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240「事後報告、傭兵の拠点にて」

 防人慧が医療施設にて眠っている最中のこと。



 傭兵部隊『ヨルムンガンド』の本拠点。

 その会議室には早朝から人が集まっていた。


 室内には部隊責任者である防人要(さきもりかなめ)と数名の部下が集まっており、通信係の兵士達は端末を操作。これからの準備を行っていた。

 そしてマルジン・エムラスと、お付きの女性たちが入ってくる。



「みな、集まったな」



 彼らが席につくのを待ってから部屋の照明が落ち、スクリーンが点灯する。



「まずはエムラス殿。急な呼び出し、申し訳ない」

「いえ、お気になさらず、むしろ何らかの情報をこうして得てくれていることに感謝します」

「そう言ってもらえると有り難い。では、早速始めましょうか。まずはこちらの映像を見て欲しい」



 スクリーンには、とあるニュースが流れる。

 映像の若い女性キャスターは、淡々と事件の内容を読み上げていき、反逆罪の罪に問われていたマルジン・エムラスが逮捕されたこと。

 そして、今日から3日後の正午。マルジン・エムラスを処刑すると、ルーロイ大臣が宣言したことを報道していた。



「ここに貴方がいる以上、誤報とは思うのですが……」

「いえ、恐らくですが、私の兄をマルジン・エムラス()として処刑するのではないかと」


「兄、ですか。なるほど、それならば可能でしょうが……ここで彼を処刑する意図が我々にはいまいち掴めないのですが……」

「……そうですね。わざわざ国の混乱を招くような真似をして、あの方は一体何がしたいのやら」



 1、2分ほどの短い映像が終わる。

 ここに居合わせている誰もが、ヘンリー・エムラスの処刑が罠であると分かっている者たちであったが、それを行うメリットが見当たらない。



「権威を主張するにしてもおかしな話だね。偽物だってバレたらそれこそ意味がないってのに」

「えぇ、ただでさえ傭兵を雇い、国の治安を悪化させているのですから、この行為はむしろ逆効果に思えます」



 数分間、語り合うも結局のところ良い結論は見つからない。

 次の話に入るために、要はとある人物を招き入れた。


「失礼する」


 ひょこりと姿を現したアーサー王子。

 王子は緊張した面持ちで護衛としてついていた兵士とともに入ってくると、嬉しそうにエムラスの元へと駆け寄っていく。



「ジィ! 無事だったか」

「えぇ、坊ちゃま。主人の危機に、お傍を離れたこと。申し訳ありません」


「よい。二人共無事だったのだ。こうして再開できたこと。嬉しく思うぞ」

「感謝します」



 王子と従者の短くも不可欠なやり取りを経て、再び会議は再開される。

 


