしなことですかね? 貰った事すら曖昧で分からないものを大切にするっていうのは」


「いや、妙だなと思ったから言ってみただけで大意は無いよ。物を大切にするっていうのは大事な事だしね」

「そう、ですか?」


「うん、大切だって思うってことは少なくとも頭のどこかにそういった記憶が残ってるってことになるから。それなら大切にすることに越したことはないんじゃないかな。偶然にもそれを君にあげた人とどこかで会うこともあるかもしれないし」

「確かに、そうかもしれませんね」


 防人は綾香と話しながら壁に掛けられたダウンジャケットを取って着こみ、彼女から受け取ったカバンを肩にかける。


「ん、準備は出来たみたいだな。そんじゃ出口まで案内するよ」


 試験の際、学園の地図は見たはずだけれど、それを忘れてしまっていた防人はその好意を素直に受け取ることにした。

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