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212「独房での雑談」



「送信したぞ」

「ご苦労さん」



 ヘンリーは端末の画面を消しつつ、手を伸ばしている男へそれを返す。



「ところでよ、なんで俺にこれを送らせた?」

「今さらな話だな」


「俺も今気づいたからな」

「いやなに、特に深い意味はない。単にどこぞのおじさんの言葉よりも実兄からの言葉の方がここに響くものが書けるだろうと思っただけさ……それに隠し持っていた端末を奪い、情報を聞き出したって報告も出来るしな」

「あ~……なるほどな……」


 ちょっと筆が乗ってゴリゴリの脅迫文を送りつけた事は黙っておくか。

 と、ヘンリーは内容を思い出して閉口する。

 端末は基本的に送ったメッセージの内容は残さないように作られている。

 もちろん復元しようと思えば出来ないだろうが、それこそ専用の解析機が必要であり、それを持っているのはこの端末の製作者であるセティアのみであり、当然ここにいる人たちはその事を知らない。



「しかし、がめつい野郎だな」



 懸念はさておき、黙っているわけにもいかない。

 ヘンリーは細い痩せ足を組みながら適当なことを言う。



「うん? まぁそれは否定しない。仲間が酒豪ばかりでね。儲けてもすぐにアルコールに変わっちまうからな」

「ふ〜ん……だが、仮にジンの奴が別の傭兵を雇ったとしてお前さんらに何かしらのメリットがあるとは思えないが?」


「メリットならあるさ。マルジン・エムラスの雇った傭兵部隊と殺りあえる」

「随分と好戦的な奴らみたいだな。テメェ等の部隊ってのは」


「それは認めよう。だが、別に俺らは戦いたいってわけじゃあない。さっきも言ったが、俺らは金が入り用なのさ。それも俺の仲間が今後の人生をそれなりに暮らしていけるだけの金がな」

「そうかい」


「軽いな。別にかまやしないが……」

「ま、俺には関係ないことだしな」


「かまいやしないと言ったはずだかね」

「ふん。あぁところでそっちの姉ちゃん、身体は大丈夫だったか?」

「っ!」



 ニャッ、と少しいやらしげな笑みを浮かべるヘンリー。

 白髪の女性は急に話題が振られたことに少し、驚きの表情を浮かべるが、落ち着いて小さく頷く。

 グラソンの後ろに立つ白髪の女性『ジュレ』。

 彼女のスレンダーな体型と短く切り揃えられた髪。軍服という格好から一見すると若い男性のようにも見えなくはない。



「よく、ジュレが女性であると分かったな」

「まぁな──」


「隊長! 名前を敵の前で晒すなど」

「堅いなぁ、政治家の頭みたく堅いぞ。ジュレ」


「またっ! 貴方と言う人は本当にお気楽な方ですね!」

「それが俺の良いところだと自負してるからなぁ、おかげでみんな楽しく過ごしてるだろ?」


「それが問題なんです。この前だって度を過ぎた行動をした者が現れたんですよ?」


「内1人は薬の原液丸々一本ぶちこまれたせいでしばらくは廃人同然になっちまったなぁ、残りの二人にだってちゃぁんと制裁は下しただろ?」

「確かに彼らには規律に基づいて去勢を施しました。しかしです!」



 ジュレはグイッと腰を曲げてグラソンと顔の高さを合わせる。

 彼よりも一回りほどは小さな顔を近づけ、オオカミのような金色の大きな目を吊り上げながら叱り出す。



「その原因は隊の規則が緩いことも原因だと思うのです。ここは新たに禁則事項等を増やすべきです。

 ・医療班の出した薬だけを服用する。

 ・女性を拠点に連れ込まない。

 ・怪しい薬などを持っていない。

 とか、あぁ他にも抜き打ちの持ち物検査も必要ですね」



 ジュレは腰を戻し、瞳を閉じると指を動かしながら淡々と述べていく。



「タバコは屋外、お酒はほどほどに、トイレは汚した人が綺麗にする、それから下品な物言いやセクハラ発言などはもってのほかですね。不潔な方もよろしくありません。訓練で汗をかいたらすぐにシャワーで流すこと、それから……」


「おいおい、あの姉ちゃんの言ってることなんか途中から愚痴っぽいぞ?」

「やれやれ……」



 グチグチと隊の改善に思考を働かせる彼女の言葉を右から左へと聞き流しながらグラソンはヘンリーの方へ向き直る。



「で、お前さん一体ジュレの何処を見て女だって見抜いたんだ? あいつは面も男勝りで声も少年(わかいおとこ)みたいで分かりにくいと思うんだが……」

「俺ぁ元は医者だからな。面と向かったやつの体格や身長なんかをなんとなく視覚できるように観察眼を養ってんのさ。彼女の場合、服装で誤魔化してるが、腰からケツのラインとか、骨格が見るからに女だろ? 薄暗い水路ならともかく、こんだけ明るきゃわかるってもんだ」


「ほぅ、そりゃ羨ましい……もしかしてアッチの感じとかも分かったりするのかい?」

「そりゃ伊達にスケベジジィやってねぇからな。秘部に当てずに満足させるテクだって身に着けてるさ」


「流石、国一番の医師にしてスケベジジィの名は伊達じゃないってことだ」

「ふん、そんなら今ごろ俺ぁ両手に花どころか花咲く木の幹よ。俺ぁ性格が粗暴だからな。むしろ離れてくほうが多いさ。スケベジジィの称号は俺なんぞよりもアイツのほうが上だろうしな」


