238「病棟での雑談、軟化する心」
「う……ん……」
防人 慧はゆっくりと目を開ける。
どうやら天井に設置されてた照明によって明るく照らされた病室のベッドの上で眠っていたらしい。
並べられた白いベッドには先の戦闘で負傷したのであろう兵士達が横たわっていた。
彼らはベッドに腰かけて気楽そうに話している者や、静かに眠っている者など、各々に過ごしていた。
ほんのりとどこかから聞こえてくる音楽がゆったりとした気持ちを加速させる。
「うっ!」
起き上がろうと体に力を込めるも、沸き上がってくる鈍痛。
ギプスによって固定された左腕と、少しばかり圧迫感があるように強めに巻かれている包帯を見て、防人はあの時の戦いの事を思い出した。
「ゴホッゴホッ! ──っっつ!」
血が鼻の奥底にでも残っているのだろうか?
強い鉄の香りが防人の嗅覚を刺激する。
堪らなくなった彼は大きく咳き込んだ後、痛みに顔を歪ませつつ、ゆっくりと口呼吸へ切り替える。
「お? ボウズ目が覚めたか?」
咳き込んだ音に気付いて隣のベッドを使用していた兵士がこちらへと声をかけてくる。
「え? あ、はい。大丈夫です……」
30代くらいだろうか?
自分と比べ、10歳は離れてはいなさそうな若々しい人相だが、その声は随分と年季が入っている雰囲気のある声で、防人は自然と腰が低くなる。
「そうか、そいつぁ良かった」
かしこまる防人の姿を見ながら彼は笑みを見せると、彼の友人であろう兵士はこちらへと向き直ると立ちあがり、防人の頭を軽く撫でる。
「何を?」
「そう縮こまるなよ。そんなに小さくなられちゃこっちはお前を探すとこから始めにゃならんからな。なんてな」
笑いながら話す彼が何を言っているのかは防人には正直なところよくわからなかったが、伝えようとしていることは理解する。
撫でられることになんとも言えないこそばゆさを感じながら頬の筋肉を緩ませるとわずかに持ち上げて笑みを作った。
「はい、すみません。ありがとうございます」
言葉の終わりで声が小さくなってしまわないよう気を付けながら防人は今度はハッキリとした口調で声を発する。
「その台詞はこっちのもんだぜ」
「え?」
「そうそう、お前のおかげでここに来た侵入者を取っ捕まえる事が出来たんだからな」
「そう、なんですね。あの人は捕まったんですね?」
「あぁ、ぶっ倒れてたとこを難なくな」
「しかし、どうやら目を覚ましたらしいが、どうも口がまともに聞けないらしいな」
「……え?」
あの時のあの人が今はもう話せない。
その言葉に防人は小さく驚きの声を漏らす。
「へぇ、そうなのか?」
「あぁ、聞いた話じゃ、どうも血液不足で酸素が足んなくなったせいとかなんとか言ってたぜ」
血が足りなくて……。
じゃあ、あの人が話せなくなってしまったのは自分にも責任があるってことだよね?
脳裏に蘇るあの時の戦いの記憶に、防人は奥歯に力が籠もる。
戦って傷付いて、結果的に話せなくなって……それはいくら仕事とはいえ、生き残る為とはいえ酷い……。
そして、それをやった自分は……最低だな……。
自虐的な感情。自分を責める言葉。
自己嫌悪に、防人の呼吸は早くなっていく。
「マジか!? おっかねぇな。俺も少しくらいなら痛くねぇ痛くねぇ、とか言ってるが止血だけはしっかりしねぇとなぁ」
「いやほんとお前は色々いいかげんだからなぁ……」
あの時だってそうだ。
僕が良かれと思って料理なんて作ってしまったせいで、二人は死んでしまって……。
「チルザルームでの戦いの時なんか爆発に吹き飛ばされて、頭が割れてんのに敵に突っ込んでいったらしいじゃねぇか」
「あん時は敵に囲まれてたんだから仕方ねぇだろ?」
ノアだって……僕を庇って……。
「それを言うならむしろ生きて帰ってきた事を評価してほしいねぇ」
「確かにそれは評価すべきだが、帰ってきた結果、口が聞けなくなってるとか勘弁だぜ?」
「確かにそれはなぁ、まじで気を付けねぇと……ん? おい、大丈夫か?」
ベッドに腰かけた兵士がふと、防人の方へと視線を向ける。
そして彼が涙を流し、頬を濡らしていることに驚いた兵士の男は声をあげると心配そうに声をかけた。
「え? あ……」
