198『館のヒミツ』
早朝。
太陽が登り、空が白み始めた頃。
大通りには酔っ払い達が酒に溺れ眠っていたり、夜の商売を終えた店員達が帰り支度をしており、それなりに騒がしいが、防人らの眠る室内は防音対策が施されているため静かなものであった。
「……ん?」
パタンッと。
扉の閉じる音がなり、防人はふと目を覚ます。
「ヴィヴィアンさん?」
隣に寝ていたはずの彼女の姿はなく、トイレかと思ったがどうやら違うようだ。
(こんな時間に一体何処へ?)
怪しい……うん、いけないことなのは分かっている。
けれどね、そういった思いは一度疑ってしまうと、どんどんどんどん実に良くない方向へ膨れ上がってしまうものなのだ。
ウワサ話に尾びれが付いて拡大するように、妄想というやつは実に良く頭の中で浮かんでくれる。
というわけで、この疑問に対してその答えを確かめる必要があるのだ。
決して静かな部屋に1人取り残されたから心細いとかそういうんじゃなく、純粋にただ気になるからである。
まぁ疑わしいと思ってしまう素材は幾つかあったし、そう思わせてしまっている時点で向こうが悪い。と言い訳しておこう。
(動きづらいなぁ……)
下着姿はどうかと思ったが……流石にこのバスローブを着ていくのは……どことは敢えて言わないが、ぶかぶかで静かに動く格好としては適していない。
まぁ、恥ずかしいけど……このトランクスは部屋着に見えなくもなかったし、良いか。
置いていこう。
(さて、ヴィヴィアンさんは……あっちか?)
バスローブを脱ぎ捨て、部屋の扉を開けて通路を確認すると彼女が通路の角を曲がって行くのが目に見えた。
あの人の一言一句全てが嘘だとは思わない。
けれど、だからといって全てが本当というわけでもないだろう。
もしかしたら洗濯物を取り込みに行っただけ。
なんてことないかもしれないけれど……わざわざ着替えて、しかも足音を消してまで部屋を出て行く必要はないはず。
まぁ、これも勝手な思い込みかもしれないけど……。
防人は悪いと思いつつも、こっそりと後を付けていく。
個室スペースと思われる通路を進み、彼女の見えた角を気を付けて曲がると短い通路を抜ける。
その先は二階と一階の吹き抜けとなっている場所。
ここは、お酒や料理などを注文してお客が店の女性と楽しく遊ぶ空間となっているのだろう。
見るからにフワフワしていそうなソファーと高級そうなテーブルが並べられている。
時間外ゆえか、妙にシンッと静まり返っているその場所で階段を下る彼女のヒールだけが音を鳴らしていた。
防人は足音を鳴らさないように息を潜め、並べられた真っ赤なL字型ソファーの後ろに身を隠し、彼女の様子を伺う。
階段下、一角に用意されたバーカウンターの側には、店の雰囲気を壊さないように作られたオシャレな雰囲気の黒い扉が二つ。
一方には筆記体で『Staff Room』とかかれた看板が付けられており、もう一方には同じく『Kitchen』とかかれた看板が付けられている。
しかし、彼女はそのどちらにも入ることなく、二つの扉の前で右折すると階段の下に隠れるように設置された扉の中へと入っていく。
隠し扉っぽくてちょっとテンションが上がったけれど、防人は素早く扉へと近づくと静かに耳を当て、澄ませる。
カツカツ、と離れていく足音。
防人は先程ヴィヴィアンが行っていたように、小さな窪みに触れ、持ち上げるようにしてゆっくりと扉を開ける。
先程までのオシャレな雰囲気は一切なく、足元を照らすライトのみが薄ボンヤリと光っていた。
これはこれで秘密基地的な雰囲気があって防人個人としては凄くテンションが上がったが、ボゥッと喜んでばかりもいられない。
階段を降りた先にあったのは広々とした倉庫らしき空間。
先程までのオシャレな雰囲気とは打って変わってのグレーな空間。
少しヒンヤリとするその薄暗い空間にはコンクリートの太い柱が立ち並び、天井や壁に沿ってパイプやコードが張られている。
柱の間にはダンボールや人が入れそうなほど大きな木箱などが並べられており、その一つ一つに番号が振られていた。
(ヴィヴィアンさんは……いた!)
