221「呼び出された先で・・・」
昼下がり、ペンドラゴンの王の間にて。
王座に腰掛け、肩ひじをついたルロイ王の顔にはハッキリと不機嫌という表情が張り付いており、少なくとも王として威厳はない。
ある意味では王らしいとも言えるのかもしれない。
が、そんな事をしている者に国民はついて行こうとは思わないだろう。
実際、現在の国は先代アーサ王。
本名『ウーゼル・アンブローズ』によって維持されてきたものであり、王を慕う国民の多くは彼が今もなお王として立っているものであるという声も大きい。
「失態だな……」
「申し訳、ありません」
昨夜見回りを任されていた警備兵とともに軍隊長を任された細身の男『ブルーノ』は深々と頭を下げていた。
度重なる失態に続き、再びの失敗だ。
ブルーノの脳内は『ヤバい』『マズイ』という焦りで満たされており、心臓はこの広い部屋中に響いているのではと思うほどに高鳴っていた。
「…………ふぅ〜」
冷や汗を垂らす臣下を見下ろしながらルロイ王は退屈そうにため息を付く。
何も言うことはなく、ただ静かに。
兵士達にとって酷く緊張感のある時間が過ぎていく。
「傭兵──フレスベルグが到着致しました」
扉の側に立っていた兵士の1人が王の前で跪き、報告する。
「そうか、では入ってもらえ」
「ハッ!」
王の命令に答え、兵士は駆け足で下がり、グラソンとジュレの2名を玉座の前へ招き入れた。
少し重々しい空気を感じ取りながらも頭を下げていたブルーノらの横で彼らは静かに膝をつく。
「フレスベルグ隊、隊長『グラソン』。定刻通り、ただいま到着致しました」
「同じくフレスベルグ隊『ジュレ』到着致しました」
「うむ、良く来た。御足労感謝する」
「はっ! 勿体なきお言葉」
少し嬉しそうにも感じられるルロイ王の言葉にブルーノは屈辱感から小さく奥歯を鳴らし、グラソンはただ静かに淡々と返答する。
まるでこちらのことを気にかけている様子もない男の態度が余計に癪に障った。
「うむ、では以前言っていた褒美を取らせようと思ってな、フュトールよ。彼らを案内しなさい」
「ハッ!」
王の傍に立っていた兵士の一人。
金色の髪を後ろで束ねた女性の兵士は力強く返事をし、グラソンの元へと近付いていく。
「では御二方、こちらへ」
そう言って『フュトール』と呼ばれた女兵士は玉座の後ろにある扉へと案内しようとする。
本来、そちらを通って良いのは王様かそれに連なる人物のみであったはず。
例外的に緊急時などは通ることが認められているらしいが、それこそ王が狙われた場合とかそういう場合くらいのものだ。
ブルーノは王に言葉をかけそうになるも既のところでそれを堪える。今下手に反論などして王の心象をこれ以上悪くするわけにはいかない。
「あぁ……言い忘れていた。お前達が連れてきたという男な、コヤツらが逃がしてしまったらしい。よって、与える罰はお前達が好きにせよ」
「な──ぅっ……」
途中、そう言い放った言葉に思わず声を漏らしそうになるブルーノは慌てて顔を下ろし、手の甲で口を押さえる。
とはいえ完全に抑えられてはおらず、妙な音が口から漏れた事は王を含め、玉座の周囲の者達には届いていたが、彼らはそれを気にすることはなかった。
「……よろしいのですか?」
「うむ、好きにせよ」
「了解致しました。ではその件に関しましては後ほど」
「うむ、ご苦労だったな。さてブルーノ、お前達も下がるが良い」
「……かしこまりました」
王の言葉に皆が頭を下げ、グラソン達はフュトールの後をついて行く。
扉の向こう側へ進み、しばらくするとその雰囲気は一変する。
イグレイン城という名前から連想されるようにその外観と内装はレンガ造りのまさに“城!”という雰囲気を醸し出しているのだが、ここはそういった舞台の裏側とでもいうべきだろうか。
街の住人なんかが入れないようなこの場所はオフィスなどの廊下のようにキレイに整ったものとなっている。
はて、こんな通路仕事前に手渡された見取り図にあっただろうか?
「すまないが、どこへ向かっているんだ?」
ブーツの足音が小気味よく鳴る中、グラソンは不審感を募らせつつ前を歩く女兵士へ問いかける。
「着いてからのお楽しみですよ」
と彼女は笑顔で答える。
完全にはぐらかしている。というのが分かりやすく見て取れる。敵意は感じられない。
だが静かで、人の気配が少ない場所へと案内されているこの状況はどうにも解せない。
何かしら聞かれたくない話をすべくプライベートな空間や密閉された空間へと案内されることは過去にもあった。
だが、それはあくまでも傭兵稼業として依頼が行われる場合であり、褒美を与えるという前提からはどうにもズレている気がしてならない。
それに。
(この女、一体何者だ? 一体、どこから現れた?)
