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211「美女達の隠れ家」

【ゲールマン】

 それは国を守る防壁に挟まれた狭間之街。

 とはいっても第2都市と呼ばれるほどには広く、栄えており、壁のせいで陽の光が当たりにくい事を除けば決して閉鎖感はない。

 そんな一角にある隠れ家にエムラス達は逃げ延びていた。



「ウグッ!」

「ごめんなさい。もう少しだから……」



 噛まされた布の端から呻きとともに涎が垂れる。

 マルジン・エムラスは無事に逃げ切り、垂れ幕で囲っただけの簡易的な手術室で女医師『ミーティア』によって弾丸の摘出手術が行われていた。

 止血剤と麻酔は残念ながら余裕がなく、打ってはいるものの効果は薄い。

 それでも普通なら暴れてもおかしくない激痛が走っているだろうに、その胆力は流石と言わざるを得ないだろう。



「…………よし、縫合(ほうごう)終わり、次は――」



 怪我人たちの処置を施したミーティアは手術を終え、緊張の糸を途切らせると体重を椅子に預けて安堵の息を漏らす。



「ありがとうございます。ミーティア様」



 所狭しと並べられたベッドの一つに横たわるマルジン・エムラスは辛そうな顔をしているミーティアに笑みを見せる。

 彼本人も手術を終えたばかりで辛いだろうに。



「誉められたことじゃないですよ。本当ならしっかりと治療をするのに、ごめんなさいね。今は麻酔で痛みを抑えながらでしか出来なくて」



 手術用の手袋を外し、使い捨ての医療ガウンと纏めて用意したゴミ箱へ捨てながらミーティアは申し訳なさそうに言う。

 エムラスは側に立つミーティアに向けて再び笑みを送る。

 その額には汗が滲んでいた。



「いいえ、摘出が出来ただけでも十分で御座います。それに相変わらずの手際の良さですね」

「そんなこと無いですよ。ししょ──君のお兄さんならもっと早かっただろうし、もっと、傷を残さないような綺麗な縫い口になってるはずだもの」

「ご心配には及びません。(わたくし)にとって傷などもはや友人のようなものですからね」



 確かにエムラスの身体にはたくさんの傷跡が残っている。

 銃創(じゅうそう)、切傷、火傷跡……それらの古傷は見るからに痛々しいが、過去兵士であったエムラスにとってはこれでも軽い方なのだ。


 手足を失おうと死ぬよりは何倍もマシだ。

 生きていても神経がヤラれてしまい、首から下が動かなくなった者だっていた。

 頭をやられ、生きているだけで眠り続けるものもいた。

 そんな彼らは死体と同じであり、そして戦争で死体は連れ帰ることは出来ない。

 その後に残るのは僅かな遺品のみ。

 それはとても悲しいことだ。



「それに、この傷を見たら(わたくし)の為に頑張っていた先程の貴女の顔をいつでも思い出せるようになりますしね」



 だからこそエムラスは明るく振る舞う。

 血生臭い戦争が無くなり、平和となったのだから。

 少なくともこの国はそうなったのだ。

 そうであらねば、ならないのだ。



「もう……調子いーんだから」



 ニコリと頬笑み言うエムラスを見て、ミーティアは頬を赤らめて嬉しそうな声を漏らす。

 そんな甘そうな空間を端から見ている人たちにとっては堪ったものではない。

 


「ずるいねぇ……あたしにもそんなこと掛けて欲しいもんだよ」



 そう羨ましそうに声を漏らすのはエムラスから離れたベッドに横たわる赤茶色の髪を持つ女性『アグレス』。

 彼女はエムラスらを隔てるように取り付けられたカーテンの隙間から顔を覗かせている。



「アグレスさん。カーテンを閉めてください。今は私の番ですよ。ここしばらくの間エムラス君に会っていたあなたはお休みの時間です」



 念のために、とエムラスに包帯を巻いていたミーティアは彼女の方に視線を向けることなくカーテンの音を聞いて注意をする。



「ケチ……」

「何とでも言ってください……出来ましたよ」



 傷の上から包帯を巻き終えたミーティアは手術道具を片付けようと血の付いたメスの先端を外し、空のペットボトルに入れる。

 本当なら滅菌処理をしたいところだが、あいにくそんなものはなく渋々といった様子で消毒液に浸した綿を使い、血を拭うと『使用済み』と書かれたケースへとしまい込んだ。

 


「ありがとうございますミーティア様。これでお仕事に戻れます」

「本当なら傷が塞がるくらい……最低でも半月──ううん一月くらいはゆっくり休んでいて欲しいくらいなんですけどね」



 そうすれば私が独占できるし。

 と本心を見せることなく、彼女は親切心のみを見せながら言う。



大袈裟(おおげさ)ですよ。この傷口は貴女の細く美しい親指程度しかありませんからね。大したことはありません」

「そう? でも、私の親指は平均より長いから、結果的に深い傷になっちゃってるね」

「おや、これは手厳しい」



 ミーティアは笑顔を見せながら、端末を手にすると電子カルテを専用のペンでスラスラと記入をしていく。

 そんな中で入口から少し離れた場所。

 壁際のベッドに腰かけていたヴィヴィアンは地下水路での出来事を思い出していた。



――響湖(きょうこ)姉さん。



 確かにあのとき慧君はそう言った。と思う。

 正直ドタバタとしてたから気の所為だったかもしれないけど……。

 私が弟とあの子を重ねていたから、聞こえてしまった幻聴なのかもしれない。


 でも、彼が眠っている時やお風呂であの子の背中を見たときに感じたこの気持ちは……本物であると信じたい。

 けど、そんな都合の良い話があるわけがない。

 第一、向こうがこっちのことを知っているはずがないんだから。あの子が生まれてくる前に私は……。


「くっ……」


 とにかく!

