234「VS 改造人間①」
呼吸を乱し、施設へと潜入していた青年は、予め予定していたポイントへと向かうため、開かれている通路を想定して急いでいた。
「クソッ、人質は逃がすわ、銃弾を防きやがるガキが出てくるわで今日は最悪だ。てか、こんな役回りをやらされてる時点で最悪なんだが……」
後ろから追いかけてくる足音に気付いた男は目元を完全に覆うバイザーに触れると搭載された小型カメラを用いて、後方を確認する。
「……あ? さっきの女の方のガキじゃねぇか。俺に速攻で眠らされたくせに向かってくるってのか?」
「待ちなさい!」
「おいおいマジかよ……武器も持たねぇでワザワザ追いかけて来るとか、正気か?」
男は次の角を曲がると、走る速度を上げる。
そして通路の先の降りてきた壁の下を難なく潜り抜けて先へと急ぐと前方から複数名の兵士たちが迫ってくる。
「いたぞ!」「チッ!」
一番先頭に立つ兵士の一人が叫び、男は慌てて戻ろうとするが、壁は降りかかっており、間に合いそうには無い。
「手を上げろ!」
男は気づかれないよう、軽く3度ほど左手首を捻るとライフル銃を構える兵士たちの指示に従って顔の高さまでゆっくりと手を上げる。
「止まれ! 動くな!」
「……はいはい」
彼は視線のみを左右に動かしてから兵士の警告よりも少しばかり遅れてその足を止めると、さりげなく耳元のスイッチに軽く触れる。
「いいか? 余計な真似はするな! そのままゆっくりと後ろを向いて手を後ろに回せ!」
兵士の一人が銃口を向け、大きな声を張り上げる。
男は『分かったよ』と指示に従うため、ゆっくりと壁の方へと身体を向けた。
「よし! そのままジッとしているんだ!」
「分かってるって」
笑顔を崩さず、タイミングを見計らって親指を曲げると、挙げていた右手が天井へと向け発射。
伸ばしていた指先が天井へ突き刺さる。
「なっ!?」
「よそ見は厳禁ですよ? っと」
「き、貴様! ──グッ!」
一瞬の隙をつき、手錠をかけようと近づく兵士から銃を奪い、そのまま彼を拘束。
肉の盾にしつつ扉の方へと移動すると拘束していた兵士を蹴り飛ばし、扉の奥へと消える。
「バカめ! そこに逃げ場はないぞ!」
「観念して出てくるんだな!」
同時に先程放たれた義手の手首が白煙を散布。
その煙は通路に立つ兵士たちを完全に包み込み、兵士たちは全員激しい眠気に襲われ、そのまま倒れていった。
「……上手くいったな」
部屋に入ってすぐ側にあった棚を倒し、薬品の効果が現れるのを待っていた男は、ホッとひと息。
右の袖を捲り上げると手首部分の装甲が一部開き、中から新しい小さな義手がモーター駆動とともに現れる。
「よし!」
指を動かし、動作に問題が無いことを確認。
壁に触れ、向こう側が空洞になっている場所を見つけると指先から赤外線レーザーを照射。
彼は、バイザーによる補助を借りながら大まかな位置を設定すると、赤外線とは別に、溶断用のレーザーが照射され、潜り抜けられるほどの大穴があっさりと完成した。
「……さて、何とかなったか?」
隣の部屋へ移り、こっそりと外を確認。
拳銃を取り出し警戒しつつバイザーに触れる。
「暗号化通信開始……こちらG-5323。そちらの状況は? そうか。了解、任務を続ける」
何やら小さく呟いた後、バイザーから指を離すとゆっくりと通路へと抜ける。
扉を閉め、先へと進もうとしたところで拳銃が背中へと突き付けられた。
「動かないで!」
「おっと……お前、あん時のガキか?」
男は手を上げながら、バイザーに映る後方の姿を確認。
「そんなことはどうでもいいわ。観念しなさい!」
「はっ、お前さんみたいなガキが俺を捕まえるって? 悪いことは言わねぇからさっさと自分の部屋に戻ってねんねしな。ガキの頃から夜更かししてっと成長が止まっ――」
「黙りなさい! このまま連れていくからさっさと歩きなさい」
「全く、動くなと言ったり、歩けと言ったり、ちゃんとした言葉を使わないと勘違いされて嫌われちまうぞ?」
「うるさい! さっさと歩きなさい!!」
「はいはい、今すぐ――に!」
男は素早く身を翻すとリラの持つライフルを握り締め、銃口を素早く自分から離す。