あの部屋の中で王の隣に立っていたのは1人であったはずだ。それなのに名を呼ばれて、この俺が初めていることに気づいただと?
万が一のために気配を消していた。と考えられなくはないが、それをやる必要性があったとは思えない。
ここに来てからそれなりの期間は過ごしているし、あの王のクーデターにもこちらは仕事として手を貸している。
少なくとも王に疎まれる謂れはない。
考え過ぎだろうか?
だが少なくとも、これまでの仕事の中で見合わせた兵士達の顔つきではない。
何度か交わされたミーティングの場などにもこのような人物が居たという記憶はない。
うむ、やはり不審感は拭えない。
警戒は怠るべきではないだろう。
◆◆◆
部屋に入ってきた二人の男性の内、中年の方が防人らと向かい合ってソファーに腰かけると帽子を机の角に置く。
「先程ご紹介にあずかった、要だ。……ま、名乗るまでもないかもしれんがな」
ハッハッハッ、と彼は目尻にシワを寄せて大口を開けて笑う。
その仕草にぼんやりと懐かしさを感じとり、彼女は目の前にいる彼が父であることを確証する。
対して防人 慧は疑いの眼差しを向けていた。
「いやはや、まさかお前がこの国にいるなんて思ってもみなかったぞ」
「あたしも驚いた。まさか研究者だった父さんが傭兵になってるなんて……」
「ん? あぁ……まぁ、な……今は新鮮な魚を国に売ったり、機械や細かい部品なんかを運んだりする商いで稼ぐことが大体だがな」
要はバツが悪そうに顎を擦りながら答えると少し間を開けてから腕を組み、こちらに目線を向けてくる。
彼は何か言いたげであったが、防人としてはどういった意図があるのか読み取れず、彼は一息おいて目線を二人に戻す。
「あぁ〜……で、お前らは何の用があってここに来たんだ?」
要が少し困った様子で問いかけてくる。
用と言われても正直、よくわからない。
気づいたらこの国にいて、また気付いたら姉さん……いや、響湖さんのいる店にいた。
その後は、なんか落とされて、殺されかけて、捕まって逃げてきて……ここに来た。
別に、用というほどの何かがあったわけじゃない。
そもそも、ここに来たのだって姉さんに言われて……あぁそうだったクルシュさんについて聞こうと思ってたんだっけ。
なんか色々あり過ぎて、どうにもゴチャゴチャしていてよく分からなくなってるな。
「えっと実は……」
防人はここまでの経緯を少し交えながら語り、そしてクルシュと名乗った人物に関して知っているかどうかを訪ねた。
「クルシュか……」
要は首をかしげ、後方で待機していたリュシアンから端末を受け取ると、画面に写真を表示させる。
「似た名前のやつならいるが、こいつか?」
テーブルの上に置かれた端末を除くとそこには金色の髪をした人物が映っている。
だが、牢屋の中で見たあの人とは似ても似つかない別人であると一目でわかった。
「そうか、なら俺には分からんな」
「そうですか……」
「残念だったね……」
聞きたかった事は不発に終わり、防人は背もたれに体重を預ける。
沈み込んでいく柔らかな感触に、防人はこのまま意識を飛ばしてしまいたくなるような脱力感と疲労感が襲ってくるが、流石にこんな場所で寝るわけにはいかないと慌てて背もたれから離れた。
顔を上げると要は端末をリュシアンに返しており、彼は笑みを浮かべ、そのままこちらへと向き直る。
「さて、それじゃあ次は我々の番といこうか」
このまま帰らされると思っていたが、想定外の言葉に防人は眠気を飛ばす。
張り付いた笑み。それは奇しくも妹だった湊が良くしていたものだ。
そして大概、ろくなことにならない。
「君は、この国のことをどう見る?」
「はい?」
ゴクリと生唾を飲み込み、身構えていたこちらとしては想定外の質問だった。
「えっと……」
「なに、気にすることはない。正直に答えてくれて構わない」
要はそう言うが、正直に答えようにも防人はこの国のことはまるで知らないに等しい。
あの二人の子供のこと、虐待行為を行っていた軍人のこと。それくらいだ。
後は、ぼんやりと、だが明るく騒がしい町並みがありそうだったというくらいだ。
「酷い場所だと思いました。自分が見たのは少しだけでしたが、小さな子供に暴力を振るうのを見ました」
「ほう、でその子供は? 助けたのかい?」
「えっと、自分は見ていることしか出来ませ──」
「貴様は!」
「っ!?」
質問に対して強い反応を見せたリュシアン。
目を見開き、明らかに怒りを見せている彼を、要は手を上げて静止させる。
「隊長……」
「落ち着きなさい。リュシアン」
「ですが──」
「もう一度だけ言う。静かにしなさい。これは命名だよ」
「っ、かしこまり、ました」
リュシアンは顔を下げ、一歩引く。
