025『光の牙』
――これは……何だろう? 僕の……記憶?
暗く黒い中でぼんやりと頭の中に浮かび上がる映像。
――まさか、痛みのせいで走馬灯まで見えてくるなんて。
でも、僕は小学生くらいの頃のことなんてすっかりと忘れてしまっていたけれど、これは……そう、確か、夏休みの時だ。
「~~♪♪」
小学生の夏休み。
邪魔な宿題なんて答え見ながら一日で済まして残りは観察日記と防災ポスター……絵日記。
やることを済ませた僕は彼の家に遊びに行ったんだったっけ。
鼻唄混じりでインターフォンを鳴らしてカメラの前でしばらくの待機。
するとカチャリ、と静かにドアのロックが外れてその音を合図に玄関の扉を開ける。
「お邪魔します」
ウキウキとした気分の中、くつを脱いで誰もいない玄関を抜けて上がる階段。
そして『兄のへや』と札のかけられた友人の部屋に入るとまず目に入るのは巨大なモニターとその映像を映し出すコンピューター。
今、持っている道具よりも遥かに高性能なそれによって壁のモニターに映し出されていたのはオレンジ色の装甲を持った細身のGW。
これは確か……そう、ゲーム。
今、試験を受けているこれと同じように山や海なんかのフィールドに出て、戦ったりする内容のそれは当時の自分からすれば見たこともないものでとても好奇心がくすぐられたんだったかな?
「――!」
「…………」
幼い頃の自分はそれを見て嬉しそうに友達に話しかけて……何を話していたんだっけ?
思い出せないけど、確かとても楽しくて嬉しくて……そして。
モニターに映し出されているそのGWを僕は知っている。
――もし、今戦っているあの敵が音速で動くのなら、このオレンジ色のGWは光速。
そして名前は……確か
「――光牙」
◇
小さく、消え入るような声で防人が呟くと突如、全身が光へと包まれる。
身に付けていたGW≪フリーダム・フラッグ≫がパージされていき、先程のモニターのものと同じ、オレンジ色のGWが装着される。
「これ、は?」
先程の痛みや熱さが嘘のように消え失せ、驚きの中でゆっくりと目を開ける。
自身の今の状態、侍の甲冑のような、忍者のような装甲をしたそれは間違いなく先ほど頭に浮かんだあのGWそのものであり、腰の一本刀や腰の小型ミサイルポットなど、装備もそのままで間違いはない。
「――っ!」
自身の状態を確認する最中、身にまとうGWが上空からの攻撃を警告を発する。
防人は備えられた腰の刀を手に掴みつつ素早くその場から移動しつつライフルによる攻撃を回避、上空の敵へと視線を向ける。
――どうして、今見た光牙を身に付けているのとか、どうして忘れてた子供の頃の事をこのタイミングで思い出したのか、とか色々分かんないことだらけだけど
「……いた」
とりあえず、あの人を倒すのが先だ。
「何故、攻撃を?」
と、その前に襲ってきた理由くらいは一応聞いておかないと。
……そう思ったけれど、そいつは怪しく笑みを浮かべるだけで攻撃を加えてくる。
――さっきも思ったけど、光牙、明らかに動きが良い。
操作感覚は今までとは変わらないうえ、前のやつよりも思うように動いてくれる。それに動作へのレスポンスが明らかに違う。
視界も良好。……まぁ別に目が悪いって程ではないけど、さっきと比べてもかなりクリアに見えてる気がする。
防人は攻撃の回避に専念しつつ、動作の良さに感動にも似た感想を感じながらもスライドするように移動、傍にある駐車場ビルの中へと身を隠すと彼は腰の太刀をゆっくりと引き抜くと機体のセンサーをフルに活用して上空の敵を確認する。
攻撃は既に止んで、かといってこちらへと襲ってくる様子は見られない。
なんとなくだが、こちらが動くのを待っている。そんな気がする。
それにしても質問したあの時の敵の顔。
嬉しそうなあの笑顔。
あれがゲームとしての演出なのかは分からないけれど、少なくとも今までのガーディアン達とは明らかに動きが違う。
