200『地下施設大爆発』
轟く乾いた音。
音の方へ皆が視線を移すと入口の扉が開いており、軍服を身に纏った男たちが4人、ライフルを構えて立っている。
彼らはアサルトライフルを抱えており、目出し帽で顔を覆っていた。
「安心しな。今のは空砲だ」
ニタニタとした笑みを貼り付けた男が通路の奥から現れる。
金色の髭を生やした細身の男。
周りの淡茶系色の軍服とは異なり、真っ赤な近衛服を着た彼の手には拳銃が握られている。
鮮やかな色であるその服はかなり目立ち、痩せぎすとも言える男の体格にはまるで不釣り合いであったが、自身に満ちたその表情からはかなりの自尊心が伺えた。
男は歩きながら、拳銃のスライドを元に戻すとホルスターへとしまい、静かに手を挙げると左右に立つ兵士達がライフルを構えた。
「次は実弾だがな」
ニヤリとした笑み、頬のエクボが大きく沈む。
複数の銃口を向けられた状況の中、落ち着いた様子で彼は二人の間を通って前に出る。
「その籠った声……ボーマン様の兄君、ブルーノ様ですね?」
「あぁ、その通りだが?」
少し、不服そうに頷くブルーノ。
「ふむ、何処で情報を得、ここへ来たのかは知りませんが些か無粋ではありませんかな? ここは繁華街の店の1つであると同時に女性の家でもあるのですよ?」
「知るかよ。犯罪者を匿うような所は共犯で取っ捕まえてやるよ!」
「犯罪者、とは少々酷いもの言いですね」
「犯罪者も犯罪者。お前は国を納めるものを毒で弱らせ、政治も知らぬ子供を盾にこの国を牛耳ろうと企む極悪人だろうが!」
「はて? そのような事は初耳にございますね。誰が仰ってましたか?」
「んなもんメドラウド様に決まってるだろ?」
「なるほど……」
まさかこうもアッサリと答えるとは。
エムラスは少し驚きつつも目の前の男がそれを知りつつも向こうへ付いているのだと理解する。
王であるアーサーを陥れ、挙句の果てには王子をも毒牙にかけようとする。
なんとも、嘆かわしいことであろうか。
「ご親切に教えていただきありがとうございますブルーノ様。それで、私の罪状はどのように?」
「そんなもん決まってる」
一歩、女性たちの前へ出て質問を投げるエムラス。
ニタニタと、口角をより一層に持ち上げたブルーノは余裕の笑みを浮かべながら答える。
「マルジン・エムラス、お前は国家転覆を狙った極悪人は銃殺だ!」
「――っ!」
「止めなさい」
ブルーノを睨み付け、腰の拳銃を抜こうとしたアグレスの手を押さえ、攻撃を制止させる。
彼は正面に向き直る。
「ん、おやぁ? アグレス隊長もここに居たとは……」
まるで今頃気付いたかのように、わざとらしくブルーノは言う。
「ククッこいつぁ運がいい! 犯罪者どもを一気に取っ捕まえられるなんてな!!」
「ブルーノ班長。弟にも劣る貴様が随分とでかい口を叩くようになったものだな」
「ククッ、隊長。悪いですが、俺ぁ今、部隊長を任される身ですよ」
「ほぅ、知らぬところでえらく出世したものだ。では“弟”のボーマンは副隊長から大隊長というところかな?」
アグレスは『弟』という単語を少し強調させるように言い、それを聞いたブルーノの目付きが鋭さを増す。
「てめぇ……」
「ふん、図星か?」
「あんま逆撫でしてっと股にもう一個穴を開けてやるぞアバズレが!!」
「事実だろう? 力も見た目も全てが弟に劣る貴様が例えどれだけ媚び諂おうが……所詮はその程度ということだ」
「――っ!! お前ら、撃て」
「え、しかし――」
「構うかよ。俺らは抵抗してきたから殺っただけだ。正当防衛だよ」
「ですが、彼らは捕らえるようにと――」
戸惑いを隠せず、となりに立っていた兵士は言う。
しかし、彼に返ってきたのは鉛弾であった。
意見した兵士の左耳が吹き飛び、彼は苦痛に耐えかねて呻き声を上げながら耳を強く押さえつける。
「いいか? 俺が撃てと言ったら撃つんだよ! 王子さえ生きてりゃ他はどーでもいーんだ! おら、お前ら! さっさと撃たねぇか!」
「り、了解!」
兵士らはライフル構え、引き金を引く。
轟音とともに鉛の雨が注がれる寸前、ヴィヴィアン達はテーブルを倒すとその後ろに身を隠す。
途中、弾が跳弾し、照明が落ち銃口のみが光を放つ。
銃声が轟き、並べられていたのであろう陶器が砕け、割れ落ちる音が聞こえてくる。
そんな音のみが情報を伝え、目の前の様子は暗くて見えなくなっているが何ら問題はなかった。
なぜなら彼らが使用しているライフルの弾は須らく徹甲弾である。
万が一、防弾チョッキ等を身に着けていたとしても容易に突破するそれがましてやあのような木製机が盾になどなるはずもない。
そうブルーノは思い、この後の死屍累々を妄想しながら目の前の様子を眺めていた。
あぁしかしあの美しい女性たちを殺してしまうのは少々勿体なかったかな?