一体、防人の言葉の何が彼の逆鱗に触れてしまったのかは分からないが、こちらも言葉は選ばなくてはならないだろう。
「続けなさい」
「は、はい。それでその、暴力を受けた側には姉がいたのですがその子に来るなと止められました」
防人の言葉にリュシアンは何か言いたげであったが、先程のやり取りもあってか強く拳を握りしめるだけに留まった。
こちらとしてはあのように怒鳴られるのはゴメンなので丁寧に答えるようにしよう。
「それで、その下の子はその怪我をしたので助けようとはしたんです。でも、脳震盪でも起こしたのか、苦しんで……その、助けようとはしたんですけど……上のアデルって子がマピュスを撃って……」
言っていて、自分の気分が悪くなってくる。
あの時の光景が、鮮明にフラッシュバックし、湧き上がる感情で顔が歪んでいくのが分かる。
だが、あの時のドス黒さはなく、しかし逆に腹の中身が溢れてしまいそうだった。
今は胃の中身が殆ど空っぽなのが唯一の救いだろうか。
「もういい。とても辛いことがあったようだ。最後にこれだけ、聞かせてもらえるかな。君はその子供をその後、どうしたんだい?」
「……埋めました。せめて、弔いたかったので」
「そうか、ありがとう。聞いたなリュシアン」
「……はい」
まるで犯罪を犯したことを白状したかのような緊張感だ。別にこれといって悪いことはした覚えはないが。
リュシアンはこちらを見る。
先程のような鋭さはなく、どこか穏やかさのある表情で彼はこちらに近付いてくると手を伸ばしてきた。
「ありがとう」
と、彼は言う。
だが、防人からすれば何が何やらだ。
「どう、致しまして?」
当然、返す言葉には疑問符が浮かぶ。
こちらが伸ばし返した手を彼は掴み、力強い握手を交わしてくれるが、先程の激昂から一転して、これだけの変容っぷりに戸惑いしか生まれない。
「では、次だ」
握手を終え、彼は元の位置へと戻るのを待って、今度は響湖の方へと視線を向けた。
「ヴィヴィアン。君からの話とはなんだろうか」
「私達に協力をして欲しい」
「ほぅ……」
少しだけ、張り付いていた笑みの中に驚いた様子を見せるが、直ぐに元に戻る。
「それで、協力とは?」
「まずは謝罪を。本来であれば、マルジン・エムラスがこの場に来て、行うべきことなのは承知しております。ですが、彼は今、敵から逃れる際に負傷しており、ミーティ──いえ、我々の医師からは安静するようにと言われています。ですので私は彼の代理としてここに来ました」
「……なるほど、いいだろう。手を貸してやる」
「隊長!?」
ヴィヴィアンの頼みに対し、要は首を縦に振る。
彼女は驚いた様子を見せるが、それよりも早く驚きの声を上げたのは彼の後ろに立っていたリュシアンだ。
「何だ。別にいいじゃないか」
「要さん。あんた昔、俺に何て言ったか覚えてますか? 『ひいきをされたと思われないよう力を付けろ』と言ったんですよ?」
驚きのあまりか、少しだけ言葉遣いが乱れるリュシアン。それを気にする様子はなく、要は落ち着いた態度を崩さない。
「お前の場合、報酬がほとんどないのに何百人って人数の面倒を見ることだろ? 状況が違う」
「……ですが」
「それに、どのみち断れねぇよ。こっちだって状況は同じ。だろ?」
「そう、ですけど!」
「リュシアン……気持ちは分かる。だがな状況を見誤ったらいけねぇよ?」
「そ、それは……」
リュシアンは両手を力強く握りしめて震わせながら、目に涙を浮かべ、キッと目尻を釣り上げた。
「それは! 俺への当て付けですか!!」
急に叫んだリュシアンに防人たちは驚きの表情を見せる。彼は直ぐに我に返ったようで、「失礼します」と立ち去ってしまった。
「あぁ~……なんかすまんな。色々と話したい事もあったんだが、仕方ない。ヴィヴィアン。夕食後、そちらへ伺うとエムラス殿に伝えておいてくれないか?」
「えぇ、かしこまりました」
「それから慧、お前の部屋と換えの服を用意しておく。後で伝えるからそれまでは彼女達の部屋にいてくれ」
「は、はい」
なんとも色々あり過ぎてよくわからない状況で、なんと答えれば良いのかすらよくわからなくなってくる、
あの人のおかげで気持ち悪さは幾分かは引っ込んでくれたが。
そもそも目の前のこの人の事だってよくわかってないんだ。防人要……本当に父親なのか?
いやそもそもそう思った根拠は……。
「ではヴィヴィアン。また後でな」
「えぇ、また後で」
「慧、君は残ってもらえるかな」
席を立ち、部屋を去ろうとする彼女の後を追おうと立ちあがったところを呼び止められる。
防人は振り返った姉に、後から行くことを伝え、要の方へと向き直る。
そして扉が閉じ、足音が遠ざかるのを待ってから要は防人の前で深々と頭を下げた。