こちらに気付いているのにも関わらず攻撃をしてくるわけでもなく、かといってこちらを見失ってその場から離れて探索を行うこともない。
明らかにこちらがどこにいるのかを認識している。その上であいつはこちらが動くのを待っている。
「…………。」
未だ、何かしらの放送や強制的なゲームの中止などが行われていないのを見るに、この状況は学校側の想定外というわけではない、と考えても良さそうだ。
となるとますます光牙が使えるのが分からないけど、少なくともこれに助けられたのも事実。
試験の一つとして今の戦闘が続いているというのであれば、合格するためにも負けるわけにはいかない。
まぁ、なんで試験がゲームなのか、未だに納得がいってないところもあるけど、やらないと。
防人は太刀しっかりと握りしめ、タイミングを見計らってビルの中から飛び出すと敵からの攻撃を回避しつつそのまま背の推進機を利用して上空へと浮かび上がる。
「――っ!?」
――凄い。
今までとはまるで違う加速力に感動を覚えながらも目の前の敵を見据えると構えている刀を力強く振るう。
素早く空を切る音の後に響く金属音。
バシィ!! と激しい音とともに火花が舞い散り、防人は持つ刀と敵の持つ直剣が交差するその瞬間を目撃する。
攻撃を防がれたことを認識した防人は加速によってかかる勢いをそのままに、通り過ぎた身体を即座に反転させ再び太刀を振るい、攻撃を加えていく。
「くっ!!」
思うように体が動く。
敵の動きに対してさっきのように反応が遅れてしまうこともない。
こちらからの攻撃の隙を突いて反撃を行う敵の剣。その軌道を腕の小さなシールドでかろうじてずらしながらロックオン。
距離を取るように行動するとと同時に腰のミサイルを発射。
爆発と同時に視界に表記された敵のHPバーが僅かながらも削れたことで直撃をしたのだと確信する。
が、直撃したにもかかわらず敵は何ともないようで再び剣が襲ってくる。
「うっこの……」
――ミサイルのダメージに対して痛くもなんとも無いのか?
防人は自分が撃たれた時のあの苦しみに対して平然としていられる敵に驚きつつも剣による攻撃に対して刀を振るい、応戦する。
攻撃の軌道をずらし、回避する。
攻撃を受け止めて防御する。
その度にぶつかり合う二つの刃は金属音を響かせ、火花を散らしていく。
しかし、そのすべてが交わし切れるものではなく、互いのHPは徐々に削れていく。
――まずいなぁ、このままじゃやられるのも時間の問題って感じだ。
フィールドのエネルギーはチーム戦の時に消耗し切っちゃってるから頼れないし、かといとってこのままごり押すにも単純なパワーだけじゃこの細身の機体ではどうも押し負けちゃうしなぁ。
ここは少し、戦闘法を変えてみますか。
「――ハァッ!」
鍔迫り合いを行った後、防人はミサイルの爆風に紛れて一旦離脱、ワイヤー付きの盾先の刃を発射する同時に刀を構えて相手に突撃する。
ヒット&アウェイ。
攻撃を仕掛けた後に即離脱、このGWの特徴である速度を活かして攻撃に重さを加えていく。
「そろそろ……かな」
防人は小さく呟き、道路の真ん中に着地するとワイヤーを一気に巻き上げる。
予定では廃墟に張り巡らしたワイヤーがピンっと張り、敵を締め付ける。
……予定だったのだが、考えは既に読まれていたのか伸びたワイヤーは綺麗に切り落とされており、最初に壁に刺したアンカーから伸びるワイヤーは力なく垂れ下がっていた。
ダメージはそこそこ与えられたようで現在、両者のHPは共に3割を切っており、防人の方が僅かに残っている。
『……なかなかやるな』
「やっぱり喋れたんだ」
通信機から突然流れた声の正体があの敵からであるとすぐに感づいた防人は刀としっかりと構えたまま上空の彼へと視線を向ける。
「当たり前だろう。私だって人なのだから話すことぐらいできる。容易くな」
「それじゃあ、まぁ今の状況からして今のあなたは僕の敵ってことで間違いないですよね?」
防人は刀の切っ先を相手に向けたまま落ち着いて問う。