「撃ち方止め!!」
弾倉を丸々1つ撃ち切り、それを確認したブルーノは兵士達へ手を挙げて指示する。
兵士達のヘルメットに備えられたヘッドライトによって部屋は明るく照らされる。
硝煙の香りが充満し、銃弾によって家具などもボロボロになり見る影もなくなった室内。
ブルーノの指示に従い、二人の兵士が警戒しつつ部屋の奥へと進み、机の裏側へと回っていく。
その時、銃弾によって割れた机上の破片が跳弾することなくひしゃげた弾丸が落ちるとともに崩れると内側に隠れていた光沢ある表面がキラリと光った。
「――っ!?」
ブルーノらがテーブルに隠されていた鉄板に気付いた瞬間、奥に回った兵士達がヴィヴィアンとエムラスの一撃を喰らい、短い呻き声を漏らして倒れる。
同時に机の脇から姿を現した二人は手にした拳銃を使い、アグレスは兵士達が手に持つライフルを撃ち飛ばし、セティアは兵士の手を負傷させてライフルを床に落とさせる。
「全く、室内で銃をあんなに撃つなんて」
「これが貴女の教えてきた戦い方なの?」
「なわけないだろ。これはあの男が教えたもんだよ。そんなことより、あんたのその玩具はなんだい?」
セティアの手にした大きな逆三角形の赤い銃型のものを指して問いかける。
「ん~名前を付けるならスクリュードライバーライフルってところかな? 本来は釘を打ち込む道具を改造して造ったものだよ」
「うわっ……てことはあんたに撃たれた奴等は釘が手にぶっ刺さったってことかい? 想像しただけで痛くなりそうだね」
「正確には釘じゃなくてネジだけどね。ちゃんと回転して打ち出されるようにするのには苦労したんだよ」
「そんなことは聞いてないよ。しっかし、あんた結構腕が立つんだね。近かったとはいえ移動しながら相手の手を狙うなんてね」
「偶然だよ。大体これは銃じゃないから反動も無いだけだし」
「仮にそうだとしても狙うということが難し――」
「てめぇらいーかげんにしやがれ!! もういい。てめぇらまとめて吹き飛ばしてやる!!!!」
完全に無視され、相手にされていない。
激昂したブルーノは顔を真っ赤にして大声を張り上げて手榴弾を手にすると力強く投擲する。
「はぁーやれやれ……手榴弾は爆発には数秒時間がいるからすぐに投げるべきじゃないってのに」
「ほいっ」
アグレスが呆れているとエムラスが手榴弾を素早く蹴り返す。
「ひぃゃ!」
慌てたブルーノの含めた入口近くの兵士達は即座にその場を去り、避難する。
ヴィヴィアンたちも倒れた兵士を引っ張り、机の裏に隠れると同時に手榴弾が爆発。
安全を確認してからセティアは手にしたリモコンを用いて入口のシャッターを下ろすと机下に取り付けられていた停電用の照明を使って部屋を照らす。
「ふぅ、これでひとまずは安心だね」
ため息をつきながら、ヴィヴィアンは立ち上がる。
「しかし、改めて見ると酷いねこりゃ……」
弾痕だらけになった内壁はボロボロ。
せっかく皆でキレイに貼った壁紙や装飾が見るも無惨になっていることにアグレスは声を漏らす。
「あぁ……せっかくお嬢様方達の為に用意したカップが見事にバラバラですね……」
エムラスは穴だらけの棚に入った様々な柄のマグカップ、ティーカップだった欠片を拾い上げながら悲しそうに呟く。
「うんうん、流石チタン合金を挟み込んだ卓上。さすがに近かったから傷だらけだけどまだ使えそうだね」
対してセティアは机の表面に回り、僅かに残っていた木の板を払って光沢のある金属面を嬉しそうに眺める。
「それで、これからどうするんだい?」
「そうですねぇ……」
アグレスがエムラスに問いかけた直後、ヴィヴィアンの側で倒れていた兵士が起き上がり、手にしたナイフで襲いかかる。
「ヴィア!」
セティアの叫びで皆も気づくが、ヴィヴィアンを挟んで敵兵士が立っているので構えた銃で狙う事が出来ない。
間に合わない!
