223「倉庫、寒村について」
「少し待て」
要は扉の電子ロックを外し、奥へと進む。
非常灯らしき明かりのみで照らされていた薄暗い室内にはコンテナや天井まで伸びた棚が置かれており、棚の端には積まれている段ボール等を取り出すためだろうか。レーンに固定された小さなロボットが折り畳まれている。
全体的な雰囲気は格納庫というよりは倉庫という言葉のほうが合いそうだ。
「慧、こっちだ」
「はい」
そんな部屋を入ってすぐに右に曲がる。
棚と壁の通路を進み、少し奥へと歩くとここに来た時と同じような空間が広がっている。
といっても大半が荷物が占領している分、狭苦しく感じるが。
「こいつを使おう」
と、被せられた白い布を取っ払うとそこには機体筐体が1台置かれており、側にある端末で電源を入れると問題なく起動する。
「こっちで調整しとくから、それまでにそっちの空間で君の言うギアを出してくれ」
指差した先には何も置かれていない空間があり、クレイドルの根本にあたる土台部分のみが、かつてはそこに同じように4台ほど並んでいたのであろうと想像させた。
言われるまま、防人はジャラリと鎖を鳴らすと意識を集中する。WEAPONs・GEAR『光牙』を展開する。
展示された甲冑のように鎮座する鎧。
それに乗り込んでいる自分の視界には多数のエラー表示がされ、視界が真っ赤に染まり、簡易化されたギアの全体図上に破損箇所が赤く注釈されて表示される。
腕や胴まわりの装甲は赤黒いものがこべり付いて薄汚れ、ひび割れるどころか完全に穴が空いており、肩部を守る装甲板は欠損していた。
改めて見ると酷い有り様だ。
これだけの攻撃を受け、よくもまぁ命があったものだと思うと同時にノアに守られたという事実が改めて脳裏に過った。
「ほぅ、こいつか? 結構やられてんなぁ」
グルリと光牙の周りを歩き、時折、装甲に軽く触れては声を漏らす。
「修理は出きるかは分からんが、やってみよう。後で格納庫まで運んどいてくれ」
「驚かないんですね……」
「ん、何だって?」
光牙をゆっくりと動かし、クレイドルに固定されるのを待っている間、小さく呟いた防人の言葉に要は作業を続けながら答えてくれる。
「いえ……こうやって出したり消したりしてるのに驚かないんだなって思って」
「あぁ、いや、別に驚く事はないな。物質を分解して別のものへと再構成させる。要は物質テレポーテーション技術の応用ってところだろう?」
どうだ。と自信満々に言っているが、残念ながらギアについての知識なんてまだまだ頭に入っているわけではない。
教材が保存されているタブレットなどは全て学園のロッカー内にしまってあるのだ。
防人は光牙から降りつつも答えを探すも、残念ながら言葉が見つからなかった。
「えっと……多分」
「多分って……物質の瞬間移動はあっても違う物質に変換させるなんて、確立されてないものを持っておきながら理解してないってのか?」
「……すみません」
「いや、謝ることはない。お前の立場を思えば詳しいことは秘匿されていてもおかしくはないからな」
「立場って?」
「ん、この機体の推力値は平均の3倍以上なのに、装甲が7割ほどしかないんだ。加えて手枷だ。用途なんて考えるまでもないだろう」
少しズレた解答だ。
でも、違う。とそくざに否定し切れないのは何故だろう。
こっちに来てから、どうにも記憶がゴチャゴチャしているせいなのだろうか。
それとも──アレのせいなのか。
ほんの一瞬だけ脳裏に過った記憶。自分に似た顔立ちの人物と、学園のあの人に似た白髪の人物。
アレが本当なら、自分は何なのか。
彼がもし、僕であったのなら自分は何者であるのか。
想像はしたくない。でもあり得ない話ではない……かもしれない。
「どうした? 大丈夫か?」
声をかけられ、防人は我に返る。
慌てて取り繕うが、要は作業の手を止め、申し訳無さそうにこちらを見る。
「すまない。余計なことを言ってしまったようだ」
「いえ、そんな事は……」
「あ〜……作業を見ていても退屈なんじゃないか? 良ければ部下に言って菓子の用意でもさせるが」
「いえいえ、気持ちだけで大丈夫です」
分かりやすく気を使われてしまっている。こちらこそ申し訳ない気持ちになってくる。
「そうかね?」
「えぇ、むしろ直し方とか、色々と教えてくれると助かるのですが……」
「……ふむ、まぁ別にそのくらいなら構わないか」
「ありがとうございます」
許可を貰い、防人は笑みを向ける。
指示を受け、隣の倉庫から必要な器具の入ったケースを用意すると各道具に関する説明を受ける。
といっても大したことはない。
ケースから取り出されたのはクレイドルの柱に取り付けられられるロボットアームとアタッチメントだ。
それは主に三つ。
一つはハンドパーツ。これは道具を把持したり、細かな作業を行うものだ。