自然とにじみ、溢れ出た涙に防人はようやく気が付く。
彼はそれを慌てて袖で拭い去ると、何事もなかったかのように歪な笑みを見せる。
「いえ、大丈夫です……ちょっと傷が痛んだだけです」
「そうなのか?」
「それは、ドクターを呼ばなくて大丈夫か?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
必死に心配をしてくる二人が妙に可笑しくて防人の歪な笑みは自然なものへと変わっていく。
「それより、その……どうしてこの子がここで寝てるんです?」
防人はこれ以上心配をかけないように。と思い、自分の足元でベッド側に倒れ眠っているキスキル・リラの方を差しながら二人へと問い掛ける。
「その嬢ちゃんは……まぁ詳しくは知らねぇが、少なくとも俺がここに運ばれてからボウズに付きっきりだったぜ?」
「そうなんですか?」
「あぁ、もう3日になる。なぁ?」
ベッド上に座る男は友人の方へ視線を向け、同意を求める。
「ん? 知らねぇよ。俺はさっき来たばっかだし」
「なんだよ。薄情な奴だな」
「仕方ねぇだろ、こっちはこっちて色々と忙しいんだよ。というか、お前は油断し過ぎな。あんな野郎にわざわざ格闘戦を挑んでよ」
「お前は担当じゃ無かったからわかんねぇかも知れねぇがな、あいつ、銃弾は避けるわ銃身は掴んでひん曲げてくるわでヤベェ奴だったからな?」
「敵の腕が機械だってことくらいすぐに気づくだろう?」
「そりゃあ銃を握りつぶされりゃ誰だって想像つくさ」
「だったら格闘戦闘は相手が有利なのは分かりきってるだろうし、油断するから怪我すんだよ」
「もう少しくらい怪我人をいたわる気持ちは無いのかよ?」
「無いね。特にお前はな……」
「ヒッデェなぁ~」
「お前はな、一人で余裕とか抜かして連絡怠って、腹パン食らって脚撃たれて……って完全に自業自得なんだよ」
「うっ、気付いてたのか」
「当たり前だろ。俺は監視して指示するのが仕事だからな。それにな、一体何年お前と仕事してると思ってんだ?」
「声を聞きゃあ今の体調がなんとなく分かるとかなんとかこの前言ってたくらいだな」
「そういうことだ。おかげで侵入者は逃がしちまうし散々だったよ」
「だが、囚われの王子様は取り返したぜ。そこは評価してもらいたいねぇ」
「捜索隊のお陰であって、お前の手柄でもなんでもないくせに、威張るなっての……と、そろそろ休憩も終わりか」
彼の腕に取り付けられた携帯端末が設定されたアラーム音を鳴らし、男は腰をあげると丸椅子を壁の方にまで移動させる。
「じゃあな、また暇潰しに来てやるよ」
「おぉおぉ、さっさと行け行け。そんで過労になってお前もここの住人になっちまえ」
「はっ精々気をつけるよ……んじゃまたな」
「おう」
軽く手を振って男が離れていくのを見送った後、ベッドの兵士は防人の方へと向き直る。
「悪かったな。話し込んじまって」
「いえ、慣れてますから」
「ふむ……でなんだった――あぁ、そうそうその嬢ちゃんの事だったな」
「はい」
「ん~、まぁ俺もお前さんの関係とか全然知らねぇからなんとも言えねぇが、少なくとも侵入者の件でお前さんに助けられた恩を感じてるんじゃないか?」
「おん?」
「そう恩、感謝の気持ちさ。そこの嬢ちゃんはお前さんが来てなかったら殺されちまったかもしれねぇんだからな」
「感謝の気持ち……ですか」
そう、思ってくれているのだろうか?
もしそうなら少しはこっちも嬉しい……けれど、彼女はリリスだってことを完全に覚えてないから感謝されても嬉しい……というよりは何となく寂しく思う気もする……。
「ん? どうした?」
「あ、いえ。そう、ですね。感謝をしてくれるとこっちも頑張ったって思えて嬉しいんですけどね」
「……きっと思ってくれてるさ」
「そうでしょうか? この子のことで色々と失敗ばかりしてしまってたので……なんというか、この子の態度が冷たくて」
「これくらいの子供は、そんなもんだよ。好きの裏返しってやつさ」
「そうなんでしょうか?」
「あぁ、そういうものさ……」
兵士は笑みを見せると優しいトーンで防人へそう言った。
いまいち実感は沸かないが……そう言ってくれるのは、なんというか救われた気がした。