誰もがそう思った時、頭上から落ちてきた通気管の金網が敵兵士の頭部に激突。
「うぁっ!?」
「グベッ!」
倒れた兵士の上に埃だらけになった防人が落下。
その衝撃によって兵士は意識を完全に失ったようで、呻き声を漏らすと動かなくなった。
「あいたた……」
「あんた……」
「あ、えっとこれはその……」
「ほう、もう一人隠れていたか」
「いや、違っ」
「はーい磔台1名様ごあんなーい」
アグレスは指を鳴らしながら防人を捕獲するとセティアがリモコンを操作。
壁がクルリと回転し、現れた磔台から伸びるベルトで両腕を固定する。
「あの、ちょっ何コレ? これ、どういう状況なの?」
いきなりの出来事に戸惑う防人に怪しい笑みを浮かべ、近づいてくるゴスロリ金髪と赤髪お姐さんに背筋を凍らせる。
「何って決まってるだろ?」
「拷問タイムだよ」
ガラガラとタイヤの付いた小さな二段ラックが奥の部屋から現れ、そこには頑丈そうなアタッシュケースが置かれていた。
「拷問!? 拷問ってあれですよね。火炙りとか釜茹でとか電気椅子とかの奴のことですよね!?」
「うん、それは処刑法だね。違うよ」
「じゃ、じゃああれだ。縛ったり、ムチで打ったり、注射したりする奴だ」
「……何だろうね。間違っては無い気もするが、持ってる知識のせいか卑猥に聞こえる」
「じゃあ受けてみる?」
ガチャガチャとダイヤルを合わせ、ケースを開けたその中身は黒とピンクの玩具で埋まっていた。
(うわぁ、漫画で見たやつだ……)
ケース内にまるで銃器でも収めるかのようにキレイに並べられているそれを見る分にはなんというか下品な感じは薄く、どことなく高級そうで上品さもある。
の、だが……それを手にするゴスロリ女性の笑顔からは恐怖しか感じられない。
そこから不思議とエロいとかそういった卑猥な感情は感じられず、嬉しそうにケース内を眺める2人からこれから起こるであろうことを想像してしまった防人の首筋からヒヤリと冷たい汗が流れる。
「あの、それ完全に女性ものの気がするんですけど……」
「知らないの? 男の子にだってコレを使える穴はあるんだよ?」
「んふふ……あたしはこれにしようかな?」
セティアとアグレスの二人は楽しそうに一つ玩具を手にとってその電源を入れるとジリジリと近づいてくる。
モーター音が怖い。
「ひぇっ、ちょっ助けて……」
頬を撫でる玩具の感触。
ガチャガチャと暴れ逃れようとするが、四肢を固定されてしまっているため抵抗できない。
防人は涙目になりながらヴィヴィアンに視線を送り、助けを乞う。
「あの、エムラスさん。アレ、いいんですか? ……エムラスさん?」
「あ、あれは私の秘蔵コレクション。どうしてナンバーを知ってるんだ……」
膝をつきうなだれるエムラス。
予想外の反応にヴィヴィアンはどうすれば良いのか分からず戸惑う。
――バチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!
入口のシャッターの一部が音を立てながら火花を散らし、切断されていくのが見える。
「聞こえてるよな! てめぇらそこでじっとしてやがれ、まとめて取っ捕まえてやる!!」
焼き切れた隙間からブルーノの叫び声が聞こえるが、皆は冷静な表情をしていた。
「あらら、どうやら休憩はここまでみたい」
「ざんねん。もうちょっと楽しみたかったのにぃ」
「……ふぅ~」
二人が手にしていたものをケースに戻し、蓋をすると鍵を掛け直すのを見て防人は安堵の息を漏らす。
「それじゃあ皆さん。時間は余りありません。必要な物だけ持ってここを出ますよ」
「あ、復活した」
「よーしそれじゃあさっさと準備しようか」
セティアは床に倒れている二人の兵士から手榴弾とアサルトライフル、サバイバルナイフなど使えそうなものを手に入れると手際よくアグレスとエムラスに手渡す。
「……あの~早く下ろしてくれませんか?」
「あーそうだったね。ごめんごめん」
セティアは作業をヴィヴィアンたちに任せて防人の方へと近づくと手にしたリモコンのスイッチを押した。
「え?」
ガコンっと磔台が回転し、再び表を向く時には固定具が外れ、防人の姿は無くなっていた。
「よし、さぁチャピーたちも早く早く」
「ではお先に失礼します」
エムラスはライトを片手に壁の固定具を掴み、足を宙に浮かせるとリモコン操作によって回転した壁の向こうへと消える。
「それじゃあお先に……」
「失礼するよ」
ヴィヴィアン、アグレスも壁の向こうへと消え、セティアは残ったライトを手にすると固定具に手首をかけてリモコンを押すと最後の一人も壁の向こうへと消えた。
誰もいなくなった真っ暗な部屋には火花の散る明かりと音だけが響いた。
「よーし、てめぇら覚悟しやが……れ?」
皆がその場を去ってしばらくすると、入口の壁を焼き切ったブルーノたちが壁を蹴り倒して室内に銃口を向ける。
――カラカラカラ……。
リモコン操作によって仕掛けられたトラップが作動。
ブルーノ達は側に転がってきた手榴弾に再び肝を冷やした。
「た、退避! 退避ぃ!!」
数秒後。
アタッシュケースの中身諸共、地下の一室は爆発によって吹き飛び、ブルーノ達は証拠となりそうなものを得ることは叶わなかった。