轟音とともに放たれた弾丸は天井へと向かって飛んでいき、設置されたカメラを破壊。
千切れたコードがバチバチと音を立てる中、彼は慣れた手つきでライフルを奪い取った。
「さて、形成逆転ってやつかな?」
銃口をリラへと向け、笑みを見せる男。
リラは素早く後方に跳ねて距離を開ける。
「おいおい、なんだ? 距離を取りゃあ当たらないとか思ってんのか?」
「そんなわけないでしょ」
リラはそう言いつつ、手にしたスイッチを入れるとライフルに取り付けられていた小型爆弾が爆発し、通路を爆煙が包み込む。
「クソ、あのガキ!」
間一髪で危機を脱した男は、バイザーの機能を切り替え、煙幕で隠れた敵の位置を確認。
目の前にまで迫って来ていたリラに気づいた彼は素早く身構え、ナイフによる攻撃を回避し、煙の中から脱出する。
「なっ!」
男はキラリと光った銃口に反応し、素早く両腕を曲げて弾丸を防ぐ。
その後、反撃に移ろうとするも腰にあった自分の拳銃が取られている事に気付き、大きく舌打つ。
「……ガキのくせになかなかやるじゃないか」
「当然よ。これでも貴方みたいなのと戦う為に訓練してきたんだからね」
リラはそう言いつつ拳銃とナイフを手に身構える。
「ほう、お前みたいなガキがか?」
「子供だからってナメないでよね!」
リラは一気に接近しつつナイフを握る手に力を込めると素早く立ち回り、攻撃を加えていく。
対して彼はそれに対応して義手で防ぐと金属の擦れる音が短く響き、シャツの袖が刻まれていく。
「おいおい、この服も安くねぇんだぞ?」
「これ以上切られるのが嫌だったら降参して観念しなさい」
「チッ……悪いが、そういうわけにもいかねぇんだわな、コレが」
彼は手首を軽く降って拳に力を込めると、リラへと向かって地面を蹴った。
一瞬にして、距離の詰まる二人。
リラは素早く拳銃を構え、引き金を引くが、残弾が残り少なかったようで、弾切れを起こす。
「チィッ!」
リラは拳銃を武器として投擲。
そのまま対抗する為に向かっていくとナイフを振るい、攻撃を加える。
「あっ、おい、乱暴に扱うなよ」
「知ったことか!」
男は文句を言いつつも、素早く対応。ナイフを捕まえると指先に力を込めて刃を砕いた。
そして、もう一方の手で拳を作り、腕を後方に引いて構えると男は笑みを見せてその手を一気に前へと突き出す。
「この攻撃は義手ならではってな!」
「うあっ!」
本来の可動域ではあり得ない方向からの攻撃をもろに食らったリラの小さな体は宙に浮き上がり、遅れて発した衝撃によって男の小さな拳が発射され、それとともに彼女の体は軽々と吹き飛ばされる。
「――リリスっ!?」
リラの後を追って、ようやく追い付いた防人はグッと歯を食い縛って地面を蹴ると急いで彼女の後方へと立つ。
そして飛んできたリラの体を身を呈して受け止めた。
◆◆◆
今よりも少し前のこと。
「クソッ……どっちだ?」
リラの後を慌てて追いかけたのは良いものの、似たような通路や扉の並んでいる分屯地内部の構造は迷いやすく、彼女の行く先を見失った彼は迷っていた。
耳を澄まし、リラの居場所を確認しようとするものの鳴り響く警報と兵士たちの足音がうるさくどうにも居場所が分からない。
「お困りですか?」
不意に後ろから声をかけられた防人は、慌てて身を翻し身構える。
そこに立っていたのは細身の女性。
長い金髪を後ろに丸め、落ち着いた面持ちをした彼女は紫がかった口紅をしており、左口角の側についたホクロが印象的であった。
「貴女は?」
ここの兵士達と同じ軍服を身に着けていることに幾分、警戒を落とし、防人は尋ねる。
彼女は微笑みを絶やすこと無く、優しげな口調で、丁寧な所作で頭を下げた。
「驚かせて申し訳ありません。私の名はグレファス。貴方様の協力をするよう仰せつかって参りました」
「……なるほど」
「彼のいる場所もこちらは監視カメラを通じ、把握しておりますので、もし彼を捉えるつもりであるのならばこちらへといらして下さい」
「……分かった」
どこか不思議な雰囲気のある女性。
防人は警戒心を残しつつも彼女の後へとついて行った。