もう一つはドリルパーツ。先端を付け替えることで余分な部分を切り落とし、整えたり、研磨をしたりする。
たまにヘルメットの加工などで使用されることもあるとか。
最後はレーザーパーツ。主に装甲の溶接に使用する。
防人は指示に従ってロボットアームを規定の場所へ取り付け、ネジ留めを行う。
手締めタイプなので、余計な道具は不要だ。
しっかりと固定し、次にハンドパーツを取り付ける。
「さて、それじゃあ始めようか」
防人が降りた時のまま装甲が開いている光牙へとロボットアームが伸びていく。
アームの細い指が、内側に作られた装甲の隙間へ入る。カチンッと、メンテナンス用の扉が開いた。
「う〜む、こりゃ想像以上だな」
先端カメラによってモニターに内部の様子が映し出される。
おそらく戦闘で回路が焼き切れたのだろう。
分厚く太いチューブのいくつかが断線しており、どれもが高熱で融解した後のように歪んでいる。
シリンダーやフレームはヒビ割れ、砕け、束ねられているコードは千切れて内側の金属線が萎れた花ように垂れている。
改めて、よく生きていたものだ。
「こりゃ想像以上だな……流石に今日一日でどうこう出来るもんじゃなさそうだ。取り敢えず破損箇所をまとめておくとしようか」
「お願いします」
光牙から寄せられた情報が、クレイドルによって分析して一覧化され、文字が並ぶ。
「まずはコイツと、コイツは優先だな。コイツは取り出して念の為オーバーホールしたいが、今は時間がないからな……コイツは、本拠点で本格的な点検が必要か……」
要はそれを眺め、何やら熟考しているようで、ブツブツと呟きながら一覧の文字を指差す。すると指差した行の色が変わり、見やすくなった。
「取り敢えずこんなところか……慧、悪いがコイツの整備は俺一人の手に余る。後日、整備班の奴らと整備するほうが良いと思うんだが……どう思うよ」
「どう、と言われましても……」
別に、深くどうこう考えていたわけではない。
壊れてしまっている現状における唯一の武器を、自分を守る唯一の盾を万が一があった時、使えるようにしておきたかったというだけだ。
直ればいいな。
と短絡的に、楽観的に思っていただけだ。
「そう、ですね。そっちの方が完璧に直るでしょうし、お願いしても良いでしょうか」
「オッケ、承った。じゃあ修理費用だけど」
「へ? お金取るんですか?」
「当たり前だ。これだけのものを直すとなればそれ相応に物が必要になるからな」
計算外。というほどでもない。
むしろ貸しだと思っているのは、もとより防人の方なのだから。何かしらの要求があるのは自然であり、むしろない方が危険性を感じてしまう。
「なぁに大した事じゃない。2、3、こっちの願いを聞いて貰えればそれで構わない」
「えっと……光牙や、命に関するものでなければ」
念の為の予防線。
一つはもちろん武器であるものをどうこうされないためハッキリと要望し、もう一つは防人的に不利益とならないよう曖昧な条件を願い出る。
といっても主導権を持っているのは向こうだ。
彼が首を横に振ればこちらとしては身を引くしかなくなる。まぁ、流石に望み薄か。
「まぁ、良いだろう」
「え、良いんですか?」
「条件を出したそっちが驚いてどうする」
「えっと……すみません?」
「ふっ……まぁ、良いか。それじゃあ早速一つ、お願いを聞いてもらおう」
「……分かりました」
「ふむ、ではリュシアンの話し相手になってやってくれないだろうか」
「へ?」
「無理だろうか」
「いえ、その……どうして僕が?」
「あいつは、この国の人間なんだが……どうにもな、真面目なのは良いんだが……心を閉ざしているというか、どうにも距離があってな。ウチの連中とあまり馴染めてない感じでなぁ、歳の近いお前なら大丈夫かなってな」
かなって、そんな簡単に言われても。
「……ふむ、難しそうかね」
「そう、ですね。会ったというか挨拶をしただけの相手なので、何を話せば良いのか」
僕が話せる内容なんてゲームとかマンガとかくらいだぞ。
国民的な作品なら話が合う可能性が高いけど……本当に興味がない人ってそれすら見てない人が多いからなぁ。
スポーツも一般的なスポーツだとこっちが興味がなかったから話されても分かんないし……。
まぁ正直なところあれだけ怒っていた人に話し掛けづらいってのが本音だけど……断れるなら断りたい。
「ん〜そうだね、あいつ、プライベートなことはあんまり話してくれなかったから……うん、思いつくとすれば一つあるが」
「え?」
「なぁに……慧、君はこの国の外れの村には行ったのだろう」
「えっと、はい」
「ん、であればそれを話すといい。リュシアンはあの村が出身だ。お前の……思い出、いや、経験を語ってやるといい」
「えっと……」
いやいやいや、この人、何を簡単そうに言ってるの?