「さて、エムラス殿。貴方の兄に関することも含め、今後、我々が取るべき行動についてを話していくとしよう」

「えぇ、もちろんです。残された時間は短いようですし、急がなくてはなりませんね」


「その物言い。エムラス殿は兄を助けることを考えていると?」

「えぇ、もちろんです」


「罠である可能性が高いことは……」

「百も承知です。そちらもこの処刑を止めるのに反対ではないのでしょう?」


「……そうですね。このままでは我々は国を転覆せんとした暴徒として、ここの国民には追われることになるでしょうし。まぁ、出来うる限りのことは致しますよ」

「十分です。我々が望むのは戦力──そして王子の安全の確保ですので」


「えぇそれはもちろん。ですが、そのためにはまずはこちらを見てもらわねばなりません──王子には少々ショッキングな映像となるでしょうが……閲覧をお願いします」

「私としては遠慮していただきたいところですが……見せるべきものなのでしょうか?」


「えぇ、そうですね。エムラス殿が後に口頭で伝えていただくのも考えましたが、直接見ていただいた方が王としては正しいのでは。と」

「ふむ……なるほど、分かりました」

「では、保護者の同意を得たところで映像をご覧頂きたい」



 要は、後方にいる兵士へ目配せし、ある映像が流れ始める。

 無骨な鉄の室内。

 その中央に用意されている椅子とテーブル。

 そこには複数の拘束具で動けなくされている青年が座らされていた。



「さて……誰の命令でここに来た?」



 普段よりも更に低く威圧感のある口調で映像上の要は言う。

 しかし、青年──エスキュームはその表情(かお)を笑顔に歪ませた。



「……命令だと? 違うな。俺は使命を果たしに来ただけだ」

「使命だと?」

「そう、そうだ。この国を覆う腐った影を取り除く崇高なる使命だ」



 顔を上げ、カメラへと目線を向けた男。

 彼は更に口角を吊り上げると、そのレンズを睨みつけた。



「俺は“王子様”を救い出すことが、役目として与えられた」

「助けるだと?」

「ああ。見ているか王子? お前は囚われているんだよ。お前のすぐ傍にいるその男──その老執事になぁ」



 王子の側近──老執事のマルジン・エムラスは王子を誘拐した主犯格であると言われている。

 指名手配がされ、賞金も出ている。

 故に彼の兄であるヘンリーもまた賞金目当ての連中などから追われる事となっていた。


 それは要も情報として知っていること。

 そして嘘である事は重々承知していた。

 たが、目の前にいる青年にとっては街でウワサされている内容こそが真実であると信じていた。



「……何を言っている?」

「とぼけるな! そいつはお前らを欺き、王子を操って国を牛耳ろうとしているんだ! 俺たちはその傀儡の鎖を断ち切ろうとしている! 正義は、俺たちにあるのさ!」



 男はもはや狂気すら帯びた笑みを浮かべ、畳みかけるように言葉を重ねていく。



「正義だと? ならば、なぜあの娘を攫おうとした?」

「……王子の所在が分からなかった。だが“血”さえ手に入れば、事足りる。それこそが未来を繋ぐ唯一の方法だからだ!」



 青年の発言に、初めて言葉に濁りが見られた。

 要は訝しみ、煽るような口調で言う。



「つまり、言い訳か」

「違う! 本当に救おうとしたんだ……お前らには分からんだろうな。己の命を賭けても、“あの方”のために──!」



 その瞬間、青年の肩にかけられたブレスレットが淡く光る。

 ストラップにはライオネルが受け取っていたものと同じ、中心から放射状に伸びる鋭いストライプが特徴的なアマリリスの花弁が深く刻み込まれていた。

 そして、そのストラップは役目を終えたとばかりにパラパラと砂のように崩壊して、誰にも気付かれないまま、室内の埃となる。



「なっ、ま、待て……これは……違う!」

「な、なんだ?」

「やめろ……俺は、間違ってなっ!」



 音もなく男の身体に力が入り、青年の目が見開かれる。

 受け身を取ることなく、椅子ごと床に倒れた青年はまるで筋硬直したように痙攣を始めた。



「せ……正義は……私にっ!」



 泡を吹きながら、青年は必死にあがくが、次第に動きは鈍くなり──そのまま事切れた。



「死因は、何らかの毒物であると思われるが……結局のところよく分からなかった」



 映像が終わり、要は対面に座っている二人の方へと向き直る。

 幼い王子は少し驚いたように、そして怯えたようにエムラスの袖を掴んでいた。

 対してエムラスは、このくらいは慣れたものといった様子で小さく頷くと要の方を向き直る。



「確かにショッキングな内容でしたが……これが王子にとってどのような利益となると?」

「この者が何者であるかは時間もなく、詳しく調べることが出来ませんでしたが……少なくともこれだけの狂信者が向こうの兵士にいる。ということではないかと」


「なるほど。つまり、王子にとって今回の騒動は後ろに座って我々がどうにかする。それだけでは甘いと、貴方はおっしゃりたいのですね」

「えぇ、そういう事です。敵の思惑について、詳しくは彼の仲間と思われる女性から得ていきたいと考えておりますが……」



 スクリーンに映されたのは一人は女性兵士であるグレファス。

 彼女は防人からの証言によって特徴が一致する人物として要達に捕まっていた。

 彼女の両手は、後方でしっかりと拘束されており、服装も上下が一体となっている囚人服のようなものに着替えさせられていた。



「この女性は、先程の青年とは異なり黙秘を貫いているため、時間がかかると思われます。

 ですが……青年が身につけていたバイザーの中には王子の救出作戦に関する命令文書らしきものがあり、他にも何らかの情報が眠っている可能性が高いと思われます」

「ふむ……」


「先程の青年ほど狂信的ではないにせよ、敵側には我々の方こそが悪であると信じている者たちが他にもいると考えるべきでしょう。そしてそれは国民にも同じことが言えるかと」