「へぇ……そいつはどんな奴なんだ? 是非とも聞かせてもらいたいねぇ」

「教えねぇよ。花の幹だったのは結構昔の話だしな……」


「そりゃあ残念。可能ならご教示賜りたかったが」

「ん? なんだお前さん、誰か狙ってんのか?」


「女を落とす方は間に合ってるんだが……俺はどうも異性への機微に疎くてな。戦闘における対峙ならともかく、どうもベッドの上だと上手くいかなねぇんだよなぁ」

「──っ!?」



 キッ、と一瞬だけ目を見開いたジュレ。

 しかしこの先の会話に巻き込まれるのもゴメンと耳を赤らめつつも目を静かに閉じて押し黙る。



「あん? 別に互いに上手くイけねぇってわけじゃねぇんだろ?」

「そうだなぁ……ちょくちょく求めてくるくせにいざおっ始めようとしたらどうにも消極的でなぁ」

「…………っ」



 本人を目の前で一体何を話しているのか。

 ジュレは気恥ずかしさから、頭に血が昇っていくのが感じられ、しかし激昂するのも己の恥を曝されている当人であると露見させるようなもの。

 残念ながら、グラソンが酒の席で散々愚痴っているため、フレスベルグの中では2人が仲睦まじく乳繰り合っている事は周知の事実であるのだが。



「まぁ俺としちゃそこが可愛いと思えるところなんだが……どうにも寡黙なマグロでなぁ……この前はかなり良い感じに乱れてくれたんだが、どうも薬の影響が大きいらしくてなぁ……そういうのを頼らずに満足させたいンだが……ん? なんだ?」



 スッと伸ばされる手。

 グラソンは不思議そうに聞くとカッとヘンリーは目を見開くと寄越せという事を強調するように手を動かす。



「酒、もしくはタバコだな。猥談に花開かせるのは結構だがよ、そういうのはシラフでやるもんじゃねぇだろう?」

「情報料ってとこかね。にしても酒かぁ、今は仕事中なんでストックはないが、まぁ軽くなら今度持ってきてやれないことはないか。タバコは……悪いが俺はあの臭いが嫌いでな。正直銘柄とかよくわかんねぇんだよな」



 顎を撫でながら言うグラソン。

 彼の横からジュレの腕が前に差し出され、その手にはタバコの箱が握られていた。

 本来なら彼女もタバコなんかは吸わないはずだが……ともかく想定外の手助けにグラソンは笑顔でお礼をいうと箱を手に中から一本の紙タバコを手に取ると配膳扉から手渡す。



「口に合うかわかんねぇぞ?」

「構わねぇよ。ケムリを吸えりゃあ」



 扉から手を伸ばし、ライターで火をつけてやるとヘンリーは一気に煙で肺を満たした。



「ふ〜マズいな、コレ」

「そりゃ残念……でだ」



 膝を叩き、嬉しそうに身を乗り出した

 しかし、それを遮るようにジュレの所持している腕時計型の携帯端末が音楽を鳴らす。



「残念、もう時間か」



 拷問を行って良い時間は長くても30分と決まっている。

 これは過去、グループによる犯罪が起きた際、仲間を誤って殺してしまった過去があったことから追加された制限だ。

 また、本来であれば万が一にもやり過ぎてしまわないよう第三者の監視役がいるはずなのだが……そこはグラソンが小銭を握らせることで下がらせている。



「なんだ、もう行くのか?」

「あぁ、ちょっと名残惜しいが、もう一人会う予定があるんだよ」


「そうかタバコ、ありがとうよ」

「気にするな。じゃあな」



 椅子を畳み、二人は静かなに外へ向かう。

 通路の出入り口付近で立っていた兵士は見ていませんとばかりに手にしていた携帯からグラソンらの足音に気付き目を離すと、立ち上がり敬礼をして彼らを見送る。



「あーいーよいーよ。気にすんな。それよりもこっちこそ助かったぜ。ありがとな」



 兵士に先導されるようにして外へ出る2人。

 グラソンは肩を叩きながらお礼を言いつつ、彼は扉を見張る監視カメラの死角になるように立つとコッソリと取り出した紙幣を見張りの兵士の胸元へ入れる。



「じゃあな」

「は、ご苦労さまです!」



 と、彼は気楽そうに手を振りながら、杖をついて廊下の角を曲がった。



「ところでタバコ、あれ、どうしたんだ?」

「ここに来る前、押収したものです。共同区画で吸おうとしていた者を見つけましたので……なんです?」


「いやぁ別にタバコの一本くらい許してやっても」

「仕事中の喫煙と飲酒は禁止です」


「相変わらず手厳しいねぇ、別に一本くらい」

「その一本で我慢できるのであれば問題はありませんよ。ですが、そのためのトイレ休憩が多すぎるんですよ!」



 通路に二人の声が響く。

 主に女性の憤った声が目立つが、松葉杖をついて歩く男の表情は柔らかく、どこかこれからの出来事を楽しみにしている子どものようでもあった。

 残念ながらそれが想像していた通りに、叶うことは無かったが。

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