僕の経験ってそんな明るく話せるようなものじゃないし、そもそもあの部屋で話したことがほぼほぼ全部みたいなものだから。
というか……やっぱりこの人、知っていたってことだよね。
知っていたのに、見て見ぬふりをしていた? リュシアンを助けているなら、あの二人を助けてあげるくらい出来たはずなのに?
「あの……」
「その人たちを助けてあげる事は出来なかったんですか?」
「そうだな。リュシアンにも言ったが、うちはあくまでも傭兵部隊。報酬で動く存在だ。労働と対価が釣り合わないのに兵を動かすことはできない」
「でも貴方はここの偉い人なんでしょ? だったら兵士を動かそうとしたら動かせるんじゃ」
「偉いからこそだ。報酬がほとんどないのに働かせたりしたら不和が生じかねない。ましてやその頼みがいきなり現れた子供からのお願いだと分かったらなおさらな」
なるほど、と防人は少し納得する。だが、やはり納得出来ない所も多い。
リュシアン、まず彼にしたって断られたのであれば、あの子達のいる村に帰れば良いのに。どうしてここに残ってるのだろう?
「理由は簡単だ。あいつはこの国からすれば死人だからだ」
「死人……」
「だめだろ? 死んだやつが出て来たら」
「えっと……」
防人が問いかけに要は笑みを浮かべ、答える。
そんなことを言われても反応に困るのだけれど。
「まぁ、真面目に答えるとだな。あいつがもし村に戻ったとしても、傭兵として再び連れてかれるのがオチなのさ」
「連れて……」
「徴兵ってやつだな。リュシアンだけじゃなく、村の若い連中は全員、国の兵士として強制連行されてる。そんなわけだからリュシアンが戻ったとしても意味がないのさ。もっと言えば、匿ったとされて村の連中はペナルティを受けるだろうさな」
「それじゃあ、逆にあの子達をここに連れてこれば……」
「確かにそれも1つの手ではある。だが難しいだろう」
「どうして?」
「さっきも言ったが、村の若い連中は、いまや国の奴隷も同然。村の奴らが何処かに逃げ出したとなれば、今度はそいつ等がペナルティを受けることになるだろうさ」
「そんな……でも、それならリュシアンはどうやって」
「あいつはまぁ、ある意味、運が良かったのさ。兵器の実験事故で海上で死にかけていたのを偶然回収したんだ」
「なるほど、それで死人と」
「そういうこったな……」
なるほど……誰かを助けても別の誰かが傷つくかもしれない。そうなれば、迂闊には動けない。
「まぁ、村の連中は少しずつ助けてはいるんだがな」
「はい?」
さっきまでの話は何だったんだ?
納得してしまった時間を返して欲しいんだけど。
「ははっそんな顔をするな。君も村を見張る兵士らがいいかげんな奴らなのは見ただろう?」
「えぇ……思い出したくもないですけれど」
許し難い人達。いや、許せるわけがない。
あんな子供に平気で暴力を振るえるような連中だ。
罪悪感もなく、酒で顔を赤く染めているだらしない連中だ。
「実はこの国の周りには6つほど村があってな。俺たちはこの拠点に近いところから順に人を迎え入れたんだ。中にはこの村から離れたくない。ていう頑固な爺さん婆さんがいて、なかなかに難航したりしたがな」
難航はしたが、少しずつ、着実に、任務は進んでいき、先日一番離れた最後の村へと目標を定めた。
が、その村には既に誰一人居なかったという。
「全滅、ですか」
「あぁ、あいつは諦め切れず、近くにあった入り江の洞窟まで探しに行っていたが、あいつの家族のいた家の惨状と近くにあった簡易な墓が物語ってたよ。もうこの世界にはいないんだってな」
「そう、ですか……」
「トーマのやつ一晩中泣いてたよ。まぁ、無理もないわな、一番助けたいやつを助けてやれなかったんだから」
「トーマ?」
「あぁリュシアンの事だ。リュシアン・トーマ、あいつのフルネームさ」
「トーマ……」
防人はふと思い当たり、驚きと悲しみの混じった震え声を小さく漏らす。
トーマ、その名前を知っている。いや、それどころか数日前に会っている。
アデル、マピュス……そうか、あの人は、あの二人の兄さんなのか。
それは、それは……なんと言ったら良いのかは分からないが、その気持ちは痛いほどに理解できた。
「ん、どした?」
「リュシアンさんはどこにいますか?」
「おぉ……受けてくれるかい?」
「えぇ、その代わりというわけではないのですが……少しだけ、お願いを聞いてもらえませんか?」