「では、王として“威厳”をまずは得る必要がありそうですね」


「簡単そうに言いますが、何かアテは?」

「1つは、王笏。これは王として、認められたものに与えられる象徴のようなものです」


「それは、現在王子が所有しているものですか?」

「ええ、この王笏こそが王である証なのですが……」


「……国民を納得させる材料としては少し弱いかと」

「では、王の遺言を手に入れるほかありません」


「遺言……それは国民を納得させられるものなのですか?」

「えぇ、王として立つ際、万が一のことを考えて映像記録を残しておくのです。そしてそれは王が国民たちへと下した勅命に他なりません」


「映像か、なるほど。それば民衆にとっても分かりやすい証拠になるかもしれない。そいつは今も残ってるものなのですか? 敵方からすれば真っ先に隠滅したいものだと考えますが」

「問題ないかと。遺言は当時執事としての任についていた私と、数少ない者のみが知っている事ですから。加えて申し上げますと、その撮影には私も同行しております」


「ふむ、ルーロイ現王は大臣であるようだが……改ざんなどの可能性は?」

「遺言の存在があることは、想定してないことはないでしょう。ですが、少なくとも隠し金庫は場所までは見つけ出していないかと」


「根拠は?」

「王の隠し金庫は、この王笏こそが鍵となります。金庫の解錠の方法を知らない者が場所を知ることはないでしょうし、場所は記録には残しておりません。そうそう消されているということはないでしょう」


「なるほど。では、決まりだな。その遺言とやらをまずは手に入れる必要があるか……王笏は王子以外にも?」

「いえ、王笏に設定されている権限は、先王と坊ちゃまだけです」


「ですよね。っとなると王子を城に連れて行って更には護衛も必要となる。か」

「では、私が潜入とごえ──」

「駄目だよ」



 エムラスの発言に、後方で待機していた白衣の女性。

 ミーティアは、少し怒気を帯びた声で否定する。



「……ミーティア様、これは王子の──いえ、国全体の危機なのです。行かせて下さい」

「うん、駄目」


「ですが……」

「悪いけど、私も反対だからね」


 チラリと目線を護衛として立っていた軍人の女性。

 アグレスもまた、首を横に振る。



「アグレス様……」

「エムラス君。医者として言わせてもらうけど、本当ならこの場にも連れて行くのは反対だったんだよ」


「何かあったのですか?」

「ここに来るまでにエムラスく──様が負傷された事は報告をしたと思いますが」


「ええ、腹部に1発貰ったと……ですが無事に摘出は行ったのでしょう?」

「うん、確かに弾は取り除けたんだけど。その時に腸にまで届いていたせいもあってか、今、腹膜炎になっちゃってるの」

「本当なら激痛だったのに、わざわざ薬でごまかしちゃってさ」


「アグレス様」

「本当のことだろう? ここまでは義足の機能で無理やり来ただけなんだから」

「本当なら、あと1週間は動かず安静にしてて欲しいんですから」



「アグレス様……ミーティア様……」

「もう、何度言われても駄目だからね」


「いえ……その、どうやら鎮痛薬(クスリ)が切れたようでして」

「は?」

「もう! だから昼食後に時間を指定するように言ったのに!」



 ジワジワと脂汗を流すエムラス。

 女性二人は、心底慌てたようで、彼の側でわたわたとしている。

 これは、話しどころではなさそうだ。と要は結論づける。



「失礼しました。せっかく場を設けて頂いたというのに、この体たらく」

「い、いやこちらも依頼人へのケアを怠っていたことを謝罪する。では、エムラス殿。作戦の詳細に関しては後ほど」

「えぇ、失礼します」



 エムラスのことは女性たちに任せ、要は3人を見送ると王子も困惑した様子でその後ろ姿を眺めていた。



「アーサー王子。よかったらエムラス殿について行って下さい」

「良いのか? その……話は……」


「確かに早いことは大切ですが……彼らの役割は重要。であれば全員が揃ってから改めて話すほうが早い」

「……分かった。礼を言う」

「いえ、お気になさらず」



 笑顔を貼り付け見送る要。

 扉が締まり切るのを待って彼は大きくため息をつくと、ドカッと背もたれに体重を預けた。



「……たくっ」

「隊長? 身内のみとはいえ、あまりそういう態度は」


「分かってるって、少しくらい良いだろ?」

「気持ちは分かりますが……」


「それよりも、だ。例のバイザーに城の見取り図あったよな? すぐに出せ」

「……了解」



 咎めるように言う青年に命令を下す。

 スクリーンに映し出された地図を睨みつけるように眺めるも、流石に地図上で隠し金庫のヒントになるような設計上での失敗はしてないようだ。

 そう簡単にはいかないと今後の作戦のため、大まかな筋道を立てておくことにした。


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