 今は、彼が無事であることを祈るしかない。

 やるせない気持ちを押し殺し、ヴィヴィアンは膝の上で拳を強く握りしめる。

 するとミーティアの仕事机の上に置かれたエムラスの端末が着信音を鳴らした。



「ん、メールだね」

「この着信音、どうやらヴィヴィアン嬢の端末からのメールのようですが……」



 もしかして慧君が何か連絡をしてきているかもしれない。

 ヴィヴィアンはベッドから立ち上がると慌てた様子でエムラスたちの方へと近づいていく。



「てことは、相手はエムラス君たちが助けられたっていう彼かな? 無事の報告だといいけど……」

「ありがとうございます」



 ミーティアから端末を受けとると認証ロックを外し、画面を開き、内容を確認する。

 端末の機能上、想定通りといった様子でその内容に目を通す。

 その間にも連続で送られてくる文章。

 書いた先から送っているかのように文量はさほど多くはなく、内容も似たり寄ったりなものであるが、朗報とは呼べるものではない。



『マルジン・エムラスの仲間へ告ぐ。

 逆賊、エムラスの身柄はこちらで預かっている。

 彼の命が惜しくば、アーサー王子をこちらへと差し出せ。

 猶予は3日。

 なお、こちらへの連絡が見られなかった場合、添付した写真の者を処刑する』



 その内容は完全に脅迫文であった。

 そして添付されていた画像は囚人服姿で捕らわれているヘンリー・エムラスの姿であった。

 独房のような部屋で椅子に腰掛け、カメラ目線の男性。

 ただ静かに腰掛ける姿がそこにはあった。



「わ! 似てる!」



 気付けば起き上がったエムラスの端末を覗き込んでいる数名の女性たち。

 その中には検査のために下着姿となっていたアグレスとセティアの姿もあった。



「えー似てないよ。眉間にシワ寄り過ぎ」

「ほっぺも赤っぽいしねぇ」

「ん〜でもこうやって、並べたらソックリだと思うけど」



 ワイワイと端末の写真と見比べて話す彼女達から離れ、アグレスは落ち着いた様子でエムラスへ問いかける。



「あの子は……無事そう、じゃ無いみたいだねぇ」

「えぇ、皆様。至急――っ!」



 立ち上がろうとするも手当てをしたばかりの傷がズキンと痛み、エムラスは傷口を押さえる。



「エムラス君、落ち着いて興奮すると傷が開いちゃう!」

「えぇ……いえ、大丈夫です……ヴィヴィアン嬢」

「うん、どうすればいい?」


「まず、荷物をまとめて下さい。ローラ様も手伝いをお願いします」

「オッケー」



 端末をエムラスへ返しながら、女性たちの中にいたピンクブロンドの女性は笑顔でハンドサインを見せ、隣の部屋へ。



「セティア嬢。こちらの端末の電源を全て落とし、2番のものへ切り替えるよう通達を」

「分かったわ」


「ここから出るつもりかい?」

「元よりここは中間拠点です。本来であれば、数日は静養もかねて大人しくしておきたかったのですが」


「ま、これを見ちゃうと難しいよねぇ」

「……はい」



 マルジン・エムラスにとって防人慧への優先順位は低い。

 もちろんヴィヴィアンを助けてくれたことには感謝しているが、それだけだ。

 だが、兄であるヘンリー・エムラスが矢面に立たされるとなると話は別だ。


 そして、彼は自分に似せた格好にさせられている。

 恐らくは兄を自分として扱うことで士気を削ぐ……いや、それでは私がどこかで生死不明となっているなどしていなくてはおかしいか。

 となればあの傭兵達の狙いは……考えられるとするならば本気で間違えている可能性。いや、あの男と対峙している以上、彼がヘンリー・エムラスであることには気付いているはず。

 ならば報酬目当てだろうか? 虚偽報告とはなんとも大胆で豪快な事だろうか……紳士としてはあるまじき行為だが、対峙した男は少々粗暴な雰囲気でしたし致し方なしか。



「ん?」

『なお、返信に応じることの出来る時間は夕方〜深夜帯とする』



 更にメールが送られてきた。



「わざわざ時間の指定とは、変なところで律儀だねぇ」

「そうですね……セティア嬢、連絡は終えましたか?」


「バッチリ! で、何かあった?」

「まずは……そうですね。この端末の送信位置を探知して下さい。もちろん逆探知の可能性も考慮してくださいね。兄が、城の牢獄に捕らわれているのかを、間違い無いか確認して頂きます」

「うん、分かったわ。チャピー」



 笑顔で承諾。同時にヴィヴィアン達が荷物をまとめて戻ってくる。

 といっても元々ここは彼らにとっての中間拠点であるため大したものは置いていなかったので彼女達が持っているのは殆ど着替えなどの私物である。

 治療のために上半身裸であったエムラスはミーティアから執事服のジャケットを羽織ってもらい、ゆっくりと立ち上がるも酷いめまいに襲われ、ふらつく。



「っ、申し訳ありません。ミーティア様」

「ううん、気にしないで」



 なんとも情けない。

 そう思いつつ、開けてもらった隠し扉を抜ける。



「これからどうするの?」

「現在作戦を行っているものがおりますので彼女たちの作戦が成功であれ、失敗であれ、帰還するまでは一応の警戒体制をとっておきます。それまでに軽いお食事をようい――」


「ダメですよ。まだ縫ったばかりなんですから」

「……分かりました。では今晩はビアンカ様に軽食を用意して頂くことにしましょう」



 セティアが手にしたリモコンで明かりを消し、彼らは隠れ家を静かに出る。

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