並べられた木箱の一つに入っていくのを確認。
防人はその箱に警戒しながら近づいていく。
箱の中から聞こえてくるのは金属製の何かが擦れる音。
防人は見つけた箱の側面にある窪みに手を入れると箱を開け、隙間から中を確認する。
既に彼女の姿は無かった。
中へ入ると同時に鼻を突くのは鉄と油の臭い。
その臭いの原因がこの部屋にある何かしらの金属部やら機械工具によるものであることはアルミ棚に積まれたダンボールを見て想像がつくが、見たところおかしなところはない。
狭い部屋の奥にはテーブルが一つ置かれており、その上には電動ドライバーや金槌などの工具が乱雑に置かれ、傍のスタンドライトが室内を照らしている。
大きな倉庫に用意された狭い作業場と言ったところだろうか。
まぁ……言うまでもなく怪しいよね。
雰囲気としては狭い倉庫で何の変哲もないように見えるけど、見えるだけ。
隠れ家的な仕組みで隠された部屋とかは割とSNSとかで見たりするから分からなくないんだけど、わざわざニ重にそれを用意するのはオカシイよね。
正直な話、このまま何も知らずに引き返してしまった方が良かったかもしれない。
けれど、それじゃあ意味がない。
こういうのを用意してあるような場所にいる人がマトモかどうかはさておき、少なくとも何かしらを隠しているというのは間違いないだろう。
いざという時は光牙を使って……まだ、あの時の戦闘の損傷が激しいみたいだから、まともに動いてはくれないかもしれないけれど、それでも何も無いよりはマシなはずだ。
それに、この先に進むにしろ戻るにしろ使えると思っておかないと色々とこの後の事を妄想すると恐怖でしかない。
ヴィヴィアンの態度が全て嘘だとは思いたくはないけど、でも可能性がないというわけではない。
こんな場所も知っちゃったし。
漫画なんかだとこの先の隠し部屋で何かしらの実験とか裏組織的なグループが悪巧みしてるとかが想像できるところだけど……。
お、これは?
「う〜ん……」
室内の捜索により発見したのは、テーブル下の床に作られた小さな隙間。
物を落として傷が付いたにしてはやけにキレイな台形であり、何かが刺さりそうである。
ゲーム等では事前に何処かでアイテムを入手しておけば先に進めるようなギミックだろうが……流石にあの広い倉庫から探し出すのは面倒くさい。
いや、そもそもあの人が何かを持っていたようには見えなかったし、多分だけど……ここにある何かを使って開けたって可能性の方が高いだろう。
防人が所謂ゲーム脳を発揮する。
隙間に合いそうなものとして、彼は直感的に工具箱に入っているマイナスドライバーを手に取る。
そして床の隙間へ差し込むと奥の方でバネのような押し返す感覚が僅かながら伝わってくる。
正解か?
そう思いつつ更に押し込むとカチリッと何かが外れるような音が聞こえ、防人は恐る恐るドライバーを傾けてテコの要領でそのまま持ち上げる。
ズ……ズ……と擦れる音を立てながら持ち上がる床。
更に地下へと続くハシゴが姿を現した。
入口は小さく、この部屋が薄暗いこともあって底はよく見えない。
「やっぱり……ここは普通の風俗店じゃないのか?」
そもそも普通の風俗ってなんだろう。というのはさておき……行かなくちゃダメだよね。
もちろんこのまま引き返して何も知らずに。というのも一つの選択肢なのだろうけれど……こういうのは割と重要な何かがあるのは間違いない。
というかこれで単に趣味でこういう造りをしていますなんて事が、いやまぁ無いとは言わないが絶対確率としては低いはず。
ヴィヴィアンさん
あの人が悪い人とは思えなかった。
ちょっとスキンシップが過剰な気もするが……。
まぁ、めだかさんと比べたらマシかもしれない。
とりあえず、少なくとも何か隠し事をしてるのは確実であり、その答えはこの先へ進まなければ得られない。
ゲームであれば事前にセーブして挑むところだけれど……うん。ここは覚悟を決めるしかない。
怖くないわけではないし、殺される可能性が無いわけではないだろう。
とはいえ最悪の場合は光牙がある。
損傷が激しいみたいだけど、動かせない程ではないらしいし……うん、大丈夫なはず。
「ス〜ハ〜……よしっ」
防人は覚悟を決めると、梯子をゆっくりと下っていった。