「まぁ、そうだな。私は君の力を見せてもらおうとここに来たのだから、間違ってはいない。私は君へ敵対心を持ってここにいる。だから……」
そう言って奴は剣を一振り空を切ると、「楽しませてくれ」と静かに笑った。
「えぇ、善処しますよ」
話しかけてくれたお陰もあって目の前にいる彼を単純な敵ではなく、敵対する『|共にゲームを楽しむ相手』として見ることができるようになった。
けれど、これは今後の人生がかかった大事な試験であることに変わりはない。
だから気を抜くわけにはいかない。
「それじゃあ、行きます!」
防人は一度、大きく深呼吸を行うと地面が割れんばかりに力強く蹴って飛び上がり、推進機によって一気に加速、残りのミサイルを乱射しつつ接近する。
「……ふん」
彼は右に左に滑るようにして動きミサイルを避け、ホーミング機能によって追いかけてくるそれを軽く切り伏せる。
防人は爆発により舞い上がる爆煙の中を突き抜けるように動き、敵の後ろへと回り込んで刀で突く。
「――クッ!」
攻撃が外れたのを確認してすぐに後退、傍にあったワイヤーが巻き付いたビルの中に入り込む。
「えっと……確かこの辺に……あぁあった」
目的のものを見つけると同時に響く攻撃警告。
防人はすぐさまビルの中を走り抜けて、壁を突き抜けてくる光線を回避しつつも周辺を警戒。
ビルにある柱が次々に破壊されていき、支えを失った天井が落下。バランスを崩し、倒壊する。
防人は慌ててビルに開いた大穴から下の階へと逃げつつ舞い上がる煙と降り注ぐ瓦礫に注意しつつビルの外へと脱出する。
乱射され、降り注ぐライフルによる攻撃を回避しつつ砂ぼこりの中から狙いを定め、突貫。
防人は白いGWを身に付けている男へと一気に接近すると刀による攻撃を行う。
攻撃はあっさりと防がれるもののあらかじめあらぬ方向へと放っていた数発のホーミングミサイルが彼の後方から接近し、直撃。
HPの残りが半分を切ったことを確認する。
「はぁ!!」
防人は好機と判断し、さらに追撃。
男が煙を払うために剣を振るったその隙を突いてビルの中で見つけていたアンカーを投擲する。
しかし、アンカーによる攻撃はすぐに対応され、回避されてしまう。
「――!?」
けれど、それはもちろん想定済み。
防人はアンカーから伸びるワイヤーを使い、アンカーを操ることで敵機のライフルへ刃を直撃させ、破壊する。
『――何!?』
防人は刀を構え直しながら即座に接近戦を挑む。
「はぁっ!」
声を張り上げ、両手で握りしめた刀を上から下に降り下ろす。
隙を突いた完璧な攻撃。
刀の刃は確実に男を捕らえ、剣も背中の鞘に収まっている。回避は確実に間に合わない。
――勝った!
そう思った直後に響く大きな金属音、敵の盾によって思いっきり叩かれた防人の刀は根元の辺りからポキリと折れて刃は地面へと突き刺さる。
「そんな!?」
「……終わりだ」
彼はそう言って剣を鞘から引き抜くと力強く降り下ろした。
「ぐぅっ!」
防人はすぐさま両腕を組んで腕のシールドで防御をしようとするものの力負ける。
腕の装甲は砕かれ、HPは一気にレッドゾーンへと突入する。
「ぃっ──!!」
現実ならば確実に両腕がへし折れているであろう激痛に襲われながら、身体はものすごい速度で地面に叩き付けられる。
「がはっ!」
再びの衝撃に意識は飛びかけそうになりながらうっすらとあけた目で赤く見える世界の中から上空の相手を見る。
――参ったな……あれは確実だって思ってたのに……あぁ完敗だ。
でもまぁ最後の辺りかなり楽しめたから悔しい何てことはないかな。
あぁ……いや、涙は痛いせいだ。
( 君の……名前は )
薄れていく意識の中で聞きたかった質問。
口は動くけれど、声は出ない。
だから相手には聞こえていないはずだけれど、ぼんやりとした頭の中に声が届いた。
『俺は椎名 ――だ』
――椎名…その名前は……確か……どこかで……。
再び訪れた赤黒い世界の中、防人はゆっくりと目を閉じると意識を今度こそ完全にこの世界から切り離した。




